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「人生は攻略できる」を読んだ

投稿時刻2023年7月1日 15:25

人生は攻略できる」を 2,023 年 07 月 01 日に読んだ。

目次

メモ

AKB48 はなぜ 48 なのか? p47

友だち集団には、人数にも厳密なルールがある。
AKB48が48人を基準にしていて、1クラスの人数の上限が40人なのには理由がある。
脳の機能には制約があって、50人を超えると、一人ひとりの個性を見分けることができなくなってしまうのだ。
メンバーが増えてくると、乃木坂46とか欅坂46とか、50人以下のグループに分割していかなくてはならない。

もっと大きな集団については、150人から200人が上限で、それを超えると、「仲間」として認識できなくなる。
これは原始時代に、ヒトが狩猟採集をしながら、これくらいの人数の集団で移動していたからのようだ。
その痕跡がいまも残っていて、会社は従業貝が150人を超えると事業部に分けるし、 (少子化で想像できないが) 学校も1学年 200人 (40人学級で5クラス)を超えると分校を考えるようになる。

嵐が5人で、クラスの班編成の基本が5人なのにも理由がある。
同い年の子どもたちをひとつのクラスに集めると、ごく自然に小さなグループに分かれていく。
その人数は5人前後がふつうで、10人を超えることはない。

これが友だちのコア集団で、それがつくられていくときの法則は、自分と似ている相手に引き寄せられることだ。

ジェファーソン高校の「セックス相関図」 p53

それではここで「友だち」を見える化してみよう、
図6は白人生徒が大半を占めるアメリカ中西部の中規模高校(仮名で「ジェファーソン高校」)のセックス相関図だ。
とはいえ、これは裏情報の類ではなく、一流の学術雑誌に掲載されたちゃんとした社会学の研究だ。

社会学者が若者たちの交遊関係を知ることができたのは、ジェファーソン高校で性感染(梅毒)が広まったからだ。
さらなる感染を防ぐために、生徒たちは聞き取り調査によって、
病気をうつした(うつされた)可能性のあるセックスフレンドを申告するよう求められた。

こうして、詳細なセックス相関図ができあがったのだ。
色の濃い点が男子、色の薄い点が女子で、複数の異性とつき合っている場合は2方向(もしくは3~4方向)に枝が伸びている。

相関図を見ればわかるように、生徒たちのつながりはハブ&スポークに似たかたちになっている。
これは自転車の車輪のようなネットワーク構造のことで、中心にあるハブから何本ものスポークが放射状に伸びている。
ジェファーソン高校のネットワークも本線と支線(枝)に分かれていて、それぞれの枝の部分が友だちグループになる。
――このようなハブ&スポークができるのは、友だち関係(ひとの集団すべて) が複雑系のネットワークだからだ。

知性とビッグファイブ p62

誰もが一瞬で初対面の相手のキャラ(性格)を見極めて、自分に「合う」か「合わない」かを判断している。
つき合っているうちに「最初の印象とぜんぜんちがう!」ということもあるだろうけど、だいたいにおいてこの第一印象は正確だ。
いったい何を基準にして、こんなことをしているのだろうか。

心理学者はさまざまな研究を行なって、ひとには大きく5つの性格特性があり、
パーソナリティ(人格)はその組み合わせだと考えるようになった。
これが「ビッグファイブ」で、「経験への開放性」「堅実性」「外向性」「同調性」「安定性」で構成されている。

じつはこれ以外にも他人を判断するときの重要な基準があって、それは「知性」だ。
これを加えて「中核六項目」ともいう。

難しい説明を省略すると、ぼくたちは見知らぬひとと会ったとき、無意識のうちに次の6つを知ろうとする。

1 頭がいいか、そうでないか(知性) 
2 おもしろいか、つまらないか(経験への開放性) 
3 信頼できるか、あてにならないか(堅実性) 
4 明るいか、暗いか(外向性) 
5 みんなといっしょにやっていけるか、自分勝手か(同調性) 
6 まともか、まともでないか(安定性) 

逆にいうと、これ以外のことは(外見を除けば)誰もほとんど気にしない。

スピリチュアルが拒絶するもので妥協するな p82

「仕事選びはトライ&エラー」というのはぼくが勝手にいっていることではなく、
アップル創業者のスティーブ・ジョブズも、2005年にスタンフォード大学の卒業式で行なったスピーチで述べている。

すい臓がんで余命半年を告げられたジョブズが、
「ハングリーなままであれ。愚かなままであれ "Stay Hungry. Stay Foolish"」と若者たちを励ますこのスピーチはとても感動的で、
インターネットにも英文や和訳がたくさん載っているので、ぜひ読んでほしい。

ジョブズは、これから社会に出ていく若者たちにこう語りかける。
好きなことがまだ見つからないなら、探し続けてください。
決して立ち止まってはいけない。
本当にやりたいことが見つかったときには、不思議と自分でもすぐにわかるはずです。
すばらしい恋愛と同じように、時間がたつごとによくなっていくものです。
だから、探し続けてください。
絶対に、立ち尽くしてはいけません。

本当にやりたいことは、なぜ「不思議と自分でもすぐわかる」のだろうか。
それは、君が知らなくても、君のスピリチュアルが知っているからだ。

でもここが大事なところだけれど、ジョブズがいっているのは、どこかに君の「天職」があるはずだから、それを探し続けなさいということではない。
たくさんの仕事のなかには、君に向いているものと、向いていないものがある。
向いている仕事のなかで、君がどれを選ぶかはほとんど偶然に決まる。
そして、その仕事を一生懸命やっているうちにどんどん「好き」になって、やがて「天職」と思えるようになるのだ。

ゼロサムとプラスサム p100

お金を手に入れる方法には大きく2つあって、そのやり方はかなり異なっている。
それが「ゼロサム」と「プラスサム」だ。

ゼロサムというのは「差し引きするとゼロ」になることで、誰かが持っているものを失い、
別の誰かがそれを手に入れれば、富は全体として増えることもなければ減ることもない。

戦国時代の武将の争いがこの典型で、織田信長が合戦で領地を増やせば、武田とか北条とかの周辺の大名がその分だけ領地を失うことになる。
これをかんたんにいうと、「お金持ちになりたければ、他人の持っているものを奪うしかない」ということだ。

それに対してプラスサムは差し引きしても全体がプラスになるような取引のことで、その典型は交易だ。

君が山でキノコをたくさん採って、とても食べ切れなくて困っているとしよう。
するとそこに、川で食べきれないほど魚を釣った漁師が現われて、「キノコと交換してくれないともちかけた。

この取引では捨てるしかないキノコで美味しい魚を手に入れ、漁師は、腐らせるしかない魚で新鮮なキノコを手に入れた。
キノコと魚をもてあましていたときのそれぞれの満足度を50とすると、この交換によって2人の満足度は100に増えた。

全体としてみれば、100の富が交換によって200になったのだ。
このように、市場の取引(交易)はプラスサムのゲームなのだ。

でも世の中には、このことを理解できないひとが (ものすごくたくさん) いて、
貧しいひとたちから「略奪」しなければお金持ちになれるはずがないと信じている。
こうして、「お金持ち = 悪」「貧乏人 = 善」という話になっていくのだけど、はっきりいってこれはものすごくまちがっている。
もちろん世の中には悪徳商人はいるだろうが、これは貧しいひとのなかにも悪人がいるのと同じことだ。

グローバル市場が国を超えて巨大化した現代では、ほとんどの富はプラスサムの交易 (市場取引) から生まれる。
それは両方が得をする 「WinWin」 のゲームで、金持ちが貧乏人から奪しているわけではない。

このことが理解できないと、君はぜったいにお金持ちにはなれない。
略奪以外にお金を得る方法がないと思っている人間がお金持ちになろうとすれば、行きつく場所は刑務所だからだ。

美味しさはなぜつづかないのか ? p121

自由になるためにはお金が必要だとして、いったいいくら貯めればいいのだろうか。
100万円ではぜんぜん足りないが、100億円はいらないということは、誰だってわかるだろう。

人間には使えるお金に物理的な限界があり、お城のような豪邸に住む、
プライベートジェットや大型クルーザーを所有する、月旅行に行く、とかを望まないかぎり(ちなみに、どれもぼくはまったく興味がない)、お金の使い道なんてそんなにないのだ。

だとしたら、目標はいくらにすべきか?
その答えは、「富の限界効用が逓減して平衡状態になるまで」ということになる。

限界効用の逓減とはなにか?
これは経済学の基本だけど、ぜんぜん難しい話ではない。

p157

ひとを「身分」で差別してはいけないというのは、近代市民社会のもっとも重要な約束事だ。
ところが日本の会社は、社員を「正規」と「非正規」という身分に分けている。
これは現代の身分制のもので、いま日本社会の大きな問題になっている。
これを世界標準の働き方にそろえようというのが「働き方改革」だ。

伽藍とバザール p178

「日本のサラリーマンは世界でいちばん会社を憎んでいて、仕事に対して後ろ向きだ」というのは衝撃的なデータで、にわかには信じられないだろう。
でもこれは、OECD(経済協力開発機構)のような国際的な団体も含め、10を超える調査でわかったことだ。
先進国だけでも、新興国を入れても、世界平均でも、どんな調べ方をしても日本の順位は最低なのだ。

なぜこんなヒドいことになるのか、それを「伽藍とバザール」で説明しよう。
伽藍というのは、お寺のお堂とか教会の聖堂のように、壁に囲まれた閉鎖的な場所だ。
それに対してバザールは、誰でも自由に商品を売り買いできる開放的な空間をいう。

そして、伽藍かバザールかによって同じひとでも行動の仕方が変わる。
バザールの特徴は、参入も退出も自由なことだ。
商売に失敗して、「なんだ、あいつ口ばっかでぜんぜんダメじゃないか」といわれたら、さっさと店を畳んで別の場所で出直せばいい。
その代わり、バザールでは誰でも商売を始められるわけだから(参入障壁がない)、ライバルはものすごく多い。
ふつうに商品を売っているだけでは、どんどんじり貧になるばかりだ。

これがゲームの基本ルールだとすると、どういう戦略がいちばん有効だろうか。
それは、「失敗を恐れず、ライバルに差をつけるような大胆なことに挑戦して、一発当てる」だ。
もちろん、運よく成功するより挑戦に失敗することの方がずっと多いだろう。
でも、そんなことを気にする必要はない。
バザールでは、悪評はいつでもリセットできるのだから。

これを言い換えると、バザールの必勝戦略は「よい評判(「あの店、美味しいよね」「あ そこがいちばん安いよ」)をたくさん集めること」になる。
だからこれを、「ポジティブゲーム」と呼ぼう。

それに対して伽藍の特徴は、参入が制限されていて、よほどのことがないと退出できないことだ。
このような閉鎖空間だと、ちょっとした悪口(「あそこの店主、態度悪いよね」)が消えないままずっとつづくことになる。

その代わり、新しいライバルが現われることはないのだから、競争率はものすごく低い。
どこにでもある商品をふつうに売っているだけで、とりあえずお客さんが来て商売が成り立つ。

これがゲームの基本ルールだとすると、どういう戦略が最適だろうか。
それは、「失敗するようなリスクはとらず、目立つことはいっさいしない」だ。
なぜなら、いちどついた悪い評判は二度と消えないのだから。

このように、伽藍の必勝戦略は「悪い評判(失敗)」をできるだけなくすことになる。
こちらは「ネガティブゲーム」だ。

ここで強調しておきたいのは、ポジティブになるかネガティブになるかは、そのひとの個性とはまったく関係ないということだ。
ふだんはポジティブなひとでも、伽藍に放り込まれればネガティブゲームをするようになる。
同様にいつもはネガティブなひとも、バザールではポジティブゲームをする。
なぜならそれが、生き延びるための唯一の方法だから。

2人でつくった会社を1年で数億円で売却 p200

「ぬるい日本」で、実際、どのようにお金持ちになっていくのだろうか。
これはぼくのよく知っている若者のケースだけど、クラウドの技術を使って中小企業の会計を支援するシステムを思いついて、友だちと2人で会社をつくった。

VC(ベンチャー・キャピタル)は、起業したばかりの会社に投資して、
成長したら株式を上場したり、大企業に売却したりして収益をあげる投資会社だ。
日本にもそうしたVCがいくつもあるので、彼らは、「こんなベンチャーを始めました」という案内を片っ端からメールで送った。
そしたらすぐに、「話を聞かせてください」という連絡が来たので、自分たちの事業プランを担当者に説明した。

するとここから、不思議なことが起きた。
2社目のVCが来たときに、すでに別のVCと話をしているというと、担当者の顔色が変わって、「出資を検討させていただきます」というのだ。

2社目のVCが来たとき、「2種のVCから提案をもらっています」と話すと。
さらに顔色が変わってもっと真剣になった。
こうして何社かのVCと接触するうちに、最初は100万円単位だった出資額はあっというまに1000万円単位になった。

でもびっくりするのはここからで、彼らは会計ソフトの会社に「共同でビジネスしませんか』と営業に行っていた。
その席で、VCからの出資が決まりそうだと話すと、会計ソフト会社の役員から、「その話、ちょっと待ってもらえませんか」といわれた。
いったいなんだろうと思っていると、次に会ったときに「あなたの会社の株をすべて買います」といわれ、数億円の金額を提示されたのだ。
こうして彼は、会社をつくってわずか1年で一部上場の大手企業に株式を売却して、いまはそこで社長をしている。

なんでこんなことになるのだろうか。
彼の話を聞いて思ったのは、日本の大きな会社はもはやリスクをとったイノベーションができなくなっているということだ。
社内にいるのが「とにかく失敗したくない」というネガティブゲームに習熟した人材ばかりなら、経営陣がどれほど発破をかけても斬新なアイデアなど出るわけがない。

下手なことをやって失敗したら、定年までずっとそのことをいわれつづけるのだから。
こんな日本の会社が新しいビジネスに乗り出そうとすると、できることはひとつしかない。
見込みのありそうなベンチャーを片っ端から買収するのだ。
でもVCだってこのことには気づいていて、出資したベンチャー企業を高値で売却して儲けようと思っている。
すべてのライバルが同じことを考えているのだから、ひとつのベンチャー企業にみんなが殺到して、オークションと同じ理屈で価格(出資額)が競り上がっていくのだ。

p210

君は「愛がすべて」だと信じているかもしれない。
「友情ほど大切なものはない」とも思っているだろう。
ところで、愛や友情とはいったいなんだろう。

次のような場面を思い描いてほしい。
彼女とのデートで素敵なレストランでご飯を食べたあと、「これ、プレゼント」といっておしゃれなネックレスを渡すと、すごく喜んでくれるだろう。

その代わり、「今日は楽しかったよ」と、ネックレスの値段と同じだけの千円札を何枚かテーブルの上に置いたとしよう。
賭けてもいいけど、彼女との関係はその瞬間に終わる (女性の読者はその場面を想像してほしい) 。

そんなバカなことをする奴はいないと思うだろうけど、よく考えるとこれはヘンだ。
5000円のネックレスと千円札5枚は同じ価値だ。

彼女はもしかしたら、すでに似たようなネックレスを持っているかもしれない。
そう考えれば、5000円渡して好きなものを買ってもらった方がいいんじゃないだろうか。

これは理屈としてはまちがっていないし、経済学ではこう教える (だから評判が悪い) 。
なぜなら、あらゆるものにプライス(値段)がつけられると考えているから。

でもぼくたちの世界には、値段がつけられないプライスレスなものがあるのがある。
「愛」や「友情」もそのひとつだ。

愛はプライスレスだからこそ、無理に値段をつけようとするとかんたんに壊れてしまう。
デートのときテーブルの上に千円札を置いてはいけないのだ。

p230

無償でもたくさんのプログラマーがリナックスのプロジェクトに参加したがるのは「それがぼくには楽しかったから」(トーバルズの自伝の題名)だけど、
リナックスのコミュニティで高い評判を獲得すると、それがほかの仕事につながるからでもある。

リナックスの開発メンバーの中核にいるプログラマーを社員にすれば、
リナックス関連のシステムやソフトウェアをつくるのにものすごく有利だから、
シリコンバレーの会社が大金を払って獲得競争をする。
プログラマー(エンジニア)は実力次第で報酬が青天井に跳ね上がるプロ野球選手やサッカー選手と同じになってきたのだ。

p256

人的資本は「好きなこと・得意なこと」に一極集中する。
金融資本はグローバルマーケットに分散投資する(借金を背負って「マイホーム」という不動産に一極集中させない)。
社会資本は小さな愛情空間・友情空間と、広大な貨幣空間のネットワークに分割する。

これが来るべき時代の人生戦略になるだろう。 

p262

君はもしかしたら、大人になることを恐れているかもしれない。
でも、そんなことはぜんぜん心配することはない。もはや誰も大人にならないし、なれないのだ。

ここで「100倍の法則」を説明しておこう。
これは(たぶん)誰も教えてくれないだろうけど、これから君が生きていくのにとても大切なことだ。

「100倍の法則」をひとことでいうと、「加害は100分の1に、被害は100倍に評価する」になる。
これはヒトの本性なので、加害や被害の当事者がそれを客観的に知ることはぜったいにできない。

いじめっ子に「なんでそんなことをしたのか」と問い詰めると、「悪気はなかった」という。
これは言い訳をしているのではなく本心で、スピリチュアル(無意識)が加害を100分の1に評価しているのだ。

いじめられた子どもに「そんなに気にすることないよ」と慰めても、いつまでも泣き止まないのは、これとは逆に被害を100倍に評価しているからだ。

なぜこんなふうにできているかというと、その方が生きていくのに有利だから。
被害というのは、同じことを繰り返すと生命にかかわる出来事だ。
不機嫌そうな大人に近づいたらいきなり殴られたとしよう。

次から同じ失敗をしないようにするのは、この被体験をしっかり覚えておいて、
どういうときになにをしてはいけないかを学習するしかない。
この仕組みをうまくはたらかせるには、実際よりもずっと強く被害を意識した方がいい。

それに対して加害の方は、覚えておいてもなんの意味もない。
そんなものはさっさと忘れてしまってかまわないのだ。

これが「加害と被害の非対称性」で、個人と個人、集団同士、国と国との関係まで、この世界で起きるやっかいな問題のほとんどはここから発生する。

君がまず覚えておかなくてはならないのは、ひとにイヤなことをしたら、
君はすぐにそのことを忘れてしまうだろうが、相手はずっと(場合によっては死ぬまで)覚えているということだ。
これに気がつかないと、最初はいばっていられても、最後はたいていヒドいことになる。
いつのまにかまわりが敵だらけになって、なにかあったら足を引っ張ろうと復讐の機会を待っているのだから。

もうひとつ大事なのは、ひとからイヤなことをされても、それを過剰に考えすぎないことだ。
そのためのいちばんいい方法は、友だちに相談してみることだ。

「自分のことは自分がいちばんよくわかっている」と思うだろうが、これはまちがいで、友だちの判断の方がずっと正しい。
なぜなら友だちは当事者ではないので、「100倍の法則」に影響されないから。

友だちが「そんなのたいしたことじゃないよ。無視しとけばいいよ」といったら、君がどれほど傷ついていたとしても、その程度のことなのだ。
ただし、友だちもいっしょに巻き込まれているときは注意した方がいい。
被害感情が増幅して、ますます判断が歪んでしまう可能性がある。

学校での地位(スクールカースト)が実社会での成功とあまり関係ないということも覚えておこう。
生徒会長に選ばれるようなリーダーシップのある生徒が政治家や大企業の社長になるというのはもちろんあるけど、
それよりもカースト上位の生徒が社会に出るとぜんぜん目立たなくなったり、
下位カーストの(いじめられていた)生徒が起業家になったり、芸能や音楽、芸術の世界で有名になったりすることの方がずっと多い。