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「YOUR TIME ユア・タイム」を読んだ

投稿時刻2023年4月8日 06:40

YOUR TIME ユア・タイム」を 2,023 年 04 月 08 日に読んだ。

目次

メモ

時間の効率を気にするほど 作業の効率は下がってしまう p43

「分業によって作業の効率を高めれば、生産性は飛躍的に向上する」 
近代経済学の父アダム・スミスが、『国富論』で効率化の重要性を訴えたのは 1776 年のことです。
産業革命の本質は新しい技術の誕生にあるのではなく、無駄の削減とプロセスの改善による効率化の追求こそが重要なのだとスミスは喝破しました。

同じ考え方は、経営学者のフレデリック・テイラーやW・エドワーズ・デミングに引き継がれ、「効率の追求こそが美徳である」との思想に結実。
彼らの働きによってタイムマネジメントは科学となり、「少ない時間でいかに作業の量を増やせるか?」は先進国の原理原則になりました。
これは現代でも変わらず、無駄の排除と効率の追求は、いまも世界中のビジネススクールにおける主要なテーマです。
このように、短い時間に効率よく複数のタスクを詰め込んだ結果、大事なことに手をつけ忘れてしまったり、
無理な依頼を引き受けてしまったりといった問題が起きるケースは珍しくありません。

この現象を行動科学の世界では「トンネリング」と呼びます。 
運転しながら音楽を聞き、同時に助手席の人間とも会話し、
さらには目の前の通りを歩く知人の姿に気を取られれば、どんなベテランドライバーでも事故を起こす確率は挑ね上がるでしょう。

これと同じように、いくつものタスクを効率よくこなすうちに脳の処理能力が限界に達し、
適切な選択をする能力が下がってしまう現象がトンネリングです。
経済学者のセンディル・ムッライチタンらの研究によれば、トンネリング状態になった人は平均でIQが13ポイントも下落するとのこと。
この数値は、あなたが眠らずに一晩を過ごした際に起きるIQの低下度とほぼ変わりません。
効率を追う人ほどトンネリングにはまって忙しさが増し、
そのあとには「受信トレイを空にした」や「友人の頼みに応えた」という刹那的な自己満足だけしか残らず、
本当に大事なことにいつまでも集中できません。まさに悪循環です。

時間の無駄にこだわると創造性は下がる p47

もうひとつ、「創造性の低下」も、効率の追求が引き起こす大きな問題点です。
効率を目指して時間を意識すればするほど、私たちは良いアイデアを思いつきにくくなり、問題解決の能力も下がる傾向があります。
残念ながら。 人間の脳は拡散と収束を同時に使えるようにはできておらず、
集中力を高めようと思ったら創造性はあきらめるしかありません。

すなわち、いつも効率を求めて時間を気にしていると、私たちは収束的思考ばかり使うことになり、拡散モードの出番がなくなってしまいます。
その結果、創造的なアイデアの量は減り、やがてはプロジェクト全体の停滞につながるのです。
マッキンゼーの調査によれば、現代の仕事の7割では創造的な発想が求められます。
効率化をすべて否定したいわけではないものの、時間の無駄にこだわることでパフォーマンスが下がるのは事実であり、
そもそも効率アップばかりを目指していたら、新たな効率化のアイデアすら浮かばないかもしれません。
産業革命の時代ならいざしらず、現代的なやり方とはいえないでしょう。

時間の流れは意識の錯覚に過ぎない? p60

「過去はもはや存在せず、未来はいまだ存在しない。ゆえに時間は存在しないことへと傾いている」

4世紀のローマで活躍した哲学者アウグスティヌスは、「告白」の第1巻で、時間の不思議さに疑問を投げかけました。
この言葉が意味するところは、さほど難解ではありません。
たとえば、いまこの本を手にするあなたが、「1ページ前の文章を読んだ」という "過去の時間" を体験してみようといくらがんばっても、絶対にうまくはいかないでしょう。
その時点ですでに過去は過ぎ去り、あなたが体験できるのは、つねに "現在" でしかあり得ないからです。
この観察をもとに、アウグスティヌスは考えました。

人間は誰しもが過去と未来を客観的なものであるかのように考える。
しかし、実際の時間はみなが思うような確固たる存在ではない。
ならば時間の流れとは、実は意識の錯覚に過ぎないのではないか--。

過去も未来も頭の中にしか存在しないうえに、人間が体験できるのは現在しかないのだから、
そもそも時間が流れていく感覚とは、私たちの思考や感情と同じように意識が作り出した仮構の存在ではないのか、という考え方です。

なぜ TODO リストが効く人と効かない人がいるのか ? p87

すなわち、ToDoリストがうまく機能するのは、
やり残したことを外部にすべて吐き出したことで脳が安心し、持てる力をすべて発揮できるようになったからです。

過去が消えれば未来も消える p152

米コネチカット州に住むヘンリー・モレゾンが、てんかんの治療のために脳の手術を行ったのは1953年のこと。
9歳から続く激しい発作を抑えるべく、海馬や扁桃体のおよそ3分の2を切除する大手術が行われました。

おかげで無事に発作は止まり、術後の傷も順調に回復。
ようやく平穏な日々を過ごせるのかと思いきや、ヘンリーの苦難は終わりませんでした。
手術を終えた直後から、彼は自分の身に起きた新しい出来事を記憶できなくなったのです。

ヘンリーが思い出せるのは、ウォール街の暴落や真珠湾攻撃といった27歳までの事件だけで、
術後に知り合った人は何度会っても初対面にしか思えず、昨日見たばかりのテレビや映画も覚えられません。
すべての出来事は20秒以内に脳からこぼれ落ち、彼は "永遠の今" に囚われたまま556年の人生を終えました。

この症例からわかる事実はいくつもありますが、中でも興味深いのは、ヘンリーが過去を失うと同時に未来まで失ってしまった点でしょう。
すべての出来事を覚えられなくなった直後から、ヘンリーは未来の情景をまったく思い描けなくなりました。

明日も再び病院を訪れるだろう自分。1ヶ月後にも今と同じ家に住んでいるだろう自分。
1年後には海外に旅行しているかもしれない自分。

私たちはみな日常的に未来の自分を思い描き、そのイメージをもとに日々の意思決定を行います。
しかし、ヘンリーの頭に浮かぶ未来像はつねに空白で、目の前にホワイトボードを置かれたような状態だったというから驚きです。

「人生はやるかやらないかだ」でメンタルが病む p203

ビジネス書の世界などでは、「人生はやるかやらないかだ」といったアドバイスをよく耳にします。
だらだらと悩んで時間を費やすのではなく、とにかくスピーディに行動を起こして効率と生産性を高めることの大事さを訴えた言葉ですが、
下手に実践すると、メンタルの悪化につながります。
裕福で学歴もある学生に問題が起きやすい理由を、研究チームはこう推測しています。
「『人生はやるかやらないかだ』という生き方が、いま世界中に広まっている。
しかし、この考え方が個人と社会に及ぼす影響をもっと真剣に考えるべきだ」

目標に向かってすばやく行動を起こすのが悪いとは言わないものの、
現代では「やるかやらないかだ」に代表される行動規範のプレッシャーが強く、メンタルを病んでしまう若者が多く見られます。
効率と生産性の暗黒面であることは間違いないでしょう。

効率化の意識が生産性を下げる p205

効率や締め切りを強調する企業は、実は従業員の生産性が低い傾向があります。
ウィリス・タワーズワトソン社が行ったリサーチでは、日本をふくむ世界22カ国から2万2347人のビジネスパーソンを集め、
それぞれの職場におけるプレッシャーレベルをチェック。

このデータを全員の仕事ぶりと比べたところ、
高い目標や生産性を重んじる上司のもとで働く者ほどストレスが多く、
仕事のモチベーションは低く、病欠の確率が高く、生産性が下がる傾向が認められました。

このような現象が起きるのは、効率アップと締め切りの追求で、ストレスが慢性化するからです。
いつも時間のプレッシャーにさらされ続ければ、本人が気づかずとも心身は慢性的に緊張を続け、ほどなく私たちの脳は負荷に耐えきれなくなります。
その結果、最後には心身のバランスが崩れ、ネガティブな思考や睡眠障害、音や光への過敏さなどが起き、生産性の低下につながるのです。

「時間の管理を使った効率化」は近代の発明でしかない p210

さらに、テイラーが生んだ「時間管理」の発想は、ほどなく工場から個人の生産性にまで及びます。
1918年、アイビー・リーという経営コンサルタントが、ある鉄鋼メーカーから依頼を受け、ホワイトカラーの社員に次のテクニックを指示しました。

寝る前に明日やるべき仕事を6つ選び、優先順位に従って並べ替える
翌朝、リストの一番上から順にタスクをこなしていく

現代のToDoリストによく似たシンプルな方法ですが、
これに感動した依頼主は、現代の価値で約4000万円の小切手を支払ったというから驚きです。
かくして、歴史上ではじめて時間術によって大金が動き、その後、世界中にタイムマネジメント産業が立ち上がるきっかけになりました。

以上のストーリーでもっとも重要なのは、「時間の管理を使った効率化」が、ごく近代の発明でしかないという点です。

文学に親しむ p233

同大学が行った実験では、100人の学生を集めたうえで、そのうち半数に短編小説を読むように指示。
残りの半数には普通のエッセイを読んでもらったところ、小説を読んだグループのみ「認知の耐性」に改善が見られました。

認知の耐性とは、明確な答えをすぐ求めずに、あいまいさを放置できる能力のことです。
本や映画のエンディングを待てずに先にラストを見てしまったり、ネットで注文した商品が届くまで配送状況を何度も確認したりと、
不確かな状況にいらだちを覚えやすい人は認知の耐性が低いと言えます。

この能力の重要性は複数のテストで確認されており、シンシナティ大学などのレビューでも、
認知の耐性がない人ほど深い思考ができず、創造的なアイデアを出すのが苦手で、メンタルを病みやすいと報告されています。

それもそのはずで、私たちの人生はどんなときでも不確実性に満ち、はっきりした答えが見つかることなどまずありません。
それなのに効率や生産性を求め続けてばかりいたら、常にネガティブな感覚に支配されるのは当然でしょう。

他人のために時間を使う p237

効率と生産から身を引き離すには、他人のためになることに時間を使うのも効果があります。
その後、被験者の主観的な時間の感覚を調べたところ、おもしろい違いがあきらかになります。
他人のために活動したグループは、自分のために活動したグループよりも、 "体感される時間" が2倍も長くなり、
「今日はいつもより時間がある」と答える確率が大きく増えたのです。
「人のためになる活動」はどんなものでも構わず、後ろから来た人のためにドアをキープしたり、
同僚にコーヒーをおごったり、誰かに道を教えてあげたりと、ほんの小さな親切を行うだけでも十分な意味があります。
まずは1週間ほど親切な行為を続け、あなたの時間感覚に変化が出たかどうかをセルフチェックするといいでしょう。

退屈が脳の感受性をレギュレートする p257

ところが、ハーバードの授業のように退屈を突き詰めると、ある種の逆転現象が起こります。
脳が退屈に慣れたおかげで外部の刺激への閾値が下がり、いつもは見過ごしていただろう細かな情報や、
なんの役にも立たないと思われた些細な情報が、心から興味深く感じられ始めるのです。

この現象をたとえるなら、騒音の激しい都会から田舎に移り住んだら、自然音の些細な変化に気づけるようになったようなもの。
退屈が脳の感受性をアップレギュレートしたおかげで、小さなデータが「印象的な想起」として蓄積されやすくなったわけです。
芥川龍之介の言葉にならえば、「あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じ」られる状態とも言えるでしょう。

退屈の先に起きる時間感覚の変化について、ジェニファー・ロバーツは「減速は前向きなプロセスだ」とコメントしています。
情報にあふれた現代では、私たちは「どれだけ大量のデータにアクセスするか?」にばかり意識を向けがちで、
コンテンツの表面を軽くなでただけに終わることが珍しくありません。