「運の方程式」を 2,023 年 12 月 18 日に読んだ。
目次
- メモ
- p4
- p10
- p37
- p38
- p50
- p54
- p66
- p75
- p76
- p78
- p101
- p117
- p128
- 運を活かすには、多彩な行動だけでは足りない p140
- p147
- p192
- p195
- p199
- p204
- 侵襲対策トレーニング 1 名言ワークアウト p205
- 侵襲対策トレーニング 2 エビデンス法 p207
- 侵襲対策トレーニング 3 プラスマイナス法 p209
- p225
- 心の迷走が、あなたを過去の成功から解き放つ p234
- p240
- p241
- シンプルな運動 p242
- 手だけを動かす作業全般 p243
- p250
- トレーニング 7 孤独を選ぶ p251
- 失敗と成功に心を動かされず、ただ方程式を使い続ける p259
メモ
p4
運の力を信じる著名人も多く、たとえばビル・ゲイツは、裕福な家庭に生まれたアドバンテージを活かし、私立の名門男子校レイクサイドスクールに入学。
同校は1968年の時点でコンピュータを取り入れた先進的な教育で知られ、ここでプログラミングを学んだゲイツは、
誰よりも早くソフトウェアの重要性を認識することができました。
さらに、マイクロソフトを立ち上げたゲイツは、自身の母がIBMの会長と交友があった幸運にも恵まれ、当時はまだ零細だったベンチャーにもかかわらず、大型の契約を結ぶまでに至ります。
ゲイツ本人も、これらの機会がなかったら、「マイクロソフトはこの世に存在していなかった」と発言しており、才能や努力と同じぐらい幸運の重要性を認めているようです。
同じように、グーグルの創業者セルゲイ・ブリンとラリー・ペイジは、90年代に自分たちの会社を100万ドルで身売りしようとするも、幸いにも取引先のエキサイト・コムと同意に至らず決裂。
おかげで2人が生んだネット検索の技術は独自性を保ち、その後、グーグルが帝国を築いたのは有名な話でしょう。
なかには己の才覚を誇る著名人もいるものの、少なからぬ成功者が運の重要性を認めているようです。
p10
研究者によって微妙な違いはあるものの、おおかたの見解によれば、「運のつかみ方」は次のようにまとめられます。
「幸運 = (行動 x 多様 + 察知) x 回復」
p37
そして、行動・多様・察知という3つの要素を押さえたうえで、最後にもうひとつ欠かせないのが「回復」のスキルです。
こちらは文字どおり失敗から立ち直る能力のことで、挫折の痛みからすみやかに抜け出し、再び新たなチャレンジに挑めるメンタリティを意味します。
運をつかむために回復力が大事なのは当然でしょう。
ひとつやふたつの失敗でめげていたら、幸運の大前提である行動量と多様性を増やすことができません。
行動が増えなければ良い偶然が舞い込むこともなく察知力を活かすチャンスも失われてしまいます。
言うまでもなく人生に失敗はつきものであり、死ぬまでに一度も挫折を経験しない人とは、生涯で何もしなかった人だけです。
となれば、失敗を前提条件として受け入れ、回復力を養うしかありません。
p38
古代ローマ時代の哲学者セネカは、いまから 2000 年以上も前に「幸運は準備と機会が出会ったときに起こる」と主張し、
発明王のトーマス・エジソンも、「幸運はチャンスと準備が一致したときに実現する」との言葉を残しました。
両者とも準備の重要性を強調している点は同じです。
さらには、ニュートリノ天文学でノーベル賞を受けた小柴昌俊の自著にも、似た言葉が認められます。
「たしかに、わたしたちは幸運だった。
でも、あまり幸運だ、幸運だ、とばかり言われると、それはちがうだろう、と言いたくなる。
幸運はみんなのところに同じように降り注いでいたではないか、
それを捕まえられるか捕まえられないかは、ちゃんと準備していたかいなかったかの差ではないか、と。」
ここでもまた、準備の重要性が強調されています。
あくまで個人の体験談ながら、古今東西の天才たちが同じ結論に至っている事実は、やはり注目に値するでしょう。
p50
その一方で、「人付き合いが好き」「不安になりやすい」といった性格は、いずれも天才とは関係がありませんでした。
フィクションの世界では、「神経質で社交が苦手な天才」といったステレオタイプも見かけますが、実際に天才と凡人を分けるのは好奇心の有無だったのです。
量子電磁学の基礎を築いた天才リチャード・ P ・ファインマンは、
まだ MIT の学生だったころ、「小便は重力によって体から自然に出る」と主張する友人に対し、逆立ちをしても排尿ができることを自ら実践してみせて反論。
その後も、研究を進めるかたわらで金庫破りの技術にも興味を持ち、ロスアラモス国立研究所に所属してからは、機密書類が入ったキャビネットを解錠する遊びをくり返しました。
さらに、アートにも関心を寄せたファインマンは、芸術家の友人から毎週のように絵画の手ほどきを受けたほか、趣味で始めたボンゴの演奏もプロ並みの腕前になり、演劇やバレエの公演のために劇場で演奏することもあったほどです。
異文化への興味も強かったようで、学会で来日した際には片言ながらも日本語をしゃべったほか、主催者が用意した洋風のホテルを断り、地方の古びた和式旅館まで出向いたと言います。
晩年、自身の業績について尋ねられたファインマンは、こう答えました。
「ファインマンと聞いて思い出してほしいのは、僕が好奇心いっぱいの人間であったということ、それだけだ」
生涯にわたって“おもしろさ”を追求したファインマンは、心がおもむくままに科学とアートを横断しながら偉大な成果を残しました。
まさに好奇心の怪物です。
同じく、シュールレアリスムを代表する芸術家のサルバドール・ダリも、好奇心に満ちた天才として知られます。
最初は画家としてキャリアをスタートさせるも、ほどなく絵画を描くだけでは飽き足らなくなり、悪夢的なイメージを描いた実写映画『アンダルシアの犬』や、ディズニーと組んだ短編アニメーションを制作。
キャリアの中期には、「隠された顔」と題した長編小説で貴族の退廃的な生活を描いたかと思えば、フィゲーラスにある劇場美術館や漁村に建てた自宅の設計も手がけています。
その好奇心は晩年も衰えず、宝飾や家具のデザイン、チュッパチャップスのロゴデザイン制作などを引き受け、しまいには科学者を集めてディベートさせるイベントまで主催しました。
自らの行動原理について、ダリは次のコメントを残しています。
「大切なのは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない」
生涯にわたって多様な活動からフィードバックを得たダリは、それによって最期まで斬新な表現を生みました。
得意分野にとどまらずにあらゆるジャンルに手を出し、混沌を拡大し続けることこそが、ダリの人生そのものだったのです。
p54
このように、多様性の豊かな行動によって大きな成功を収めたのが、ヘッジファンドで 1 兆円の資産を得たジェームズ・ H ・シモンズです。
幼いころから数字が好きだったシモンズは、大学で数学を学んだあと、アメリカ国家安全保障局で暗号解読の仕事に尽力するも 4 年で退職。
再び学問の世界に戻ってハーバード大学で教鞭をとりはじめたところ、今度は資産運用に興味が向かい、「ルネッサンス・テクノロジーズ」なるヘッジファンドの設立を決めます。
ビジネス経験がゼロのまま起業を進めた彼に対し、周囲はみな失敗を予想しました。
しかし、シモンズはここから意外な行動に出ます。
普通ならば専門のアナリストやエコノミストを雇って運用を始めるところを、
物理学者、信号処理の専門家、天文学者、言語学者といった多彩な科学者を雇い入れたうえに、
そこへ自分のキャリアで学んだ数学とコンピュータの技術を組み合わせ、オリジナルの運用モデルを作り上げたのです。
当然、そんな素人の運用モデルなど無用の長物だと誰もが思いましたが、現実はシモンズに大きな勝利をもたらします。
ファンドの資産額は17年で6600万ドルから100億ドルにまで成長し、年間リターンの平均が39%という驚異的な数字を叩き出しました。
自身の成功を、シモンズはこう説明します。
「独創的なことをすべきだ。群れを追ってはいけない。そして、最大の指針は『幸運を願う』こと。それが一番大切だ」
確かに、ルネッサンス・テクノロジーズのように、太陽の黒点や月の位相が市場に及ぼす影響や、パリの天気とマーケットの相関まで調べたヘッジファンドはほかにありません。
これほどまでに飛び抜けた独創性は、シモンズが多様性のある行動を積まなかったら生まれなかったでしょう。
p66
「好奇心アクションリスト」を実践する際には、ぜひ「反新奇バイアス」に気をつけてください。
反新奇バイアスは、無意識のうちに未知の体験や見知らぬ情報に嫌悪感を抱く心理メカニズムのことです。
「新しいものごとに触れるのはいいことだ」と頭ではわかっていても、現実では昔と変わらない行動をくり返す人は珍しくありません。
p75
運をつかむために人間関係が欠かせないのは、深く考えずともおわかりいただけるでしょう。
旧友から思わぬ情報が手に入ったり、飲み会の出会いが新たな仕事に結びついたりと、予期せぬ幸運の大半は他者からもたらされるからです。
一例として、ニコラ・ロメオという技術者のケースを見てみましょう。
イタリアに生まれたロメオは、35歳のころに故郷で機械工として起業を考えたものの、資金が足りずに断念していました。
ところが、そんなある日、電車で隣に座ったイギリス人と何げなく雑談を始めたことで、彼の人生は好転します。
そのイギリス人は、じつは機械の素材を扱う会社の役員であり、雑談のなかでロメオが腕利きの技術者である事実に気づくや、同社のイタリア支店にスカウトしてきたからです。
大喜びで誘いに乗ったロメオは、それから支店の経営で成果を上げ、ほどなく同じような製造会社の買収をスタート。
1915年には自動車マニアが運営する企業を買い取り、この会社に「アルファロメオ」と名付けました。
p76
成功を収めた写真家は、他ジャンルのアーティストや他国のキュレーターといった幅広い関係者と交流しつつも、
それぞれの相手と深い友情を築くわけでもなく、たまにパーティーで言葉をかわすぐらいの薄い関係を維持していました。
ところが、キャリアにつまずいた写真家は、特定のアーティストやキュレーターとだけ仲を深めるも、付き合いの幅は狭い傾向があったのです。
p78
また、社会的ネットワークが成功をもたらすのは、アートの世界だけではありません。
多様な人材の交流は、ビジネスの成功にもつながります。
たとえば、アメリカの企業506社の売り上げを調べた研究では、スタッフの人種やジェンダーに多様性がある企業ほど業績が良く、多様性が高い企業の63%が平均より上の利益を出したのに対し、多様性が低い企業は同じ数値が47%まで低下しました。
45の企業で働くマネジメント層を対象にした調査でも、多様な人種、ジェンダー、職種の人との付き合いが多い者ほど、革新的なプロダクトを生む確率が高いと結論づけています。
p101
古代ギリシャの哲学者ソクラテス、相対性理論を生んだアインシュタイン、啓蒙主義を代表する歴史化ヴォルテール、
人類史に名を残す3人の天才は、いずれも「間い」の大事さを主張し、あらゆるものごとに死ぬまで疑問を持ち続けました。
ほかにも「問い」を支持した偉人は多く、現代経営学の父ピーター・ドラッカーは「重要なのは正しい答えを探すことではなく、正しい問いを探すことだ」と断言。
天才物理学者エドワード・ウィッチンも、「いつも私は答えを探す意味があるぐらい難しく、実際に答えられるぐらいやさしい問いを探している」といった言葉を残しています。
複数のデータでも「問い」の重要性は明らかで、なかでも代表的なのが、マインドセット研究で有名なキャロル・ドゥエックらの調査です。
ドゥエックらは864人の男女を集め、全員に「普段からどれだけ自問しながら生活しているか?」を尋ねました。
たとえば、何かに行き詰まったときに「自分にできることは何か?」「もっとうまくやるには?」と自問したり、
学習に進歩がないと感じたときに「もっといい方法はないか?」「先に進むために何ができるか?」と問いを立てたりと、日々の生活で意識的に自問自答を行っているかどうかを調べたのです。
結果、「問い」のメリットは、人生のさまざまな場面で認められました。
日ごろから自問をくり返す者ほど大学の成績平均点 (GPA) が良く、学習、健康、貯金などの目標の達成率も高く、実験室で行われた認知テストの結果も上だったのです。
とくにおもしろいのは、これらの結果が、参加者が考えた解決策の量や質とは、独立して確認された点でしょう。
簡単に言えば、あなたが抱いた問いに対して、正しい答えを出せるかどうかはさほど重要ではなく、ただ目の前の出来事になんらかの問いを立てただけでも、私たちはパフォーマンス改善のメリットを得られるわけです。
p117
その答えは、ネガティブな情報に意識が向きやすい人ほど、視野が狭くなってしまうからです。
たとえば、あるドライバーが車を運転していたところ、対向車線にスピード違反の車が現れ、すさまじい速度ですれ違ったとしましょう。
このような場面では、優良ドライバーは「危なかった」とだけ思って、すぐに目の前の道路に意識を向け直します。
ところが、事故が多いドライバーは、いつまでもスピード違反車の情報が頭に残り、簡単に注意を切り替えられなくなるのです。
このような現象を専門的には「ネガティビティ効果」と呼びます。
肯定的な情報よりも否定的な情報に関心が向く心理のことで、この傾向が強い人は、人生の悪いところばかりが気になり、それゆえに視野が狭まってしまうわけです。
p128
試しに、あなたが何か重要な間違いに気づいたときのことを思い出してみてください。
政治的な問題、精神的な信条、人生でやりたいことなど、自身のアイデンティティに関わることで、最後に考えを改めたのはいつだったでしょうか?
そして、それはどのような気分だったでしょうか?
おそらく大半の人は、かなりの苦痛を感じたか、最後まで考えを変えなかったかの、どちらかだったはずです。
事実、デューク大学の調査でも、参加者に「他人と意見が違ったときに自分が正しい確率はどれぐらいか?」と尋ねたところ、じつに82%が「他人と意見が合わないときは、ほぼ自分が正しい」と答えています。
逆に「自分が正しいケースは半分以下だ」と答えた人の数はわずか4%にすぎません。
私たちが、いかに自分の考えに固執したい生き物なのかがわかるでしょう。
知的謙虚さの研究で有名なマーク・リアリーは、こんなことを言っています。
「人生においては、ほとんどの人がもう少し自信を失ったほうがよい。自分の信念や意見に関しては、誰もが必要以上の自信を持っているからだ」
つまり、ここまでの文章を読んで「知的謙虚さを鍛えたい」と素直に思えた人ほど、すでに知的謙虚さを持っている可能性があります。
逆もまたしかりで、もしあなたが「私は知的謙虚さがある」と感じたなら、それは危険信号です。
運を活かすには、多彩な行動だけでは足りない p140
1886年、アメリカの薬剤師だったジョン・ペンバートンは、新たな調合薬の開発中に水と間違えて炭酸水を使ってしまったところ、おいしい清涼飲料水の開発に成功。
これに「コカ・コーラ」という名をつけ、疲労回復に効く薬用ドリンクとして売り出しました。
その後、事業は少しずつ成長を続けましたが、ほどなく思わぬ事態が起こります。
コカ・コーラの販売を始めてから2年が過ぎたころ、ペンバートンはコカ・コーラの権利をたった1ドルで売り渡してしまったのです。
この事件には複数の原因が存在しますが、なかでも大きかったのは、ペンバートンが薬用ドリンクとしての販売にこだわったため、思いのほか売り上げが伸びなかったせいだとされます。
コカ・コーラがいまの地位を確立したのは、事業家のエイサ・キャンドラーがコカ・コーラの権利を買ったあとで、商品をスタイリッシュな瓶に詰め替え、「爽やかな清涼飲料水」としてブランディングし直してからのことでした。
このエピソードからわかるのは、人生を探索して多様な経験を積むのが大事なのはもちろん、それと同時に、特定のアクションにコミットし続ける作業も欠かせないという点です。
簡単に説明しましょう。
ここまでのプロセスで、私たちは運の発生率を高めてきました。
1章では行動量と多様性のふたつを増やして、良い偶然が舞い込む確率を改善。
続く2章では、「問い」のパワーを使って世界の変化に気づく能力を養いました。
ここまでのトレーニングをひとつかふたつこなすだけでも、運をつかむチャンスは確実に増えるでしょう。
とはいえ、この段階でトレーニングを終えてしまうと、大きな成功は望めません。
コカ・コーラを生んだペンバートンは、「おいしい液体の開発」という運には恵まれたものの、途中で販売を投げ出したせいで、自分の発明が持つポテンシャルを活かせませんでした。
p147
つまり、「幅広い実験」と「一点集中」はつねにワンセット。
このふたつを交互にくり返すことで、私たちは運を正しく活かせるようになります。
何度も見てきたように、たんに世界を探索しただけでは、私たちは運のポテンシャルを引き出せません。
RPGのメタファーで言えば、攻略のヒントをつかんだところでプレイをやめてしまうようなものであり、そこからさらに重要なクエストに挑まなければ、エンディングに向かうのは不可能でしょう。
p192
過去の事例を見ても、これらふたつのスキルによって、名声を勝ち得た著名人は少なくありません。
たとえば、J・K・ローリングの『ハリー・ポッターと賢者の石』は出版社から12回も拒否されたことで有名ですし、
リチャード・バックの『かもめのジョナサン』は18回の却下を言い渡され、マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』も、刊行までに38回の不採用を食らう憂き目にあっています。
さらに言えば、『失われた時を求めて』で有名なマルセル・プルーストは、第一作目を何度も断られたあげくに自ら出版費用を捻出。
『人間喜劇』で知られる劇作家ウィリアム・サローヤンに至っては、最初の短編を売るまでに7000回もの不採用通知を受け取りました。
いずれも後世に名を残す作家でありながら、キャリアの初期には大きな挫折を味わったわけです。
しかし、これらすべての作家に共通するのは、挫折からの復帰が速い点でした。
ローリングもバックもミッチェルも、みな不採用を知らされるや改稿に取りかかり、物語の構成を変えたり、登場人物の性格を改善したりと、すぐに新たな行動を起こしたのです。
このような回復力なしには、どの作家も長期的な名声は勝ち得なかったでしょう。
p195
科学的な実験においては、あらゆるパターンの失敗が何度も起こります。
電球の発明までにエジソンが2000個を超えるフィラメントを無駄にしたように、
ノーベル化学賞を受賞した白川英樹のチームが必要な触媒の量を1000倍も間違えたように、科学と失敗を切り離すのは不可能です。
科学とは、そもそもが仮説と検証を前提とする営みなので、こればかりはどうにもなりません。
そのため、科学者のマインドセットを持つ人は、失敗をただの“データポイント”として扱います。
実験のプロセスにミスがあろうが、仮説とは異なる結果が出ようが、すべては最終的な答えに近づくために必要なデータでしかないのです。
こうした失敗のとらえ方は、一般的な失敗のイメージとは大きく異なるでしょう。
現代社会では、失敗を「自己の欠陥」と同等にみなす傾向が強く、それゆえに私たちの多くは挫折を無能の証拠だと思いがちです。
ダイエットに挫折したあとで「私は自己管理ができない人間だ」と考えたり、仕事の交渉でミスした自分を「全然スキルが足りていない」と責めたりと、失敗のせいで自らが欠陥品であるかのような気分になった人も多いでしょう。
失敗を無能の証拠のようにとらえていたら、気持ちが落ち込むのは当たり前です。
その一方で、科学者にとっての失敗は、能力の低さを示す根拠にはなりません。
実験の失敗は仮説のエラーを示す情報のひとつでしかないため、どのようなミスや間違いを犯そうが、それは真実に一歩近づいた証拠にすぎないからです。
p199
ちなみに、科学者マインドセットは、「失敗を楽しもう」「進んで失敗しよう」といったアドバイスとは異なるので注意してください。
たとえ一流の科学者でも失敗は嫌がるのが普通ですし、重要な実験に失敗すれば落ち込みます。
決して自分のミスに大喜びするわけではありません。
もっとも重要なのは、「世界は壮大な実験室である」という視点を忘れないことです。
新しいチャレンジを何度も続けながらも、「私は世界のなかで仮説を立て続け、その確からしさを検証しているのだ」といった態度さえ維持できれば、あなたは限りなく失敗から自由になることができます。
p204
アクセプタンスは「受容」を意味する英単語で、簡単に言えば、「人生には失敗がつきものである」という事実、
そして「自分は間違いを犯す人間だ」という事実のふたつを受け入れ、侵襲の改善を目指すトレーニングです。
自己批判の問題に受容が効くのは有名な話で、たとえばノースウェスタン大学の調査では、
侵襲を受け入れるトレーニングを行った参加者は、みんなが失敗をポジティブにとらえ、
状況を改善するためのモチベーションが改善し、さらにストレスによる衝動買いや過食の頻度まで減りました。
近年では、薬物やアルコール依存の治療にアクセプタンスが使われるケースも多く、いずれも大きな成果を上げています。
もちろん、過去の過ちを受け入れるのは簡単ではないものの、ありがたいことに効果が高いトレーニングがいくつか存在します。
代表的なものを3つ見てみましょう。
侵襲対策トレーニング 1 名言ワークアウト p205
「名言ワークアウト」は、侵襲対策のなかではもっとも手軽なトレーニングです。
実銭の方法は非常にシンプルで、偉人が残した言葉のなかから、受容の大事さを示した名言に接するだけです。
そんなことでいいのかと思われそうですが、名言の効果はあなどれません。
先に見たノースウェスタン大学の実験によれば、受容にまつわる名言を読んだ参加者は、大半が失敗を受け入れる精神が育ち、少しずつストレス耐性も高くなったと言います。
世の中で広く偉人の名言集が読まれるのには、やはり相応の理由があるのでしょう。
有名な例は以上ですが、受容の大切さを示した言葉は、ほかにも大量に存在します。
日本の古典、現代小説、漫画、歌詞など、日々の暮らしで似たような文言を見かけることも多いはずです。
もし今後アクセプタンス系の名言を見つけたら、メモ帳に書き残しておきましょう。
そのうえで、自分なりの名言集を作っていくのも、良いトレーニングになります。
侵襲対策トレーニング 2 エビデンス法 p207
こちらも手軽な侵襲対策のひとつで、あなたの脳内にわき上がった批判的な思考について、具体的なエビデンスを探してみるトレーニングです。
といっても難しいものではなく、侵襲に襲われたらふたつの質問を自分に投げてみてください。
1 この悪い状況 (手痛い失敗、他人からの批判、ネガティブな感情など)は、自分の良いところを完全に打ち消してしまうだろうか?
2 この悪い状況は、自己批判の内容を証明する証拠や裏づけとして使えるだろうか?
たとえば、あなたが仕事で重要なデータをなくして顧客から怒られ、「私はいつも同じミスをしている」と考えたとしましょう。
この場面でエビデンス法を使うと、次のようになります。
「顧客からの批判は当たり前だが、これで自分の良い面が台なしになったわけではない。
事実、過去には同じ顧客から手際のよさをほめられたこともある」
「また、今回の失敗は、私が『いつも同じミスをする』証拠とは言えないだろう。
いままでデータの扱いが万全だったとは言えないが、データの紛失を何度も起こしたような事実はない」
普通に考えれば、たったひとつの失敗だけで、自分の能力を判断できるはずがありません。
よしんば同じミスが続いたとしても、それであなたの長所や過去の業績まで帳消しになることもないでしょう。
たいていの自己批判は特定の問題を大げさに拡大しただけにすぎず、現実には正当な根拠を欠くことがほとんどです。
エビデンス法の質問には、そのような事実に気づかせてくれる働きがあります。
このトレーニングを何度か続けることで、あなたの脳は段々と侵襲の内容を疑いはじめ、
やがては自己批判の罠から抜け出すことができるのです。
侵襲対策トレーニング 3 プラスマイナス法 p209
3つめの「プラスマイナス法」も、簡単な手順により、侵襲が持つ根拠のなさを暴いていくトレーニングです。
まずは実践のステップから見てみましょう。
1 「学校」または「仕事」において、自分が良くできたことを3つ書き出す (例:先日、企画書をほめられた)
2 「学校」または「仕事」において、自分が良くできなかったことを3つ書き出す (例:プレゼンで言葉に詰まった)
3 「プライベート」において、自分が良くできたことを3つ書き出す (例:運動が習慣化した)
4 「プライベート」において、自分が良くできなかったことを3つ書き出す (例:友人との約束を破った)
言わずもがな、どのような人でも、人生のなかで「良くできたこと」と「良くできなかったこと」の両方を経験したことがあるはずです。
それにもかかわらず、侵襲の罠にはまった人は、あたかも自分の人生を失敗の連続のように思い込みます。
脳内がいつもネガティブな思考で埋め尽くされていたら、そんな思いにとらわれても無理はありません。
その点で、プラスマイナス法は、「人生には薬があれば苦もある」というシンプルな事実を私たちに思い出させてくれるのが最大のポイント。
これまた単純なトレーニングながら、侵襲の罠で目が曇った人が実践すると、急に霧が晴れたような気分になるケースもよく見かけます。
侵襲の問題にお悩みなら、試す価値があるでしょう。
ちなみに、どのトレーニングを使うにしても、侵襲の対策をする際は、
受容のことを「自分のすべてを好きになろう」「ありのままの自分でいよう」「自分を甘やかそう」といった主張と同じものだとは考えないでください。
受容で目指すべきは、自分を“最高の友人”として扱う技術を身につけることです。
どれだけ自分に厳しい人でも、親友の失敗にまで、同じように批判をする人は少ないでしょう。
もし親友が落ち込んでいたら、たいていの人は「そんなに落ち込む必要はない」と優しい言葉をかけるか、
「次に修正すればよい」と具体的なアドバイスをするか、「運動不足は体に悪いよ」などと軽くいさめるかの3択を選び、相手を無闇に非難したりはしないでしょう。
このように、自分の失敗についても、親友と同じように対応するのが最大のポイントです。
いたずらに自分を責めず、かといって甘やかすでもなく、親友と同じ距離感であなた自身に接するよう心がけてください。
p225
何度も見てきたとおり、私たちの脳は、手痛い失敗を経験したときほど自分の長所を忘れ、過去に執着するように設計されています。
この罠から抜け出すには、意識して自己認識を掘り下げるのがベスト。
自己認識クエスチョンは、何度かくり返すごとに回復力が身につくため、
1回試して終わりではなく、定期的なトレーニングとして行ってみてください。
心の迷走が、あなたを過去の成功から解き放つ p234
特定のゲームへのこだわりを捨てるために、本書では「心の迷走」という考え方を採用します。
心の迷走とは、目の前の作業とは関係のない無益な思考が脳内に浮かぶ状態のことです。
仕事中に「昨日見た動画はおもしろかったな……」「このあと何を食べようか……」など、毒にも薬にもならない思考やイメージが脳内に浮かび、ついつい作業がおろそかになったような経験は誰にでもあるでしょう。
研究によれば、ほとんどの人は1日の思考の46.9%を「心の迷走」に費やすと言います。
こういった脳の働きは、過去の幸運にしがみつく気持ちを打ち破るために欠かせません。
心の迷走によって浮かんだ無益な思考が、私たちの新たな可能性を引き出してくれるからです。
このメカニズムを理解するために、ミステリー作家のレイモンド・チャンドラーを例にしてみましょう。
チャンドラーは、「大いなる眠り」や「長いお別れ」などの傑作で知られる、犯罪小説の大家です。
叙情性の高い名文家として知られ、その後の探偵小説やミステリー映画に与えた影響は計り知れません。
興味深いのは、チャンドラーが執筆の際に設けた独自ルールです。
彼は「1日4時間は何もしない」と決めており、その間は絶対に遊びに出ないのはもちろん、読書や運動、部屋の掃除など、あらゆる行為を自らに禁じました。
唯一の例外は、4時間のあいだに思いついたアイデアを書き出すことのみで、それ以外は、ひたすら何もせず室内でくつろぎ続けたと言います。
天才の奇行としか思えぬ逸話ですが、この独自の執筆スタイルは、チャンドラーに大いなる恩恵を与えました。
何もせず思考をさまよわせるうちに、脳内に浮かぶイメージが思わぬ形でつながり、それが新たな表現のヒントになったからです。
ヒッチコック映画のワンシーン、過去に読んだパルプフィクションの一節、散歩中に耳にした何げない会話の記憶――。
チャンドラー自身の言葉にもあるとおり、「論理的になればなるほど創造性は失われる」ものであり、その代わりに彼は脳内に浮かぶランダムな情報を見守り続けました。
「さよならをいうのは、少し死ぬことだ」「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」などの名フレーズは、心の迷走から生まれたのです。
心の迷走がもたらす創造性の高まりは、いい意味でも悪い意味でも、私たちの運を左右します。
まず良い側面は、私たちの脳内から大量の情報を引き出し、枠にはまった考え方から解き放ってくれる点です。
チャンドラーが実践したように、心の迷走は、あなたが過去に吸収した大量の記憶をあらためて意識の上に浮かびあがらせ、それぞれを有用な形で結びつける手伝いをしてくれます。
断片的な記憶がつながり、思いもよらぬ発想を生んでくれるわけです。
その答えはもちろんイエスで、質が高いアイデアの約20%は、心の迷走が起きた直後に生まれていました。
皿洗い、領収書の整理、車の運転といった単純作業の最中に、無駄としか思えない思考が頭を埋め尽くしたときほど、良い発想が浮かびやすかったのです。
研究としてはまだまだ追試が必要な段階ですが、旧来の思考法から抜け出したいときは、いったん心を迷走させたほうがよいのは間違いありません。
「迷走」という言葉にはえガティブな印象もありますが、実際には、あなたの心に眠る可能性を引出す作業なのだと言えます。
p240
決めた時間にだけ心を迷走させる1日のなかで、心を迷走させる時間を明確に確保するのが意図性の基本。
「明日の15時から10分だけ心を迷走させる」「寝る1時間前に何も考えない時間を持つ」といったように、事前に心をさまよわせるタイミングを細かく決めておくわけです。
p241
日ごろから戦略的に心を迷走させている人は、脳内で複数の情報がランダムに結びつきやすく、そのおかげで凝り固まった思考から抜け出すのがうまいようです。
無計画な空想は問題の種になりますが、計画的な心の迷走なら、逆にあなたの思考を解放する起爆剤として働いてくれます。
心の迷走に費やす時間は、1日あたり15~30分が目安です。
通勤中の電車、集中力を使わない事務作業の最中など、あなたが“心ここにあらず”でいられる時間帯を探して、迷走をスケジューリングしてみましょう。
シンプルな運動 p242
ウォーキングやジョギングのようなリズム運動は、単純な動作のくり返しが続くため、心がさまよいやすいタスクの典型です。
また、血流の改善による気分の改善も見込めるため、心の迷走の副作用を防ぐ効果も見込めます。
迷走用にリズム運動を使うときは、時速 6 ~ 8 キロの「やや速歩き」を一定のペースで行うのがおすすめです。
手だけを動かす作業全般 p243
手だけを忙しく動かすような作業にも、心の迷走を起こしやすい傾向があります。
編み物、草むしり、ペン回しのように、同じ動きが続くアクティビティは、あなたの集中力を適度に解放し、代わりに無関係な思考を引き出す呼び水になってくれます。
注意点は先ほどと同じで、「締め切りまでに作業を終えねば」のようなプレッシャーを自分に与えないでください。
ただ手を動かしさえすれば、心の迷走を引き出す効果は得られます。
p250
全体的に見ると、二番手のアーティストたちは、一番手よりも安定したパフォーマンスを出せていました。
その原因はさまざまですが、もっとも影響が大きかったのは、やはり運の要素だと考えられます。
大きな成功には幸運が欠かせないことは、序章でもお伝えしたとおりです。
大きな成功を手にしたアーティストの背後には、実力とはまた別の要素が働いていた可能性は非常に高いでしょう。
それゆえに、急激な成功者ほど同じレベルの成功を維持できない確率も高くなってしまいます。
他方で二番手に落ち着いたグループは、運が関わった要素が少ないだけに実力があると考えられ、その後の安定したパフォーマンスにつながるのです。
ちなみに、同じ現象はビジネスの世界でも確認されており、
フォーチュン誌の「優良企業100社を調べた研究によれば、成長率がトップの企業 (年率34%以上) は、
二番手の企業 (年率32%以上34%未満) に比べて、来期の成長率が著しく低かったとのこと。
この結果もまた、二番手の企業ほど、高いパフォーマンスを維持しやすい事実を示しています。
もしトップパフォーマーのあとを追いたくなったり、過去の戦略を再利用したくなったときは、「二番手の人物やアイデアに注目できないか?」と考え直してみてください。
二番手を追うことにより、あなたはより成功の罠から抜け出しやすくなるのです。
トレーニング 7 孤独を選ぶ p251
最後のトレーニングは、「孤独を選ぶ」です。
近年の研究では、あえて集団から離れてひとりだけの環境に身を置く行為にも、心の迷走を引き起こす働きがある事実がわかってきました。
たとえば、ニューヨーク州立大学などの研究では、学生の参加者を対象に、孤独と創造性の相関を調べるテストを行い、非社交的な人ほど創造性が高かったと報告しています。
この研究が定義する「非社交的な人」とは、次のようなキャラクターです。
・他者との交流は求めないが、仲間からの誘いを断ったりもしない
・ひとりでいても寂しさを感じず、孤独を楽しむことができる
非社交的な人は、対人コミュニケーションを好むものの、自ら友人を誘うことはほとんどありません。
また、一般的な「孤独」のイメージとは異なり、ひとりでいてもネガティブな感情に襲われないのも特徴です。
要するに、孤独を楽しめる人ほど過去のルーチンにこだわらず、新たな発想を生み出すのが得意だったわけです。
孤独によって古い行動を打破できる理由はふたつあり、まずひとつめは、他人との関わりを断つことで心の迷走が刺激される点。
孤独でいれば他者とのコミュニケーションに脳のリソースを使わずにすみ、心が自由にさまよい出すのを待つことができるからです。
それと同時に、ひとりだけでいれば「周りに話を合わせなければ」「変なことを言わないようにせねば」といった気持ちには悩まされずにすみます。
周囲の顔色をうかがう必要がないため、旧来の枠にとらわれない発想を可能にするのです。
ただし、孤独のメリットを得るために、人里離れた山奥に引きこもる必要はありません。
「この日はひとりで過ごす」「16時から1時間だけ孤独を選ぶ」「1時間早くオフィスに入る」などと事前に決めておき、そのとおりに過ごすだけでも十分です。
もちろん、その際はスマートフォンやPCの電源を切り、外界との接触を断つのをお忘れなく。
失敗と成功に心を動かされず、ただ方程式を使い続ける p259
本書の最後に“過信”の問題を取り上げたのは、このメンタリティが、運の方程式を狂わせるからです。
当たり前ですが、いったん「私は成功できる」と思い込んだら、もはや自分の行動と思考に疑問を抱く必要はなくなり、そこからさらに新たな知識を学んだり、活動の範囲を広げたりといった気は失せるでしょう。
簡単に言えば、過信によって好奇心が下がり、世界の探索がおろそかになってしまうわけです。
また、それと同時に、過信の心には、察知力を下げる働きもあります。
私たちが日常で起きた良い偶然に気づくためには、自らの能力の限界を認めたうえで、世の中の変化を客観的に見つめねばならないことは、2章で何度も見たとおりです。
それなのに、「自分にはすべてわかっている」と思い込んだら、その直後から知的謙虚さは失われ、身の回りに起きた幸運に気づけなくなります。
要するに、成功者は、自らの能力や成果におごってはいけません。
その成功は、多くが運の産物だからです。
同じように、失敗者は、自らの敗北を嘆く必要はありません。
その失敗もまた、多くが運の産物だからです。
結局のところ、あなたがどれだけ大きな成功を収めようが、どれだけ手痛い失敗を経験しようが、いずれの状況においても、そのあとでやるべきことは変わりません。
成功の喜びに慢心するのではなく、失敗の痛みに膝を屈するのでもなく、本書でお伝えした能力を生涯にわたって鍛えながら、いろいろなゲームへの挑戦をくり返す。
ただそれだけです。