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「トヨタ 仕事の基本大全」を読んだ

投稿時刻2024年11月3日 17:14

トヨタ 仕事の基本大全」を 2,024 年 11 月 02 日に読んだ。

目次

メモ

本書に登場するトヨタ用語集 p24

【班長・組長・エ長・課長】
本書で登場するトヨタの職制。
「班長」は、入社10年目くらいの社員から選ばれ、現場のリーダーとして初めて10人弱の部下をもつことになる。
その後、数人の班長を束ねる「組長」、組長を束ねる「工長」、工長以下数百人の部下を率いる「課長」という順に職制が上がっていく。
現在のトヨタでは呼称が変えられており、「班長」が「TL」(チームリーダー)、「組長」が「GL」(グループリーダー)、「工長」が「CL」(チーフリーダー)となっている。

【トヨタ生産方式】
ムダの徹底排除で原価低減を進めながら、もののつくり方、作業のやり方についてあらゆる角度から合理性を追求する独自の製造技術。
よりよい品質の製品を、より安く、タイミングよく、より多くの人に供給するための全社的なしくみである。

【自動化】
豊田佐吉の時代から受け継がれる「異常が発生したら、機械やラインをただちに停止する」というトヨタ生産方式の柱となる考え方。
止めることによって異常の原因を突きとめ、改善に結びつける。
この考え方にもとづいて生まれたのが、異常発生を表示装置に点灯させる「アンドン」である。

【ジャスト・イン・タイム】
自働化と並びトヨタ生産方式の柱となる考え方。
現場からムダをなくして、作業の効率を高め、「必要なものを、必要なときに、必要なだけつくる」ことをいう。

【改善】
トヨタ生産方式の核をなす考え方。
全員参加で、徹底的にムダを省き、生産効率を上げるために取り組む活動。
今では数多くの企業で行なわれており、日本の製造業の強さの源泉とも言われる。

【5S】
整理・整頓・清掃・清潔・しつけの頭文字をとって「5S」と呼ぶ。
5Sは単にキレイに片づけるのが目的ではなく、問題や異常がひと目でわかるようにして、改善を進めやすくするのが目的である。

【真因】
問題を発生させる真の原因のこと。
これに対策を打てば2度と問題が再発しない。
一方、要因とは、ひとつを解消しただけでは問題が再発するような表面的な原因のこと。

【問題解決の8ステップ】
トヨタで使われている問題解決のプロセス。
①問題を明確にする、②現状を把握する、③目標を設定する、④真因を考え抜く、⑤対策計画を立てる、⑥対策を実施する、⑦効果を確認する、⑧成果を定着させる――というステップを踏むことによって、勘や経験に頼ることなく、論理的な思考や分析で効率的に問題を解決できる。

【QCサークル】
「Quality Control」の略。
職場の中で、改善活動を自主的に進める集団のことで、トヨタの場合、4~5人ほどのメンバーで構成される。
全員がリーダー、書記などの役割を分担し、職場の問題点の改善や、よい状態を維持するための管理活動を実践していく。

【標準】
現時点で品質・コストの面から最善とされる各作業のやり方や条件で、改善で常に進化させていくもの。
作業者はこれにもとづきながら仕事をこなしていく。
作業要領書や作業指導書、品質チェック要領書、刃具取り替え作業要領書などがある。
現場の知恵がつまった手引書でもある。

【現地・現物】
「現場を見ることによって真実が見える」というトヨタの現場で重視されている考え方。
物事の判断は、現場で実際に起きていること、商品・製品そのものを見て行なうべきだとされる。

【5大任務】
①安全、②品質、③生産性、④原価、⑤人材育成の5つ。
現場管理を行なううえで、トヨタの管理監督者が徹底すべき仕事の基本。

【歯止め】
問題が一時的に解決して一件落着とせず、問題のへの対策を標準化し管理を定着をさせること。

【横展】
「横展開」の略。
トヨタ生産方式の用語で、あるラインや作業場などで成功した対策をほかの類似のラインや作業場に展開すること。

【インフォーマル活動】
職場を中心とした縦のつながりに対して、別の部署、別の工場の社員と交流会や相互研鑽の場、レクリエーションなどを通じて、横のつながりを活かしてコミュニケーションを図る活動。
職制ごとの会(班長会、組長会、工長会)、入社形態別の会などがある。

【視える化】
情報を組織内で共有することにより、現場の問題の早期発見・効率化・改善に役立てること。
図やグラフにして可視化するなどさまざまな方法がある。

「横にたくさんできる人」になる p44

トヨタには、「多能工」と「多台持ち」という2つの考え方があります。
「多能工」とは、多種類の機械を操作できる作業者のことで、いざとなったら、自分の担当範囲以外の作業をすることができます。

一方、「多台持ち」は、同じ種類の機械を何台も担当すること。

トヨタでは、さまざまな種類の仕事ができる多能工のほうが尊重されてきました。

p45

専門分野を軸に幅広いスキルをもつ多能工の考え方は、「T型人材」と言い換えられます。
トヨタでは、業務知識などの広い知識(Tの横棒部分)とひとつの分野での深い専門性(Tの縦棒部分)を併せ持った人材を育成することを目指しています。

特定の分野に特化した「I型人材」(スペシャリスト)も重要ですが、グローバル競争が激化しているビジネス社会では、幅広い知識をもって、ほかの分野の人たちと積極的に連携して、アイデアを実現する人がますます求められているのです。

専門分野を深めながら、それ以外の知識を身につける p46

「横にたくさんできること(T型人材になること)は、会社のためだけでなく、本人のためにもなる」と語るのは、トレーナーの高木新治。

「会社には、特定の人しかできない専門的な仕事もあります。
もちろん、それは強みでもあるのですが、『あの人しかできない』ということになると、本人はどんどん図々しくなる。
態度が大きくなり、まわりの雰囲気も悪くなります。
そういう人は、成長が止まってしまいます。

品質は「工程」でつくり込む p48

トヨタには、「品質は工程でつくり込む」という考え方があります。

「これは、『自工程完結』という言葉に言い換えることができますが、自分の工程で品質を保証できるまでつくり込む、つまり不良が出ないようにすること」と説明するのはトレーナーの近藤刀一。

自工程完結は、トヨタ生産方式の2本柱である「ジャスト・イン・タイム」と「自働化」の実現のために必須となる考え方です。
生産される製品が常に良品でなければ、この効率的生産システムは成立しません。

生産の工程で作業者が責任感をもって品質を確かめ、良品だけを後工程に流す。
そうしたつくり込みによって、トヨタの生産システムは支えられているのです。

たとえば、塗装のラインで、もし塗装にムラがあったり、塗り残したところがあったりすれば、出荷前に塗装をし直さなければなりません。
そうすれば、当然、塗料代や乾燥のための電気代が余分に発生し、手間も時間もかかります。
しかし、塗装の工程でミスがゼロといえるまでつくり込み、自分でチェックしてから後工程に渡せば、こうしたムダはなくなりますし、検査の工程そのものが必要なくなります。

検査そのものは価値を生みません。
できあがったものの良し悪しをどんなに検査で精度高く判定できても、製品の品質はよくなりません。
検査の工程を省けるほどに自工程完結を徹底できれば、当然、品質は高くなっていきます。

「者」に聞かずに、「物」に聞く p52

トヨタの現場でよく言われている言葉のひとつに、「者に聞くな、物に聞け」というものがあります。

「者」とは「人」のこと。
一方、「物」とは「現場」や「商品・製品」のことです。

あるトレーナーは、トヨタ時代、こんな経験をしたことがあります。

機械のトラブルが発生したとき、管理監督者だったそのトレーナーは、作業者からその報告を聞いて、それをそのまま直属の上司に報告しました。

すると、その上司は「本当にそうなのか」と言って、現場を見に行ってしまいました。
そして、帰ってくるなり、「おまえの言っていることと、実際の現場は違うじゃないか」と指摘したのです。
このとき、トレーナーはひと言も言い返せませんでした。

現場の作業者から聞いたことと、実際に現場で起きていることとが食い違っていることはよくあります。
だから、トヨタの管理監督者は、部下からの報告に頼りきるのではなく、実際に自分の目で現場を見て、何が起きているのかをつかむことを大事にしています。

人の言うことを信用することは大切です。

しかし、人は何か失敗した場合、どうしても自己防衛本能を働かせてしまい、100%正直なことを上司には言わないものです。
だから、管理監督者は、自ら足を運んで現場を見るのです。

人を責めずに、しくみを責める p64

もしあなたの子どもが、食器棚の上に置いてあったコップを取ろうとして割ってしまったとしましょう。
このとき、あなたならどうするでしょうか。

子どもを責め、「気をつけなさい!」と叱りますか。

叱るのは簡単ですが、それだけでは、子どもはまた同じようにコップを割ってしまう可能性があります。
再び割ってケガをすることも考えられます。

子どもの安全のことを考えれば、ほかにあなたができることがあるはずです。

たとえば、子どもが手の届く場所には、コップを置かない。

あるいは、子ども用のコップをガラス製からプラスチック製に替える。

こうすれば、同じような失敗はなくなります。

トヨタには「人を責めずに、しくみを責めろ」という言葉があります。
作業者が失敗をしても、個人攻撃をせずに、しくみが悪いと考えるのです。

トレーナーの山田伸一も、「トヨタには大きな失敗をしても叱らない上司がいた」と言います。

山田が寸法を間違えたまま、大量に後工程に部品を流してしまったときのこと。
当然、後工程からは「不良だ。ラインを止めろ」と言われます。

普通であれば、上司は「山田!何をやってるんだ!ちゃんとやれ!」と怒鳴られるところでしょうが、そのときの上司は、責めませんでした。

「大量に不良が出た理由は、寸法を間違えたからだ。このポイントをしっかり見ておかないといけない」

このように、どうしたらミスをしないで済むかを丁寧に説明してくれたのです。
誰の目から見てもあきらかに作業者が悪い場合でも、トヨタの上司は個人を責めることはしません。

上司は「(自分が)部下にやらせるべきことを徹底できていなかったから不良が出た」、つまり、やらせ方が悪かったから不良を出してしまったと考えるのです。

山田自身が上司になってからも、「不良やミスが起きたときは、部下ではなく、(上司である)自分に責任がある」と考えるようになりました。

「人を責めずに、しくみを責めろ」。
これは、特にリーダーにとって大切な心構えですが、あらゆるビジネスパーソンが応用できる考え方です。

たとえば、あなたが作成した資料にミスが多かったとき、たいていは「次は気をつけよう」で済ませてしまいがちです。
しかし、しくみに注目すれば、「資料提出前に校正する時間を必ず確保する」「提出前に同僚とチェックし合う」といったアイデアが生まれ、ミスも劇的に減るはずです。
「○○さんが悪い」「自分が悪い」で片づけていれば、いつまでたっても、ミスは減りません。

ミスや問題には原因があります。
その原因を突き止めて、それを改善し再発防止をしないかぎり、同じようなミスや問題を繰り返すことになります。

個人を責めるのは簡単ですが、本質に目を向けなければ問題は解決しないのです。

p73

トヨタでは、ムダを「付加価値を高めない現象や結果」と定義し、「7つのムダ」(①つくりすぎのムダ、②手待ちのムダ、③運搬のムダ、④加工そのもののムダ、⑤在庫のムダ、⑥動作のムダ、⑦不良をつくるムダ)をなくすことを徹底しています。

この「7つのムダ」が、あなたのデスクまわりや職場にも付加価値を生まない多くのムダを生み出しているのです。

整理・整頓は仕事そのもの p76

ムダを宝に変えるための技術が、トヨタの「5S」です。

5Sとは、次の5つの活動の頭文字をとった言葉で、職場環境を維持・改善するうえで用いられるスローガンです。

・整理(Seiri)
・整頓(Seiton)
・清掃(Seisou)
・清潔(Seiketsu)
・しつけ(Shitsuke)

5Sは効果的な改善手法として、日本だけでなく、世界の企業からも注目を集め、トヨタにかぎらず、生産の現場で当たり前のように日々行なわれている基本中の基本といえます。

「キレイにする」がゴールではない p80

整理・整頓について、多くの人が誤解していることがあります。

見た目をキレイにものを置くことが整理・整頓だと思っているのです。
それではなんのための整理・整頓かわかりません。

ただ並べ直しただけでは、キレイに「整列」したにすぎません。

たとえば、本棚を整理・整頓するときに、本の大きさごとにそろえて収納する。
あるいは、書類の入ったファイルを大きさや色別にそろえて並べる。
一見、キレイに並んでいるので、多くの人はそこで満足してしまいます。

しかし、いらないものを捨てずに、右から左へ移動させることは、トヨタでは整理・整頓とはいいません。

整理整頓を「身のまわりをキレイにすること」と考えていないでしょうか。

トヨタの整理・整頓は、「キレイにする」がゴールではありません。

トヨタにおける整理・整頓の定義は、シンプルです。

・整理=「いるもの」と「いらないもの」を分け、「いらないもの」は捨てること
・整頓=「必要なもの」を「必要なとき」に「必要なだけ」取り出せる状態にすること

たったこれだけのことですが、トヨタの整理・整頓の神髄が、この2行に凝縮されています。

現在あるものを並べ直したり、見栄えよく収納するだけでは、見た目がキレイになるだけです。
まわりから「キレイですね」と言われるかもしれませんが、仕事の成果はアップしないでしょう。

本当に「いるもの」だけを残して、それを「必要なとき」に効率的に使う。
それができて初めて、仕事の生産性や効率のアップにつながるのです。

先に入ってきたものから先に出す p96

資料や書類などは、整理を意識せずにいると、日々、デスクの上に積み重なっていきます。

すると、下のほうに埋もれてしまった資料や書類は、見返すことが少なくなり、重要な案件が未処理になってしまう事態も発生します。

ものを積むというのは、基本的にマズイ行動です。
整理をするときは、これをどうやって避けるかが重要です。

トヨタには「先入れ先出し」という言葉があります。

これは、同じものがあったとしたら、先に仕入れたものを先に使うということ。
時間の経過とともにものは劣化し、使いものにならなくなります。
だから、古いものから順番に使うようにするという考え方です。

整理を進めていくときにも、「先入れ先出し」がきちんとできるしくみになっているかどうかがポイントになります。

他人でも探せるように「定位置」を決める p100

「整理」をして必要なものが残ったら、次は「整頓」に取りかかります。

整頓とは、「必要なもの」を「必要なとき」に「必要なだけ」取り出せることです。

「ものの定位置を決める」と言い換えてもいいでしょう。

ものづくりの現場は、集団作業です。
一人ひとりの個人作業で完結するものはひとつもありません。
だから、不特定多数の人が使うものについては、定位置を決め、必ずそこに戻すことが必要です。

ものの「住所」を決める p104

ものの定位置を決めていくときは、工場やオフィスなどを、ひとつの街のようにとらえると便利です。

全体を碁盤の目のように縦と横に区切り、「△△は○丁目○番地」というように所在地が明確になるようにします。

このように定めると、「○○の会議資料は、1丁目1番地にある」「災害時の非常食は、4丁目3番地にある」とそれぞれの「住所」が定まってきます。

ものの置き場所をお互いに説明するときも、「あの辺りにあるよ」と漠然と伝えることなく、明確に位置を指し示すことができます。
「住所」を職場内に張り出しておけば、誰でも目的のものを探すことができます。

このようにものの住所を決める方法を、トヨタでは「所番地を決める」と呼んでいます。

p109

オフィスでも応用できるものとして、トヨタには「姿置き」という整頓方法もあります。

たとえば、工具のスパナの置き場所を決めたら、戻すべき場所に、スパナの形状(姿)をイラストや写真で表示しておきます。

置き場にそのものの形を表示しておけば、どこに戻せばいいか一目瞭然です。

使う頻度で置き場所を決める p112

トヨタのものづくりの現場では、「動作経済」を重視しています。

これは、生産性を高めるための人の動きを研究したものであり、反復作業の多い仕事などに活かされている考え方です。

たとえば、工場の作業者の場合を考えてみましょう。

作業に必要な部品・工具があったとしたら、それらは手の届く範囲に置く。
人にとって、いちばん負担をかけずに効率よく動けるのは、この手の届く範囲なのです。

さらに、よく使うものであれば、脇を空けずに手に取れるところに置く。
すると、さらに人への負担が軽くなる。

p114

たとえば、この方法で書類を整頓する場合は、年度別・月別のボックスファイルに入れ、「右から左に流す」という固定した保管ルールを定めます。

現在が2015年3月であれば、
①15年3月のボックス
②15年2月のボックス
③15年1月のボックス
というように、手前から順に並べていきます。

翌月になったら、2015年4月の新しいボックスを手前につくり、それまでのボックスは1つずつ奥へずれていきます。

こうすると、使うことが多い直近の書類については常に手前にある状態をキープでき、使用頻度の減る古い書類は押し出されていくことになります。
古くなった書類は少し離れた棚やキャビネットに収納しておくとよいでしょう。

そして、たとえば3年間という保管期間を設定しておき、それを過ぎたら、「いらないもの」として自動廃棄します。

よく使うものは近くに置き、あまり使わないものは遠くに置く。
これを実践することでムダな書類が減ると同時に、仕事の生産性も高くなります。

線を1本引く p117

2014年のサッカーのワールドカップブラジル大会のとき、選手がフリーキックを蹴るときに、グラウンドに白い線をバニシング(消える)スプレーで引いていたのを覚えているでしょうか。

フリーキックでは、ボールを蹴る選手がゴールに入れにくいように、守備の選手が体で壁をつくるのですが、審判が見ていないうちに、少しずつ壁が前に出てきてしまいます。
しかし、白い線を引くと、そうしたズルをする選手がいなくなりました。

たった1本の線でしたが、大きな効果を発揮したのです。

実は、この1本の線の考え方は、トヨタの現場で昔から実践されてきたものです。

トレーナーが指導先の現場に入って、「整理・整頓をやりましょう」と言っても、現場の従業員が、まず何からやったらいいか、わからないということがあります。

そうしたときに、トレーナーは現場に1本の線を引きます。

たとえば、現場に台車があったら、それを使用しないときに置いておくべき場所を定め、区画線で囲む。
この線はチョークで描いてもいいし、ガムテープを貼って示してもかまいません。

こうした区画線がピシッと引かれていれば、ものが区画線からはみ出していると気になり、「はみ出ているから、区画線の中に戻しておこう」という気持ちになります。

また、荷物がうず高く積まれているような職場であれば、壁に横線を入れて、「ものを置くのはこの高さまでにしましょう」とする。
そうすれば、これ以上、高く積まないようにしようという気持ちが働きます。

線を引くだけでスリッパがキレイに並ぶ p118

こんな例もあります。

元トヨタマンのトレーナーが、スーパーマーケットのバックヤードの整理・整頓を進めたときのこと。

スーパーのバックヤードには、いろいろなものがあふれていて、乱雑になりやすい。
従業員のスリッパが無茶苦茶に置かれていたので、まずはここから手をつけることになりました。

来店するお客様には、バックヤードの中は見られないけれど、バックヤードもきちんと整理・整頓するという姿勢は、おのずからお客様への接客にも反映されてくる、そう考えたからです。

トレーナーは、スリッパをきちんと並べておくよう、スーパーの従業員に呼びかけましたが、それだけでは従業員はなかなか動きません。
忙しい業務の中で、みんなで守ろうとしたことをつい忘れてしまうのです。

そこで、トレーナーは、「まずは1本、線を引いてみる」の考え方を実践しました。

バックヤードの入口の床にマットを敷き、スリッパの幅だけを切り抜いたのです。
置かれるべき場所が目に見えてわかりやすくなったので、たちまち従業員はその切り抜きの線に合わせて、スリッパをきちんと置くようになりました。

こうした考え方はオフィスやデスクまわりにも応用できます。

たとえば、デスクの上にビニールテープなどで区画線を引く。

「ここからここまでは、ものを置かない場所」と決めて作業スペースを確保すれば、むやみにものが積まれることはありませんし、整理・整頓の意識も身につきやすいでしょう。

また、「ペン立てはこの場所」「ファイルはこの場所」と定位置を決めて、区画線を引いてもいいでしょう。
線でなくても、ビニールテープで「×印」をつけるだけでも視覚的な効果は十分です。

定位置に戻すのが苦手な人にはおすすめの方法です。

そうじも日常業務に組み込む p121

整理・整頓により、職場やデスクまわりが片づいたら、その状態を維持していくことが大切です。
整理・整頓を終えた時点で満足して、せっかくキレイに片づいた状態が崩れてしまうケースはよくあります。

それを防ぐための方法が、5Sのうちの残りの3つです。

「清掃」(キレイにそうじする。日常的に使うものを汚れないようにする)
「清潔」(整理・整頓・清掃した状態を維持する)
「しつけ」(整理・整頓・清掃についてのルールを守らせる)

この3つが行なわれないと、整理・整頓をやっても元の状態に戻ってしまい、整理・整頓を延々とやり続けなければならなくなります。

特に、清掃が習慣化されないと、せっかく整理・整頓をしても台なしです。

清掃は問題発見のチャンス p128

工場で清掃することのメリットは、キレイになることだけではありません。

清掃をすることで異常を見つけることもできます。

トヨタには、「清掃は点検なり」という言葉があり、「発生するゴミや小さな汚れの中から異常を発見する」ということがよくあります。

たとえば清掃していて、床にボルトがひとつ落ちていたとします。

それは、どこから落ちたのかを確認する。
設備が老朽化していて、そこからボルトが外れたのであれば、不良やトラブルの原因となります。

床にオイルが数滴落ちているのを清掃中に見つけたら、設備のどこかから漏れている可能性があります。
放っておけば、製品の不良や設備の故障にもつながりますし、オイルで滑って転倒事故が起きる危険もあります。

ゴムのかすなどが落ちていたら、設備のどこかのベルトが摩耗して劣化している可能性があります。
それにいちはやく気づき、摩耗したベルトの交換などの処置を早急に行なえれば、設備の故障を未然に防ぐことができます。

仕事=作業+改善 p132

「トヨタ=改善」というイメージをもつ人は多いのではないでしょうか。
「改善」とは、人(Man)、機械(Machine)、材料(Material)、方法(Method)のいわゆる4Mに関するムダを見つけ、それらを迅速に排除していく活動をいいます。
トヨタ生産方式のカギとなるもので、トヨタマンは入社早々、改善のやり方を叩き込まれていきます。

日々、改善を行なうことで、現場のムダをなくし、仕事の生産性を高めることができるからです。

トヨタと同じ製造業で働いていれば、ムダをなくす改善の重要性をイメージできると思いますが、オフィスワークをしている人には、「改善」という言葉はピンとこないかもしれません。

多くの人は、改善に対してこんなイメージをもっているのではないでしょうか。

「オフィスワークやクリエイティブな仕事には関係ない」
「改善とは、特別なスキル」
「改善はプロジェクトを組んで大々的に活動するもの」

しかし、トレーナーの中山憲雄は、「改善は特別なものではなく、日々実践すべきことだ」と言います。

「一般的な会社では日々の仕事と改善は別物として扱う場合が多い。
一方、トヨタでは、『仕事=作業+改善』と考えます。
与えられた作業をこなすだけでなく、改善を継続的にやり続けることがトヨタにおける仕事の意味です」

たとえば、製造現場である部品が必要なとき、歩いて20秒かかる棚までいちいち取りに行っていたとします。
こうした動作が1日に30回もあれば、1日で10分(=20秒×30回)、年間240日稼働だと4時間(=10分×240日÷60分)のロスになります。
ちりも積もれば山となるように、年間に換算すれば、大変なコストのムダとなります。

そこで、部品の棚を製造ラインの近くに移動して、1秒でその部品を取れるように改善すれば、仕事の生産性は向上します。

オフィスでも同じ。
もしも整理・整頓ができていなくて、必要な書類を時間をかけて探すのが日常茶飯事だとしたら、年間で大きな時間のロスになります。
しかし、書類の整理・整頓をして、すぐに目当ての書類を取り出せるようになれば、仕事の生産性は上がるでしょう。

つまり、改善をするかどうかは、日々の仕事の成果に大きな影響を与えることになるのです。
だからこそ、改善を仕事の一部ととらえて、日常的に実践しなければなりません。

あるトレーナーは、管理監督者に昇格して以来、直属の上司にいつも「現場は毎日変化させないといけない」と言われてきたと語ります。

「現場は毎日変化させないといけない」というのは、改善をやり続けなさいという意味。
改善をやり続けていれば、現場は当然ながら、どんどん変わっていくと同時に、仕事の生産性も高くなっていくのです。

「作業」と「ムダ」に分ける p139

簡単にいえば、改善とは「ムダ」を省くことです。
では、どんなものをムダというのでしょうか。

トヨタにおけるムダとは、「付加価値を高めない現象や結果」です。
製造現場でいえば、「付加価値を生まず、原価のみを高める生産の要素」となります。

作業する人の動きにもムダが潜んでいます。
作業するうえで必要のないもの、たとえば、作業することがない手待ちの時間や運搬の二度手間、工具を持ち替えることなどが該当します。
すぐになくす必要があるもので、改善はこのムダを省くことから始めるのが基本です。

ただし、一見価値を生んでいるように見える「作業」にも、ムダが含まれていることがあります。

作業は、2つに分けられます。
付加価値を高める「正味作業」と付加価値のない「付随作業」。

材料や製品を加工したり、部品を組み立てるといった「正味作業」こそが生産だといえます。

一方、付随作業は、部品の梱包を解いたり、部品を取りに行くといった作業のこと。
現在の作業条件のもとではやらなければならないことなので、なくすには作業条件の変更が必要になります。
しかし、うまく工夫すれば、ムダとして取り除くことができます。

このように、人の動きには「正味作業」「付随作業」「ムダ」の3つがあります。

ムダを取り除くことは当然で、付随作業をムダとみなして改善することもあれば、正味作業の中にも気づいていないムダが潜んでいることがあります。

トヨタでは、こうしたムダを徹底的に洗い出し、撲滅していくことが求められているのです。

仕事を「正味作業」「付随作業」「ムダ」に分ける p142

あなたの仕事を観察してみましょう。

価値を生み出す正味作業は、どれくらいあるでしょうか。

たとえば、企画書を作成するとき、パソコンに向かって企画書を書く作業は「正味作業」といえますが、企画書の内容をつくるための情報収集は「付随作業」、企画書の内容に誤りがあって何度も印刷したり、確認のために上司を探しまわったりするのは「ムダ」です。

「付随作業」にもムダは潜んでいます。
無関係な資料の閲覧はすぐにやめる必要がありますが、情報収集のやり方の中には、よりムダのない方法があるかもしれません。

「この作業は何のためにしているのか」と問いかけたうえで、自分の仕事を「作業」と「ムダ」に分けて、さらに作業を「正味作業」と「付随作業」に分解してみる。
こうして自分の仕事を客観的に見ることによって、改善すべきムダが見えてきます。

「7つのムダ」を探す p143

改善をしたことがない人にとって、簡単にムダを意識することはできません。
これまでやってきたやり方が、当たり前になっているため、ムダが見えないのです。

トレーナーが指導先の企業で改善を教えるときは、さまざまな視点からヒントを示し、現場でのムダを見つけてもらいます。

ムダを発見するための視点のひとつが、「7つのムダ」です。
これは、トヨタの改善の中でも代表的な視点といえます。
それぞれ見ていきましょう。

①つくりすぎのムダ
必要以上に多く生産したり、必要時期より早く生産すること。
売れない製品をつくってしまえば、ムダになってしまいます。
オフィスでも、たとえば商品パンフレットを作成する際に、主要製品だけではなく、年に1回程度しか売れない商品まで、手をかけて商品パンフレットを作成することもつくりすぎのムダになります。

②手待ちのムダ
作業者が次の作業に進もうとしても進めず、一時的に何もすることがない状態。
オフィスでいえば、別部署からの情報提供の待ち時間などがムダになります。

③運搬のムダ
運搬は原価を高めるひとつの要因です。
付加価値を生まず、原価のみが高くなるような運搬は、製品の価値を高めることにはなりません。
レイアウトの改善などをすることによって、運搬そのものを減らすと、ムダを排除できます。

オフィスでいえば、何度も上長の印鑑をもらいに行ったり、資料のやり取りなどで何度もフロアを行き来するのは、運搬のムダといえます。

④加工そのもののムダ
生産や品質に貢献しない不必要な加工のこと。
オフィスでたとえれば、プレゼン資料のアニメーション・デザインに必要以上に凝ることが当てはまります。

⑤在庫のムダ
必要以上に材料や仕掛品、完成在庫が出ること。
在庫を保管するスペースのコストも発生しますし、在庫そのものが劣化して損失が出ることもあります。
オフィスでいえば、備品やコピー用紙を大量に発注し、保管していることが挙げられます。

⑥動作のムダ
付加価値を生まない人の動きで、ムダな動作や歩行、ムリな姿勢での作業などのことをいいます。
キャビネット内の整理整頓が不十分なために、過去の資料が手前にあり、毎日使う資料が奥に入っていて取り出しづらいといった場合も、動作のムダを生みます。

⑦不良をつくるムダ
廃棄が必要な不良品や手直しが必要な製品をつくること。
オフィスでいえば、チェックが不十分だったため、印刷後にミスが見つかった資料などが当てはまります。

誤解していただきたくないのは、「すべてのムダは7つのムダに分類できる」というわけではないこと。

あくまでもムダを発見しやすくするための視点のひとつです。

トレーナーの村上富造は、「こうした項目に絞って観察するとムダが発見しやすくなる」と言います。

指導先に行って、最初に問題を見つけてもらおうとしても、せいぜい見つけられるのは全体で5、6個。
ところが、「地震で倒れそうなものを見つけてください」「何かのはずみで落下しそうなものを探してください」と項目を絞って探してもらうと、20個、30個と問題点が挙がってくる。

こうした手法を「項目観察」といいますが、「7つのムダ」などの項目に絞って職場や自分の仕事を観察することで、ムダが見つかりやすくなります。

「ムダ」「ムラ」「ムリ」を取り除く p154

「ムダ」は、先に述べたように、「付加価値を高めない現象や結果」のこと。

「ムラ」は、製品や部品の生産計画と生産量が一致せず、一時的に増減すること。
仕事量のバラつきが生まれ、効率的な生産ができません。

「ムリ」とは、心身に過度の負担がかかること(機械設備面では、その能力に対して過度の負担をかけること)。

たとえば、たくさん並んだイスをほかの部屋に移動させるとき、一気に2つを運んで、イスを床にひきずったり壁にぶつけたりすれば、それは、「ムリ」をしていることになります。

マルを描いて立つ p158

改善すべきムダを見つけるための視点には、「定点観測」という方法もあります。

トレーナーの堤喜代志はトヨタで班長を務めていた頃、大野耐一の懐刀ともいわれた鈴村喜久男に指導を受けたことがありました。

ある日、鈴村は堤の現場にやって来ると、いきなり工場内にチョークで直径1メートルほどのマルを描いて、「ここに立って、現場を見てみろ。30分動くなよ」と言いました。

「なんでこんなことをしなければいけないのか」と最初は思ったそうですが、しばらく立って見てみると、不思議なことに「あそこは人の動きが悪い」「あの人は忙しそうに動いているばかりで、肝心な作業をしていない」「今やらなくてもいい作業をしている」という問題点が見えてきました。
そのとき堤は、「動いてしまうから見えない」ということに気づいたと言います。

じっと冷静に定点観測をしているからこそ、見えてくるムダがあります。

自分の仕事を「視える化」する p166

トヨタでは、ムダや問題を探すときに、よく作業や職場を動画撮影します。

客観的に自分たちの仕事を見ることによって、ムダや問題が見つかりやすくなるからです。

ある病院の改善を担当した加藤由昭は、医師や看護師をはじめスタッフたちに、彼らの仕事ぶりをビデオで撮影するように提案しました。

そして、その撮影した映像をスタッフたちと一緒に見てみると、「看護師の動きが一定ではなく、人によってバラツキがある」「看護師と看護助手の役割分担が明確ではない」など、これまで意識していなかったムダがあることに気づきました。

その後、この病院では、看護師や看護助手のための作業要領書(標準書)をつくっ仕事の標準化を図ったり、看護師と看護助手の仕事の振り分けを確認したりといった対策をとることができました。

こうした取り組みの結果、看護師などの稼働率が高まり、1日にこなす検査数は約10%アップ、超過勤務は50%減少したといいます。

客観的に仕事を見るという意味では、まったく畑違いの部署の人や外部の人の目を借りると、問題が見つかりやすくなります。
つまり、他人の目を使って自分の仕事を「視える化」するのです。

日常業務に慣れてしまうと、今やっていることが当たり前になり、仮に問題があっても気づきにくくなってしまいます。

しかし、新人や部署移動をしてきた人たちは、「なんでこんな面倒なことをしているのだろう」「この作業は意味があるのだろうか」などと疑問に思うケースが多々あるものです。

「改善の成果を視える化することは、さらなる改善につながる」と話すのは、トレーナーの柴田毅。

柴田が5Sの指導に入ったある企業では、改善の事例を写真などで社内のイントラネットに公開したといいます。

「改善の事例をビフォー・アフターで紹介しているので、見た目にも改善の効果があきらかでインパクトがあったようです。

何よりもよかったのは、改善の事例を見た人が、その改善をした部署のところに来て、『すごいですね』などと褒めてくれたこと。
改善をした本人は認めてもらえたことがうれしくて、また次の改善をしたくなりますし、ほかの部署でも『うちでもやってみようか』という反響もありました」

改善の成功例を視える化することによって、こうした前向きなサイクルが生まれるのです。

「ヒヤリハット」は隠さない p169

「オフィス内を歩いていて床に張られたLANケーブルでつまずきそうになった」
「ものを取るとき、邪魔になるものがあって、手が引っかかりそうになった」

トヨタでは、このような「重大災害につながるようなヒヤリハット体験は隠さずに報告しろ」という言葉が飛び交っています。

「ヒヤリハット」とは、現場でヒヤッとしたこと、現場でハッとしたことを指します。

一大事には至らなかったものの、大きな事故・災害・ケガにつながりかねないことを感じさせる体験のことです。

お客様の小さな不満も改善のヒント p170

営業現場のヒヤリハットといえば、お客様からのクレームでしょう。

クレームといっても、お客様が怒りを激しくぶつけてくる場合もあれば、ちょっとした小さな要望レベルの場合もあります。

「こんな機能がついていたらいいのに」
「他社の製品に比べて、この点が不便だ」
「もっとアフターサービスが充実していれば便利なのに」

このように、お客様が営業担当にポツリと漏らした要望などは、あまり真剣にとらえず、そのまま流してしまう場合もあります。

しかし、こうした小さなお客様の不満が増幅されて、大きなクレームにつながったり、売上の減少という形で跳ね返ってくることは十分に考えられます。

トヨタでは、ヒヤリハットした出来事は、「ヒヤリハット報告書」にまとめられ、上司に報告されます。

営業の場合も、たとえば、お客様から言われた要望や小さなクレームを営業日報などに記載し、上司や同僚と共有することで、商品やサービスの改善につながり、大きなトラブルやミスを防ぐことができます。

「標準」を決める p172

トヨタには「標準」という考え方があります。

標準とは、各作業のやり方や条件であり、作業者はこれにもとづきながら、仕事をこなしていきます。
簡単にいえば、標準とは、「このようにつくりましょう」という取り決めです。

具体的には、作業要領書や作業指導書、品質チェック要領書、刃具取り替え作業要領書など「標準書」は多岐にわたります。

これらは、少しずつ各職場でつくられてきたもので、まさに現場の知恵が凝縮された手引書です。

たとえば、ある部品のボルトを締める作業があるとき、「しっかり締めろよ」と教えても、人によって「しっかり」の解釈に誤差があるため、ボルトが緩い状態になってしまう可能性があります。

しかし、「カチッという音がするまで締める」という標準が決められていれば、誰でも同じ強さで締められます。

標準とは「誰がやっても同じものができるしくみ」なのです。

トヨタでは、さまざまな作業にこうした標準が定められています。

こうした標準があるからこそ、作業や品質が一定のレベルを保つことができると同時に、上司が部下に教えるときも、新しい部下が入ってくるたびに一人ひとりに何度も教える必要がなくなります。
部下は標準書を読めば、ある程度自分で判断ができるからです。

こうした標準があると、何がムダで、何を改善しなければならないかが明確になります。
また、どんな状態が異常であるか一目瞭然ですし、改善によって標準よりよくなったのか、悪くなったのかを判断することもできます。

たとえば、ある工程で「在庫は30個まで」が標準になっている場合、半分の15個で済むようになれば、それは立派な改善だといえます。

「標準」はマニュアルとは違う p174

勘違いしてはいけないのは、トヨタの「標準」は、いわゆる「マニュアル」ではありません。

マニュアルは、現場での変更を認めませんが、標準はそこから改善することも許されています。
改善によって、よりよい標準へと書き換えることができれば、それが新しい標準になります。

あるトレーナーが指導に入った会社の経営者は、「標準化は嫌いだ」と言い放ったといいます。

「標準をつくってしまうと、考えない社員が育ってしまう」という主張でした。

この経営者は、マニュアルと標準を混同していたのです。
たしかに、マニュアルであれば自分の頭で考えなくなってしまう可能性がありますが、標準は常に進化していくことが前提です。
よりよい標準を目指して知恵を絞ることになります。

標準がなければ、改善も改悪も判断のしようがありませんが、標準があれば、それがひとつの基準になります。

日々、現場の人によって書き換えられ、進化していくのが標準の特徴です。

どんな仕事にも、「こうすれば安全にできる、正確にできる、効率的にできる」という標準があるはずです。
たとえば、企画書や報告書のフォーマットなども標準といえますし、職場に共通する営業プロセスそのものも標準と考えられます。

こうした標準を意識して仕事をすることによって、よりよい仕事をしようという改善意識が発揮されるのです。

自分が日々行なっている仕事の標準を洗い直してみましょう。

p178

トヨタでは、問題の原因を2つの種類に分けて改善を進めていきます。

「要因」と「真因」です。

要因とは、何か問題が発生したときの理由のことで、これを解消しただけでは問題が再発する場合があります。
表面的な原因です。

真の要因の真因とは、問題を発生させる真の要因のこと。
これに対策を打てば二度と再発しません。

トヨタでは、改善を実行するとき、うわべだけの「要因」ではなく、「真因」を取り除くことを目指します。

「事後の百策」より「事前の一策」 p181

トヨタの現場では「事前の一策、事後の百策」という言葉がよく使われていました。

早め早めに手を打てば、問題が大きくならないで済む。
事が起きてからやると対処すべきことは多くなるが、事が起きる前にやれば、一策で済むということです。

つまり、前準備の大切さをあらわした言葉なのです。

失敗をノートに記録しておく p182

では、どうしたら「事前の一策」を適切にとれるようになるのでしょうか。

あるトレーナーは、「過去の失敗の経験を活かすといい」と言います。

そのトレーナーは、自分で新しいラインを立ち上げたとき、それまでのトヨタでの失敗経験を、可能なかぎり織り込みました。
過去に作業者がケガをした事例、不良品をつくってしまった事例を調べ、徹底してそういう状況にならないようにしたと言います。

特に注意したのは、安全と品質。
「絶対に作業者にケガをさせない」「不良品をつくらない」「不良品を流さない」、そういうしくみをつくるために過去の失敗の経験は有効です。

そのためにも、かつてどんな失敗をしたのか、その失敗からどんなことを学んだのか。
その記録をとっておくことが大事になります。

あるトレーナーはトヨタ時代、現場で起きた失敗、そこから学んだ教訓をノートに記録し続けていたと言います。
トヨタでは同じように、失敗をノートに記録している人が少なくありません。

仕事をしているとなんらかのトラブルが毎日のように発生します。
それがどんな状況で起きたか、どういう対策をとったかを他人のトラブルも含めてノートに書いておく。

それを続けることで、失敗は大きな財産となり、適切な「事前の一策」をとることができるようになるのです。

問題には「発生型」と「設定型」がある p190

トヨタでは問題の種類を大きく次の2つの種類に分けています。

①発生型問題
②設定型問題

①発生型問題は、昨日発生した問題、今日発生した問題、あるいは慢性化して日々困っているような問題のことをいいます。
すでに存在する「あるべき姿」に達していない問題ともいえます。

オフィスでいえば、「書類確認のミスが多発している」「営業担当の訪問件数が足りていない」「お客様からのクレームが増えている」「納期に間に合わない」「デスクまわりが汚くて書類が見つからない」といった問題が該当します。

現状がマイナスの状態であり、ゼロの状態に戻すための問題解決といえます。

もっといえば、第2章、第3章で述べた「5S」や「改善」で扱う問題の多くは、この発生型問題解決に分類されると考えていいでしょう。

一方、②設定型問題は、今後半年から3年という期間で見たときに解決が必要となる問題のことをいいます。

本章では、おもにこの②設定型問題の解決方法について説明していきます。

設定型問題解決では、現状では、「あるべき姿」の基準を満たしているが、より高い次元の「あるべき姿」を新たに設定し、意図的にギャップ(問題)をつくり出すのがポイントです。

たとえば、次のようなケースが、設定型問題解決になります。

・現在は不良率4%の基準を満たしているが、1年後には不良率1%を目標とする
・売上ノルマ800万円をクリアしているが、1年後に1000万円を目標とする
・今のところ問題はないが、今後、新卒社員を採用するため、社内研修システムを充実させる
・3年後に多くの定年退職者が発生するので採用人数を増やす
・2年後の消費税率アップを見越した販売戦略を構築する

「ビジョン指向型」でイノベーションを起こす p195

設定型問題解決には、実はもうひとつのタイプがあります。

「ビジョン指向型問題解決」です。

設定型問題解決が、半年から3年先の「あるべき姿」を描くのに対して、ビジョン指向型では、中長期的視野をもって世界情勢など大きな視点から「あるべき姿」を設定し、現状とのギャップを埋めていきます。

自分で「あるべき姿」を設定するという意味では、設定型問題解決の発展形といえますが、大きな視点から「背景」までとらえる点が両者の大きな違いです。

ここでいう「背景」とは、トヨタの場合だと次のようなものをいいます。

・世界の経済情勢は、これからどのような動きを見せるか
・世界の自動車産業はどのような状況か。今後どうなるか
・日本の経済や自動車産業は、これからどのような状況になりそうか

このような大きな外部環境の分析を踏まえたうえで「トヨタはどうあるべきか」→「自分の部署・職場は、どうあるべきか」→「自分がすべきことは何か?」といった具合に身近なところまで問題を下ろしていき、ビジョン指向型問題解決のテーマを見つけていくのです。

p197

ビジョン指向型問題解決はスケールが大きくなりますが、あるべき姿を描いて、現状とのギャップを埋めるという意味では、基本的には発生型問題解決や設定型問題解決とやるべきことは一緒です。

問題のテーマが大きくなるだけで、ノウハウ自体は何も変わりません。

したがって、発生型問題解決や設定型問題解決を職場で繰り返していくことによって、ビジョン指向型問題解決の力も自然と育まれていくのです。
「日々の問題解決が、将来のイノベーションにつながる」といっても過言ではありません。

豊田式自動織機の発明者で、トヨタグループの礎をつくった豊田佐吉は、「障子を開けてみよ、外は広いぞ」という言葉を残しています。
目の前の問題ばかりではなく、日々世の中の動向を見ながら、5年先、10年先のあるべき姿に目を向ける。

こうした長期の視点は、問題解決の分野にかぎらず、あらゆるビジネスパーソンに求められています。

「自己成長するためには、自分の10年後の『あるべき姿』を常に描いておくべきだ」と語るのはトレーナーの近藤刀一です。

たとえば、10年後に班長になってリーダーとしてチームを引っ張りたいというあるべき姿をもっていれば、班長になるためには何が足りないか、何を勉強し、身につけなければならないかがあきらかになります。
そうして不足している点一つひとつをつぶしていくことで確実に成長していきます。
漫然と目の前の仕事をこなしているばかりでは成長できません。

大きな問題は8ステップを踏む p199

仕事で起きる問題には大小があります。
「机の上が片づいていない」「提出書類の締め切りに遅れる」といった比較的小さく、よく起きがちな問題であれば、これまでの経験や勘に頼って対策を立てて、根絶することも可能です。

しかし、「目標達成ができない」「高い確率で不良品が発生する」「従業員がすぐに辞めてしまう」といったレベルの「大きな問題」は、勘や経験で簡単に解決するとはかぎりません。

根本から解決しようと思えば、時間もかかりますし、何が本当の問題であるかが見えていないケースがほとんどです。

トヨタでは、こうした「大きな問題」を解決するときには、一連のステップを踏みます。
それが、「問題解決の8ステップ」です。

①問題を明確にする
②現状を把握する
③目標を設定する
④真因を考え抜く
⑤対策計画を立てる
⑥対策を実施する
⑦効果を確認する
⑧成果を定着させる
⑧成果を定着させる

本書は問題解決の専門書ではないので詳細は省きますが、トヨタの現場では、日々このようなステップを踏むことで、おもに設定型問題解決に取り組んでいるのです。

問題を発見する8つの視点 p208

解決すべき問題を発見するにはどうすればよいでしょうか。
トヨタでは、次の8つの視点から問題をとらえるように意識づけされています。

①悩みごと、困りごと

今、自分が悩んでいることや、困っていることを書き出すのがいちばん簡単な方法です。

「自社ホームページの閲覧数が低い」「顧客からクレームが続いている」「経費関連書類に記入ミスが多い」「最近、残業が多い」など、職場全体のこと、個人レベルのことを問わず、できるだけたくさん出していくと問題が見えてきます。

トヨタでは、職場のメンバー同士で思いつくかぎり、悩んでいること、困っていることを挙げていきますが、複数で行なうことによって、さまざまな視点から問題が見えてきます。

②4Mの視点から見る

どこから考えていいかわからないという場合、次の「4M」の視点から考えると、頭の中が整理できて便利です。
4Mはおもに製造業での視点ですが、オフィスでも対応可能です。

・人(Man)――仕事をこなす能力、スキルがあるか。人手は足りているか
・機械(Machine)――設備(パソコンなど)に不具合はないか、使いづらい点はないか
・材料(Material)――原料や仕入れたもの(収集した情報)に問題はないか
・方法(Method)――ほかに効率的なやり方はないか。この方法はやりにくくないか

③上位方針との比較

会社や部署など上位の方針と、自分や自分の部署の現状を比較します。
たとえば、会社の年間の売上ノルマが前年対比10%増であるのに、自分の部署の成績が現状で前年対比3%増にとどまっている場合、問題としてとらえる必要があります。

④後工程への迷惑

工場の工程で、次の工程からクレームがあれば問題があるのは明確です。
オフィスでも、書類の提出が遅かったり、書類に不備があって差し戻される場合、上司から注意を受けた場合は、問題としてとらえる必要があります。

また、お客様からのクレームは、重要な問題として受け止めなければなりません。

⑤基準との比較

基準は、「正常である」ことの判断軸となるもので、「標準」と違って数値化が可能である点が特徴です。
製造業などの場合、本来あるべき規格や仕様とズレが生じていたら、問題が発生しているととらえる必要があります。

⑥標準との比較

「標準」は現時点で最もよいとされるやり方や条件のこと。
たとえば、「企画書の完成度」「営業担当の売り込みのプロセス」といったものは、ある程度「標準」といえるものがあるはずです。
それらと比較することで、自分に足りていないことなどの問題が見える可能性があります。

⑦過去との比較

過去の数値や状態と比べて悪化していないかどうかを確認します。
たとえば、前年のクレーム率が1%だったのに、今年が4%に上昇していたら問題です。

⑧他部署との比較

会社の他部署との間で、数値や状態を比べてみます。
たとえば、経費精算書類の記スミスがほかの部署と比べて際立って多ければ、自分の部署のやり方に問題がある可能性が高いといえます。

問題を3つの視点で評価する p212

問題テーマをピックアップしたら、早速それらの解決に取りかかりたくなりますが、発見した問題テーマすべてを一気に解決するのには、時間も手間もかかるので、現実的ではありません。

そこで、取りかかる問題のテーマを絞り込み、優先順位を決める作業が必要になります。

もちろん、問題は同時多発的に発生しています。
現実には同時並行で解決しなければならないケースもありますが、基本的に問題には重点的に取り組まないと、力が分散してしまい、中途半端な解決に終わってしまいます。

したがって、問題テーマはひとつに絞り、ひとつずつ順番に解決していくのが原則です。

では、どのような基準で問題を絞り込むのか。

たとえば、「不良品が発生している」という問題と、「オフィス内の壁紙がはがれかけている」という問題があったら、当然、前者のほうが重要度も緊急度も高く、優先的に取り組むべき問題であることはわかります。

しかし、実際にはどの問題も重要かつ緊急に見えるものです。

トヨタでは、おもに次の3つの視点から問題を評価します。

①重要度
②緊急度
③拡大傾向

①重要度は、問題が影響を及ぼす「範囲」と「大きさ」に分けられます。

「影響の範囲」でいえば、職場内で困る程度の問題よりも、商品の品質やサービスの低下などお客様に迷惑をかけるような問題のほうが影響を与える範囲が広く、「重要度が高い問題」といえます。

「影響の大きさ」でいえば、「品質が悪い」「不良が多い」「納期に間に合わない」といった問題は、信用を損なうなど、影響が小さくありません。
すぐに対処すべき問題でしょう。

②緊急度は、「ただちに手を打たないと、どんな影響があるか」という視点です。

たとえば、もしも放置したままでいると、目標が未達成に終わってしまったり、生産変動に対応できなかったり、お客様のクレームにつながったりするケースは、「緊急度が高い」と判断すべきです。

③拡大傾向は、「このまま放置しておいたら、どれだけ不具合が拡大するか」です。

たとえば、月間の売上未達の状況が、さらに悪化傾向にあり、このまま対策を打たないと、年間目標を下回ってしまうことが確実である場合は無視できません。
この場合は拡大傾向が大きいといえます。

複数の問題がある場合は、この3つの視点から総合的に判断するといいでしょう。

また、ここで重要なのは、複数の視点から判断することです。

少々フランクなたとえですが、男女の恋愛でも異性に、「あなたのすべてが好き」と言われてもピンときません。

「やさしい性格と料理が上手なところが好き」と言われたほうが、どのような点が好きかが伝わりやすく、説得力が違います。

これと同じで、問題も複数の視点からとらえることにより、その問題の大きさが浮き彫りになるのです。

問題を絞るときの視点は、①重要度、②緊急度、③拡大傾向の3つでなければならないという決まりはありません。

場合によっては、重要度の指標が3つ並んでもいいですし、「実現可能性」(現実的に実行可能かという視点)など、ほかの指標に置き換えてもかまいません。

自分の職場や仕事が重視する項目によって、カスタマイズするといいでしょう。

「なぜ」を5回繰り返す p224

問題解決のプロセスを踏んでいく過程で欠かせないのは、真の要因(=真因)を突き止めることです。

この真因を取り除くことによって、目標を達成し、問題テーマを解決に導くことができます。

先述したように、トヨタの現場では、「真因を探せ」という言葉が飛び交っています。

真因とは、問題を発生させる真の要因のことでしたね。
これは、5Sや改善で問題やムダの原因をつかむときにも使えるノウハウです。

問題の真因を探っていくと、たくさんの「要因」が挙がってきます。
たとえば、「若手の営業担当の50%が1年以内に辞めてしまう」という問題であれば、100個以上は要因が考えられます。

しかし、目の前の要因に安易に飛びついて、それらを解決したとしても、それが真因でなければ、目の前の要因を取り除いただけで、また同じ問題に直面することになります。

大切なことは、問題を発生させた真因を追究し、抜本的な解決を図ることなのです。

トレーナーたちは、「なぜを5回繰り返すのがトヨタの文化だ」と口をそろえます。

トヨタでは真因に迫るために、「なぜ」を繰り返して要因を絞り込んでいきます。

2回や3回の「なぜ」で真因が見つかるケースもありますが、問題解決に慣れていない人は、真因に到達していない段階で、「これが真因だ」と決めつけてしまいます。

4回、5回としつこいほど「なぜ」を繰り返すことによって、真因に迫れるようになるのです。

たとえば、「若手の営業担当の50%が1年以内に辞めてしまう」という問題で考えてみましょう。

これを「なぜ」で探っていくと、次のような要因が考えられました。

【問題】若手の営業担当の50%が1年以内に辞めてしまう

(なぜ①)なぜ、辞めてしまうのか……営業部内で浮いた存在になってしまうから

(なぜ②)なぜ、浮いてしまうのか…売上ノルマを達成できないから

(なぜ③)なぜ、達成できないのか…自己流で営業をしているから

問題解決がうまくいかない人は、ここでストップしてしまいます。
「自己流で営業をしている」ことが真因だと考え、「上司や先輩がサポートする」といった対策になりがちです。

ところが、上司や先輩にサポートするように頼んでも、若手の営業担当の成績は改善しませんでした。
上司や先輩の間にも力量差があったからです。

つまり、「自己流で営業をしている」は真因ではなかったのです。

続けて、4回目、5回目の「なぜ」を続けていたらどうなるでしょうか。

(なぜ④)なぜ、自己流になるのか……誰も体系的な手法を教えられないから

(なぜ⑤)なぜ、教えられないのか······営業手順の「標準」がないから

営業手順の標準がないことが、真の要因であれば、「営業手順の標準をつくる」という対策をとれば、誰でも営業手法を新人に教えられるようになります。

当然、どんな問題でも5回目の「なぜ」で真因が見えるわけではありません。
2~3回でわかることもあれば、10回以上繰り返してようやく真因にたどり着く場合もあります。

大切なのは、途中で「真因だ」と早合点せずに、問題が発生する真因を最後まで絞り込んでいくことです。

p232

真因を人の「意識」や「意欲」に結びつけてしまうケースも要注意。

たとえば、「○○さんはやる気がない」といった要因に結びつけてしまう場合、これは感覚にすぎません。
○○さん本人にはやる気があるかもしれません。

客観的に見て「意識」や「意欲」に原因がありそうな場合は、これらを要因としてもかまいませんが、この場合、その先も「なぜ」を続けられることがほとんどです。

「やる気がないのはなぜか」を考えて、その原因を探っていくと、「作業のやり方をきちんと教えていない」「評価制度があいまいである」といった真因にたどり着くことはよくあります。

p238

なんらかの結果が出るまでやり抜くことが大切です。
トレーナーの大鹿辰己は、「百聞は一見にしかず」ということわざには続きがあると言います。

百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず、百行は一果にしかず――。
これは「最終的に成果を残さなければ意味がない」ということをあらわしていますが、問題解決も同じ。

まずは成果を出すことだけを考えて、行動することが大切です。

自分の「分身」をつくる p242

トヨタでは、優秀な部下を育てる人が評価されます。

トヨタの元会長である豊田英二は、こんな言葉を残しています。

「人間がものをつくるのだから、人をつくらねば仕事も始まらない」

どんなにすぐれた設備があり、効率的に生産するしくみをつくっても、それを活用する社員がいなければ、宝の持ち腐れになってしまうというわけです。

だからこそ、トヨタでは真のリーダーは、いわゆる「仕事のできる人」ではありません。

トヨタで真のリーダーとして評価されるのは、部下を伸ばすことができる人です。

「トヨタでは仕事の成果も求められますが、同時に『自分の“分身”を何人育てられたか」も評価のモノサシになっていました』

こう語るのは、トヨタ時代に課長を務めた経験のある中島輝雄です。

上司がその組織から去ってもうまくいくような“分身”を育てられれば、次のリーダーに「人を育てる」という風土が受け継がれていきます。

トヨタの場合は、“自分の分身”を育ててから、上位の職制(部下をもつ立場のリーダーを「職制」と呼ぶ)に上がっていくので、リーダーが一人抜けても組織が停滞することはありません。

ところが、多くの職場では、こうした“分身”を育てることが十分にできていません。
自分の実績を上げるのに精いっぱいで、人を育てる余裕がないのです。

p245

すぐれたリーダーは、なんでも自分でやってしまったり、「あれをやれ」「これをやれ」と部下に一方的に指示をしてしまいがちです。

しかし、あなたの代わりの次世代リーダーが育たなければ、あなたはいつまでも現在のポジションのままで、会社としては人の新陳代謝が進まず停滞してしまいます。

自分の分身をつくるのがリーダーの役割のひとつです。
一人でも部下をもったら、自分の分身をつくるつもりで部下を育てましょう。

「人望」を集める仕事をする p246

あなたの仕事ぶりは何を基準に評価されるでしょうか。

目に見える数字やノルマ達成などの「成果」かもしれません。
特にリーダーになるほど成果が求められるでしょう。

トヨタでも成果を上げることは基本任務ではありますが、それだけで評価されるわけではありません。

成果を上げながら、部下の育成をすることが求められるのです。

トヨタで求められる上司のあり方は、その評価方法に明確にあらわれています。

トヨタの管理職の人事考課要素には、「人望」を評価する項目があります。

そのほかに、「課題設定力(20%)」「課題遂行力(30%)」「組織マネジメントカ(20%)」「人材活用力(20%)」といった項目があり、「人望」には10%の比率が割り振られています。

トヨタでは職制が上になればなるほど、メンバーの人望をいかに集めているかが問われるのです。

比率は10%とはいえ、ほかの企業ではあまり見受けられないといえるでしょう。

トヨタ独自の評価項目では、トヨタにおける「人望」とは、何を指すのでしょうか。

管理職向けの職能考課表には、「人望」の欄に「メンバーの信頼感・活力」という記載がありますが、トレーナーの山田伸一は、こう表現しています。

「ひと言で言えば、部下から信頼されているかどうかではないでしょうか。
あの人のような仕事をしたい。
あの人のように信頼される人になりたい。
そう素直に思わせる人が、人望が厚い人として評価されていましたし、自分もそうなりたいと思って、私も先輩の背中を追っていました」

結局、行き着くところは、「この人についていきたい」と部下に思わせるかどうかではないでしょうか。

トヨタでは、日々改善や問題解決を行ない、進化していきます。
そのため、常にこれまで誰も到達したことのない「あるべき姿」を目指すことになります。

リーダーは、誰も経験したことのない「あるべき姿」に向かって、チームを引っ張っていかなければなりません。

そんなとき、リーダーの求心力は、やはり「人望」に行き着きます。

「本当にあるべき姿に到達できるかわからないけれど、あの上司(先輩)が言っているなら間違いない」

そう部下に思わせるようなリーダーでなければ、部下を巻き込んで、チームをあるべき姿に向かって引っ張ることはできません。
いざ困難な課題に取り組もうとしたとき、「あの上司にはもうついていけない」と言われ、見捨てられてしまいます。

とことん部下の面倒を見て、仕事の面白味を伝え、常に自分が率先垂範し、背中を見せる。
こうすることで、初めて部下はついてくるのです。

「ものの見方」を伝える p249

トヨタでは、「これがいいこと」「これが大切」といったものの見方を、現場の仕事のプロセスの中で教えていきます。

「プロセス」の先にある「結果」も大事ですが、結果だけを見て、部下を責めることはありません。

あくまでも結果に至るまでのプロセスを重視します。

だから、結果が出ていなくても、プロセスが間違っていなければ、「このやり方はよかった」と評価するのです。

トレーナーの村上富造も、「結果が間違っていても、プロセスが正しければ頭ごなしに叱るようなことはしない」と証言します。

組立ラインで働く部下が、ある部品を「標準」で決められた所定の位置に置いていなかったことがあったそうです。

「なんで決まった場所に置かないんだ!」と叱りつけたら、部下は渋々したがうかもしれませんが、納得していない可能性もあります。

「標準」のとおりに行動しないのには、理由があるはず。
そう考えた村上は、部下に理由を尋ねました。

「どうしてここに、この部品を置くんだ?」

「先輩は、『標準』を教えてくれたのですが、それよりも手前に部品を置けば手で持ち替えなくて済むからです。このやり方のほうが効率的に作業ができると思います」

「すごい。よく気づいたな。たしかに、こっちのやり方のほうがいい面もある」

部下なりに効率的になると考えて、置き場所を決めていたプロセス自体は褒める。
そのうえで、「標準」どおりの場所に部品を置く意味を教えてあげました。

「なぜ先輩は、『標準』の場所に置くように言ったのだろう。
キミは生産性だけを考えているよな。
でも、品質の面から考えれば、キミの場所に置くと、部品を取り付けるのを忘れてしまう可能性があるだろう。
だから、この場所に置くことが『標準』になっているんだよ。
でも、キミの考え方は悪くないから、生産性も品質も両立するような方法ができないか考えてほしい」

プロセスを肯定されたその部下は、改善意識が高まり、「ほかによりよい方法はないか」と自分の頭で考えるようになりました。

部下を困らせる p257

トヨタには、「上司が部下を困らせる」という文化があります。

トヨタの元副社長・大野耐一は、「能力・脳力・悩力」という言葉を使って「悩むことが大事だ」と説いています。

とことん困れば、何か知恵が出てくる。
困り方が少ないと、これまでの知識や経験(悪知恵)といったものが邪魔をして、思考が停止してしまいます。

物事を能率的に行なうための「能力」や、物事を考えるための「脳力」も大事だが、それらの力を発揮するためには、「悩む力(悩力)」が大事だと考えていたのです。

「知識」でなく、「知恵」を与える p264

トヨタには、「やってみせ、やらせてみる」という仕事の教え方があります。

トヨタでは、座学だけで終わるということはありません。
座学だけでは、数日たてば忘れてしまうからです。

だから、教えたことはできるだけその場で実践してもらうのが鉄則。

やってみせ、やらせてみるのです。

トレーナーの岡村靖は、「実践がともなわない座学は意味がない」と言います。

岡村が顧客先を指導するときも、座学の直後に実践してもらうようにしています。
当日がムリなら、翌日などにできるだけ早くやってもらう。

スルメも見ているだけではおいしくないが、かめばかむほどおいしくなります。
それと同じで、座学だけではわからないことも、実際にやってみると見えてくることがあり、それが「知恵」となるのです。

リーダーが「見る」から部下は育つ p273

トレーナーの高木新治が、溶接を担当する部署の組長を務めていたとき、一人の新入社員が配属されてきました。
金髪という派手な外見や一匹狼的な雰囲気で周囲から浮いており、まわりの人は「3ヵ月で辞めてしまうだろう」と半ばあきらめムードでした。

しかし、自分の部署に配属された新入社員を簡単に辞めさせたくないと思った高木は、毎朝5~10分、その新入社員と1対1でミーティングをするようにしました。
ミーティングといっても、「昨日の仕事はどうだった?」「今日は、どんな仕事をする予定なの?」といった他愛のない会話をする程度でした。
しかし、話してみると、派手なのは見た目だけで、本当は物静かでコツコツと真面目に仕事をこなすタイプだとわかったのです。

その後、新入社員の彼は、3ヶ月で辞めるどころか、技術を磨き、溶接の競技大会で全国2位になるほど腕を上げたのです。
高木はこの経験を踏まえてこう証言します。

「彼にかぎらず若い子は大きな伸びしろをもっています。上司がいつも見ているというメッセージを送り続ければ、その思いに応えようと大きく伸びてくれるものです」

仕事の「全体像」を見せる p276

トレーナーの鵜飼憲は、「仕事の全体像を見せることが、部下の責任感やモチベーションにつながる」と言います。

鵜飼は、医療器具をつくるメーカーに改善の指導に入ったことがあります。

パートさんたちが黙々と小さな部品をつくっている工場でしたが、驚いたことに、そのパートさんたちは自分たちのつくった部品がどのような製品になっているか見たことがないとのこと。
ただ目の前の作業をこなすだけで、完成品をイメージせずに仕事をしていたのです。

そこで、工場の経営層にお願いして、彼女たちがつくっている部品の完成品を取り寄せてもらい、実際に見てもらいました。

すると、「私たちの部品は、こんなふうに使われていたんですね。人の体の中に入るものだから、責任重大ですね」といった感想が聞かれました。

それ以後、作業に対する責任感が芽生え、パートさんたちは自分たちの仕事に対して誇りをもつようになったのはいうまでもありません。

医療器具は、何かのミスで赤い汚れが付着したら大問題です。
医療現場で血と見間違う恐れがあるからです。
だから、「赤い点がついている部品は必ず見つけ出すように」と指示されるのですが、仕事の全体像が見えているかどうかで、その言葉の意味は大きく変わっています。

目の前の小さな部品だけを見ている人は、単なる「赤い点」としか認識しませんが、人の体の中に入る医療器具の全体像が見えている人は、「赤い点=血」と認識しているので、より正確に、真剣に部品をチェックするようになります。

完成形を意識するかどうかで、作業者の仕事に対する意識は変わってくるのです。

仕事に対する意欲を高めるという意味では、鵜飼は「自分たちがつくっている製品・サービスを好きになってもらうことも大切だ」と言います。

「トヨタに入社してきたからといって、必ずしも車好きとはかぎりません。
もちろん、車が好きでなくでも仕事はできますが、好きになってくれたほうが、仕事が楽しくなります。
だから、そういう新入社員には、車でダート(舗装されていない砂利道)を走らせたり、急ハンドルを切って車の安定性を体感させたりすることで、公共の道を走る以外の車の奥深さを知ってもらう。
そうすることで、車に対する興味がわいてくる社員が多くいました」

あなたがリーダーとして部下を動かしたいなら、仕事の全体像をイメージさせることが効果的です。

たとえば、完成品のプロセスの一部を担う仕事であれば、完成品の現物そのものを見せてあげる。
また、自社の手がけた製品がお客様の現場でどのように使われているか、見学させるのもいいでしょう。

どう喜ばれているか、どんな不満をもっているかを知ることによって、仕事に対する責任感やモチベーションが変わってくるはずです。

p343

批評する力はあるが、実行する力はない。
こういう技術者では自動車はできぬ。
――トヨタ自動車工業創業者・豊田喜一郎

「6割」で動く! p344

トレーナーがさまざまな企業の指導をしていてよく耳にするのは、経営者たちの「なかなか社員たちが行動に移してくれない」という不満です。

「準備が整ったら」「失敗したらイヤだ」と、どうしても腰が重く感じてしまう人も多いのではないでしょうか。

やはり誰でも失敗することが怖い。
失敗すれば、マイナスの評価をされることもあります。
だから、なかなか行動に移せないのが実情です。

トヨタには、現場の作業者に行動を起こさせるような言葉があります。

トレーナーの山田伸一は、指導先の現場の人たちに「6割いいと思ったらすぐやってください」とよく言っていると言います。

5割となると確率は半分半分。
成功するか、失敗するか、その確率は同じなので、成功させることはむずかしいと感じてしまう人が多い。

逆に、「7割いいと思ったら……」「8割いいと思ったら……」でも、しり込みしてしまう人が多い。
7割、8割という高い比率になると、「成功して当たり前」のレベルという印象が強く、失敗を恐れ慎重になってしまうためです。

だから「6割いいと思ったらすぐやる」なのです。

トヨタには、「6割いいと思ったらやる」のほかにも、行動を促す言葉がたくさんあります。

トヨタでよく言われるのは、「とにかく自分がいいと思ったら、失敗してもいいから行動を起こせ」ということです。

自分がいいと思ったらとにかくやる。
失敗したらすぐやめる。
失敗しても、やめて元に戻せばいいのです。

失敗した人は素直に「やってみたけどダメでした」と言えば問題ありませんし、トヨタでは誰も失敗したことで怒ったりはしません。
だからこそ、トヨタの人間はどんどん動けるのです。

「私の感覚では、トヨタの人間は、3、4割の『いい』で動きだします。
たとえば、ミーティングで部下がよい提案をしてくれ、『これはいいね』となったらすぐ動く」と山田は言います。

あなたは必要以上に慎重になりすぎていないでしょうか。
もちろん、お客様に迷惑をかけてはいけませんが、個人の改善レベルであれば、失敗してもその影響はたかが知れています。

たとえば、面白いアイデアを思いついたら、まずは文書にまとめ、上司に提案してみる。
いいアイデアであれば、上司は採用してくれるでしょうし、ブラッシュアップのためのヒントをくれるかもしれません。
得るものはあっても、失うものはありません。

それでも失敗が怖いのであれば、ほかの人を巻き込まず、自分一人でできることから行動してみる。
行動してみたら、意外とうまくいくケースも少なくありません。

「6割いいと思ったらやる」を合言葉に行動を起こしましょう。

巧遅より拙速 p347

トヨタでは「改善は、巧遅より拙速を重視しなさい」と上司が言うのを、多くのトレーナーが耳にしています。

「巧遅」とは、考え方はいいが時間がかかること。
改善をきちんとやろうとして一生懸命、何日もプランを練る。
上司に「改善はできたか」と聞かれると、「もうちょっと待ってください」と言う。
綿密なプランをつくるものの、実行までには時間がかかる。
これが「巧遅」です。

一方の「拙速」とは、出来栄えはいまひとつだが、とにかく速いことをいいます。
やってみた改善が、「こんな幼稚なもの」と言われる程度のものであったとしても、とにかくパパッとやってみる。

トヨタでは、まずやってみる「拙速」が、何よりも重要なのです。

あるトレーナーがかつて働いていたトヨタの工場では、「クォータートリムという部品が傷つきやすい」という問題を抱えていました。
クォータートリムは、自動車の後部シートの部品のひとつで、大きくて取り扱いにくい。
それに、一度、傷がついたら使いものにならない部品でした。

だから、クォータートリムの移動は特に慎重に行なっていました。
専用の台車をつくり、15台分を吊り下げて、注意を払って搬送する。
それでも、クォータートリム同少しでも触れ合うと傷ができてしまう。
トリムとトリムの間に、傷防止のクッションのようなものが必要でした。

そんなとき、ある班長が提案したのは、「自動車の床面に使っていたカーペットを、トリムとトリムの間に、カーテンのように吊り下げてみよう」というものでした。

最初、周囲は「そんな幼稚なことを」という反応でしたが、実際にやってみると、トリムに傷はつきませんでした。

改善は考えすぎたらできません。
ごちゃごちゃ考えるよりも、まずやってみることが大切です。
そして走りながら考え方をまとめていくのです。

小さなことでいいから一歩を踏み出す p349

たとえば、工場の階段などで、雨が吹き込む場所があるとします。
そして、雨が降ったときに、そこで誰かが滑りそうになった。
こうしたヒヤリハット報告が来たときも、「拙速」な改善が必要です。

誰かが滑りそうになったところにすぐ行って、滑り止めのサンドペーパーを貼ります。
それだけで、安全性は向上します。

そのうち夜になって階段のステップが見えにくくなり、ヒヤリハットする人が出てきます。
そうしたら、すぐにステップの部分を蛍光塗料で塗って暗くても見えるようにすれば、夜間の安全も確保できます。

雨が吹き込まないように屋根や庇をつくるといった時間のかかる対策は、そのあとに考えることです。

多くの人が、議論・検討・擦り合わせなどに多くの時間を割き、行動をなかなか起こしません。

今やろうとしている方法がまだまだ稚拙だと感じ、「もっといい方法を見つけてから行動しよう」としたら、改善はどんどん遅れてしまいます。

どんな稚拙なことでもいいから、先に踏み出す。
階段一段でもいいから、とにかく先に踏み出してみるのです。

一歩踏み出してみると、スタートする前にはわからなかったことが見えてきたり、別のいい考えが出てくることも多くあります。

まずは行動――。
これを心がけるだけで、あなたの仕事はどんどんスピードアップしていきます。

「歯止め」をする p362

トヨタでは、成功のプロセス(成果)を一過性のもので終わらせることはしません。
「しくみ」として定着させることが習慣的に行なわれています。
これを「標準化」といいます。

簡単にいえば、「いつ、誰がやっても、同じようにできる」ようなしくみをつくることです。
だから、トヨタでは一人の知恵や成果が共有され、各地の工場で同じように質の高い仕事を実行することができるのです。

トヨタには、作業の標準を示した「作業要領書」の類いがたくさん存在し、たとえ新人が入ってきても、ほかの人と同じように作業ができるようになっています。

そうした「標準」の管理の方法を決めて、当たり前のように標準が守られるようになることを「管理の定着」といいます。

トレーナーの大嶋弘は言います。

「『標準化』と『管理の定着』を、『歯止め』と呼んでいます。
ひとつの問題が解決して一件落着ではなく、『歯止め』までやり遂げて、初めてトヨタの問題解決は完了するのです。
そして、次の問題解決へと軸足を移す。
つまり、トヨタの改善(問題解決)は、半永久的に続いていくのです」

「標準化」と「管理の定着」を行なう手順は、次のとおりです。

①仮につくった作業のやり方を正式な「標準」にして公にする
②管理の方法を決めて、標準類の制定をする
③新しい(正しい)管理手法を周知徹底する
④作業の正しいやり方を訓練する
⑤維持されているかを現地・現物で確認する

手順①②までは、「歯止め」の段階ですが、手順③④のように、成果を関係部署に拡大していくことを、トヨタでは「横展」といいます。

これは文字どおり「横に展開する」ということで、自分たちがもっているノウハウを社内に広めること。

「お客様からのクレームを減らす」という問題を解決したら、そのプロセスを自分の部署だけではなく、ほかの部署などにもオープンにし、全社的に同じプロセスを共有するのです。

たとえば、ある営業担当が「お客様のニーズを把握できていない」という問題テーマに取り組んだ結果、お客様の属性や要望を書き込む「お客様ヒアリングシート」を作成したところ、問題が解決したとします。

そのときは、「お客様ヒアリングシート」を社内でオープンにし、ほかの営業担当やほかの営業所が統一のフォーマットとして使うようになれば、営業全体の底上げにつながります。
これが「横展」の考え方です。

組織に横串を通す p370

トレーナーの中山憲雄は、ある大企業から「組織に横串を通してほしい」と依頼され、現場指導に当たったことがあります。

その企業は、組織が大きいだけでなく各工場が子会社化されて、ほとんど交流がない状態でした。
それゆえに、生産性や原価率、不良率といった数字の指標もバラバラ。
製品の品質や作業者の能力にも差が出ていました。

指標を統一し、生産力の底上げをする必要があったのです。

そこで、横串を通す方法として導入されたのが「工場診断士」という社内資格。
製造現場も知る技術職の数名を工場診断士として選抜し、各工場をまわってもらうようにしました。
現場の生産効率を高めたり、作業者を教育するのが彼らの役割です。
もっとわかりやすくいえば、「改善の文化」を全社的に定着させるのが狙いでした。

実は、工場診断士のモデルは、トヨタの生産調査部。
大野耐一がつくった部署で、トヨタ生産方式を各工場に導入、指導する総本山のような組織でした。
工場が生産調査部を迎えるときは、役職が下である生産調査部のメンバーに担当役員が頭を下げて出迎えていたほどで、それほど権威がありました。

とはいえ、指導を受ける工場にとって、工場診断士という肩書はピンときません。
腕に「工場診断士」と書かれた金色の立派な腕章をつけていたとはいえ、最初は「余計なことをしないでほしい」という扱いだったといいます。

しかし、工場診断士が工場に入り、不良率を低減するような改善を指導すると、作業者たちの見る目に変化があらわれました。
製品の不良が多いことは、作業者のモチベーションを大きく下げる結果となります。
だからこそ、不良率を下げる改善は、現場に喜ばれました。

こうして、工場診断士は、全国の工場で改善実績を出すと同時に、指標も統一することに成功。
現在では工場診断士は20名まで増員されています。

「全戦全勝」は目指さない p376

高い目標を設定する一方で、目標へと近づくプロセスもトヨタのリーダーたちは大切にしています。

トレーナーの原田敏男は、「仕事で勝ち続けることは不可能。だから、どれだけ進歩をしたかという視点も必要になる」と言います。

たとえば、プレスの仕事の究極的な目標は、不良を一件も出さないことです。
しかし、どんなに精度の高い仕事をしても、不良をゼロにすることはできません。
0.01%くらいはどうしても不良が出てしまう。

一日中、不良なくプレス機が動き続ければ、その日は目標達成ということになりますが、次の日に不良が出てしまえば目標は未達です。
仕事で「全戦全勝」はありえません。

不良ゼロを目指すのはもちろんですが、不良ゼロの日をいかに増やすかも重要な指標となります。

10日間で不良ゼロの日が7日、不良が発生した日が3日あれば、7勝3敗。
そうしたら、次の10日間では8勝2敗、9勝1敗を目指す。

このように、日々進化することを重視する。
それを続けていれば、不良ゼロに確実に一歩近づくことができるのです。

こうした視点は部下指導でも大切です。
特に若手の社員や仕事に習熟していない人に対しては、どれだけ進歩したかにフォーカスする。

実力や能力がある人に高い目標を設定するのは、成長を促すことにつながりますが、そうではない人にいきなり高い目標を設定して、それができなかったら責めるというのでは、どんどんやる気を失っていきます。

1勝9敗から2勝8敗になったら、褒めて評価してあげることによって、人は自信を得て成長していきます。

トレーナーの高木新治は、「最善を尽くすことが大事で、結果はどうでもいい」という言い方をしています。

「旋盤で削る作業は、狙いどおりに誤差なく削ることはまず不可能です。
どんなに一生懸命集中して削っても、ほんのわずかプラスに振れたり、マイナスに振れる。
プラスマイナスゼロを達成するのは神の領域なのです。

あらゆる仕事にも同じことがいえます。
どんなに最善を尽くしても、プラスの結果になることもあれば、惜しくもマイナスの結果に終わることもある。
だからこそ、結果だけでなく、最善を尽くしたかどうかのプロセスが重要なのです。
最善を尽くしていれば、必ず勝率は上がっていきます」

あなたの仕事は昨日より今日のほうが進化しているでしょうか。

自分なりの目標をもって、一歩でも昨日を越える。
その積み重ねを続けていれば、必ず大きな成果と自己成長につながります。

失敗するのは「かっこいい」 p380

高木は、「仕事のモチベーションは、『面白いか、楽しいか、かっこいいか』に尽きる」と言います。

自分ができなかった仕事ができるようになったり、ほかの人が避けるようなむずかしい仕事で結果を出すのは、面白いし、楽しい。
たとえまだ成果が出なくても、そうした仕事に挑んでいる姿勢はかっこいい。

人は失敗したくないので、どうしてもむずかしい仕事、新しい仕事にチャレンジせずに、得意な仕事、簡単な仕事をやりたがります。
そこに仕事のモチベーションを見出すのは困難です。

仕事で成果を上げる人は、積極的に失敗から学び、楽しみ、成長の糧にしているのです。

「失敗をしたくないから」といって実行しない。
これほどかっこ悪いことはありません。
チャレンジした末の失敗は、必ず誰かが見てくれています。
失敗を楽しむくらいのつもりで、困難な仕事に挑戦しましょう。