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「イノベーションのジレンマ」を読んだ

投稿時刻2024年10月27日 18:36

イノベーションのジレンマ」を 2,024 年 10 月 25 日に読んだ。

目次

メモ

pVIII

本書を通じて日本の読者に伝えたいもう一つの日本特有の問題は、ここ数年、日本経済の成長が停滞している理由に関係している。
その理由は、右に挙げたような日本の大企業が、本書で取り上げた各業界と同様の力に動かされていることにある。
すぐれた経営者は、市場の中でも高品質、高収益率の分野へ会社を導くことができる。
しかし、会社を下位市場へ導くことはできない。
日本の大企業は、世界中の大企業と同様、市場の最上層まで登りつめて行き場をなくしている。

本書では、米国経済がこういった問題にどのように対処してきたかを紹介している。
各企業が行き詰まるなか、社員は業界をリードする大企業を辞め、ベンチャー・キャピタルから資金を調達し、市場の最下層に攻め込む新企業を設立し、徐々に上位市場へ移行し、こうして歴史は繰り返している。
個々の企業が市場の最上層で行き場をなくし、やがて衰退するとしても、それに代わる新企業が現れるため、米国経済は力強さを保っている。
これは日本では起こり得ないことである。
企業の伝統から、経験豊富な技術者が大企業を辞めることがほとんどなく、また、新企業に出資するような金融市場のしくみができていないからだ。
本書の理論から考えて、現在のシステムが続くなら、日本経済が勢いを取り戻すことは二度とないかもしれない。

p6

この「破壊的イノベーションの法則」は、優良企業が失敗するのは、経営者がこの法則を無視したか、この法則に逆らったためである場合が多いことを示している。
経営者は、破壊的イノベーションの法則を理解し、それと調和するよう努力すれば、最も難しいイノベーションにもうまく対応できる。
人生のさまざまな課題に挑むときと同様、「世界のしくみ」を理解し、そのような力に順応するようにイノベーションへの努力を管理することには大きな価値がある。

本書の目的は、先端技術分野かどうかを問わず、緩やかに進化する環境や急激に変化する環境にある様々な製造業やサービス業のマネージャー、コンサルタント、研究者を支援することにある。
この目的を踏まえて、本書でいう「技術」とは、組織が労働力、資本、原材料、情報を、価値の高い製品やサービスに変えるプロセスを意味する。
すべての企業には技術がある。
シアーズのような小売企業は、商品を調達、展示、販売、配送するために特定の技術を使い、プライスコストコなどの大型ディスカウントストアは別の技術を使う。
つまり、この技術の概念は、エンジニアリングと製造にとどまらず、マーケティング、投資、マネジメントなどのプロセスを幅広く包括するものである。
「イノベーション」とは、これらの技術の変化を意味する。

すぐれた経営が失敗につながる理由 p8

失敗の理論は、今回の研究による三つの発見にもとづいて構築された。
第一に、「持続的」技術と「破壊的」技術の間には、戦略的に重要な違いがある。
これらの概念は、この問題に関する研究によく使われる漸進的変化と抜本的変化の区別とはまったく異なる。
第二に、技術の進歩のペースは、市場の需要が変化するペースを上回る可能性があり、実際そのようなケースが多い。
このため、いくつかの市場におけるいくつかの技術アプローチの関係性や競争力は、時間とともに変化する場合がある。
第三に、成功している企業の顧客構造と財務構造は、ある種の新規参入企業と比較して、その企業がどのような投資を魅力的と考えるかに重大な影響を与える。

持続的技術と破壊的技術 p9

新技術のほとんどは、製品の性能を高めるものである。
これを「持続的技術」と呼ぶ。
持続的技術のなかには、不連続的で抜本的なものもあれば、漸進的なものもある。
あらゆる持続的技術に共通するのは、主要市場のメインの顧客が既存の性能指標で評価すると、既存の製品より性能が向上する点である。
個々の業界における技術的進歩は、持続的な性質のものがほとんどである。
本書であきらかにする重要な事実だが、きわめて抜本的な難しい持続的技術でさえ、大手企業の失敗につながることはめったにない。

しかし、「破壊的技術」が現れる場合がある。
これは、少なくとも短期的には、製品の性能を引き下げる効果を持つ技術である。
皮肉なことに、本書で取りあげた各事例では、大手企業を失敗に導いたのは破壊的技術である。
破壊的技術は、従来とはまったく異なる価値基準を市場にもたらす。
一般的に、破壊的技術の性能が既存製品の性能を下回るのは、主流市場での話である。
しかし、破壊的技術には、そのほかに、主流から外れた少数の、たいていは新しい顧客に評価される特徴がある。
破壊的技術を利用した製品のほうが通常は低価格、単純、小型で、使い勝手がよい場合が多い。
前述のデスクトップパソコンやディスカウントストアの例のほかにも、さまざまな例がある。
ホンダ、カワサキ、ヤマハが北米とヨーロッパで発売した小型オフロードバイクは、ハーレー・ダビッドソンやBMWが製造した強力な長距離用バイクに対して、破壊的技術であった。
トランジスターは、真空管に対する破壊的技術であった。
会員制民間健康維持組織は、従来の健康保険会社に対する破壊的技術であった。
近い将来、「インターネット端末」がパソコンのハードウェア、ソフトウェアのメーカーに対する破壊的技術となるかもしれない。

市場の需要の軌跡と技術革新の軌跡 p10

失敗の理論の第二の要素、技術革新のペースが市場の需要のペースを上回る可能性があること(図0・1を参照)から、企業が競争相手よりすぐれた製品を供給し、価格と利益率を高めようと努力すると、市場を追い抜いてしまうことがある。
顧客が必要とする以上の、ひいては顧客が対価を支払おうと思う以上のものを提供してしまう。
さらに重要な点として、破壊的技術の性能は、現在は市場の需要を下回るかもしれないが、明日には同じ市場で完全な性能競争力を持つ可能性がある。

たとえば、かつてデータ処理業務のためにメインフレームを必要とした組織で、現在もメインフレームを必要とし、購入する組織はあまりない。
メインフレームの性能は、当初の顧客の需要を上回り、それらの顧客は現在、ファイル・サーバーに接続したデスクトップマシンで必要な業務がほとんどできることを知っている。
つまり、大方のコンピュータ・ユーザーの需要は、コンピュータ設計者が供給する性能の向上より遅いペースで拡大している。
同様に、一九六五年の買い物客の多くは、デパートで買い物しなければ期待どおりの品質と品揃えが得られなかったが、現在では、ターゲットやウォルマートでも十分である。

破壊的技術と合理的な投資 p11

失敗の構造の最後の要素、実績ある企業が、破壊的技術に積極的に投資することは自社にとって合理的な財務決定ではないと判断することには、三つの根拠がある。
第一に、破壊的製品のほうが単純で低価格である。
利益率も低いのが通常である。
第二に、破壊的技術が最初に商品化されるのは、一般に、新しい市場や小規模な市場である。
第三に、大手企業にとって最も収益性の高い顧客は、通常、破壊的技術を利用した製品を求めず、また当初は使えない。
概して、破壊的技術は、最初は市場で最も収益性の低い顧客に受け入れられる。
そのため、最高の顧客の意見に耳を傾け、収益性と成長率を高める新製品を見いだすことを慣行としているたいていの企業は、破壊的技術に投資するころには、すでに手遅れである場合がほとんどだ。

p14

五章から九章の目的は、破壊的技術には四つの原則があると提唱することである。
人間が空を飛ぶのと同様、これらの法則は強力であり、経営者がそれらを無視したり戦おうとしても、破壊的技術の嵐をくぐって会社を導いていくには無力に等しい。
しかし、これらの章では、経営者がその力を理解し、戦うのではなく調和すれば、破壊的イノベーションに直面したときにみごとに成功できることを示す。
以下の各項では、これらの原則と、それと調和し順応するために経営者がどうすればよいかを要約する。

原則一:企業は顧客と投資家に資源を依存している p14

ディスク・ドライブ業界の歴史をみると、実績ある企業は、持続的技術(顧客が求める技術)の波がつぎからつぎへと押し寄せても頂点を守ってきたが、それより単純な破壊的技術に襲われたときには、かならずつまずいている。
この事実は、「資源依存の理論」を裏づけている。
第五章では、経営者は会社の資源の流れを自分が管理していると考えているかもしれないが、顧客と投資家を満足させる投資パターンを持たない企業は生き残れないため、実質的に資金の配分を決めるのは顧客と投資家であるとの理論を要約する。
業績のすぐれた企業ほどこの傾向が強く、すなわち、顧客が望まないアイデアを排除するシステムが整っている。
その結果、このような企業にとって、顧客がその技術を求めるようになる前に、顧客が望まず利益率の低い破壊的技術に十分な資源を投資することはきわめて難しい。
そして、顧客が求めてからでは遅すぎる。

第五章では、経営者がこの法則に調和しながら破壊的技術に対応する方法を提案する。
ごく少数の例外を除いて、主流企業が迅速に破壊的技術で地位を築くことに成功したのは、経営者が自律的な組織を設立し、破壊的技術の周辺に新しい独立事業を構築する任務を与えたときだけである。
このような組織は、主流組織の顧客の力から解放され、破壊的技術の製品を求める別の顧客層の間で活動する。
つまり、企業が破壊的技術で成功するには、経営者が資源依存の力を無視したり、戦ったりせずに、その力と組織を調和させる必要がある。

この原則が経営者に対して持つ意味は、脅威的な破壊的技術に直面したとき、主流組織の人とプロセスでは、小規模な新しい市場で強力な地位を開拓するために必要な財源と人材を自由に配分できないことである。
上位市場で競争するためのコスト構造を持った企業にとって、下位市場でも同様の収益性を達成することは難しい。
たいていの破壊的技術の特徴である低い利益率で収益性を達成するためのコスト構造を持った独立組織を設立することが、実績ある企業がこの原則に調和する唯一の有効な手段である。

原則二:小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない p15

破壊的技術は、新しい市場を生み出すのが通常である。
このような新しい市場に早い時期に参入した企業には、参入の遅れた企業に対して、先駆者として大幅な優位を保てることが実証されている。
しかし、こういった企業が成功し成長すると、将来大規模になるはずの新しい小規模な市場に参入することがしだいに難しくなってくる。

成功している企業は、株価を維持し、社員の職務範囲が広がるようチャンスを設けるため、成長しつづける必要がある。
しかし、四〇〇〇万ドル企業が二〇%の成長率を達成するには、翌年の売上高を八〇〇万ドル増やすだけでよいが、四〇億ドル企業では八億ドルの増収が必要である。
これほどの規模を持つ新市場はない。
そのため、組織が大規模になり、成功するにしたがい、新しい市場を成長の原動力としつづけることに無理が生じる。

大企業は、新しい市場が「うまみのある規模に達する」まで待つ戦略をとることが多い。
しかし、第六章で述べる事実は、この戦略が成功しないことが多い理由を示している。

実績ある大企業で、破壊的技術によって生み出された新しい市場で強力な地位をつかむことに成功した企業は、目標とする市場の規模に見合った規模の組織に、破壊的技術を商品化する任務を与えることによって成功している。
小規模な組織のほうが、小規模な市場での成長の機会に容易に対応できる。
大企業が定めている、あるいは暗黙のうちに持っている資源配分プロセスのため、その市場がいつか大規模になるとわかっていても、小規模な市場に十分なエネルギーと人材を集中することは難しい。

原則三:存在しない市場は分析できない p16

確実な市場調査と綿密な計画のあとで計画どおりに実行することが、すぐれた経営の特徴である。
このような慣行は、持続的イノベーションにおいて、はかり知れない価値がある。
実際、ディスク・ドライブ業界の歴史のなかで、実績ある企業があらゆる持続的イノベーションの機会でリードした最大の理由は、このような慣行にある。
持続的技術に対応する際は、市場の規模と成長率が概ねわかっており、技術の進歩の軌跡が確立され、主な顧客の需要があきらかになっているため、このような合理的なアプローチをとることができる。
イノベーションのほとんどは持続的な性質のものなので、たいていの経営者は、分析と計画が可能な持続的環境のなかでイノベーションをマネジメントすることを覚えてきた。

しかし、新しい市場につながる破壊的技術を扱う際には、市場調査と事業計画が役に立った実績はほとんどない。
第七章で取りあげたディスク・ドライブ、オートバイ、マイクロプロセッサーの各業界の実績から確実にいえるのは、新しい市場がどの程度の規模になるかとの専門家の予測はかならずまちがっていることだけだ。

情報が入手でき、計画を立案できる持続的技術では、リーダーシップをとることは、競争上、重要でないことが多い。
このような場合、追随者も先駆者も実績は変わらない。
先駆者が圧倒的に有利なのは、市場のことがほとんどわからない破壊的イノベーションの場合である。
これがイノベーターのジレンマである。

投資のプロセスで、市場規模や収益率を数量化してからでなければ市場に参入できない企業は、破壊的技術に直面したときに、身動きがとれなくなるか、重大な間違いをおかす。
データがないのに市場データを必要とし、収益もコストもわからないのに、財務予測にもとづいて判断をくだす。
持続的技術に対応するために開発された計画とマーケティングの手法を、まったく異なる破壊的技術に適用することは、翼をつけた腕で羽ばたくようなものだ。

第七章では、破壊的技術を追求するための正しい市場と正しい戦略は事前にはわからないという法則を認識したうえで、戦略と計画に対して別のアプローチをとることを検討する。
この「発見指向の計画」は、予測がまちがっていること、自分たちの選択した戦略もまちがっている可能性があることを、経営者が想定しておくものだ。
このような想定のもとに投資と管理を行えば、知るべきことを学ぶための計画を立て、はるかに効率よく破壊的技術に対応することができる。

原則四:技術の供給は市場の需要と等しいとはかぎらない p18

破壊的技術は、当初は主流から離れた小規模な市場でしか使われないが、いずれ主流市場で確立された製品に対抗しうる性能を身につける点が、破壊的たるゆえんである。
図0・1に示したように、このような事態は、製品の技術が進歩するペースが、時として主流顧客が求める、または吸収できる性能向上のペースを上回るために起きる。
その結果、現在は市場の需要に見合った特徴と機能を持つ製品が、向上の軌跡をたどり、明日には主流市場のニーズを超える場合がある。
また、現在は主流市場の顧客が期待する性能にとうてい及ばない製品が、明日には性能競争力を持つ可能性がある。

第八章では、ディスク・ドライブ、会計用ソフト、糖尿病治療薬などの幅広い市場でこの事態が起きたとき、競争の地盤、すなわち顧客が製品を比較して選択する際の基準が変化することを示す。
競合する複数の製品の性能が市場の需要を超えると、顧客は、性能の差によって製品を選択しなくなる。
製品選択の基準は、機能から信頼性へ、さらに利便性、価格へと進化することが多い。

経営学の研究者は、製品のライフサイクルの各段階について、さまざまな説明を挙げている。
しかし、第八章では、製品の性能が市場の需要を追い抜く現象が、製品のライフサイクルの段階を移行させる最大のメカニズムであると考える。

企業は、競争力の高い製品を開発し優位に立とうとするために、急速に上位市場へと移行しており、高性能、高利益率の市場をめざして競争するうちに、当初の顧客の需要を満たしすぎてしまったことに気づかないことが多い。
そのため、低価格の分野に空白が生じ、破壊的技術を採用した競争相手が入り込む余地ができる。
主流顧客がどのように製品を使うのかといった動向を注意深く判断する企業だけが、市場で競争の地盤が変化するポイントをとらえることができる。

つぎに破壊的技術が襲うのはどこか p19

破壊的技術によって市場が侵食されると、優秀な経営者でさえ大きくつまずくことが明確に実証されているため、これらの知識を理解した経営者や研究者のなかには、ここまでの話から不安を感じている人もいるだろう。
なによりも、自分の事業が破壊的技術の攻撃対象になるかどうか、どうすれば手遅れにならないうちにそのような攻撃から事業を守れるかを知りたいと考える。
また、起業チャンスを見つけたいと考え、新しい企業や市場を構築できそうな破壊的技術を見いだすにはどうすればよいかと考える人もいるだろう。

第九章では、少々変わった方法でこれらの疑問に答える。
質問事項や分析事項のチェックリストを提供するのではなく、技術革新のなかでも特にやっかいだが広く知られた問題、電気自動車について事例研究を行う。
筆者自身を、カリフォルニア州大気資源委員会による州内の電気自動車販売の義務化に取り組む大手自動車メーカーの電気自動車開発担当マネージャーと想定し、電気自動車がほんとうに破壊的技術かどうかという問題を検証したうえで、このプログラムを計画し、戦略を設定し、成功に導く方法を提案する。
ほかのすべての事例研究と同様、この章の目的は、この挑戦に対する正しい回答と思われるものを提案することではなく、破壊的イノベーションを管理する問題について、さまざまな状況で役立つと考えられる方法論や思考方法を提案することである。

第九章では、「優良」企業の失敗は、最も収益性の高い顧客が求める製品やサービスに積極的に投資することから始まる場合が多いというイノベーターのジレンマについて、理解を深めていく。
現在の自動車メーカーで、電気自動車に脅かされている企業はないし、電気自動車分野への大胆な進出を計画している企業もない。
自動車業界は健全である。
ガソリン・エンジンの信頼性はかつてないほどに高まっている。
これほどの低価格で、これほど高い性能と品質が得られたことはない。
政府の規制がなければ、実績ある自動車メーカーが電気自動車を追求する理由はないだろう。

しかし、電気自動車は破壊的技術であり、将来、脅威となる可能性がある。
イノベーターの責務は、このようなイノベーション、すなわち現時点ではナンセンスな破壊的技術を企業のなかで真剣に受け止め、しかも、利益と成長をもたらす現在の顧客のニーズをないがしろにしないことである。
第九章で具体的に示すように、この問題を解決するには、新しい市場を検討し、新しい価値の定義のもとに注意深く開拓すること、その市場独自の顧客ニーズに合わせて慎重に規模と目標を設定した組織に、新しい事業構築の任務を与えることが必要である。

第一章 なぜ優良企業が失敗するのか――ハードディスク業界に見るその理由―― p23

なぜ優良企業が失敗するのかという疑問に取り組みはじめたとき、ある友人から賢明な助言を受けた。
「遺伝の研究者は人間を研究対象にしない。
新しい世代が現れるのは三〇年に一度かそこら、変化の因果関係を理解するには長い時間がかかる。
だから、一日のうちに受精し、生まれ、成長し、死に至るショウジョウバエを使うのだ。
産業界でなにかが起きる理由を理解したいのなら、ディスク・ドライブ業界を研究するといい。
ディスク・ドライブ・メーカーは、産業界で最もショウジョウバエに近い存在だ」。

たしかに、産業界の歴史のなかで、技術、市場構造、世界の構図、垂直統合がこれほど広範囲にわたって急速に進化しつづけてきた業界は、ディスク・ドライブ業界をおいてほかにない。
このような急激で複雑な変化は、経営者にとっては悪夢かもしれないが、友人の言うとおり、研究対象としてはすばらしい。
どのような変化が起きたらどのような企業が成功または失敗するという仮説を立て、業界の変化のサイクルが繰り返されるたびにその仮説を検証する機会がこれほど得やすい業界はめったにない。
この章では、複雑なディスク・ドライブ業界の歴史の概略を示す。
その歴史自体に興味を持つ読者もいるだろう*。
しかし、ディスク・ドライブ業界の歴史を理解することに価値があるのは、複雑ななかにも驚くほど単純で一貫した要因によって、幾度となく業界リーダーの明暗が分かれてきたことに気づくからだ。
簡単にいうと、優良企業が成功するのは、顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるよう積極的に技術、製品、生産設備に投資するためだ。
しかし、逆説的だが、その後優良企業が失敗するのも同じ理由からだ。
顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるよう積極的に技術、製品、生産設備に投資するからなのだ。
ここにイノベーターのジレンマの一端がある。
すぐれたマネージャーは顧客と緊密な関係を保つという原則に盲目的に従っていると、致命的な誤りをおかすことがある。

*ここでは、金属の円盤にデータを記憶する固定ディスクドライブ、つまりハードディスクのメーカーのみに注目する。
これまでのところ、フロッピーディスクドライブ(薄いフィルムを酸化鉄でコーティングした取り出し可能なディスクにデータを記憶する装置)のメーカーは、ハードディスク・ドライブのメーカーとは別の企業である。

ディスク・ドライブ業界の歴史は、顧客と緊密な関係を保つべきときと、そうすべきでないときを理解する足がかりを与えてくれる。
この足がかりの確かさを知るには、業界の歴史を注意深く調べるしかない。
その歴史の一部を、この章を始めとする本書のなかで紹介するが、それらと照らして読者自身の業界について考察してみると、自社や競争相手の命運に同様のパターンが潜んでいることが理解できるだろう。

初期のディスク・ドライブの誕生 p26

メガバイト一九五二年から五六年にかけて、IBMサンノゼ研究所の研究チームが最初のディスク・ドライブを開発した。
RAMAC(ランダムアクセス式計算制御)という名前のこのドライブは、大型冷蔵庫ほどの大きさで、二四インチ・ディスクを五〇枚組み込み、五MBの情報を記憶できた(図1・2)。
このほかにも、今日のディスク・ドライブのデザインを決定づける基本設計概念と部品技術のほとんどは、IBMで開発された。
そのなかには、取り替え可能ディスク・パック(一九六一年)、フロッピーディスク・ドライブ(一九七一年)、ウィンチェスター・アーキテクチャー(一九七三年)などがある。
いずれも、この業界の技術者がディスク・ドライブの定義とその機能を考える際に、決定的な影響力を持つようになった。

IBMが自社のニーズに対応するためにドライブを開発する一方で、二つの市場にディスク・ドライブを供給する独立した業界が生まれた。
数社は六〇年代に互換品の市場を開拓し、IBMのドライブをそのまま高性能にした製品を、割安な価格で直接IBMの顧客に販売した。
コントロール・データ、バローズ、ユニバックなど、コンピュータ市場でIBMと競争していた企業のほとんどは、自社用ディスク・ドライブのメーカーを垂直統合していたが、七〇年代になって、ニックスドーフ、ワング、プライムなど、統合されない小規模なコンピュータ・メーカーが現れると、ディスク・ドライブの相手先ブランド供給市場(OEM)も急成長した。
一九七六年には、約一〇億ドルのディスク・ドライブが生産されるようになったが、そのうち自社生産が五〇%、PCMとOEMが二五%ずつを占めた。

それからの一二年間、市場の急拡大とともに業界は大きく変動し、技術革新によって高性能化が進んだ。
一九九五年には、ディスク・ドライブの生産高は約一八〇億ドルとなった。
八〇年代半ばには、PCM市場の意義は薄れ、OEMの生産高が全世界の生産高の約四分の三を占めるに至った。
一九七六年に業界を構成していた一七社は、ディアブロ、アンペックス、メモレックス、EMM、コントロール・データなど、いずれも比較的規模の大きい多角化した企業だったが、IBMのディスク・ドライブ事業部を除く全社が、一九九五年までに倒産したか、買収された。
この間さらに一二九社が業界に参入し、そのうち一〇九社が失敗した。
IBM、富士通、日立、NECを別として、一九九六年に生き残っているメーカーは、すべて一九七六年以降に新会社として業界に参入した企業である。

最初に業界を創った統合メーカーがほとんど生き残らなかったのは、技術革新のペースがとてつもな早かったからだという見方もある。
たしかに、技術革新の速さは息をのむほどだ。
一インチ四方のディスク面に書き込める情報量は、年平均三五%増加し、一九六七年の五〇キロビットから七三年に一七メガビット、八一年に一二メガビット、九五年には一一〇〇メガビットに達した。
ほぼ同じペースで、ドライブの外寸も小さくなっていった。
二〇MBのデータを収める最小のドライブの容積は、一九七八年には一万三〇〇〇立法センチメートルだったが、九三年には二三立法センチメートルとなり、年平均三五%縮小したことになる。

図1・3は、業界で過去に出荷されたディスク記憶容量の累積テラバイト数(一テラバイト=一〇〇〇ギガバイト)と、記憶領域一MBあたりの恒常ドル価格の相関を示すものだが、このグラフを見ると、業界の経験曲線が五三%だったことがわかる。
これは、累積出荷テラバイト数が倍増するごとに、一MBあたりの価格が以前の水準の五三%まで下がるということだ。
ほかの多くのマイクロエレクトロニクス製品市場では七〇%なのに対し、はるかに急激に低価格化が進んでいる。
一MBあたりの価格は、一二年以上にわたって、1四半期あたり約五%のペースで低下している。

技術革新の影響 p29

ディスク・ドライブ業界のリーダーが、その地位を守りつづけることができなかった理由を調べるうちに、わたしは「技術泥流説」という仮借なき技術革新の波に対応することは、押し寄せる泥流に逆らって坂を登るのに似ている。
頂上にとどまるには、あらゆる手段を駆使してよじ登らなければならず、立ち止まって一息つこうものなら泥に埋もれてしまう。

p31

ディスク・ドライブの歴史にみられる技術革新について調べるうちに、技術革新には二通りあり、それぞれが大手企業に対してまったく異なる影響を与えてきたことがわかってきた。
一つは、主に記憶容量と記録密度によって測られる性能の向上を持続する技術で、漸進的な改良から抜本的なイノベーションまで多岐にわたる。
業界の主力企業は、常に率先してこのような技術の開発と採用を進めてきた。
もう一つの技術革新は、性能の軌跡を破壊し、塗りかえるもので、幾度となく業界の主力企業を失敗に導いてきた*。

*この研究の結果が、ほかの研究を基礎にしながらも、先人の技術革新に関する研究と異なっていることについては、第二章で詳しく述べる。

以下、この章では、持続的技術と破壊的技術の違いを示すため、両者の典型例を挙げたり、それらが業界の発展にどうかかわってきたかを述べていく。
なかでも、新技術の開発や採用に関して、実績ある企業が新規参入企業に比べてどれだけ進んでいたか、あるいはどれだけ遅れていたかに注目する。
これらの例を検討する前に、業界の新技術を一つずつ調べた。
一つ一つの変化が起きた時点で、どの企業が進んでいて、どの企業が遅れていたかを分析するにあたっては、その技術の出現以前に業界で実績を築き、過去の技術を実践してきた企業を「実績ある企業」とした。
また、技術革新の時点で、業界に参入したばかりの企業を「新規参入企業」とした。
つまり、業界の歴史のある時点、たとえば、ハインチ・ドライブが現れた時点では新規参入企業と見なされた企業が、そのあとで現れた技術について調査した時点では、実績ある企業と見なされるケースもある。

p34

ディスク・ドライブ業界に持続的イノベーションが起きるときには、かならず実績ある企業が率先して開発と商品化をおこなっている。
新しいディスク技術とヘッド技術の出現が、このことを物語っている。

p36

薄膜ディスクの場合と同様に、薄膜ヘッドを導入するには、実績ある企業でなければ対応できないような持続的な投資が必要となった。
IBMとその競合相手は、薄膜ヘッドの開発に、各社とも一億ドル以上をつぎ込んだ。
次世代のMRヘッド技術でも同じパターンが繰り返された。
競争をリードしたのは、業界大手のIBM、シーゲート、カンタムである。

実績ある企業は、薄膜ヘッドや薄膜ディスクのようなリスクもコストも高い複雑な部品技術の開発ばかりでなく、これまでこの業界に起きたすべての持続的イノベーションをリードしていた。
ディスクの記録密度を二~三倍に高めたRLL符号化技術のような比較的簡単な技術革新でさえ、まず最初に成功したのは実績ある企業であり、新規参入企業はあとから続いた。
ウィンチェスター・ドライブの一四インチから二・五インチへの小型化など、性能向上の軌跡を持続する効果のあるアーキテクチャーのイノベーションについても同じことがいえる。
実績ある企業は新規参入企業より進んでいた。

図1・6は、新しい持続的技術が現れた時期に、その技術をベースにした製品を提供する企業の間で、実績ある企業と新規参入企業のどちらが技術的に進んでいたかを表している。
ここには驚くほど一貫したパターンがみられる。
技術革新が抜本的か漸進的か、コストが高いか低いか、ソフトウェアかハードウェアか、部品かアーキテクチャーか、技術蓄積向上型か技術蓄積破壊型かにかかわらず、パターンは変わらない。
既存の技術で優位に立つ企業は、いままで以上に既存の顧客の要望に沿える持続的な技術革新が見つかれば、率先して新しい技術を開発し、採用してきた。
この業界の主力企業が、消極的すぎた、傲慢だった、リスクをおそれたなどの理由で失敗したわけでも、おそるべき速さの技術革新についていかなかったために失敗したわけでもないことはあきらかだ。
技術泥流説はまちがっていた。

破壊的イノベーションのなかでの失敗 p37

ディスク・ドライブ業界の技術革新のほとんどは、ここまでに述べたような持続的イノベーションによるものだ。
もう一方の破壊的技術ともいうべき技術革新は、わずかしかなかった。
これが、業界の主力企業を失敗に追い込んだのである。

p40

通常、破壊的イノベーションは技術的には単純で、既製の部品を使い、アーキテクチャーは従来のものより単純な場合もある。
確立された市場の顧客の要望に応えるものではないため、最初は、そのような市場ではほとんど採用されない。
主流からかけ離れた、とるに足りない新しい市場でしか評価されない特徴を備えた別のパッケージなのである。

既存の顧客による束縛 p44

ディスク・ドライブ業界の主力企業が八インチ・ドライブを発売するまでに、これほど時間がかかったのはなぜだろうか。
ドライブを開発するだけの技術力があったことはあきらかだ。
失敗の原因は、最初に八インチ・ドライブのターゲットとなった新規市場に参入するという戦略的決定が遅れたためだ。
これらの企業をよく知るマーケティングや技術担当の幹部は、実績ある一四インチ・ドライブ・メーカーは、顧客に束縛されていたという。
メインフレームのメーカーは、八インチ・ドライブを必要としていなかった。
そんなものより、容量が大きく、一MBあたりコストの低いドライブを求めていた。
一四インチ・ドライブのメーカーは、既存の顧客の声に耳を傾け、その要望に応えようとした。
顧客の要求に引っぱられ、ディスク・ドライブ・メーカーも顧客であるコンピュータ・メーカーも気づかないうちに、一四インチ・ドライブの容量は二二%増加の軌跡をたどり、結局はそれが命取りとなる。

五・二五インチ・ドライブの登場 p45

一九八〇年、シーゲート・テクノロジー社が五・二五インチ・ディスク・ドライブを発売した。
五MBと一〇MBという容量は、四〇~六〇MBのドライブを求めていたミニコン・メーカーの関心をひかなかった。
シーゲートをはじめ、ミニスクライブ、コンピュータ・メモリーズ、インターナショナル・メモリーズなど、一九八〇年から八三年の間に五・二五インチ・ドライブをたずさえて新規参入した企業は、製品の新しい用途を開拓する必要があったため、主にデスクトップ・パソコンのメーカーにアプローチした。
一九九〇年には、デスクトップパソコンでハードディスクを使うのはあたりまえになっている。
しかし、市場が成長を始めた一九八〇年頃には、デスクトップ用にハードディスクを買える人、使える人がそれほどいるのかどうかもわからなかった。
初期の五・二五インチ・ドライブ・メーカーは、試行錯誤を繰り返し、買い手があればどこへでも売るうちに、この用途を見いだした。
あるいは、作りだしたと言ってもいい。

デスクトップパソコンでハードディスクを使うのが一般的になると、平均的な価格のマシンに組み込まれるディスク容量、つまり、一般的なパソコン・ユーザーが求める容量は、年率約二五%で増加した。
この新しい市場でも、技術は需要のほぼ二倍のペースで向上した。
五・二五インチの新製品の容量は、一九八〇年から九〇年にかけて、年率約五〇%で増加した。
一四インチから八インチへの移行と同様に、最初に五・二五インチ・ドライブを生産したのは新規参入企業だった。
実績ある企業は、平均すると二年ほど新規参入企業に遅れをとった。
一九八五年の時点で、八インチ・ドライブのメーカーのうち、五・二五インチモデルを発売していたのは半数にすぎなかった。
残りの半数は、ついに発売することはなかった。

五・二五インチ・ドライブの普及の波は二回にわたってやってきた。
最初は、デスクトップ・コンピユータという、従来の用途では重要ではなかった、ドライブの大きさなどの要素が重視される新しい用途がハードディスクに生まれたことによる波である。
つぎに、五・二五インチ・ドライブの容量が急増し、ゆるやかに増加していた従来のミニコン市場やメインフレーム市場の容量需要を追い越したため、これらの市場で、大型ドライブにかわって五・二五インチが採用されるようになった。
八インチ・ドライブの四大メーカーであったシュガート・アソシエイツ、マイクロポリス、プライアム、カンタムのうち、五・二五インチ・ドライブの主要メーカーとして生き延びたのはマイクロポリスだけであり、それも第五章で述べるように、超人的な経営努力によってようやくなし得たことである。

p49

実績ある企業が新技術の導入を遅らせる理由として、既存製品の売上げが侵食されるのを懸念するためだとよくいわれる。
しかし、シーゲートとコナーの例が示すように、新技術によって新しい用途の市場が生まれるとしたら、新技術を導入したからといって既存製品が侵食されるとはかぎらない。
しかし、実績ある企業が、新技術の新しい用途が商業的に成熟するまで待ち、自分たちの市場への攻勢をかわすためだけに新技術を導入すると、既存製品が侵食されるとの懸念は現実になる。

ここでは、三・五インチ・アーキテクチャーの発展に対するシーゲートの対応を見てきたが、どの企業も同じように行動したわけではない。
一九八八年には、デスクトップパソコン用五・二五インチ製品で実績を築いたメーカーのうち、三・五インチ・ドライブを発売した企業は三五%にすぎない。
それまでの製品アーキテクチャーの移行と同様、競争力のある三・五インチ製品を開発できなかったのは、技術力の問題ではない。
一四インチから八インチへの移行のときも、八インチから五・二五インチへの移行のときも、五・二五インチから三・五インチへの移行のときも、既存の実績ある企業が発売した新しいアーキテクチャーのドライブは、性能の面では新規参入企業の製品に遜色なかった。
むしろ、五・二五インチ・ドライブのメーカーは、IBMとその直接の競合相手や再販業者を始めとする既存の顧客のために、誤った方向へ進んでいったように思われる。
これらの顧客も、シーゲートと同様、ポータブル・コンピューティングとそれを実現する新しいディスク・ドライブ・アーキテクチャーの利点と可能性に気づいていなかった。

プレーリーテックとコナーと二・五インチ・ドライブ p50

一九八九年、コロラド州ロングモントの新規参入企業、プレーリーテックは、他社に先駆けて二・五インチ・ドライブを発表し、生まれたばかりの三〇〇〇万ドル市場のほぼすべてを掌握した。
しかし、一九九〇年初めにはコナー・ペリフェラルズも二・五インチ製品を発表し、同年末には二・五インチ・ドライブ市場で九五%のシェアを獲得した。
プレーリーテックは一九九一年後半に破産したが、それまでには、ほかのカンタム、シーゲート、ウェスタン・デジタル、マクスターなどの三・五インチ・ドライブ・メーカーも自社製の二・五インチ・ドライブを発売していた。

なにが変わったのか。
ついに既存の大手企業も歴史の教訓を学んだのだろうか。
そうではない。
図1・7から、二・五インチ・ドライブの容量は三・五インチ・ドライブの容量よりはるかに少ないことがわかるが、その販売対象であるポータブル・コンピュータ市場は、それ以外の重量、耐久性、消費電力、大きさといった特長を重視した。
これらの特性からいえば、二・五インチ・ドライブの性能は、三・五インチ・ドライブの性能を上回っている。
これは持続的な技術なのだ。
事実、コナーの三・五インチ・ドライブを買っていた東芝、ゼニス、シャープなどのラップトップ・メーカーは、ノートブック・パソコンの主要メーカーでもあり、小型化の進んだ二・五インチ・ドライブ・アーキテクチャーを求めていた。
このため、コナーと三・五インチ市場の競争相手は、顧客の要望に応じて、継ぎ目なく二・五インチ・ドライブへと移行した。

しかし、一九九二年になると、あきらかに破壊的性質を持つ一・八インチ・ドライブが現れた。
これについてはあとで詳しく述べることにして、ここでは、一九九五年現在、一億三〇〇〇万ドルの一八インチ・ドライブ市場の九八%を支配しているのは、新規参入企業であるとだけ言っておく。
さらに、一・八インチ・ドライブの初期の最大の市場は、コンピュータですらなかった。
携帯用心臓モニター装置に使われたのである。

図1・8は、破壊的技術を新規参入企業がリードするパターンをまとめたものだ。
たとえば、八インチ・ドライブが発売された二年後、そのメーカーの三分の二(六社中四社)は新規参入企業だった。
また、五・二五インチ・ドライブが発売された二年後、この破壊的ドライブのメーカーのうち八〇%は新規参入企業である。

まとめ p52

ディスク・ドライブ業界のイノベーションの歴史には、いくつかのパターンがみられる。
第一に、破壊的イノベーションは、技術的には簡単なものである。
通常は、既存の技術を独自のアーキテクチャーにパッケージ化し、それまでは技術的、または経済的な理由で磁気データの記録や読み取りができなかった分野で、製品を利用できるようにしている。

第二に、この業界の先端技術開発は、つねに、確立された性能向上の軌跡を持続すること、つまり、性能を高め、軌跡グラフの右上の利益率の高い領域に達することを目的としてきた。
このような技術は、抜本的な難しいものも多いが、破壊的ではない。
大手ディスク・ドライブ・メーカーは、顧客の示唆するままにこれらの目標に向かった。
したがって、持続的な技術が失敗を早めたわけではない。

第三に、実績ある企業は、ごく単純な改良から抜本的なイノベーションまで、持続的イノベーションをリードする技術力を持ってはいたが、破壊的技術を率先して開発し、採用してきたのは、いつも既存の大手企業ではなく、新規参入企業である。
本書は、「積極的、革新的で顧客の意見に敏感な組織と評価された企業が、戦略的にきわめて重要な技術革新を無視したり、参入が遅れたのはなぜか」という疑問から始まった。
ここまでのディスク・ドライブ業界の分析をみると、この問題をかなりはっきりさせることができる。
実績ある企業が、あらゆる種類の持続的イノベーションに対して、「積極的、革新的で顧客の意見に敏感」な姿勢をとったことは事実だ。
しかし、実績ある企業がうまく対処できなかったのは、軌跡グラフの下のほうの展望と柔軟性の問題である。
これらの企業は、新製品の新しい用途と市場を見いだす能力を、業界に参入したときにはみせたが、その後失ってしまったように思える。
大手企業は顧客に束縛されていたため、破壊的技術が現れるたびに、新規参入企業が既存のリーダーを追い落とすこととなった*。
なぜこのようなことが起き、いまだに続いているのかを、つぎの章でとりあげる。

*攻撃する側の企業が、破壊的イノベーションでは有利だが、持続的イノベーションではそうではないというこの見解は、攻撃者の優位に関するフォスターの主張を裏づけるものであって、矛盾するものではない。
フォスターがこの理論を実証するために使った過去の例のほとんどは、破壊的イノベーションであったと考えられる。
リチャード・フォスター著『イノベーション――限界突破の経営戦略』(TBSブリタニカ、一九八七年)

第二章 バリュー・ネットワークとイノベーションへの刺激 p55

研究者、コンサルタント、経営者は、イノベーションの問題を研究するにあたり当初から、業界をリードする企業が技術革新に直面するとつまずくことの多い理由を説明しようとしてきた。
そのほとんどは、技術革新に対するマネジメント上の対策や、組織的、文化的対応を取り上げるか、あるいは実績ある企業が抜本的な新技術を扱う能力を問題にしている。
後者の理由は、抜本的な技術に対応するには、実績ある企業がつちかってきたノウハウとはまったく別のノウハウが必要になるというものである。
技術革新にあって企業がつまずく理由に関するこの二つの説を、以下にまとめる。
しかし、この章の最大の目的は、優良企業が失敗する理由について、「バリュー・ネットワーク」という概念にもとづく第三の理論を提唱することにある。
バリュー・ネットワークの概念を使えば、ほかの二つの理論よりはるかに的確に、ディスク・ドライブ業界で起きたことを説明できるだろう。

組織とマネジメントにみる失敗の理由 p55

優良企業が失敗する理由の一つとして、組織的な障害が問題の原因になると指摘される。
この手の分析の多くは、官僚主義、自己満足、「リスクを避けたがる」土壌などの単純な理由を挙げているが、なかには非常に洞察の深い研究もある。
たとえば、レベッカ・ヘンダーソンとキム・クラークは、たいていの製品開発組織は製品の部品ごとに小グループに分かれているため、企業の組織構造は、部品レベルのイノベーションを促すことが多いとしている。
製品の基本的なアーキテクチャーを変更する必要がなければ、このようなシステムは効果的である。
しかし、アーキテクチャーの技術革新が必要な場合には、人とグループが新たな方法でコミュニケーションをとり、連携してイノベーションを進めるには、このような組織構造が妨げになるという。

この考え方は、かなり正しいように思われる。
ピューリッツァー賞を受賞したトレイシー・キダーの著書、『超マシン誕生』のなかに、DEC製品に対抗するためにデータ・ゼネラルで次世代ミニコンを開発していた技術者チームが、真夜中にメンバーの友人の仕事場へ潜入し、その会社が買ったばかりのDECの最新のコンピュータを見る話がでてくる。
長年勤めたDECを辞めてデータ・ゼネラルのプロジェクト・リーダーになったトム・ウェストは、DECのミニコンのカバーを外してその構造を調べ、「製品の設計はDECの組織図そのもの」であることに気づく*。

*トレイシー・キダー著『超マシン誕生――コンピュータ野郎たちの五四〇日』(ダイヤモンド社、一九八二年)

組織の構造と、組織を構成するグループの関係は、その組織の主要製品を設計しやすいように作られる場合があるため、因果関係が逆転することもありえる。
組織の構造と、組織を構成するグループの関係は、新製品の設計能力に影響を与えかねない。

能力と抜本的な技術にみる失敗の理由 p57

優良企業の失敗の理由を考えるとき、従来とはまったく別の技術力を必要とする「抜本的イノベーション」と、従来の技術力をもとに築かれた「漸進的イノベーション」を区別することがある*。
そして、技術革新の度合いを企業の能力と比較してみると、その技術が業界に出現したあとでどの企業が勝者になるかがわかるという。
この見解を支持する研究者は、実績ある企業は慣れ親しんだ技術を改良する能力には長けているが、新規参入企業はほかの業界で開発し、実践してきた技術を別の業界に持ち込むため、抜本的な新技術の探究には新規参入企業のほうが向いていると考えている。

*抜本的イノベーションと漸進的イノベーションによる技術発展の度合いを正確に比較した研究者もいる。
たとえば、ジョン・イーノスは、新しい石油精製法の経験的研究によって、新技術による経済効果の半分は、新技術が商業的に確立したあとのプロセス改良によるものであるとした。
ディスク・ドライブ業界に関する筆者の研究でも、同じ結果が出ている。
記録密度(ディスク面一平方インチあたりの記録メガビット数)の向上の半分は新しい部品技術によるものであり、あとの半分は、既存部品の改良とシステム設計の洗練によるものである。

たとえば、クラークは、自動車などの製品の技術力は、経験のなかで階層的に蓄積されるとしている*。
どの技術的問題を解決し、どの問題を解決しないかという過去の選択の積み重ねによって、組織が蓄積する能力と知識の種類が決まる。
製品や工程の性能上の問題を解決するために、過去に蓄積してきた知識とまったく異なる知識が必要になる場合、その企業はつまずく可能性が高い。
マイケル・タッシュマン、フィリップ・アンダーソンらのグループの研究も、クラークの仮説を支持している。
企業は、過去に築いてきた能力の価値が技術革新によって破壊されたときに失敗し、新技術によって能力を高められれば成功するという。

*クラークによれば、たとえば、自動車業界の技術者が、早い時点で蒸気エンジンや電気エンジンではなくガソリン・エンジンを選択したために、その後数世代におよぶ技術的方向性が決まり、技術者は電気推進や蒸気推進を追究しなかった。
そのため、今日の企業が持つ設計能力や技術知識は、技術者がなにに取り組み、なにを捨てるかという選択を積み重ねてきた結果であるという。
既存の知識の蓄積にもとづき、それらを延長するような技術改良に関しては、その業界で実績を築いてきた企業が有利であるとクラークは断定する。
逆に、まったく異なる知識体系を必要とする変化に関しては、すでにほかの業界などで別の階層的知識体系を蓄積してきた企業に比べ、実績ある企業のほうが不利だという。

これらの研究者が指摘する要因が、新しい技術に直面したときの企業の命運に影響を与えることはまちがいない。
しかし、ディスク・ドライブ業界には、いずれの理論でも説明のつかない特殊な事例がいくつもある。
業界のリーダーは、アーキテクチャーのイノベーションや構成部品のイノベーションなど、従来の能力が意味を持たなくなったり、過去の技術と資産に対する莫大な投資が無駄になるようなものも含め、あらゆる種類の持続的技術を導入してきた。
しかし、八インチ・ドライブのように、技術的には単純だが破壊的な変化がおとずれると、同じ企業がつまずくことになる。

ディスク・ドライブ業界の歴史をみると、実績ある大手企業にとっての抜本的イノベーションの意味は、まったくちがったものになる。
すでに述べたように、関連技術の性質(部品かアーキテクチャーか、漸進的か抜本的か)、リスクの大きさ、リスクをとる必要のある期間などは、リードするか、遅れをとるかといったパターンにはほとんど関係ない。
むしろ、顧客がイノベーションを求めた場合、大手企業はどうにかして、その開発と採用に必要な資源と手段をかき集めてきた。
逆に、顧客が必要としなければ、技術的には簡単なイノベーションでも、商品化は不可能と判断してきた。

バリュー・ネットワークと失敗の原因に関する新しい見方 p59

それでは、新規参入企業と実績ある企業の成否を分ける原因はどこにあるのだろう。
ここでは、ディスク・ドライブ業界の歴史をもとに、技術や市場構造の変化、成功と失敗の関係について、新しい見方を組み立てていく。
その中心となるのは「バリュー・ネットワーク」という概念で、企業はこの枠のなかで顧客のニーズを認識し、それに応え、問題を解決し、資源を調達し、競争相手に対応し、利益を求めていく*。
バリュー・ネットワークのなかでは、各企業の競争戦略、とりわけ過去の市場の選択によって、新技術の経済的価値をどう認識するかが決まる。
各企業が、持続的イノベーションや破壊的イノベーションを追求することによってどのような利益を期待するかは、この認識によって異なる**。
実績ある企業は、期待する利益のために、資源を持続的イノベーションに振り分け、破壊的イノベーションには振り分けない。
このような資源配分のパターンが、実績ある企業が持続的イノベーションではつねにリーダーシップをとりつづけ、破壊的イノベーションでは敗者となった要因である。

*「バリュー・ネットワーク」の概念は、ジョバンニ・ドージーの「技術のパラダイム」という概念にもとづいている。
ドージーの技術のパラダイムとは、「自然科学から派生する選択された原則と、選択された物質的技術にもとづく、選択された技術的問題の解決のパターン」である。
新しいパラダイムとは、以前のパラダイムのなかで確立された進歩の軌跡の不連続性を表す。
進歩の意味そのものが変化し、技術者は、技術発展を追求するにあたって、新しい種類の問題を目標とするようになる。
ドージーが研究した、新しい技術がどのように選択され維持されるのかという問題は、そのような変化の結果、なぜ企業が成功したり失敗したりするのかという問題と深く関連している。

**ここで述べるバリュー・ネットワークの概念は、筆者がリチャード・S・ローゼンブルームとともに構成したものである。

バリュー・ネットワークと製品アーキテクチャーの関係 p60

企業はバリュー・ネットワークのなかに組み込まれている。
企業の製品は、ほかの製品のなかに、ひいては最終利用システムのなかに構成要素として組み込まれ、階層構造になっているからである。
図2・1に示すような八〇年代の大企業の経営情報システム(MIS)を考えてみよう。
MISのアーキテクチャーは、さまざまな構成要素を連結したものである。
メインフレーム・コンピュータ、ライン・プリンターやテープ・ドライブやディスク・ドライブなどの周辺機器、ソフトウェア、空調やフリー・アクセス・フロアの整った大きな部屋など。
つぎの階層では、メインフレーム自体が構造を持ったシステムであり、CPU、チップセットと回路基板、RAM回路、端末、コントローラー、ディスク・ドライブなどの部品で構成されている。
さらに内側をみると、ディスク・ドライブは、モーター、アクチュエーター、スピンドル、ディスク、ヘッド、コントローラーなどの部品で構成されるシステムである。
さらに、ディスク自体もアルミ円盤、磁性体、接着剤、研磨剤、潤滑剤、被膜剤で構成されるシステムであると分析できる。

利用システムを構成する製品やサービスは、AT&TやIBMなどの巨大な統合企業では、すべて社内で生産されることもあり得るが、たいていは一般に入手可能なものが使われ、とりわけ成熟した市場ではそのような傾向にある。
したがって、図2・1は、製品システムの物理的な入れ子構造を示すと同時に、入れ子構造になった生産者と市場のネットワークが存在することを表している。
各階層の構成要素は、このネットワークのなかで生産され、一つ上の階層でシステムを統合する生産者に販売される。
たとえば、カンタムやマクスターのように、ディスク・ドライブの設計と組み立てをおこなう企業は、磁気ヘッドの製造を専門とする企業から磁気ヘッドを調達し、別の企業からディスクを購入し、さらに
ほかの企業からスピン・モーター、アクチュエーター・モーター、ICを購入する。
一つ上の階層では、コンピュータの設計と組み立てをおこなう企業が、IC、端末、ディスク・ドライブ、チップセット、電源などを、それぞれの製品のメーカーから購入する。
このような入れ子構造になった商業システムを「バリュー・ネットワーク」という。

図2・2は、コンピュータに関連する三種類のバリュー・ネットワークを表したものである。
上から順に、企業のMISシステム、ポータブル・パソコン製品、コンピュータ援用設計(CAD)のバリュー・ネットワークである。
なおこの図は、ネットワークの範囲と、それぞれにどのような違いがあるかを大まかに示すものであり、構造全体をもらさず図式化したものではない。

価値の測定基準 p62

価値を測る基準は、ネットワークによって異なる*。
バリュー・ネットワークの境界は、製品の性能を表すさまざまなデータの重要性を順位づけることにより決まる。
図2・2の例では、構成要素を示す中央の枠の右側に、主な性能指標の順位づけを表示してあるが、これは同じ製品であっても、バリュー・ネットワークによってまったく異なっている。
一番上のバリュー・ネットワークでは、ディスク・ドライブの性能は記憶容量、処理速度、信頼性によって測られるが、ポータブル・パソコンのバリュー・ネットワークでは、重要な性能指標は耐久性、消費電力、大きさである。
したがって、なにをもって製品に価値があるとするか、それぞれに定義の異なる複数のバリュー・ネットワークが、広い意味で同じ業界のなかに共存する場合がある。

*この点についても、バリュー・ネットワークの概念と、ドージーの「技術のパラダイム」の概念には深い関係がある(六五ページの注を参照)。
バリュー・ネットワークの範囲と境界は、広く採用されている技術のパラダイムと、その上の階層で採用される技術の軌跡によって決まる。
ドージーによれば、「価値」とは、バリュー・ネットワークの最終利用システムにおいて広く採用されている技術のパラダイムの役割を意味する。

図2・2で各ネットワークに表示される磁気ヘッド、ディスク・ドライブ、RAM、プリンター、ソフトウェアなどのように、異なる利用システムのなかでも同じ名前を持つ構成要素がいくつもあるが、使用される構成要素の性質は、まったく異なる場合がある。
通常、ネットワーク図のそれぞれの枠には、独自の価値連鎖*を持ち、競合しあう複数の企業が関与しており、製品やサービスを供給する企業がネットワークによって異なることがある(図2・2では、中央の構成要素の枠の左側に企業を列挙してある)。

*マイケル・ポーター著『競争優位の戦略――いかに高業績を持続させるか』(ダイヤモンド、一九八五年)

企業は、あるバリュー・ネットワークのなかで経験を積むと、そのネットワークに際立ってみられる需要に合わせて能力、組織構造、文化を形成することが多い。
生産量、量産に至るまでの生産量増加の勾配、製品開発サイクルの周期、顧客と顧客のニーズを見きわめる組織的コンセンサスなどは、バリュー・ネットワークによって大きく異なる。

一九七六年から八九年の間に販売された数千モデルのディスク・ドライブの価格、特徴、性能指標をもとに、「ヘドニック回帰分析」という方法を用い、市場が個々のデータをどのように評価していたか、そのような価値が時間とともにどのように変化したかを知ることができる。
ヘドニック回帰分析とは、要するに、製品の総価格を、製品の個々の性能指標に対して市場がどのような価格をつけるかを示す「潜在価格」(正数に限らず、負数の場合もある)の合計として表す方法である。
図2・3は、同一の性能指標に対する評価が、バリュー・ネットワークによってどれほど異なるかを示す分析結果である。
一九八八年現在、メインフレームのバリュー・ネットワークの顧客は、一MBの記憶容量の増加に対し、平均一・六五ドルを支払う意思がある。
しかし、ミニコン、デスクトップ、ポータブル・パソコンのバリュー・ネットワークへと移ると、一MBの容量増に対する潜在価格は、一・五〇ドル、一・四五ドル、一・一七ドルと低下する。
いっぽう、一九八八年現在、ポータブル・パソコンやデスクトップパソコンの顧客は容積減に対してプレミアムを支払う意思を持っているが、ほかのネットワークの顧客はこの特性をまったく評価していない。

コスト構造とバリュー・ネットワーク p66

バリュー・ネットワークは、製品の物理的な特性だけで決まるものではない。
たとえば、図2・2に示したメインフレームのネットワークのなかで競争する場合、きまったコスト構造がみられる。
研究費、エンジニアリング・コスト、開発費は高い。
生産量が少なく、製品の構成をカスタマイズするため、製造間接費は直接原価より高い。
エンド・ユーザーに直接販売するため、膨大な営業費がかかり、複雑なマシンのサポートを提供するサービス網にも、継続的にかなりのコストがかかる。
このバリュー・ネットワークの顧客が必要とする製品やサービスを提供するには、これらのコストをすべて負わなければならない。
このため、メインフレームのメーカーと、メインフレーム向けに販売される一四インチ・ディスク・ドライブのメーカーは、自分たちが参加するバリュー・ネットワークの間接費構造をカバーするため、五〇~六〇%の粗利益率を必要としてきた。

しかし、ポータブル・パソコンのバリュー・ネットワークで競争する場合、コスト構造はまったく別ものになる。
これらのメーカーは、部品技術の研究にはほとんどコストをかけず、部品メーカーから既存の部品技術を調達し、製品を構成する。
製造工程では、低い労働コストで膨大な数の標準部品を組み立てる。
販売のほとんどは、全国小売チェーンか通信販売による。
そのため、このバリュー・ネットワークの企業は、一五~二〇%の粗利益率でも収益をあげられる。
バリュー・ネットワークの特徴は、性能指標に対する顧客の評価の順位づけとともに、その製品やサービスを供給するために必要なコスト構造によって決まる。

p68

技術的なチャンスが魅力的かどうかと、生産者がそれを追求するのが難しいかどうかは、特に、関連するバリュー・ネットワークのなかでの企業の位置づけによって決まる。
実績ある企業が持続的イノベーションにはあきらかに強く、破壊的イノベーションには弱いこと、また、新規参入企業がその反対であることは、既存企業と新規参入企業の技術力や組織力の違いによるのではなく、業界内のさまざまなバリュー・ネットワークのなかでの位置づけによる。

技術のSカーブとバリュー・ネットワーク p68

技術のSカーブは、技術戦略を考える際に最も重要なものである。
Sカーブは、一定期間、または一定量の技術努力によって得られる性能向上の幅が、技術が成熟するにしたがって変化することを示している。
この理論によれば、ある技術の初期段階では、性能向上の速度は比較的遅い。
その技術が理解され、扱いやすくなって普及すると、技術の向上は加速する。
しかし、成熟段階に達すると、徐々に物理的な限界に近づき、いままで以上に時間をかけたり、技術努力を費やさなければ、向上がみられないようになる。
その結果、図2・5のようなパターンが現れる。

研究者の多くは、戦略的技術管理の本質は、技術のSカーブの限界点の通過時期を見きわめ、下から
上ってきて現在の技術に取ってかわる後継技術を見きわめて開発することにあると主張している。
つまり、図2・5の点線のように、旧いSカーブと新しいSカーブが交差する時期がきたら、うまく技術を乗り換えることが課題となる。
下から上ってくる新技術の脅威を予測し、適時に乗り換えられなかったことが、実績ある企業が失敗する原因であり、新規参入企業や攻撃する側の企業が優位に立つきっかけになると言われてきた*。

*この意見の提唱者のなかで特に知られているのは、リチャード・フォスターである。
『イノベーション――限界突破の経営戦略』(TBSブリタニカ、一九八七年)など。

経営上の意思決定と破壊的イノベーション p71

バリュー・ネットワーク内での競争は、さまざまな意味で、そこに属する企業の利益に影響を与える。
また、企業の製品やサービスによって対応すべき顧客の問題や、それらを解決するために必要なコストは、ネットワークによって決まる。
バリュー・ネットワーク内の競争や顧客の需要は、さまざまな点で、企業のコスト構造、競争力を維持するために必要な企業の規模、必要な成長率などを形成する。
そのため、バリュー・ネットワークの外の企業にとって意味のある管理決定が、ネットワーク内の企業にとってはまったく無意味であったり、その反対のことがありえる。

第一章では、実績ある企業が持続的イノベーションの導入に成功し、破壊的イノベーションの扱いに失敗するという、驚くほど一貫したパターンがみられた。
同じパターンが繰り返されるのは、そのような結果を招いた管理決定が意味のあるものだったからだ。
すぐれたマネージャーは意味のあることを実行し、なにが意味のあることかは、主に、その企業の属するバリュー・ネットワークによって決まる。

p73

この特徴的な意思決定のパターンを以下にまとめる。
パターンの各ステップを説明するにあたっては、特に典型的な例として、五・二五インチ・ドライブの業界最大手であったシーゲート・テクノロジーが、破壊的な三・五インチ・ドライブの商品化に苦心した話を詳しく取り上げる。

ステップ一:破壊的技術は、まず実績ある企業で開発される p73

破壊的技術の商品化にあたっては新規参入企業のほうが進んでいたが、開発段階では、実績ある企業の技術者が、ひそかに資源を使って作ったケースも多い。
このように革新的なアーキテクチャーを持つデザインは、上層部の指示で開発されることはめったになく、市販部品を使ったものがほとんどである。
こうして一九八五年、五・二五インチ・ドライブの最大手だったシーゲート・テクノロジーの技術者は、業界で二番目に、三・五インチ・モデルの実用プロトタイプを開発した。
上層部に正式なプロジェクトの承認を求めるまでに、約八〇のプロトタイプ・モデルが開発された。
その前に、一四インチ・ドライブの主要メーカーであるコントロール・データとメモレックスでも同じことが起きていた。
八インチ・ドライブが市場に現れるより約二年も前、技術者が社内で実用モデルを設計していた。

ステップ二:マーケティング担当者が主要顧客の意見を求める p73

つぎに、技術者はプロトタイプをマーケティング担当者に見せ、小型で低価格の(性能の低い)ドライブの市場があるかどうかをたずねる。
マーケティング部門は、新しいドライブの市場での魅力を調べるいつもの手順に従い、既存製品の主要顧客にプロトタイプを見せ、意見を求める*。
こうしてシーゲートのマーケティング担当者は、新しい三・五インチ・ドライブを、IBMのPC部門や、その他のXT、ATクラスのデスクトップパソコン・メーカーに見せることになる。
このドライブの記憶容量が、主流デスクトップ市場の求める容量をはるかに下回っていたにもかかわらず、である。

*この点は、起業家にとってきわめて難しい問題の一つは、顧客と対話しながら製品を開発、洗練できる適切な「ベータ・テスト・サイト」を見つけることだというロバート・バーゲルマンの見解と一致している。
一般に、顧客窓口をつとめるのは、その会社の既存製品を販売する営業担当者である。
この方法は、既存の市場向けに新製品を開発するにはよいが、新しい技術の新しい用途を見いだすには適していない。
R・A・バーゲルマン、L・R・セイルズ著『企業内イノベーション――社内ベンチャー成功への戦略組織化と管理技法』(ソーテック、一九八七年)。
レベッカ・ヘンダーソンによれば、新しい技術をいつも主流顧客に持ち込もうとするこの傾向は、マーケティング能力の不足を示している。
この問題を、技術的能力の問題として片づける研究者が多いが、新しい技術の新しい市場を見つけられないことは、イノベーションにおいて、企業にとってきわめて不利な条件になりかねない。

このため、IBMがシーゲートの破壊的な三・五インチ・ドライブにまったく関心を示さなかったのも無理からぬことだ。
IBMの技術者とマーケティング担当者は、四〇~六〇MBのドライブを求めていたのであり、コンピュータにはすでに五・二五インチ・ドライブのスロットを組み込んでいた。
IBMが必要としていたのは、確立してきた性能の軌跡をさらに推し進める新しいドライブである。
シーゲートのマーケティング担当者は、顧客の関心をほとんど得られなかったため、悲観的な売上げ予想を立てた。
さらに、新しい製品のほうが単純で性能も低いため、利益率も高性能の製品より低いと予想し、これにしたがって、シーゲートの財務アナリストも、マーケティング部門に同調して破壊的プログラムに反対した。
このような情報をもとに検討したため、上層部も三・五インチ・ドライブを棚上げした。
ちょうど、三・五インチ・ドライブがラップトップ市場で地位を確立しはじめたころである。

ステップ三:実績ある企業が持続的技術の開発速度を上げる p76

マーケティング部門のマネージャーは、既存の顧客の要望に応えて、ヘッドの改良や新しい符号化方式の開発など、新しい持続的プロジェクトに力を入れる。
プロジェクトによって、顧客の求めるものが提供され、成長を続けるために必要な売上げと利益を得られる大規模市場に狙いを定めることができた。
ときには開発コストがかさんだものの、こういった持続的技術への投資の方が、破壊的技術への投資よりはるかにリスクが小さいように思われた。
確実に顧客がいて、そのニーズもわかっていたからだ。

たとえば、一九八五年から八六年にかけての、三・五インチ・ドライブを棚上げするというシーゲートの決定はきわめて合理的である。
ディスク・ドライブの軌跡グラフで下位にある市場について、一九八七年の三・五インチ・ドライブの市場規模は取るに足らないと予想していたのだ。
製造部門の幹部は、この市場の粗利益率は不透明だが、三・五インチ・ドライブの一MBあたりコストは、五・二五インチ・ドライブのそれをはるかに上回ると予測していた。
上位市場に対するシーゲートの見方は、まったく違っていた。
記憶容量六〇~一〇〇MBの五・二五インチ・ドライブの売上げは、一九八七年には五億ドルに達すると予想していたのだ。
六〇~一〇〇MBの市場に参加する企業は三五~四〇%の粗利益率を得ていたが、販売台数の多い二〇MBドライブでのシーゲートの利益率は二五~三〇%である。
ST251製品を開発し、上位市場へ移行する企画案が活発に検討されている時期に、三・五インチ・ドライブに資源を投入するのは、同社にとって意味のないことだった。

ステップ四:新会社が設立され、試行錯誤によって破壊的技術の市場が形成される p77

破壊的製品アーキテクチャーを利用するために新会社が設立され、その多くには、実績ある企業で不満を募らせていた技術者が加わる。
三・五インチ・ドライブの大手、コナー・ペリフェラルズを設立したのは、五・二五インチの二大メーカー、シーゲートとミニスクライブを離脱した社員である。
八インチ・ドライブのメーカー、マイクロポリスの創立者は一四インチ・ドライブ・メーカーの出身であり、シュガートとカンタムの創立者はメモレックスから離脱している*。

*北米のディスク・ドライブ・メーカーの設立者はすべて、元をたどれば、IBMの磁気記録製品を開発、製造していたサンノゼ部門に行き着く。

しかし、新興企業も元の雇い主と同様、破壊的アーキテクチャーで実績あるコンピュータ・メーカーを引きつけることには失敗する。
したがって、新しい顧客を見つけなければならない。
この先行き不透明な調査プロセスのなかで見えてきた用途は、ミニコン、デスクトップパソコン、ラップトップ・パソコンである。
いま考えれば、これらがハードディスクの市場になるのは当然と思われるが、当時は、これらの市場がどれほどの規模になり、どのような意味をもつようになるかは、見当もつかなかった。
マイクロポリスは、同社の製品が使われるようになるデスクサイド・ミニコンとワープロの市場が現れる前に設立された。
シーゲートは、IBMがPCを発売する二年前、パソコンがマニアのおもちゃにすぎなかった時代に設立された。
コナー・ペリフェラルズは、コンパックがポータブル・パソコン市場の潜在規模に気づく前に事業を始めた。
これらの企業の創立者は、明確なマーケティング戦略もなく製品を販売しはじめ、買うと言われればだれにでも売っていた。
試行錯誤の繰り返しのなかから、製品の主要な用途が生まれたのである。

ステップ五:新規参入企業が上位市場へ移行する p78

新会社は、新しい市場に事業基盤を見いだすと、部品技術*を持続的に改善することによって、この新しい市場の需要より速いペースでドライブの容量を増やせることに気づく。
年五〇%もの性能向上の軌跡をたどり、性能グラフではすぐ上に位置する実績ある大手コンピュータ・メーカーに狙いを定める。

*これらの部品技術は、新規参入企業より上位の確立された市場を支配している最大手の既存企業で開発されることが多い。
新しい部品は、いつもとはかぎらないが、技術の軌跡に持続的な影響を与えることが多いためである。
このような上層の実績ある企業が、最も熱心に持続的イノベーションを追求することが多い。

実績ある企業の下位市場に対する見方と、新規参入企業の上位市場に対する見方は異なっている。
実績ある企業は、新しく現れた単純なドライブの市場には、利益率の点でも市場規模の点でも魅力を感じないが、新規参入企業は、上位の高性能製品市場の潜在規模と利益率に大いに魅力を感じる。
新しいドライブが必要な容量と処理速度の条件を満たすようになると、サイズが小さくアーキテクチャーが単純なことから、価格、速度、信頼性のすべてにおいて以前のアーキテクチャーを上回るため、確立された市場の顧客も、以前は拒否した新しいアーキテクチャーを受け入れるようになる。
こうして、デスクトップ・パソコン市場からスタートしたシーゲートは、ミニコン、エンジニアリング・ワークステーション、メインフレームのディスク・ドライブ市場を侵食し、支配するようになる。
一方、デスクトップ・パソコンのディスク・ドライブ市場では、三・五インチ・ドライブの先駆者であるコナーとカンタムに追われるようになる。

ステップ六:実績ある企業が顧客基盤を守るために遅まきながら時流に乗る p79

小型モデルが確立された市場分野を侵食するようになると、当初その市場を支配していたドライブ・メーカーは、ステップ三で棚上げしていたプロトタイプを持ち出し、自分たちの市場の顧客基盤を守るために発売する。
当然、このころには新しいアーキテクチャーの破壊的特徴は薄れ、確立された市場の大型ドライブと完全に性能で競えるようになっている。
遅まきながら新しいアーキテクチャーを導入し、自分の市場での地位を守ることができた既存メーカーもあるが、すでに新規参入企業が製造・設計コストの面で圧倒的な優位を築いているため、市場から撤退せざるをえなくなったメーカーも多い。
下のバリュ・ネットワークから攻撃してきた企業は、粗利益率が低くても収益をあげるコスト構造を持っているため、製品に有利な価格設定ができ、身を守る側の実績ある企業は熾烈な価格競争に巻き込まれる。

新しいアーキテクチャーの導入に成功した既存メーカーにしても、生き残るのが精一杯である。
新しい市場で十分なシェアを勝ち取った企業はない。
新しいドライブは、既存顧客向けの旧製品の売上げを侵食するだけである。
一九九一年現在、シーゲートの三・五インチ・ドライブは、ポータブル、ラップトップのメーカーにはほとんど販売されていない。
同社の三・五インチ・ドライブを購入しているのは、以前と同じデスクトップパソコン・メーカーであり、あいかわらず、たいていの三・五インチ・ドライブには、五・二五インチ・ドライブ用に設計されたXTやATなどのパソコンに取り付けるためのフレームが付属している。

一四インチの最大手、コントロール・データは、ミニコン市場で一%のシェアも獲得できなかった。
同社が八インチ・ドライブを発売したのは、新会社が最初に八インチを発売してから三年近くたってからのことで、ドライブの販売先はすべてメインフレーム業界の既存顧客であった。
ミニスクライブ、カンタム、マイクロポリスも、破壊的技術のドライブを遅れて発売したものの、自社の旧製品との共食いに終わった。
新しい市場で十分なシェアを獲得できず、従来の事業の一部を守るのがせいぜいであったのである。

「顧客の意見に耳を傾けよ」というスローガンがよく使われるが、このアドバイスはいつも正しいとはかぎらないようだ*。
むしろ顧客は、メーカーを持続的イノベーションに向かわせ、破壊的イノベーションのリーダーシップを失わせ、率直に言えば誤った方向に導くことがある**。

*顧客の意見が貴重である証拠として引き合いに出されることの多いエリック・フォン・ヒッペルの研究によれば、新製品のアイデアの大半は顧客から生まれるという(エリック・フォン・ヒッペル著『イノベーションの源泉――真のイノベーターはだれか』ダイヤモンド、一九九一年)。
今後は、ここに提示した理論に照らしてヒッペルのデータを検証してみると、なんらかの成果がみえるだろう。
バリュー・ネットワークの理論で考えれば、ヒッペルの研究した顧客が企業を導いていくイノベーションとは、持続的イノベーションであることがわかる。
破壊的イノベーションの源泉はほかにある。

**ヘンダーソンも、半導体製造用アライナーのメーカーを調査し、顧客が誤った方向に導く危険性があることに気づいた。

フラッシュメモリーとバリュー・ネットワーク p81

バリュー・ネットワークの理論を使って将来を予測できるかどうかは、現在、「フラッシュ・メモリー」の出現によって検証されようとしている。
これは、シリコンのメモリー・チップにデータを記憶するソリッド・ステート半導体メモリー技術である。
フラッシュ・メモリーが従来のダイナミック・ランダム・アクセス・メモリー(DRAM)技術と異なるのは、電源を切ってもチップにデータが保持される点である。
フラッシュメモリーは破壊的技術である。
フラッシュ・チップは、同等の記憶容量を持つディスク・ドライブの五%未満の電力しか消費せず、可動部分がないため、ディスク記憶装置よりはるかに耐久性にすぐれている。
もちろん、フラッシュメモリーにも欠点はある。
記憶容量にもよるが、フラッシュメモリーの一MBあたりコストはディスク記憶装置の五倍から五〇倍にもなる。
また、書き込み耐久性はさほどすぐれていない。
ディスク・ドライブが数百万回の上書きに耐えるのに対し、数十万回の上書きで消耗してしまう。

フラッシュメモリーが最初に使われたのは、コンピュータとはまったく別のバリュー・ネットワークである。
携帯電話、心臓モニター装置、モデム、産業用ロボットなどの装置に、個別にパッケージ化されたフラッシュメモリーが内蔵されている。
ディスク・ドライブは、これらの市場で使うには大きすぎ、壊れやすく、電力を消費しすぎる。
これらの個別にパッケージ化されたフラッシュ・メモリー(業界用語で「ソケット・フラッシュ」)は、一九八七年には皆無だったが、一九九四年には一三億ドルの売上げを計上した。

九〇年代初頭、フラッシュメモリーのメーカーは、フラッシュカードという新しい形態の製品を開発した。
クレジットカード大の装置に、コントローラーで接続、制御される複数のフラッシュ・チップが組み込まれたものだ。
フラッシュカードのチップは、ディスク・ドライブに使われるのと同じSCSIという制御回路によって制御されるため、理論上は、フラッシュカードはディスク・ドライブと同様に大容量記憶装置として使えることになる。
フラッシュ・カード市場は、一九九三年の四五〇〇万ドルから九四年には八〇〇〇億ドルに成長し、九六年には二億三〇〇〇万ドルに達すると予想されている。

フラッシュカードはディスク・ドライブ・メーカーの主要市場を侵食し、磁気記憶装置に取ってかわるだろうか。
もしそうなら、ディスク・ドライブ・メーカーはどうなるだろうか。
自分たちの市場をリードしつづけ、この新しい技術の波をとらえるのか。
それとも、追い落とされるのか。

組織構造の理論 p84

フラッシュ技術は、ヘンダーソンとクラークが「抜本的」技術と呼ぶものである。
その製品アーキテクチャーと基本的な技術コンセプトは、ディスク・ドライブより新しい。
組織構造の観点からいえば、フラッシュ製品を設計するために組織的に独立した部門を創設しなければ、実績ある企業はつまずくことになる。
実際、シーゲートとカンタムは独立部門を設置し、競争力のある製品を開発している。

技術Sカーブ理論 p84

新しい技術が確立された技術に取ってかわるかどうかを予測するために、技術のSカーブが使われることがある。
つぎのSカーブに移るきっかけになるのは、確立された技術のカーブの傾きの変化である。
カーブが限界点を通過すると、その二次導関数はマイナスになり(技術向上のペースが衰え)、確立された技術にかわる新しい技術が現れると予想される。
図2・7は、磁気ディスクのSカーブがまだ限界点に達していないことを示している。
一九九五年現在、記録密度が上昇しているばかりか、そのペースは速くなっている。

したがって、技術Sカーブ理論によれば、実績あるディスク・ドライブ・メーカーにフラッシュ・カードを設計する能力があるかどうかにかかわらず、磁気記憶装置のSカーブが限界点を通過し、記録密度の向上の速度が衰えはじめなければ、フラッシュ・メモリーがディスク・ドライブ・メーカーの脅威になることはないと予想される。

バリュー・ネットワーク理論による洞察 p85

バリュー・ネットワークの理論を使うと、上記の理論はいずれも、成否を予測するには不十分であることがわかる。
具体的には、実績ある企業は、新技術を開発するのに必要な技術力を持っていなくても、顧客が求めれば、技術を開発または買収するための資源を集めるだろう。
さらに、技術のSカーブによる予測が有効なのは、持続的技術に関してのみである。
破壊的技術は、既存の技術と並行して向上していくのが通常であり、両者の軌跡は交差しない。
したがって、Sカーブ理論を破壊的技術の評価に用いるのは、誤った問題の考え方である。
それより重要なことは、破壊的技術が軌跡に沿って下から上がってきて、市場の需要と交差するかどうかである。

バリュー・ネットワークの理論によれば、シーゲートやカンタムなどの企業が競争力のあるフラッシユ・メモリー製品を開発することが技術的に可能であったとしても、その技術で強力な市場での地位を築くために資源や経営努力をつぎ込むかどうかは、その企業が属するバリュー・ネットワークのなかで、最初のうちにフラッシュメモリーが評価され、採用されるかどうかにかかっている。

一九九六年現在、フラッシュ・メモリーは、一般のディスク・ドライブ・メーカーとは別のバリュ・ネットワークでしか使われていない。
このことを図2・8に表した。
これは、一九九二年から九五年の間に発売されたフラッシュカードの平均記憶容量をグラフにし、二・五インチ・ドライブと一ハインチ・ドライブの容量、ノート・パソコン市場で求められる容量と比較したものである。
フラッシユ・カードは、耐久性や電力消費の少なさではすぐれているものの、記憶容量の点では、まだノート・パソコンの大容量記憶装置に追いついていない。
また、ポータブル・パソコン市場で最低限求められる容量(一九九五年現在、約三五〇MB)を満たすには、フラッシュカードの容量あたり価格は高すぎる。
これだけの容量を持つフラッシュ・カードの価格は、同じ容量のディスク記憶装置の価格の五〇倍になる*。
フラッシュカードが省電力で耐久性にすぐれていることは、デスクトップ市場では価値がなく、価格プレミアムに値しないことはたしかである。
言い換えれば、現在カンタムやシーゲートなどの企業が収益を得ている市場では、フラッシュカードを使う意味がない。

*業界関係者によれば、ディスク・ドライブの製造コストには、一台あたり一二〇ドル前後の下限があり、どれほどすぐれた企業でも、この限界は超えられない。
これは必要な部品を設計、生産し、組み立てるための基本コストである。
ドライブ・メーカーは、この一二〇ドルの箱に詰め込む記憶容量を増やしつづけることにより、一MBあたりのコストを引き下げている。
この下限コストがディスク・ドライブとフラッシュ・カードの競争に与える影響はあきらかだろう。
フラッシュ・メモリーの価格が低下すれば、記憶容量の少ない用途では、フラッシュカードがコスト競争力でディスク・ドライブに勝るようになる。
磁気ディスク・ドライブのほうがフラッシュ・カードより一MBあたりコストが低くなる境界は、大型ディスク・ドライブのアーキテクチャーが上の市場へと移動したのとまったく同じように、上の市場へと移動しつづけるだろう。
事実、専門家は、一九九七年には、四〇MBのフラッシュカードの価格は、四〇MBのディスク・ドライブの価格と同等になると予想している。

フラッシュカードは、パームトップ・コンピュータ、電子文具、レジスター、電子カメラなど、カンタムやシーゲートが参加している市場とはまったく別の市場で使われているため、バリュー・ネットワークの理論によれば、カンタムやシーゲートのような企業は、フラッシュメモリーでは市場をリードする地位を築けないだろう。
これは、技術が難しすぎるからでもなければ、組織構造が効率的な開発を妨げるからでもなく、これらの企業が、現在収益を得ている主流のディスク・ドライブのバリュー・ネットワークで、できるだけ多くのシェアを守るために資源を投入するようになるからである。

実際、ある大手フラッシュ・カード・メーカーのマーケティング・マネージャーはこう考えている。
「ハードディスク・メーカーは、ギガバイトの領域に移ると、記憶容量の低い領域ではコスト競争力を失うだろう。
その結果、ディスク・ドライブ・メーカーは一〇~四〇MBの市場から撤退し、その空白はフラッシュが埋めることになるだろう」

ドライブ・メーカーのフラッシュ・カード事業を構築しようとする動きは、停滞している。
一九九五現在、カンタムとシーゲートのいずれも、フラッシュ・カード市場で一%のシェアも獲得していない。
その後、両社は、フラッシュカードの機会はまだ実質的なものではないとして、同年のうちに市場から撤退している。
しかし、シーゲートは現在もサンディスク(SunDiskからSanDiskに社名変更)の株式の一部を所有しており、この戦略は、破壊的技術への効果的な対応方法となるだろう。

バリュー・ネットワークの理論がイノベーションに対して持つ意味 p89

バリュー・ネットワークは、そこに属する企業にとって何が可能で何が不可能かを、はっきりと定める。
この章のまとめとして、バリュー・ネットワークの視点から見た技術革新の性質と実績ある企業が直面する問題について、五つの見解を提示する。

一、企業が競争する環境、つまりバリュー・ネットワークは、イノベーションを妨げる技術的、組織的障害を克服するために必要な資源や能力を集約する能力にはっきりと影響を与える。
バリュ・ネットワークの境界を定めるのは、製品の性能に対する独自の評価である。
つまり、周知の業界の最終利用システムで採用されている性能指標とはまったく別の、いくつかの性能指標の重要度の順位づけによって決まる。
バリュー・ネットワークを定めるもう一つの要因は、ネットワーク内の顧客ニーズへの対応にともなうコスト構造である。

二、イノベーションへの努力が商業的に成功するかどうかを決定する重要な要因は、バリュー・ネットワーク内の関係者が表明するニーズにどこまで対応するかである。
既存企業は、アーキテクチャーの革新であれ構成部品の革新であれ、みずからのバリュー・ネットワーク内のニーズに応えるあらゆる種類のイノベーションを、技術的な性質や難度にかかわりなく率先して進める傾向にある。
これらは単純なイノベーションであり、その価値や用途はあきらかだ。
一方、新しいバリュー・ネットワークの顧客ニーズにしか応えない技術革新では、技術的に単純なものであろうと、既存企業のほうが遅れをとる傾向にある。
破壊的イノベーションが複雑なのは、既存企業の基準に照らしてみた場合、その価値や用途が不透明だからである。

三、実績ある企業が、顧客のニーズに応えない技術を無視しようと決めたことは、二つの異なる軌跡が交わったときに致命的な結果を招く。
一方は、あるバリュー・ネットワークのなかで長期的に求められる性能の軌跡で、もう一方は、ある技術のパラダイムのなかで技術者が提供できる性能の軌跡である。
技術によって実現できる性能向上の軌跡は、下位のバリュー・ネットワーク内の顧客が最終利用システムに対して求める性能向上の軌跡とは、あきらかに傾きが異なる。
これらの二つの軌跡の傾きが近ければ、その技術は、概ね当初のバリュー・ネットワークのなかにとどまると考えられる。
しかし、傾きが異なる場合、当初は新しいバリュー・ネットワーク、あるいは商業的にかけ離れたバリュー・ネットワークのなかだけで性能競争力を持っていた新技術が、ほかのネットワークに侵食してくる可能性があり、新しいネットワークのイノベーターにとって、既存のネットワークを攻撃する手段になる。
このような攻撃が起きるのは、技術の進歩によって、二つのバリュー・ネットワークの間の性能指標の順位づけに違いがなくなるためである。
たとえば、ディスク・ドライブのサイズや重量などの特性は、デスクトップパソコンのバリュー・ネットワークでは、メインフレームやミニコンのバリュー・ネットワークよりはるかに重要な意味を持つ。
五・二五インチ・ドライブの技術の進歩により、メーカーが、デスクトップのネットワークで重視される特性ばかりでなく、メインフレームやミニコンのネットワークで最重視される特性、すなわち記憶容量や処理速度の条件も満たせるようになると、それぞれのバリュー・ネットワークの間の境界は、五二五インチ・ドライブ・メーカーの参入を妨げる障壁ではなくなる。

四、確立された技術の軌跡における進歩の水準、速度、方向などを破壊し、塗りかえるようなイノベーション(たいていは、技術的にはほとんど新しさのない新しい製品アーキテクチャー)については、実績ある企業より新規参入企業のほうに攻撃者の優位がある。
これは、そのような技術が、確立されたネットワークのなかでは価値を持たないためである。
このような技術の商品化で、実績ある企業が優位に立つ唯一の方法は、その技術が価値を生み出せるバリュー・ネットワークに参入することである。
リチャード・テドローが米国の小売業の歴史(そこでは、スーパーマーケットとディスカウントストアが破壊的技術に相当する)に関して書いているように、「実績ある企業が直面する最も強固な障壁は、企業自身がそこへ入りたくないと考えていること」である*。

*リチャード・テドロー著『マス・マーケティング史』(ミネルヴァ書房、一九九三年)

五、このような場合、この「攻撃者の優位」が破壊的イノベーションに関連していることはたしかだが、攻撃者の優位の本質は、既存企業より新規参入企業のほうが、新しい用途市場、つまりバリュー・ネットワークを攻撃し、開発するための戦略を見きわめ、立案しやすいことにある。
したがって、本質的な問題は、実績ある企業が新規参入企業に比べて、いかに柔軟に技術ではなく戦略とコスト構造を革新できるかであろう。

これらの見解は、技術革新の分析に新たな一面をもたらす。
破壊的技術に直面した企業は、新技術と組織の改革のために必要となる能力にくわえ、自社の属するバリュー・ネットワークにイノベーションがもたらす影響を検証しなければならない。
検討すべき点はつぎのとおりである。
そのイノベーションにかかわる性能指標が、すでに企業が属しているバリュー・ネットワークのなかで評価されるかどうか。
イノベーションの価値を実現するために、ほかのネットワークに参入したり、新しいネットワークを創設する必要があるかどうか。
将来的に市場の軌跡と技術の軌跡が交わり、現在は顧客のニーズに応えられない技術が、いずれ応えられるようになるかどうか。

これらの検討事項は、この章で取り上げた電子、機械、磁気技術のように、進歩の速い複雑高度な最先端技術に取り組む企業だけにあてはまることではない。
第三章では、まったく別の業界、掘削機業界を対象に、これらを検証していく。

第三章 掘削機業界における破壊的イノベーション p93

掘削機と、その前身である蒸気ショベルは、掘削工事業者にとっては莫大な資本財である。
この業界は、変化の激しいハイテク業界とは異なるが、ディスク・ドライブ業界と共通点がある。
業界の歴史のなかで、大手企業が幾度となく、部品やアーキテクチャーの漸進的、抜本的な持続的イノベーションに成功してきたこと、しかし、大手企業の顧客と経済構造の問題から、当初は無視されていた破壊的技術、油圧式によって、ほとんどの機械式ショベルのメーカーが追い落とされたことである。
ディスク・ドライブ業界では、破壊的技術が出現してから数年のうちに、確立された市場への侵食が起きたが、油圧式掘削機が勝利するには、二〇年がかかった。
しかし、掘削機業界の破壊的技術による侵食は、ディスク・ドライブ業界の場合と同じく、止めることのできない確固とした動きであった。

持続的イノベーションのリーダーシップ p93

一八三七年にウィリアム・スミス・オーティスが蒸気ショベルを発明してから一九二〇年代初頭まで、機械的掘削機械の動力は蒸気であった。
中央ボイラーから配管を通じて、機械が動力を必要とする各ポイントにある小型蒸気エンジンに、蒸気が送り込まれた。
これらのエンジンは、図3・1に示したたように、プーリー、ドラム、ケーブルで構成されるシステムによって、前方に向かってショベル部を操作する。
最初は、蒸気ショベルはレールに取り付けられ、鉄道や運河の建設で土を掘削するために使われた。
米国の掘削機メーカーは、オハイオ州北部とミルウォーキー周辺に密集していた。

米国に三二社以上の蒸気ショベル・メーカーがあった二〇年代初頭、蒸気エンジンにかわってガソリン・エンジンが現れ、業界は大きな技術変動に直面した*。
このガソリン・エンジンへの移行は、ヘンダーソンとクラークの言う抜本的な技術革新にあたる。
主要部品であるエンジンの基本的な技術コンセプトは蒸気から内燃機関に変わり、製品の基本アーキテクチャーが変化した。
蒸気ショベルは、蒸気圧を利用して複数の蒸気エンジンを動かし、バケットを作動させるケーブルを伸縮させたが、ガソリン・ショベルは、一基のエンジンと、ギア、クラッチ、ドラム、ブレーキなどまったく異なるシステムを使い、ケーブルを巻き伸ばしする。
しかし、技術変化の性質は抜本的なものだが、ガソリン技術が機械式掘削機業界に与えた影響は持続的なものであった。
ガソリンエンジンは馬力が大きいため、よほど大型のものを除いて、どの蒸気エンジンより速く、確実に、低コストで土砂を移動できた。

*この項のグラフを計算するために使用した情報とデータは、歴史的建設機械協会の全米理事であるディミトリー・トスとキース・ハドックの提供による。
同協会は、掘削機業界に関する豊富な資料を保管しており、トスとハドックには、快く知識と情報を提供していただいた。
この章の草稿に対しても貴重な意見を賜った。

ガソリンエンジン技術のイノベーションをリードしたのは、ビュサイラス、シュー、マリオンなど、業界の主力企業である。
蒸気ショベルの大手メーカー二五社のうち二三社までが、ガソリン動力への移行をうまく乗り越えた*。
図3・2からわかるように、二〇年代のガソリン技術のリーダーのなかには新規参入企業も数社あったが、この移行を支配したのは実績ある企業である。

*おもしろいことに、この成功率が高いのは、業界の上位二五社だけの話である。
蒸気ショベル・メーカー下位七社のうち、ガソリン内燃機関への持続的イノベーションを生き延びたのは一社だけである。
これらの企業については、製品カタログ以外にほとんど情報は入手できない。
しかし、大・中規模の企業がこの移行を乗り切り、小規模な企業が壊滅したのは、資源の有無が明暗を分けたためと考えられ、第二章でまとめた理論的見解が裏づけられる。
持続的技術のなかには、開発と実現にコストがかかったり、専有知識や稀少なノウハウに依存するものもあるため、単純に移行に失敗する企業もある。
この件に関しては、リチャード・ローゼンブルームの貴重な見解を参考にした。

一九二八年頃から、ガソリン・ショベルの実績あるメーカーは、つぎの大きな、ただしさほど抜本的ではない持続的な技術の移行に着手し、ディーゼル・エンジンと電気モーターを動力とするショベルを開発した。
さらに、第二次世界大戦後の移行では、アーチ型ブームの設計が導入され、作業範囲が広く、バケットが大きくなり、地表付近での柔軟性が高まった。
これらのイノベーションもる企業が採用し、成功した。

掘削工事業者も、その他さまざまな重要な持続的イノベーションを開拓した。
まず、現場の自社設備を改良して性能を高め、つぎに、それらの特徴を盛り込んだ掘削機を製造し、広範な市場に向けて販売した*。

*この例として、シカゴ地域の工事業者、ページによる最初のドラグラインの開発がある。
ページは、シカゴの運河システムを掘削しており、一九〇三年に作業の効率化のためにドラグラインを発明した。
ページのドラグラインは、のちに、ビュサイラス・エリーとマリオンが製造した蒸気ショベルとともに、パナマ運河の掘削に幅広く利用された。
顧客が持続的イノベーションの重要な源泉になるというこの見解は、エリック・フォン・ヒッペルの主張と一致する。
エリック・フォン・ヒッペル著『イノベーションの源泉――真のイノベーターはだれか』(ダイヤモンド、一九九一年)。

破壊的な油圧技術の影響 p97

つぎの大きな技術革新は、業界の多くを失敗に追い込むものとなった。
第二次大戦の少し後から六〇年代後半まで、主な動力源は依然ディーゼル・エンジンだが、バケットを伸ばしたり持ち上げたりするための新しい機構が現れた。
ケーブル駆動システムにかわって油圧駆動システムが生まれたのである。
インスレー、ケーリング、リトル・ジャイアント、リンク・ベルトなど、五〇年代に事業を行っていたケーブル式掘削機の実績あるメーカー約三〇社のうち、七〇年代までに存続可能な油圧式掘削機メーカーへと移行したのは、わずか四社である。
ほかに、露天掘りや浚渫用の大型ケーブル式ドラグラインなどの機器製造に逃れて生き残ったメーカーが数社ある*。
ほかの企業はほとんど失敗した。
この時点で掘削機業界にひしめいていた企業は、J・I・ケース、ジョン・ディア、ドロット、フォード、J・C・バンフォード、ポクレーン、インターナショナル・ハーベスター、キャタピラー、O&K、デマッグ、ライベル、小松製作所、日立建機など、すべて油圧式世代の新規参入企業である**。
なぜこのようなことになったのだろうか。

*この方法で油圧システムの侵食を逃れた企業は、特にハイエンド市場に安全な場所を見いだした。
たとえば、ビュサイラス・エリーとマリオンは、露天掘り用の大型ストリッピング・ショベルの大手メーカーとなった。

マリオンのモデル6360ストリッピング・ショベルは、前方掘削式のショベルとしては最大のもので、バケットで一四〇立法メートルの土を持ち上げることができた(六三六〇の横にポール・バニヤンが立っている広告は、筆者が見たあらゆる広告のなかでも特に印象的であった)。
ハーニッシュフェジャーは、世界最大の電気採鉱ショベル・メーカーであり、ユニットは、海底油田用の大型脚付きクレーンにニッチを見いだした。
ノースウェストは、大洋航路浚渫用のドラグラインで生き延び、P&Hとロレーンは大型クレーンとドラグラインを製造した(すべてケーブル駆動)。

**油圧式掘削機が成熟すると、これらの企業はそれぞれに成功をおさめた。
一九九六年現在、世界最大の販売台数を誇るデマッグとO&Kは、ドイツ企業である。

機械式掘削機市場で求められる性能 p98

掘削機は、さまざまな種類の建設機械の一つである。
ブルドーザー、ローダー、グレーダー、スクレーパーなどの機械は、基本的に、土を押し、ならし、運搬するためのものである。
掘削機*は、主に三つの市場で、穴や溝を掘るために使われている。
最大の市場は、一般掘削工事市場で、建物の基礎や運河建設などの土木工事のために穴を掘る建設業者で構成される。
第二は、通常、長い溝を掘削する下水・配管工事業者である。
第三は、露天採鉱である。
これら各市場の顧客は、機械式掘削機の機能を、作業半径とバケット容量によって測ることが多い**。

*厳密には、前方にバケットを出して掘削する掘削機をパワーショベルという。
これは、一八三七年から一九〇〇年代初頭までデザインの主流で、今世紀初頭から最近まで重要な市場分野であった。
運転台のほうへ土をかき寄せる掘削機はバックホーという。
八〇年代に油圧式掘削機が主流になると、いずれのタイプも掘削機と呼ばれるようになった。
油圧駆動のためにブームを本体に固定する必要が生じるまでは、工事業者がさまざまなブームやアームを基本部分に取り付けることができたため、一つの本体をショベル、バックホー、クレーンのいずれにも使うことができた。
同様に、運搬する資材の種類に応じて、バケットを替えることもできた。

**掘削性能の本当の尺度は、一分間に運搬できる土の容積である。
しかし、この値はオペレーターの技術や掘削する土の性質によって異なるため、工事業者は、バケットの寸法のほうを信頼性のある確実な尺度として使っている。

一九四五年、下水・配管工事業者は、比較的狭い溝を掘るのに適しているバケット容量が平均約一立法メートルの機械を使っていたが、一般掘削業者は、平均バケット容量が約四立法メートルのショベルを使っていた。
これらの各市場で使われる平均バケット容量は、年率約四%で増加したが、この増加率は、利用システム全体のさまざまな要因によって制約を受けていた。
たとえば、大型建機を一般の工事用地に運搬する輸送上の問題から、工事業者が求める増加率には限度があった。

油圧式掘削機の出現と向上の軌跡 p99

最初の油圧式掘削機は、一九四七年、イギリスのJ・C・バンフォード社によって開発された。
同じ四〇年代後半、カンザス州トピーカのヘンリー・カンパニー、ミシガン州ロイヤルオークのシャーマン・プロダクツなど、米国の数社も同様の製品を開発した。
この方式は「油圧稼動式パワー・テイクオフ」と名づけられ、四〇年代後半に油圧式掘削機業界に三番目に参入した企業、HOPTOの社名の由来にもなっている*。

*イギリスと米国の先駆者に続き、フランスのボクレーン、イタリアのブルネリ・ブラザーズなどのヨーロッパ企業が参入したが、いずれも掘削機業界へは初めての参入である。

p104

ビュサイラス・エリーの出した答は、一九五一年に発売された「ハイドロホー」という新製品であった。
油圧シリンダーを三つではなく二つだけ装備し、一つはショベルを土にくい込ませるために、一つはショベルを運転席の方向に引き寄せるために使った。
ショベルを持ち上げるには、ケーブル機構を使った。
つまり、昔の外洋蒸気船が帆を備えていたのと同じように、ハイドロホーは二つの技術のハイブリッドであった*。
しかし、ハイドロホーがハイブリッド設計を選んだのは、ビュサイラスの技術者がケーブル技術のパラダイムにこだわったためであるという証拠はない。
むしろ、既存の顧客のニーズに訴えるために必要であるとマーケティング担当者が考えたバケット容量と作業半径を達成するには、当時の油圧技術の状況を考えると、ケーブル・リフト機構が唯一有効な方法であった。

*蒸気を動力としたが、帆も備えていた初期のハイブリッド外洋船のメーカーは、ビュサイラス・エリーの技術者と同じ理由でこの設計を選んだ。
蒸気は、外洋航行の動力としてはまだ信頼性が不十分だったため、旧来の技術でバックアップする必要があった。
外洋航行市場において蒸気船が登場し、帆船に取ってかわったこと自体、破壊的技術の典型例である。
一八一九年にロバート・フルトンが最初の蒸気船でハドソン川を上ったとき、その性能は、ほぼあらゆる面において、外洋航行用の帆船に劣っていた。
一マイルあたりコストは高く、速度も遅く、故障の頻度が高かった。
そのため、外洋航行のバリュ・ネットワークには使用できず、性能の尺度が異なる別のバリュー・ネットワーク、内水航行に使われた。
河川や湖では、逆風や無風のなかで移動できる特性は船長から高く評価され、そのような観点でみれば、蒸気船の性能は帆船に勝っていた。
帆船のメーカーが近視眼的であったことに驚く研究者もいる(リチャード・フォスター著『イノベーション――限界突破の経営戦略』[TBSブリタニカ、一九八七年]など)。
帆船メーカーは、一九〇〇年代初頭に終焉を迎えるまで、旧い技術にしがみつき、蒸気動力を完全に無視していた。
実際、蒸気動力への移行を生き延びた帆船メーカーは一社もない。
しかし、バリュー・ネットワークの理論を使えば、これらの研究者が見落としてきた問題を理解できる。
それは、蒸気動力を知っていたかどうか、あるいはその技術を利用できたかどうかという問題ではない。
問題は、帆船メーカーの顧客であった船舶会社が、世紀の変わり目まで蒸気船を使えなかったことである。
一八〇〇年代の末期までは、内水航行市場が蒸気船の評価された唯一のバリュー・ネットワークであったため、帆船メーカーが蒸気船建造での地位を開拓するには、この市場へと大きな戦略転換をはかる必要があった。
つまり、蒸気船の台頭によってこれらの企業が失敗したのは、企業が技術を改革できなかったからではなく、戦略を変えようとしなかった、あるいは変えられなかったからである。

図3・5は、初期のハイドロホーの製品パンフレットの一部である。
シャーマンのマーケティング手法とは異なり、ハイドロホーは「ドラッグショベル」と名づけられ、広い原野で稼動し、「ひとかきでたっぷりつかめる」と宣伝している。
すべて一般掘削業者の関心を引くためである。
ビュサイラスは、当時の油圧の特性が評価されるバリュー・ネットワークで破壊的技術を商品化するのではなく、この技術をみずからのバリュー・ネットワークに採用しようとした。
しかし、依然としてハイドロホーのバケット容量と作業半径には限界があり、同社の顧客にはあまり売れなかった。
ビュサイラスはハイドロホーを一〇年以上販売しつづけ、ときどき性能を改良して顧客に受け入れられようとしたが、ついに商業的には成功しなかった。
結局、ビュサイラスは顧客が求めていたケーブル式ショベルに戻った。

ケーブル式ショベルのメーカーで、一九四八年から六一年の間に油圧式掘削機を発売したことがわかっているのは、ビュサイラス・エリーだけである。
ほかのメーカーは、既存の顧客のために製品を提供しつづけ、成功をおさめていた*。
ケーブル式掘削機の最大手であるビュサイラス・エリーとノースウェスト・エンジニアリングは、一九六六年まで利益を伸ばしつづけた。
そしてこの年、破壊的な油圧技術が下水・配管工事市場の顧客のニーズと交差した。
これは破壊的技術に直面した業界の典型である。
確立された技術を持つ大手企業は、破壊的技術がまさに主流市場の真中に切り込んでくるまでは、堅牢な業績を維持する。

*例外は、ケーリングが一九五七年に発売したスクーパーである。
これは、ケーブルと油圧を組み合わせ、地面ではなく、正面の壁を掘削する異例の製品である。

一九四七年から六五年の間、二三社が油圧式掘削機をたずさえて機械式掘削機市場に参入した。
図3・6は、油圧式掘削機を提供する新規参入企業と実績ある企業の総数(撤退した企業を除く)をグラフにしたもので、新規参入企業が油圧式掘削機市場を完璧に支配していたことがわかる。

六〇年代、数社の大手ケーブル式ショベル・メーカーが油圧を使ったショベルを発売した。
しかし、このほとんどは、ビュサイラス・エリーのハイドロホーのようなハイブリッド製品で、バケットの駆動と前後動には油圧シリンダーを使い、バケットの伸縮とブームの持ち上げにはケーブルを使ったものが多い。
六〇年代にこのような使い方をした時点では、油圧は実績あるメーカーの製品に持続的な影響を与え、主流のバリュー・ネットワークのなかで製品の性能を高めた。
ケーブル式掘削機に油圧を使うために技術者が考案した手法のなかには、じつに巧みなものもある。
しかし、こういったイノベーションへの努力は、すべて既存の顧客のためにおこなわれた。

この期間、掘削機メーカーが採用した戦略は、破壊的イノベーションに直面した企業が迫られる重要な選択に焦点を当てている。
全般的にみて、成功した新規参入企業は、四〇年代から五〇年代の間に、油圧技術の能力を当然のものとして受け入れ、油圧技術が価値を生み出せる新しい用途市場を開拓している。
実績ある企業のほとんどは、この状況に対して別の見方をしている。
市場のニーズを、当然のものと考えたのである。
したがって、新技術を持続的改良として既存の顧客に販売できるような形で、技術を採用または改良しようとした。
実績ある企業は、革新的投資の焦点をはっきりと既存の顧客に定めていた。
次章以降では、破壊的イノベーションのほとんどの事例に、この戦略的選択がともなうことを示す。
実績ある企業は、いつも新しい技術を確立された市場に押し込もうとするが、成功する新規参入企業は、新しい技術が評価される新しい市場を見つける。

油圧技術は、結局、主流の掘削工事業者のニーズに応えられるまでに進歩した。
しかし、この進歩を達成したのは新規参入企業である。
新規参入企業は、まず、当時の新技術の能力に見合った市場を見つけ、その市場で設計と製造の経験を積み、その商業的基盤を利用して上位のバリュー・ネットワークを攻撃した。
この競争で、実績ある企業は負けた。
自分たちの市場を守るために、遅まきながら油圧式掘削機の導入に成功し、掘削工事業者をつなぎとめることに成功したケーブル式掘削機メーカーは、インスレー、ケーリング、リトル・ジャイアント、リンク・ベルトのわずか四社である*。

*ビュサイラス・エリーは、このグループに入れるのは難しい。
同社は五〇年代に大型油圧式掘削機を発売したが、その後、油圧式製品を市場から引き上げている。
六〇年代後半、同社はハイ・ダイナミック社から「ダイナホー」という油圧式ローダー・バックホー製品を買収し、多用途機械として一般掘削工事業者に販売したが、結局、この製品群も手離している。

しかし、それ以外の主流掘削市場の大型ケーブル式掘削機の大手メーカーは、商業的に成功したといえる油圧式掘削機を発売しなかった。
バケット駆動機構として部分的に油圧を採用するメーカーはあったが、設計のノウハウと量産ベースの製造コスト構造に問題があったため、油圧式が主流市場を侵食してきたときに競争できなかった。
七〇年代初頭には、これらの企業はすべて、まず小規模工事業者の市場で技術力を磨いてきた新規参入企業によって、下水・配管・一般掘削工事市場から追い落とされた*。

*キャタピラーは、油圧式掘削機業界への参入がかなり遅く、最初のモデルを発売したのは一九七二年だが、成功をおさめた。
掘削機は、ブルドーザー、スクレーバー、グレーダーなどの製品の延長であった。
キャタピラーは、ケーブル駆動が主流の時代には、掘削機市場に参加しなかった。

破壊的技術の影響を受けたほかの多くの業界、とりわけディスク・ドライブ、鉄鋼、コンピュータ、電気自動車業界では、変化から利益を得るための戦略の違いが、新規参入企業と実績ある企業の姿勢を特徴づけている。

ケーブルと油圧の選択 p109

図3・3の軌跡グラフでは、油圧技術が下水・配管工事業者の求めるバケット容量を満たせるようになり、作業半径でも同様の軌跡が描けるようになった時点で、業界の競争力学が変化し、主流の掘削工事業者は、機械を購入する基準を変えている。
現在でも、ケーブル駆動アーキテクチャーのほうが油圧式掘削機より作業半径もバケット容積も大きい。
両社の技術の軌跡は、ほぼ並行している。
しかし、ケーブル駆動システムと油圧駆動システムの両方が主流市場の需要を満たせるようになると、掘削工事業者は、作業半径やバケット容量によって機械を選択しなくなった。
いずれも必要条件を満たしているので、ケーブルのほうがすぐれているという事実は競争の材料ではなくなったのだ。

一方、工事業者は、油圧式掘削機のほうがケーブル式掘削機よりはるかに故障しにくいことに気づいていた。
とりわけ、重いバケットを持ち上げている途中にケーブルが切れるという命にかかわる事故を経験した業者は、油圧式が必要十分な性能に達すると、すぐに信頼性の高い油圧式に乗り換えた。
つまり、両方の技術が求められる基本能力を満たすことができた時点で、その市場の製品選択の根拠は、信頼性に移ったのである。
下水・配管工事業者は、六〇年代前半から急速に油圧式を採用するようになり、六〇年代後半になると、一般掘削工事業者がこれに続いた。

油圧式の普及の影響と意味 p110

ケーブル式掘削機のメーカーのなにがいけなかったのだろうか。
あとから考えれば、これらの企業は、油圧式掘削機に投資し、油圧式製品の製造を担当する組織部門を、油圧式を必要とするバリュー・ネットワークに組み込んでおくべきであったことはあきらかだ。
しかし、競争のさなかで破壊的技術を扱うときにジレンマとなるのは、企業内になにも悪いところがないことである。
油圧式は、顧客に必要とされない、顧客が使えない技術であった。
二〇社以上のケーブル式ショベル・メーカーは、たがいに顧客を奪い合うためにあらゆる手を尽くしている。
顧客の次世代の需要から目をそらせば、既存の事業は危機に追いやられるだろう。
さらに、既存の競争相手からシェアを奪うために、ケーブル式掘削機を大きく、速く、高性能にするほうが、五〇年代の誕生当時のバックホー市場の規模を考えると、あえて油圧式バックホーを開発するより、増益のチャンスがはるかに大きいことはあきらかだ。
つまり、これまでも述べてきたように、これらの企業が失敗したのは、油圧式に関する情報や、その使い方に関する知識が不足していたためではない。
それどころか、最大手は、顧客の役に立つと知るやいなや、この技術を採用している。
また、経営陣の怠慢や傲慢のせいで失敗したのでもない。
油圧式に意味がなかったから、そして気づいたときには遅すぎたから失敗したのである。

持続的イノベーションと破壊的イノベーションに直面した企業の成功と失敗のパターンは、すぐれた管理決定の当然の結果である。
だからこそ、破壊的技術はイノベーターをこのようなジレンマに陥れる。
いっそうの努力をすること、鋭敏であること、積極的に投資すること、顧客の意見に慎重に耳を傾けることは、新しい持続的技術によって生じる問題を解決するには有効である。
しかし、これらの安定経営のパラダイムは、破壊的技術を扱うには役に立たない。
それどころか、逆効果であることが多いのだ。

第四章 登れるが、降りられない p113

ディスク・ドライブと掘削機の歴史からわかるように、バリュー・ネットワークに属する企業は、その境界からまったく抜け出せないわけではない。
上位のネットワークへ移動できる可能性は十分にある。
しかし、破壊的技術によって実現した下位市場への移動は、バリュー・ネットワークの強大な力によって制限される。
この章では、「有力企業がいとも簡単にハイエンド市場へと移行できるのはなぜか。
下の市場へ移動することがこれほど難しいのはなぜか」という問題を追究する。
理性的な経営者が、製品特性と収益性の低い小規模なローエンド市場に参入したとはっきりいえるケースはほとんどない。

上位のバリュー・ネットワークで成長し、収益性を高めることを考えたほうが、現在のバリュー・ネットワークにとどまることを考えるより、はるかに魅力的に思われることがあるのは確かだ。
そのため、優良企業が当初の顧客を離れ、あるいは当初の顧客にとっての競争力を失い、価格の高い市場に顧客を求めるのも、めずらしいことではない。
優良企業では、高い利益率を稼げる高性能製品の市場へと攻撃をかけようとするとき、資源とエネルギーが密接に一体化する。
上位のバリュー・ネットワークに移動すれば、業績向上の期待は高まるため、ディスク・ドライブや掘削機の軌跡グラフの右上方向に強い魅力を感じるのももっともである。
この章では、ディスク・ドライブ業界の歴史にみられる事実に注目しながら、この「右上への力」を検証する。
つぎに、ミニミルと総合鉄鋼メーカーの競争にみられる同じ現象を探究し、この理論の一般化をはかる。

ディスク・ドライブ業界の上位市場への大移動 p114

図4・1は、ディスク・ドライブ・メーカーのなかでも典型的な戦略をとってきたシーゲート・テクノロジーの上位市場への移動を詳細にグラフ化したものである。
シーゲートは、デスクトップパソコンのバリュー・ネットワークを生み出し、支配するまでに成長した。
市場の容量需要に対する同社製品の位置を、年ごとに、最も容量の少ない製品から最も容量の大きい製品までの縦線で表した。
製品の記憶容量の範囲を表す縦線上の黒い四角は、各年にシーゲートが発売したドライブの記憶容量の中央値を表す。

一九八三年から八五年にかけて、シーゲート製品の中心は、ちょうどデスクトップ分野の平均容量需要に沿っていた。
破壊的な三・五インチ・ドライブが下からデスクトップ市場を侵食するようになったのは、一九八七年から八九年にかけてのことである。
シーゲートはこの攻撃への対策として、破壊的技術に真っ向から対抗するのではなく、上位市場へと逃れた。
デスクトップパソコン市場が求める容量の製品もひきつづき販売したが、一九九三年には、同社のエネルギーの焦点は、あきらかにファイル・サーバーやエンジニアリング・ワークステーションなどの中型機市場へとシフトしている。

破壊的技術がこのような破壊的影響力を持つのは、各世代の破壊的ディスク・ドライブを最初に商品化した企業が、当初のバリュー・ネットワークのなかにとどまらないことを選択するためだ。
企業は、製品の世代が新しくなるたびに、できるだけ上の市場に近づこうとし、ついには上位のバリュー・ネットワークにとって魅力的な記憶容量を達成するようになる。
破壊的技術が実績ある企業にとって危険であり、新規参入企業にとって魅力的なのは、このような上位への移動性があるためだ。

バリュー・ネットワークと一般的なコスト構造 p115

この非対称な移動性の背景には、なにがあるのだろうか。
前にも述べたように、企業の資源配分プロセスでは、利益率が高く、市場規模が大きい新製品案に資源を割り当てる傾向がある。
これらの条件は、図1・7や図3・3のような軌跡グラフのなかで、左下方向より右上方向に進むほどよくなる場合がほとんどである。
ディスク・ドライブ・メーカーが製品市場マップの右上方向へ移行するのは、社内で採用した資源配分プロセスの結果である。

第二章で述べたように、各バリュー・ネットワークを特徴づけるのは、顧客の要求する優先順位にしたがって製品やサービスを提供しようとする場合、そのネットワークに属する企業が生み出すことになるコスト構造である。
ディスク・ドライブ・メーカーが本来のバリュー・ネットワークのなかで大規模になり、成功すると、その企業は特定の経済的特徴を帯びるようになる。
研究、開発、営業、マーケティング、管理に費やす労力と経費の水準を、顧客のニーズや競争相手からの圧力に応じて調整する。
これらの事業運営コストを考えると、各バリュー・ネットワークのなかでは、優良なディスク・ドライブ・メーカーのほうが高い利益率を達成しやすくなる。

こうして、企業が収益性を高めるための具体的なモデルができる。
一般に、主流市場にしがみついたままでは、コストを削減して収益性を高めることは難しい。
現在負担している研究、開発、マーケティング、管理のコストは、主流事業での競争力を保つために重要なものである。
通常は、粗利益率が高いことがわかっている高性能製品の市場へ移動するほうが、簡単に収益を増やすことができる。
この目標を達成するためには、下の市場へ移行するなどもってのほかである。

p118

高い粗利益率を得られる高性能製品を発売するために開発資源を投入するほうが、見返りが大きく、痛みが少ないのが通常である。
経営陣は、どの新製品開発企画に投資すべきか、どの企画を棚上げすべきかを幾度も決定しているため、市場規模、利益率ともに上回る上位市場を狙った高性能製品の開発案には、すぐに資源が配分される。
つまり、ディスク・ドライブ業界で、企業がバリュー・ネットワークの境界を超えて上位市場へ移動し、下位市場へは移動しない背景には、実際的な資源配分プロセスがある。

第二章で示したヘドニック回帰分析によれば、ハイエンド市場へ進むほど、一MBの容量増加に対して支払われる価格プレミアムは大きい。
一MBを現在より高い価格で売れるのに、低い価格で売ろうとする人がいるだろうか。
このように、ディスク・ドライブ・メーカーが軌跡グラフの右上方向へ移行したのは、至極もっともなことである。

*ヘドニック回帰分析は、製品の総価格を、製品の個々の性能指標に対して市場がどのような価格をつけるかを示す「潜在価格」の合計として表す方法。
七〇ページ参照。

ほかの業界で、企業が当初の破壊的な市場を離れ、上層の収益性の高い市場へ移行すると、徐々にその上位市場で競争するために必要なコスト構造を身につけるようになるとの研究がある*。
このため、なおさら下位市場へは移動できなくなる。

*このように、市場の上層へと移動し、その階層での事業を支援するためにコストが増加するプロセスは、ハーバード・ビジネス・スクールのマルコム・P・マクネアが述べたもので、ディスク・ドライブの話と酷似している。
マクネアは、小売の歴史に関する著作のなかで、破壊的技術(この言葉は使っていないが)をたずさえた小売業者が次々に参入してきたようすを述べている。

車輪は、あるときは遅く、あるときは速く回りつづけるが、けして止まることはない。
このサイクルは、大胆な新しい概念、イノベーションによって始まることが多い。
だれかがすばらしいアイデアを考案する。
ジョン・ワナメーカー、ジョージ・ハートフォード(A&P)、フランク・ウールワース、W・T・グラント、ウッド将軍(シアーズ)、マイケル・カレン(スーパーマーケット)、ユージーン・ファーカウフ。
このようなイノベーターは、新しい種類の流通企業を発想する。
最初は評判が悪く、嘲笑され、軽蔑され、「異端児」と非難される。
銀行家や投資家には白眼視される。
しかし、イノベーションによって営業コストを抑えることにより、価格の魅力で大衆を引きつける。
しだいに高価な商品を仕入れ、商品の品質を高め、店舗の外観や立地を改善し、高く評価されるようになる。……

この成長のプロセスのなかで、組織は急速に消費者と投資家の注目を浴びるようになるが、同時に、設備投資は増え、営業コストがかさむようになる。
やがて、組織は成熟段階に入る。……
……成熟段階のあとは不安定になりやすく……攻撃を受けやすくなる。
何に対して攻撃を受けやすくなるのか。
つぎのすばらしいアイデアを持ち込み、低コストで事業を始め、老舗組織がようやく建てたやぐらの下にもぐり込むような者に対してである。

アルバート・B・スミス編『自由な高水準経済における競争的流通とその大学における意味』(ピッツバーグ大学出版局、一九五八年)一七~一八ページ、マルコム・P・マクネア著「戦後の重要な傾向と発展」。
つまり、ハイエンド市場で競争力を持つために必要なコストが、下位への移動性を制限し、さらに上の市場へ移動するための刺激となる。

資源配分と上位への移行 p119

バリュー・ネットワーク間の非対称の移動性については、資源配分の方法に関する二種類のモデルを比較すると、さらに深い洞察が得られる。
第一のモデルは、資源配分を、合理的なトップダウン式の意思決定プロセスとして表したものである。
上層部がいくつかのイノベーションへの投資案を検討し、企業戦略に合致して最も高い投資収益率が期待できると考えられるプロジェクトに資金を投入する。
これらのハードルをクリアできない案は、抹消される。

第二の資源配分モデルは、ジョゼフ・バウアーが最初に示したもので、資源配分の決定をまったく別の方向からとらえている。
バウアーは、ほとんどのイノベーション案は、トップではなく組織の深い場所から生まれているとしている。
底辺からこのようなアイデアが沸いて出た場合、プロジェクトのふるい分けにあたっては、組織の中間管理職が、目には見えない重要な役割をはたす。
これらのマネージャーは、出てくるアイデアをすべてそのまま通すわけにはいかない。
どの案が最もすぐれているか、どの案が成功しそうか、どの案が承認される可能性が高いかを、企業の財務、競争、戦略の状況に照らして判断する必要がある。

たいていの組織では、マネージャーが多大に支援したプロジェクトが成功すると、かれの評価は大幅に高まり、判断ミスや不運によって支援したプロジェクトが失敗すると、人生設計が永久に狂うこともある。
もちろん、すべての失敗の責任をこのようなマネージャーが負うわけではない。
たとえば、技術者が任務をはたせなかったために失敗したプロジェクトは、失敗とみなされるとはかぎらない。
開発努力のなかで学ぶものもあるし、技術開発とは一般に、予想のつかないいちかばちかの試みとみなされるからである。
しかし、市場がなかったために失敗したプロジェクトは、マネージャーの評価にはるかに深刻な影響を与える。
このような失敗は、はるかにコストがかかり、企業の評判にも影響をおよぼす。
このような失敗は、企業が製品の設計、製造、エンジニアリング、マーケティング、販売に全面的に投資したあとで起きることが多い。
このため、我が身と会社の利益を考えるマネージャーは、確実に市場の需要があるプロジェクトを支援する傾向にある。
そして、自分の選んだプロジェクトが上層部の承認を得やすいように、企画案をまとめる。
上層部は自分が資源配分の決定をくだしたと考えるかもしれないが、ほんとうに重要な資源配分の決定は、実は上層部が関与するはるか以前におこなわれている。
どのプロジェクトを支援し、上層部に持ち込むか、どのプロジェクトを放っておくか、中間層のマネージャーが決めているからである。

p123

二階層上のマネージャーは、どちらのプロジェクトを支援するだろうか。
開発資源の綱引きのなかで、既存の顧客が明確に示しているニーズや、まだ顧客になっていない既存ユーザーのニーズに的をしぼったプロジェクトは、かならず、存在しない市場向けに商品を開発する企画に勝つ。
すぐれた資源配分システムは、収益性や受容性の高い大規模な市場を見いだせそうにないアイデアを排除するようにできているからだ。
開発資源を顧客のニーズに向けるシステマティックな手段を持たない企業は、失敗する*。

*この文で「システマティック」という言葉を使ったことには、重要な意味がある。
たいていの資源配分システムは、そのシステムが正式なものであろうとなかろうと、システマティックにはたらくものだからである。
あとで述べるように、マネージャーが破壊的技術にうまく対処するために重要なのは、資源配分システムに介入し、自分自身で確固とした資源配分決定をくだせることである。
資源配分システムは、破壊的技術のような提案を排除するようにできている。

上へ登れば手っとり早く成長と利益が手に入り、下から苛烈な攻撃が襲ってくるという非対称の問題のなかでも、管理面で最も悩ましい点は、優秀なマネージャー、つまり、熱心に如才なく仕事をし、将来の展望を持っているマネージャーでは、問題を解決できないことである。
資源配分プロセスにあたっては、人材の時間と会社の資金をどのような費やすべきかについて、何百という人々が、毎日、微妙な決定も明確な決定も含め、何千という決定をくだしている。
上層部が破壊的技術を追求しようと決めたとしても、それが組織の構成員が考える組織としての成功、組織内の個人としての成功に結びつくモデルと一致しなければ、構成員がそれを無視したり、せいぜいいやいや協力することになりやすい。
正しく運営された企業には、なにも考えずにマネージャーの指示に従うよう教育されたイエスマンは少ない。
むしろ、会社にとってなにがよいことか、社内で地位を高めるにはどうすればよいかを理解するように教育されている。
すぐれた企業の社員は、率先して顧客サービスにつとめ、計画された売上げと利益を達成しようとする。
マネージャーにとって、有能な人材に、意味がないと思われる仕事を情熱をもって追求しつづける意思を持たせるのはかなり困難なことだ。
ディスク・ドライブ業界の歴史を例にとって、このような従業員の行動の影響を検討する。

一・八インチ・ディスク・ドライブの場合 p124

ディスク・ドライブ各メーカーのマネージャーには、本書で報告する研究にこころよく協力していただき、結果が出はじめた一九九二年頃から、わかったことをまとめて発表した論文を送りはじめた。
とりわけ、図1・7にまとめた枠組みが、当時、業界最新の破壊的技術として出現してきた一・八インチ・ドライブに関する管理決定に影響を与えるかどうかに興味があった。
もちろん、部外者からみれば結論は明白である。
「何度同じことを繰り返せば学習するのだ。やるしかないにきまっている」。
実際、かれらは学習していた。
一九九三年のうちに、大手ドライブ・メーカーはすべて一・八インチモデルを開発し、市場が生まれれば発売できる状態にあった。

一九九四年八月、ある大手ディスク・ドライブ・メーカーのCEOを訪ね、一・八インチ・ドライブはどうなっているかとたずねた。
この質問はあきらかに先方を刺激した。
CEOはオフィスの棚を指さした。
そこには一・八インチ・ドライブのサンプルが鎮座していた。
「わかりますか。
あれは、うちで開発した四世代目の一・八インチ・ドライブです。
世代が変わるごとに、前のものより記憶容量は増えています。
しかし、まだ一台も売っていません。
市場が生まれればすぐ販売できるように準備しておきたいのですが、まだ市場がないのです」

市場調査刊行物として高く評価され、今回の研究でも多くのデータを得ている『ディスク/トレンド・レポート』によれば、一九九三年の市場規模は四〇〇〇万ドルだが、九四年には八〇〇〇万ドル、九五年には一億四〇〇〇万ドルに拡大すると予想されていると指摘した。

CEOは答えた。
「そう考えられていることは知っています。
しかし、それはまちがいです。
市場はありません。
あのドライブをカタログに載せてから、もう一八か月になります。
うちがあれを用意していることは、みんなが知っていますが、だれも欲しがらないのです。
市場はありません。
先走りすぎてしまった」。
それまでに会った経営者のなかでもひときわ鋭敏なこの人物に、それ以上自分の考えを押しつける根拠もなかった。
会話は別の話題に移った。

約一か月後、ハーバード大学MBA課程の技術・オペレーション管理講座で、ホンダの新型エンジン開発に関するケース・ディスカッションを指導した。
学生の一人は、以前、ホンダの研究開発組織で働いていたことがあるので、ほかの学生にそのときのようすを数分で話すよう求めた。
その学生は、カー・ナビゲーション・システムに取り組んでいたことがわかった。
思わず話の途中で「地図のデータは、どうやって記憶していたのかね」と聞いてみた。

学生は「小型の一・ハインチ・ディスク・ドライブを見つけたので、そこへ入れました。
実にいいものなんです。
ソリッド・ステート・デバイスに近くて、可動パーツはほとんどありません。
すばらしい耐久性でした」と答えた。

「どこから買うのかな」と聞いてみた。

「それが、おかしいんですが、大手のディスク・ドライブ・メーカーからは買えないんです。
コロラド州のどこかにある小さな新会社から買うんですが、名前は忘れました」

それ以来、一・八インチ・ドライブの市場はあるのに、なぜあの会社経営者は市場がないと頑固に言い張ったのか、大手ドライブ・メーカーは一・八インチ・ドライブを売ろうとしているのに、なぜあの学生は売っていないと言ったのかを考えている。
答は、前述の軌跡グラフの右上と左下の関係のなかにあり、また、優良企業の教育の行き届いた何百人もの意思決定者が、会社に最大の成長と利益をもたらすと思われるプロジェクトに資源とエネルギーをつぎ込むことにある。
あのCEOは、つぎの破壊的技術の波を早く捉えようと決断し、経済性の高いみごとな設計へとプロジェクトを導いた。
しかし、従業員にとって、十億単位の売上げのある会社の成長と利益の問題を解決するには、八〇〇〇万ドルのローエンド市場に力を入れてもしかたがない。
その売上げの源である顧客を奪うために、強力な競争相手があらゆる手を尽くしているとなれば、なおさらだ。
一方で、コネもノウハウもコンピュータ業界でつちかってきた営業担当者が一九九四年のノルマを達成するには、一・八インチ・ドライブのプロトタイプを自動車メーカーに供給してもしかたがない。

組織が新製品を生み出すという複雑な仕事をなし遂げるには、論理、エネルギー、刺激をすべて一体化して努力しなければならない。
実績ある企業をそのニーズに縛りつけているのは、顧客だけではない。
実績ある企業は、自分たちが属するバリュー・ネットワークの財務構造や組織の文化にも束縛されている。
この束縛が、つぎの破壊的技術の波に迅速に投資する根拠を覆い隠しているのだ。

バリュー・ネットワークと市場の可視性 p127

企業の顧客自体が上の市場へ移行すると、上位市場へ移る力にいっそうはずみがつく。
このような場合、ディスク・ドライブのような中間部品のメーカーは、同じように移行する競争相手や顧客のなかにいるため、右上方向へ移動していることに気づかない可能性がある。

このようなことを考えると、プライアム、カンタム、シュガートなどの主要八インチ・ディスク・ドライブ・メーカーが、いかにやすやすと五・二五インチ世代のドライブを見落としていたかが想像できる。
たとえば、主な顧客であったDEC、プライム・コンピュータ、データ・ゼネラル、ワングラボラトリーズ、ニックスドーフのいずれも、デスクトップパソコンの導入に成功していない。
むしろ、顧客自身が、市場のなかでも高性能の分野へと上方移動し、それまでメインフレームを使っていた顧客を獲得しようとしている。
同様に、一四インチ・ドライブ・メーカーの顧客、つまりユニバック、バローズ、NCR、ICL、シーメンス、アムダールなどのメインフレーム・メーカーのいずれも、ミニコン市場のシェアを奪うために下位市場へ移行する大胆さを持ち合わせていなかった。

上位市場の利益率が魅力的である、顧客の多くが同時に上位市場へ移行する、下位市場で利益をあげるためにコストを削減するのが難しいという三つの要因が合わさり、下位への移動に対する強力な障壁となっている。
したがって、社内で新製品開発のための資源配分について議論するとき、破壊的技術を追求する案は、上位市場に移行する案に負けるのが通常である。
実際、利益を引き下げる可能性の高い新製品開発案を排除するためのシステマティックな手法をつちかうことは、すぐれた企業にとって特に重要な業務のひとつである。

この合理的な上位市場への移動パターンが持つ重要な戦略上の意味は、下位のバリュー・ネットワークに空白をつくり、競争に強い技術とコスト構造を備えた新規参入企業がそこへ引き寄せられることである。
たとえば、鉄鋼業界では、下位市場にできた大きな空白に、破壊的なミニミルの加工技術を採用した新規参入企業が、境界を超えて参入してきた。
その後も、容赦なく上位市場を攻撃している。

総合鉄鋼メーカーの上位市場への移行 p128

ミニミルによる製鉄事業が商業的に成り立ったのは、六〇年代半ばである。
ミニミルは、広く普及しているありふれた技術と設備を使い、鉄くずを電炉で溶融し、それをかならずビレットという中間形態に鋳造してから、棒鋼、線材、形鋼、鋼板などの製品に圧延する。
これらが「ミニミル」と呼ばれるのは、鉄くずからコスト競争力のある溶融鉄鋼を生産する規模が、総合製鉄所が高炉や転炉で鉄鉱石からコスト競争力のある溶融鉄鋼を生産するために必要な規模の一〇分の一以下だからである。
総合製鉄所とミニミルは、継続的に鋳造と圧延をおこなうというプロセスはほぼ同じである。
異なるのは規模だけだ。
効率的な規模の高炉の生産量に対応するには、総合製鉄所の鋳造・圧延部門は、ミニミルのそれよりはるかに大規模である必要がある。

北米の鉄鋼ミニミルは、世界で最も高効率、低コストの製鉄所である。
一九九五年、最も効率的なミニミルは、一トンの鉄鋼を生産するのに、〇・六人時しか必要としなかった。
最大の総合製鉄所は、二・三人時を必要とした。
両者が競合している製品分野で、平均的なミニミルは平均的な総合製鉄所に比べ、同等の品質の製品を、全原価込みで約一五%安く生産できる。
一九九五年には、コスト競争力のある鉄鋼ミニミルを建設するには約四億ドルかかり、コスト競争力のある総合製鉄所を建設するには約六〇億ドルかかっていた*。
鉄鋼生産能力一トンあたりの資本コストでみれば、総合製鉄所の建設には四倍かかることになる**。
その結果、ミニミルの北米市場でのシェアは、一九六五年には〇%だったが、七五年には一九%、八五年には三二%、九五年には四〇%へと拡大している。
専門家は、二〇〇〇年には全鉄鋼生産高の半分を占めると予想している。
線材、棒鋼、形鋼に関しては、ミニミルは北米市場をほぼ独占している。

*世界の多くの市場で鉄鋼需要の伸び率が低いため、九〇年代には大規模な総合製鉄所はあまり建設されていない。
そのような総合製鉄所は、最近では、韓国、メキシコ、ブラジルなど、高成長率で急発展している国に建設されている。

**マサチューセッツ工科大学材料科学部のトーマス・イーガーによる。

しかし、世界の大手鉄鋼メーカーのなかで、今日までにミニミルの技術を採用して製鉄所を建設した企業は一社もない。
なぜ、このように意味のあることをだれもしないのであろうか。
最近、米国を中心にビジネス誌がさかんに主張する説明は、総合鉄鋼メーカーのマネージャーは保守的、後ろ向き、リスク嫌い、無能であるというものだ。
これらの主張について考えてみよう。

昨年USスチール社は、「競争力がなくなった」として一五施設を閉鎖した。
三年前ベツレヘム・スチールは、ペンシルベニア州ジョンズタウン、ニューヨーク州ラッカワナ……の工場の大部分を閉鎖した。
これらの大型製鉄所の閉鎖は、現在の経営者が、マネージャーが責任をはたしていなかったとついに認めたことを意味する。
数十年にわたって、当座のみせかけのために利益を最大化してきたにすぎなかったのだ。
――『ビジネス・ウィーク』

米国の鉄鋼業界の人月あたりの生産高が、問題が生じたときの言い訳の数ほど多ければ、超一流の役者なのだが。
――『インダストリー・ウィーク』

このような非難のなかにも、いくらか真実があることはたしかである。
しかし、管理能力の不足だけでは、北米の総合製鉄所が、ミニミルによる広大な鉄鋼業界の征服に対抗できなかったことに対する完璧な答にはなりえない。
ほとんどの専門家が、世界有数の管理方法によって成功をおさめていると指摘する総合鉄鋼メーカー、新日本製鐵、川崎製鉄、NKK、ブリティッシュ・スチール、ホーホヘンス(オランダ)、ポハン・スチール(韓国)のいずれも、ミニミルが世界で最も低コストの技術であることはあきらかなのに、ミニミル技術に投資していない。

また、この一〇年間、総合製鉄所の経営陣は、製鉄所の効率を高めるために積極的な措置をとってきた。
たとえば、USXの製鉄事業の効率は、一九八〇年には鉄鋼生産高一トンあたり九人時以上だったが、九一年にはわずか三人時以下まで向上した。
そのために、一九八〇年の九万三〇〇〇人から九一年には二万三〇〇〇人以下まで大胆に労働力を削減し、資本設備の近代化のために二〇億ドル以上を投資した。
しかし、これらの積極的な経営努力も、従来の方法で鉄鋼を生産するためにとった措置である。
どうしてだろうか。

ミニミルの鉄鋼生産は、破壊的技術である。
鉄くずを使うため、六〇年代に初めて現れたころには、ぎりぎりの品質の鉄鋼を生産していた。
製品の特性は、鉄くずの金属組成や純度によってまちまちであった。
したがって、唯一ミニミルの市場となりえたのは、品質、コスト、利益率の面で市場の最下層に位置する鉄筋分野だけであった。
この市場は、実績ある鉄鋼メーカーの顧客市場のなかでは、最も魅力が薄かった。
また、利益率が低いばかりでなく、顧客の固定率も低い。
思いのままに納入業者を乗り換え、とにかく安い業者と取引していた。
総合鉄鋼メーカーは、鉄筋事業から手を引いて、むしろほっとしていた。

しかし、ミニミルは、鉄筋市場をちがった面からみていた。
ミニミルのコスト構造は、総合製鉄所とはまったく異なる。
減価償却費がほとんどなく、研究開発費はゼロ、営業経費も低く(電話料金がほとんど)、一般管理費も最小限である。
生産可能な製品は、ほとんど電話だけで販売でき、それで利益をあげていた。

鉄筋市場で実績を築くと、特に積極的なミニミル、とりわけニューコーとチャパラルは、鉄鋼市場全般に対して、総合製鉄所とはまったくちがった見方をするようになった。
自分たちが掌握している下位市場の鉄筋分野は、総合製鉄所にとってはまったく魅力がないようだが、ミニミルから上位市場を見た場合、増収増益のチャンスが頭上に広がっているように感じたのだ。
これが刺激となって、ミニミルは製品の金属的な品質を高め、安定した品質を出せるように努力し、さらに大きな鋼材を生産できるように設備投資した。

図4・3の軌跡グラフが示すように、ミニミルがつぎに攻撃したのは、すぐ上位の棒鋼、線材、山形鋼の市場であった。
八〇年には、ミニミルは鉄筋市場の九〇%、棒鋼、線材、山形鋼市場の約三〇%を占めていた。

ミニミルが攻撃をかけた当時、棒鋼、線材、山形鋼の利益率は、総合製鉄所の製品のなかでは最低であった。
そのため、総合鉄鋼メーカーは、またしてもこの分野から手を引けることに安心し、八〇年代半ばには、この市場はミニミルのものとなった。
ミニミルは、棒鋼、線材、山形鋼の市場での地位を確かなものにすると、上位市場への行進を続け、今度は形鋼市場へ乗り込んだ。
ニューコーはアーカンソーの新工場で生産を始め、チャパラルはテキサス州の最初の工場の隣に新工場を建設して攻撃を開始した。
またしても、総合製鉄所はミニミルによってこの市場から追い出された。

一九九二年、USXはサウスシカゴの形鋼工場を閉鎖し、北米の総合形鋼メーカーはベツレヘムだけになった。
ベツレヘムは一九九五年に最後の形鋼工場を閉鎖し、残ったのはミニミルだけとなった。

この話の重要な点は、棒鋼・線材事業をミニミルに明け渡した八〇年代を通じて、総合鉄鋼メーカーの利益が大幅に増加したことである。
コスト削減につとめたこともあるが、利益率の低い製品を切り捨て、高品質の圧延鋼板に焦点をしぼっていった結果でもある。
この市場では、品質重視の缶、自動車、家電製品のメーカーが、表面に傷のない品質の安定した鋼材には価格プレミアムを支払った。
八〇年代の総合製鉄所の投資のなかで最大の割合を占めたのは、これら三つの市場で最も要求の厳しい顧客に最高品質の製品を提供し、収益性を高められるようにするための投資である。
総合鉄鋼メーカーにとって鋼板市場の魅力が大きい理由の一つは、ミニミルとの競争から守られていることだ。
最先端のコスト競争力のある鋼板圧延機を建設するには、約二〇億ドルかかり、このような資本支出は、最大規模のミニミルにとってさえ大きすぎた。

最上位の市場に的をしぼったことを、総合製鉄所の投資家は歓迎した。
たとえば、ベツレヘム・スチールの時価総額は、一九八六年の一億七五〇〇万ドルから、八九年には二四億ドルにはね上がった。
この間に同社が研究開発と資本設備に投資した一三億ドルに対する収益率が、きわめて魅力的であったことを意味している。
ビジネス誌も、これらの狙いすました積極的な投資を評価した。

ウォルター・ウィリアムズ(ベツレヘムのCEO)は驚くべき仕事をした。
過去三年間、ベッレヘムの塩基性鋼事業の品質と生産性を高めるために力を入れてきた。
ベツレヘムの変化は、米国の主要な競争相手と比べても群を抜いている。
その米国の業界全体をみても、いまや日本の競争相手より生産コストは低く、品質の差も急速に埋まりつつある。
顧客も違いに気づいている。
キャンベル・スープの鋼板購買責任者は「まったく奇跡のようだ」と語る。(傍点筆者)
――『ビジネス・ウィーク』

別のアナリストも、同様の意見を述べている。

注目する人は少ないが、奇跡に近いことが起きている。
USXがみごとに復活している。
ゲイリ・ワークス(USスチール)も……輝く熔鉄の川を北米史上最高の年間三〇〇万トンのペースで流しつづけ、黒字に転換した。
組合管理の問題解決チームがそこここに生まれている。
ゲイリーは、あらゆる形状とサイズの鋼材を製造するのではなく、価値の高い圧延鋼板にほぼ全力をそそいでいる。(傍点筆者)
――『フォーブズ』

このようなみごとな回復が、すぐれた経営の賜物であることは、われわれのほとんどが認めるところである。
しかし、この種のすぐれた経営は、これらの企業をどこへ導いていくだろうか。

ミニミルによる鋼板の薄スラブ連続鋳造 p135

総合鉄鋼メーカーが業績回復に懸命になっているころ、彼方から破壊の雲が押し寄せつつあった。
一九八七年、ドイツの鉄鋼業界向け機器メーカー、シュローマン・シーマグは、「薄スラブ連続鋳造」という技術を開発したと発表した。
溶融した鋼の状態から、冷却せずに直接圧延機にかけられる薄くて長スラブに連続鋳造する方法である。
熱くてすでに薄い鉄鋼スラブを、最終的な鋼板の厚さに圧延する方法は、総合製鉄所が開発してきた、厚いインゴットやスラブを再加熱して圧延する従来の方法より、はるかに簡単である。
なにより重要なのは、コスト競争力のある薄スラブ連鋳・圧延工場が、二億五〇〇〇万ドル以下で建設できる点である。
これは従来の鋼板工場の一〇分の一のコストであり、ミニミルでもなんとか投資できる額である。
この規模なら、電炉でも簡単に必要な量の溶融鉄鋼を供給できる。
さらに、薄スラブ連鋳を使えば、鋼板生産の総コストが少なくとも二〇%削減できる。

薄スラブ連鋳の可能性は大きいため、鉄鋼業界の大手各社は慎重に検討した。
USXなどの総合製鉄所は、薄スラブ連鋳施設の導入を懸命に後押しした。
しかし、結局、薄スラブ連鋳に踏み切ったのは、総合製鉄所ではなく、ミニミルのニューコー・スチールであった。
なぜだろうか。

当初、薄スラブ連続鋳造技術では、総合製鉄所の主要顧客である缶、自動車、電気製品メーカーが求めるなめらかな傷のない表面に仕上げることはできなかった。
市場は、利用者が表面の傷より価格に敏感な、建設用の敷板や、カルバート、配管、プレハブ建築などに使う波形鋼だけである。
薄スラブ連鋳は破壊的技術である。
さらに、規模と能力のある貪欲な総合鉄鋼メーカーは、大型自動車、電気製品、缶メーカーの収益性の高い事業を奪い合うのに夢中だった。
収益性が低く、価格競争が激しく、市販品のような製品をつくる薄スラブ連鋳のために設備投資することは、意味がなかったのだ。
ベツレヘムとUSXは、一九八七年から八八年にかけて、当時約一億五〇〇〇万ドルと見積もられた金額を薄スラブ連鋳に投資するかどうかを真剣に検討した挙げ句、主流顧客向け事業を守り、その収益性を高めるために、二億五〇〇〇万ドルを従来型の厚スラブ連続鋳造機に投資した。

ニューコーが別の見方をしたことは驚くにあたらない。
収益性の高い鋼板の顧客の要求に悩まされることもなく、業界の最下層で鍛えられたコスト構造という武器を持っていたニューコーは、一九八九年、インディアナ州クローフォーズビルで世界最初の薄スラブ連続鋳造機に火を入れ、一九九二年、アーカンソー州ヒックマンに第二の工場を建設した。
一九九五年には、両方の工場の生産能力を八〇%増強した。
アナリストの推定によると、ニューコーは、一九九六年には北米の莫大な鋼板市場で七%のシェアを獲得した。
しかし、ニューコーが成功した分野は、総合製鉄所の製品のなかでは最も収益性の低い一般商品にかぎられていたため、総合鉄鋼メーカーは気にかけなかった。
もちろん、ニューコーは、総合製鉄所から高品質製品の高収益事業を奪おうと、すでに鋼板の表面品質を大幅に改良していた。

総合鉄鋼メーカーは、収益性の高い鉄鋼業界の上位市場をめざして積極的に投資し、合理的な意思決定をおこない、主流顧客のニーズに注意深く耳を傾け、収益をあげている。
これは、ディスク・ドライブや機械式掘削機の主力メーカーが直面したのと同じイノベーターのジレンマである。
差し迫る業界リーダーの座からの転落の根底には、安定をめざした経営判断がある。

p139

三つのまったく異なる業界で、これほど多くの優良企業がつまずき、失敗した理由を探るために、ここまでの章でまとめた調査を進めるうちに、以前からほかの研究者が論じてきた主張に疑問が生じるようになった。
大手企業の技術者が特定の技術のパラダイムにこだわったり、「他所で発明された」イノベーションを無視するとの意見は当たっていない。
実績ある企業が新しい技術分野での能力を欠いていたことや、業界の「技術の泥流」に流され頂上に踏みとどまれなかったことだけを失敗の原因とするわけにはいかない。
これらの問題に悩む企業があることもたしかだ。
しかし、一般的に、顧客のニーズに応えるために新しい技術が必要な場合、実績ある企業は、必要な技術を効率よく高水準に開発し、商品化するためのノウハウ、資本、納入業者、労力、根拠を集めることに成功している。
これは、漸進的な進歩にも抜本的な進歩にも、数か月で完成するプロジェクトにも一〇年以上続くプロジェクトにも、移り変わりの激しいディスク・ドライブにも、歩みの遅い機械式掘削機業界にも、プロセス集約型の鉄鋼業界にも、等しくいえることである。

この問題を分析した結果、最も重要な点は、劣悪な経営が根本原因ではないことであろう。
経営の良し悪しが企業の命運を決める重要な要因ではないと言っているのではない。
しかし、全般的にみて、この研究で調査した企業の経営者は、顧客の将来のニーズを理解し、それらのニーズに的確に応えるための技術を見きわめ、その技術の開発と商品化に投資することに関しては、すぐれた実績を持っていた。
失敗したのは、破壊的技術に遭遇したときだけである。
つまり、破壊的イノベーションに直面したときに優秀な経営者がいつも判断を誤った背景には、なんらかの理由があるはずである。

その理由とは、優秀な経営陣そのものが根本原因であることだ。
経営者は、勝負においてとるべき行動をその通りにとっている。
実績ある企業の成功のかぎとなる意思決定プロセスと資源配分プロセスこそが、破壊的技術を拒絶するプロセスである。
顧客の意見に注意深く耳を傾け、競争相手の行動に注意し、収益性を高める高性能、高品質の製品の設計と開発に資源を投入する。
これらのことが、破壊的イノベーションに直面したときに優良企業がつまずき、失敗する理由である。

成功している企業は、顧客のニーズに応え、収益性を高め、技術的に実現可能で、堅実な市場に参加するための活動に資源を集中したいと考える。
しかし、これらの目標を達成するプロセスが、破壊的技術のようなものを育てるのにも有効だと考えること、すなわち顧客に拒絶され、収益性を引き下げ、既存の技術より性能が低く、重要性の低い市場でしか売れない企画に資源を集中することは、翼を腕にくくりつけて空を飛ぼうとするようなものだ。
このような考え方をするには、成功する組織のやり方、業績の評価のされ方にみられる根本的な傾向と戦わなければならない。

本書の第二部は、破壊的イノベーションに遭遇したときに成功したわずかな例と、失敗した多数の例に関する詳しい事例研究にもとづいている。
人間が基本的な自然界の法則を理解し、それを利用し順応することによってついに空を飛んだように、これらの事例研究では、成功した経営者が失敗した経営者とはまったく別の法則にのっとって経営を行っていたことがわかる。
成功した企業の経営者は、組織の性質に関する四つの基本原則をつねに認識し、利用してきた。
破壊的技術との闘いに破れた企業は、この原則に目を向けなかったり、逆らってきた。
その原則とは、つぎの四つである。

一、資源の依存 優良企業の資源配分のパターンは、実質的に、顧客が支配している。
二、小規模な市場は、大企業の成長需要を解決しない。
三、破壊的技術の最終的な用途は事前にはわからない。失敗は成功への一歩である。
四、技術の供給は市場の需要と一致しないことがある。確立された市場では魅力のない破壊的技術の特徴が、新しい市場では大きな価値を生むことがある。

成功した経営者は、これらの原則をどのように自分たちの優位に役立てたのか。

一、破壊的技術を開発し、商品化するプロジェクトを、それを必要とする顧客を持つ組織に組み込んだ。経営者が破壊的イノベーションを「適切な」顧客に結びつけると、顧客の需要により、イノベーションに必要な資源が集まる可能性が高くなる。
二、破壊的技術を開発するプロジェクトを、小さな機会や小さな勝利にも前向きになれる小さな組織に任せた。
三、破壊的技術の市場を探る過程で、早い段階にわずかな犠牲で失敗するよう計画を立てた。市場は、試行錯誤の繰り返しのなかで形成されていくものであると知っていた。
四、破壊的技術を商品化する際は、技術的な躍進をねらい、破壊的製品を主流市場の持続的技術として売り出すのではなく、破壊的製品の特徴が評価される新しい市場を見つけるか、開拓した。

第二部の第五章から第八章では、経営者がこれらの四原則を理解し、利用するにはどうすればよいかを詳しく述べる。
各章の冒頭では、ディスク・ドライブ業界に破壊的技術が出現したときに、この原則を利用するか、無視するかによって企業の明暗が分かれたことを検証する*。
そのあと、まったく異なる特徴を持つ業界の話へと移り、同じ原則が、その業界で破壊的技術に直面した企業をどのように成功や失敗に導いたかを説明する。

*世界の動きをつかさどる物理的、心理的法則を理解し、その法則に調和する姿勢をとったときに、最も効果的に力を発揮できるという考えは、もちろん目新しいものではない。
日常レベルの話だが、本書でも何度も紹介しているスタンフォード大学のロバート・バーゲルマン教授は、講義中に床にペンを落としたことがある。
立ち止まって拾いながら「重力はきらいだ」とつぶやいた。
それから講義を続けるために黒板のほうへ歩きながら「ところが、重力のほうはおかまいなしだ」と言った。

豊かな人生を送るために、自然、社会、心理の強力な法則にしたがって行動しようという考え方は、中国の道教思想を始め、さまざまな分野にみられる。

これらの調査をまとめた結果、破壊的技術は多様な特質を持つ業界の力学を変化させることがあるが、そのような技術が現れたときに成否を分ける要因は、どの業界でも同じであることがわかった。

第九章では、特に複雑な技術である電気自動車を事例研究で取りあげ、これらの原則を経営者がどのように適用するのかを示すことによって、その利用法を考えていく。
第十章では、本書の主な結論をまとめる。

第五章 破壊的技術はそれを求める顧客を持つ組織に任せる p143

たいていの経営者は、組織を運営し、重要な決定をくだすのは自分であり、自分がなにかをやると決めたら、全員がすぐに動き出すものと信じたがる。
この章では、すでに述べた「企業になにかができてなにができないかを実質的に決定するのは、企業の顧客である」という見解について詳しく解説する。
ディスク・ドライブ業界の例で見たように、企業は、顧客がその製品を求めているとわかれば、技術的にリスクの大きなプロジェクトにも莫大な投資を惜しまない。
しかし、収益性の高い既存顧客が製品を求めなければ、はるかに単純な破壊的プロジェクトを完成するための資源も集められない。

この見解は、少数派の経営学者が唱えた「資源依存」という理論を裏付けている。
これは、企業の行動の自由は、企業存続のために必要な資源を提供する社外の存在(主に顧客と投資家)のニーズを満たす範囲に限定されるという主張である。
資源依存論者は、生物学的発展の概念を根拠として、組織のスタッフとシステムが、顧客や投資家が求める製品、サービス、利益を提供し、そのニーズを満たした場合にのみ、組織は存続し、繁栄すると主張している。
ニーズに応えない組織は衰退し、存続に必要な収入を得られない*。
この適者生存のしくみによれば、各業界で優位に立つ企業とは、一般に、顧客が求めるものを提供することを最も重視する人材とプロセスを備える企業である。
この理論で問題となるのは、顧客の指示に逆らって企業の方向性を変える経営者は無能であると結論づけている点だ。
経営者が、企業をまったく別の方向に導こうという大胆な構想を立てたとしても、競争環境のなかで生き残ることに順応した企業では、経営者の試みは、顧客を重視する人材やプロセスの力によって拒絶される。
つまり、企業が依存する資源を提供するのが顧客であるがゆえに、実際に企業の行動を決定するのは、経営者ではなく顧客である。
企業の進路を決めるのは、組織内の経営者ではなく、組織の外部の力である。
資源依存論者によれば、生き残るために人材とシステムを編成した企業においては、経営者の真の役割は、象徴的な存在にすぎない。

*つまり、通常の状況であれ、破壊的技術の攻撃のさなかであれ、企業経営においては、どの顧客に貢献するかという選択が、戦略的に重要な影響力を持つ。

企業を経営したり、経営者のコンサルタントをつとめたり、将来の経営者を教育した経験のある人にとって、これほど不穏な考え方はない。
そのような人は、管理し、改善し、戦略を立てて実行し、成長を速め、利益を高めるために存在する。
資源依存は、その存在理由そのものを否定する。
しかし、本書で述べたきた見解は、驚くほど資源依存理論を裏づけている。
特に、成功している企業では、経営陣の決定より、顧客重視の資源配分と意思決定プロセスのほうが、投資の方向を決めるうえではるかに強力な要因になるという点で一致する。

企業の投資を決めるうえで、顧客の力が強いことははっきりしている。
それでは、顧客があきらかに求めていない破壊的技術が出現したとき、経営者はどうするべきだろうか。
方法の一つは、とにかく破壊的技術を追求するべきであり、収入源である顧客が拒否しようと、上位市場の技術より収益性が低かろうと、その技術は長期戦略にとって重要であると、全社員に伝えることである。
もう一つの方法は、独立した組織をつくり、その技術を必要とする新しい顧客のなかで活動させることである。
どちらがベストだろうか。

最初の方法を選んだ経営者は、企業の投資パターンを本質的に支配するのは、経営者ではなく顧客であるという、組織の強力な傾向と戦う道を選ぶことになる。
もう一つの方法を選んだ経営者は、この傾向に逆らわず、そのような組織の力と戦うのではなく、調和することになる。
この章で示す事例は、二番目の方法のほうが一番目の方法よりはるかに成功する確率が高いことを強く示唆している。

イノベーションと資源配分 p145

企業の投資を顧客が支配するメカニズムは、資源配分プロセスにある。
どのプロジェクトに人材と資金をつぎ込み、どの企画につぎ込まないかを決定するプロセスである。
資源配分とイノベーションは表裏だ。
十分な資金と人材とマネージャーの注目を集めた新製品開発プロジェクトだけに成功のチャンスがある。
資源不足のプロジェクトは衰退する。
つまり、企業のイノベーションのパターンは、資源配分のパターンをそのまま写したようになる。

すぐれた資源配分プロセスは、顧客が望まない案は排除するようにできている。
このような意思決定プロセスが機能した場合、顧客が製品を望まなければ、その製品に資金は割り当てられない。
顧客が望めば、資金は割り当てられる。
大企業においては、物事はこのように機能しなければならない。
顧客が求めるものに投資しなければならないし、それをうまくやれば、ますます成功する。

第四章で述べたように、資源配分は、単にトップダウン式の意思決定を実行するものではない。
通常、上層部がどのプロジェクトに投資するかを決定するまでには、組織の下の階層のさまざまな人間が、どの種類のプロジェクト案をまとめて上層部の承認を求めるべきか、どの案はそのような努力に値しないかをすでに決定している。
上層部は、通常、すでにふるいにかけられた革新案の一部を目にするだけである。

また、上層部があるプロジェクトへの投資を支持したとしても、それが完成することはめったにない。
重要な資源配分決定の多くは、プロジェクトが承認されたあと、というより製品が発売されたあとで、現場のマネージャーによってなされる。
現場のマネージャーは、複数のプロジェクトや製品の間で人材、設備、ベンダーの取り合いが生じたときに、その優先順位を決定する。
経営学者のチェスター・バーナードは、つぎのように述べている。

個々の決定の相対的重要度という点では、当然ながら、経営陣の決定が第一に尊重される。
しかし、総合的重要度という点では、経営陣ではなく、組織の非経営参加者の決定が大きな関心を集める。(傍点筆者)*

*チェスター・バーナード著『経営者の役割』(ダイヤモンド、一九五六年)

それでは、非経営参加者は、どのように資源配分を決定するのだろうか。
どのプロジェクトを上層部に提案し、どのプロジェクトを優先するかは、どのようなタイプの顧客や製品が企業にとって最も利益になると理解しているかによって決まる。
さらに、どの案を支持するかによって、社内での自分の地位がどのように変化するかという考えにも強く影響される。
この考えは、顧客がなにを求め、会社が収益性を高めるためにどのような種類の製品を売る必要があるかとの認識に強く影響され、収益性の高い革新的なプログラムを支持すると、大きな出世につながることがある。
たいていの企業では、このような企業の利益追求と個人の成功追求のメカニズムによって、顧客が資源配分プロセスに重要な影響を与え、ひいてはイノベーションのパターンに影響を与える。

破壊的技術と資源依存の理論 p152

前に述べたシーゲート・テクノロジーが三・五インチ・ドライブを販売しようとして苦しんだ話、ビュサイラス・エリーが初期のハイドロホーを主流顧客のみに販売しようとして失敗した話は、資源依存の理論が破壊的技術の事例にもあてはまることを表している。
いずれの場合も、シーゲートとビュサイラスは、業界のなかでもごく早い時期に破壊的製品を開発していた。
しかし、上層部が発売を決定していながら、顧客の需要が現れるまで、適切なバリュー・ネットワークで積極的に製品を発売するために必要な勢いや組織的エネルギーがともなわなかった。

では、資源依存論者が示唆する、経営者は無能な個人にすぎないという結論を受け入れるべきなのだろうか。
そんなことはない。
序章で、人が空を飛ぶまでの過程を追ったとき、基本的な自然界の法則と戦おうとするかぎり、あらゆる試みは失敗に終わったと述べた。
しかし、重力、ベルヌーイの原理、揚力、抗力、抵抗の概念などの法則が理解されはじめ、これらの法則に調和する飛行機が設計されるようになると、人間は空を飛ぶことに成功した。
たとえていうなら、これがカンタムとコントロール・データのとった行動である。
この二社の経営陣は、まったく別のバリュー・ネットワークのなかに独立した組織を組み込み、生き残るために適切な顧客に依存することにより、強力な資源依存の力に調和した。
マイクロポリスのCEOは、この力と戦ったが、犠牲を払いながらも勝利したまれな例となった。

p155

一方、IBMがパソコン業界に参入し、最初の五年間成功したことは、ほかのメインフレームやミニコンの大手メーカーが破壊的なデスクトップパソコンの波に乗り遅れたのとは対照的である。
IBMはどうやって成功したのだろうか。
同社は、ニューヨーク州の本社から遠く離れたフロリダ州に、どこからでも自由に部品を調達し、独自の販売経路で自由に販売し、パソコン市場の技術上、競争上のニーズに適したコスト構造を自由に形成できる自律的な組織を創設した。
この組織は、パソコン市場の成功の尺度にしたがって成功した。
実際、IBMがその後、パソコン市場の収益性と市場シェアを維持できなかった重要な要因として、同社がパソコン部門と主流組織の緊密な連携をはかると決定したことを挙げる向きもある。
一つの企業のなかで、二つのコスト構造、二つの収益モデルを平穏に共存させることはきわめて難しい。

単一の組織で、主流市場の競争力を保ちながら破壊的技術を的確に追求することは不可能であるという結論は、意欲的な経営者にとってはやっかいだ。
たいていの経営者は、マイクロポリスやDECと同じことをしようとする。
主流事業の競争力を維持したまま、同時に破壊的技術も追求しようとする。
このような努力がめったに成功しないことは、過去の例が物語っている。
適切なバリュー・ネットワークに組み込まれた別々の組織で、別々の顧客を追求しなければ、市場での地位は守れない。

クレスギとウールワースとディスカウント販売 p156

小売業界ほど破壊的技術の影響を大きく受けた業界はめったにない。
この業界では、ディスカウント・ストアが伝統的なデパートやバラエティストアから覇権を奪った。
ディスカウントストアのサービスの質や品揃えは、慣れ親しんだ高級販売店の尺度を覆したため、ディスカウント販売の技術は、伝統的な店舗にとっては破壊的であった。
また、ディスカウント販売で利益をあげるために必要なコスト構造は、デパートが自分たちのバリュー・ネットワークのなかで競争するために築いてきたコスト構造とは、根本的に異なっていた。

最初のディスカウントストアは、五〇年代半ばにニューヨークで多数の店舗を開業したコーベッツである。
コーベッツとその方法をまねた企業は、小売製品のなかでも特にローエンドの商品を扱い、全国的ブランドの標準的な耐久消費財を、デパートの価格の二〇~四〇%引きで販売した。
顧客がすでに使い方を知っているため、宣伝の必要がない商品に重点を置いた。
全国的なブランド・イメージによって商品の価値や品質が確立しているため、知識豊富な販売員を置く必要もない。
また、主流の小売業者にとっては最も魅力の薄い「ブルーカラー層の子持ちの若い主婦」をターゲットとした。
これは、デパートが高級販売と収益拡大のために採用してきた方法とはまったく異なっていた。

しかし、ディスカウントストアは、伝統的な小売店より少ない利益に甘んじていたわけではない。
別の方法で利益を稼いだだけのことである。
簡単にいうと、小売業者は、販売する商品の原価に対する粗利益率、つまり値入率によってコストをまかなう。
伝統的なデパートの値入率は四〇%で、在庫の回転率は年四回である。
つまり、年に四回、在庫に投資した金額の四〇%を稼ぐため、総在庫投資収益率は一六〇%となる。
バラエティストアも、デパートと同様の方法で、これよりやや低い利益率を稼ぐ。
ディスカウントストアも在庫投資収益率はデパートと同じぐらいだが、収益モデルは異なり、粗利益率が低くて在庫回転率が高い。
表5・1でこれら三者を比較した。

ディスカウント販売の歴史は、ミニミルの鉄鋼製造の歴史を鮮明に思い起こさせる。
ディスカウントストアは、ミニミルと同様、そのコスト構造を利用して上位市場に移行し、またたく間に競合する伝統的な小売業者からシェアを奪った。
金物、小型家電、旅行鞄などブランド名の通ったローエンドの消費財から始め、しだいに家具や洋服など軌跡グラフの右上の領域へと進んだ。
図5・2は、ディスカウントストアの侵食がいかにめざましかったかを示している。
小売業界で、ディスカウンストアが扱っている商品分野における売上げシェアは、一九六〇年の一〇%から、わずか六年で約四〇%まで拡大している。

ディスク・ドライブや掘削機と同様、伝統的大手小売業者のうち数社、特にS・S・クレスギ、F・W・ウールワース、デイトン・ハドソンは、破壊的アプローチの出現に気づいて、早期に投資を行った。
ほかのシアーズ、モンゴメリー・ワード、J・ワード、J・C・ペニー、R・H・メーシーなどの大手小売チェーンは、ほとんどディスカウント販売事業を創設しようとはしなかった。
クレスギはKマート・チェーンで、デイトン・ハドソンはターゲット・チェーンで成功した*。
いずれも、従来の事業から独立したディスカウント販売専門の組織を創設した。
二社は、資源依存の力を認識し、その力と調和した。
一方、ウールワースは、バラエティ・ストア会社のF・W・ウールワースの内部かウールコ事業を立ち上げようとして失敗した。
当初は同じような立場にあったクレスギとウールワースのアプローチを詳しく比較してみると、破壊的技術を追求するために独立した組織を設立することが、成功の必須条件と考えられる理由について、さらに深い洞察が得られる。

*本書執筆時点では、Kマートは、ウォルマートとの戦略・事業運営能力争いに破れて危機的状況にある。
しかし、これまでの二〇年間、Kマートは小売業者として成功し、クレスギの株主にとって莫大な価値を生んだ。
Kマートが現在、競争に苦しんでいることは、クレスギが当初、ディスカウントストアの破壊的脅威に対応してとった戦略とは関係ない。

世界第二位のバラエティ・ストア・チェーン、S・S・クレスギは、一九五七年、当時まだ黎明期にあったディスカウント販売の研究を始めた。
一九六一年には、クレスギと競争相手のF・W・ウールワース(世界最大のバラエティ・ストア運営会社)は、ディスカウント販売に参入する計画を発表した。
両社とも一九六二年に、三か月違いで開店した。
しかし、両社が始めたウールコ事業とKマート事業の業績には、大きな差が開いた。
一〇年後、Kマートの売上げは約三五億ドルに達したが、ウールコの売上げは九億ドルで赤字に沈んだ。

クレスギは、ディスカウント販売事業を展開するにあたり、バラエティ・ストア事業を完全に閉鎖することを決めた。
一九五九年、新CEOに就任したハリー・カニンガムの唯一の使命は、クレスギを強力なディスカウントストアに変えることであった。
カニンガムは経営陣を総入れ替えしたため、一九六一年には、「業務担当副社長、地域マネージャー、地域副マネージャー、地域商品マネージャーは一人残らず入れ替わった」という。
一九六一年、カニンガムはバラエティ・ストアの新規開店をやめ、既存店舗を毎年約一〇%ずつ閉鎖するプログラムに着手した。
ディスカウント販売へと重点を移すためである。

一方、ウールワースは、中核のバラエティ・ストア事業で技術、能力、設備の持続的改良プログラムを続けながら、破壊的技術にも投資しようとした。
ウールワースのバラエティストアの業績向上を任されたのと同じマネージャーが、「全米最大のディスカウントストア・チェーン」の構築も任された。
CEOのロバート・カークウッドは、ウールコは「一般バラエティ・ストア事業の成長・拡大計画と矛盾することはない」と主張し、既存店舗をディスカウント形式に変えることはないとしていた*。
実際、ディスカウント販売が驚異的な拡大期を迎えた六〇年代にも、ウールワースは五〇年代と同じペースでバラエティ・ストアを新規開店した。

*F・W・ウールワース社一九八一年年次報告書。

ところが、ウールワースはやはり、一つの組織のなかに、バラエティ・ストアとディスカウント・ストアの両方で成功するために必要な二つの異なる文化、二つの異なる収益モデルを維持できなかった。
一九六七年には、ウールコのすべての広告に「ディスカウント」という言葉を使うのをやめ、かわりに「プロモーショナル・デパート」という言葉を使うようになった。
当初はウールコ事業専用の管理スタッフを用意したが、一九七一年には、合理的でコスト意識の高いマネージャーが大勢を占めた。

ウールコ部門とウールワース部門の売場面積あたりの売上げを拡大しようと、二つの子会社の業を地域ごとに統合した。
企業幹部によれば、地域レベルでの購買部、施設、管理要員などの統合は、両部門の商品開発の向上と店舗の効率化につながるという。
ウールワースの購買資源、流通施設、専門店デパートの開発に関する知識はウールコに役立ち、ウールコの一万平米以上の大規模店舗の立地、設計、宣伝、運営に関するノウハウはウールワースに役立つだろう*。

*『チェーン・ストア・エージ』一九七二年一一月号。
この記事は、この合併に関するきわめてエレガントで合理的な意見であり、同社の対メディア・スポークスマンが作り出したものにちがいない。
一万平米近い規模のウールワースが一店舗もないことなど、気にしてはいない。

コスト節減をねらったこの統合は、どのような影響を与えたのだろうか。
一つの組織のなかに、二つの収益モデルが平穏に共存できるはずのないことが、いっそうはっきりしたにすぎない。
統合から一年とたたないうちに、ウールコの値入れ率は上がり、粗利益率はディスカウント業界最高の約三三%に達した。
それとともに、在庫回転率は、当初の七倍から四倍に低下した。
長年F・W・ウールワースを支えてきた収益モデル(利益率三五%、在庫回転率四倍、在庫投資収益率一四〇%)が、ウールコにも求められた(図5・3参照)。
ウールコはもはや、名実ともにディスカウントストアではなくなった。
当然のように、ウールワースのディスカウント販売事業は失敗した。
ウールコの最後の店舗が閉鎖されたのは、一九八二年である。

破壊的ディスカウント販売で成功するためにウールワースがとった組織的戦略は、パソコン事業を立ち上げるためにDECがとったものと同じである。
いずれも、主流のやり方で利益を稼がなければならない主流組織のなかで新事業を立ち上げ、主流のバリュー・ネットワークで成功するために必要なコスト構造と収益モデルを達成できなかった。

p165

HPのインクジェットプリンター事業は、現在、以前ならレーザージェットを選んでいたはずの多くのユーザーを獲得している。
そのため、レーザージェット部門が向かっているハイエンド市場のユーザー数は減少していくだろう。
最終的には、HPの一つの事業が、もう一方の事業をつぶすことになるかもしれない。
しかし、HPがインクジェット事業を別組織として創設していなければ、インクジェット技術は主流のレーザージェット事業のなかで衰退し、現在インクジェットプリンターの競争に積極的に参加しているキヤノンなどの他社が、HPのプリンター事業にとって深刻な脅威になっていたかもしれない。
HPはまた、レーザー事業にとどまることによって、IBMのメインフレーム事業や総合鉄鋼メーカーと同様に、上位市場へ逃れながら莫大な利益を得ている*。

*産業史研究者のリチャード・テドローによれば、A&Pの経営陣も、破壊的なスーパーマーケットの小売方式を採用するかどうかを検討したとき、同様のジレンマに直面したという。

スーパーマーケットの起業家は、A&Pに対抗するために、A&Pが世界最高を誇っていた分野でA&P以上のことをしたばかりでなく、A&Pがしようと考えなかったことまでした。
この話で、企業として最大の失敗を犯したのはクローガーである。
同社は市場第二位であったが、ある社員(やがて退社して世界最初のスーパーマーケットを設立した)は、同社を第一位にする方法を知っていた。
クローガーの経営陣は耳を貸さなかった。
想像力に欠けていたのか、あるいはA&Pの経営陣と同様、クローガーの経営陣も、通常の事業慣行に投資しすぎていたのだろう。
A&Pの経営陣がスーパーマーケットの革命を支持していれば、独自の流通システムを運営していただろう。
手遅れになるまでじっと動けずにいた背景には、そのような理由がある。
結局、A&Pにはほとんど選択肢はなかった。
自社のシステムをみずから打破するか、他社がそうするのを見ているかだ。

リチャード・テドロー著『ニュー・アンド・インプルーブド米国のマス・マーケティング』(ハーバード・ビジネス・スクール・プレス、一九九六年)

組織における破壊的技術のその他の意味 p166

イノベーションのための組織編成の方法を決める枠組みには、主流事業と破壊的技術の商品化を担う部門の間に組織的に十分な距離を置くことが望ましいというほかにも、重要な点がある。
さまざまな種類のプロジェクトにみられるように、部門を越えた対話を促すようにチームを構成する必要がある。

研究者によれば、産業の歴史の最初の段階では、市場で広く入手できる材料や技術を使って、アーキテクチャーのイノベーションのために技術的エネルギーの大部分が費やされる。
製品の設計は不可分になりやすい。
つまり、個々の部品の設計が、ほかの多くの部品にとって不可欠であり、それらの部品の設計に影響を与える。
したがって、産業発展のこの段階にあるプロジェクトは、密接に統合したチームで運営することが望ましい。
しかし、その製品分野に有力なアーキテクチャー設計が現れる。
そこからは、有力なアーキテクチャー設計の枠組みのなかで、各部品やサブシステムの性能とコスト効果を高めるために技術的エネルギーが費やされるようになる。
標準的なインタフェースや仕様が現れ、そのなかで、各部品がどのように作用しあうかが決められる。
こうして、さまざまなメーカーの部品をつなぎ合わせ、組み替えることが可能になる。

アーキテクチャー・レベルのイノベーションから部品レベルのイノベーションへと移ると、実績ある企業では、各部品の改良に重点を置いて深いノウハウを蓄積するため、技術的に特化したグループが編成される。
マーケティング部門や製造部門のような主な職能部門が設置され、それぞれが、企業の付加価値における自分たちの担当部分に集中する。
このような専門化は、技術などの特定の職能のなかにも起きる。
たとえば、自動車メーカーのなかでステアリングを設計する部門は、通常、ステアリング・コラム、ラック・アンド・ピニオン、タイ・ロッド、パワー・ステアリング・ポンプなど、ステアリングを構成する各部品に対応したグループに分けられる。

部品がどのように連携し、ステアリング・システムを構成するかは、システム・アーキテクチャーの設計によって決まる。
時間がたつとともに、組織内の個人間、グループ間の対話やコミュニケーションのパターンが、製品アーキテクチャーのなかの各部品の相互関係を写すようになることに研究者は気づいた。
ステアリングの例では、ホースとパワー・ステアリング・ポンプには密接な相互作用があるため、これらの部品の設計を担当するグループのメンバーは、頻繁に対話するようになる。
ポンプの設計を変更する場合、ポンプの技術者は、ホース・グループのだれに変更を伝えたらよいか、なにを伝える必要があるか、効率よく仕事を終えるにはいつ伝える必要があるかを知っている。
同じ理由で、パワー・ステアリング・ポンプのグループのメンバーは、タイ・ロッドの担当グループのメンバーとはめったに対話しない。
ステアリングのアーキテクチャーのなかでも、この二つの部品はほとんど関係していないため、それぞれの技術グループが連携することはない。
製品アーキテクチャーと組織の設計の対称性を、図5・5に簡単に図式化した。

このような組織構造と、そこに現れる連携パターンは、イノベーションがモジュール化されているかぎり、つまり、技術革新がほぼ各部品の内部で完結し、その変更に合わせてシステムのほかの部品を設計し直す必要がないかぎりは、企業にとって有効である。
特に、インタフェースに変更がなければ、新しい部品は、製品のアーキテクチャーにも、組織構造にもぴったりはまる。
組織は、この仕事を遂げるためにどうすればよいかを理解する。
このような性質のプロジェクトでは、プロジェクト・リーダーが実質的にコーディネーターや伝達係もつとめるゆるい構造の軽量プロジェクト・チームが、非常にうまくいくことがある。

*軽量プロジェクト・チーム、重量プロジェクト・チームという概念は、ロバート・H・ヘイズ、スティーブン・C・ホイールライト、キム・B・クラークが最初に導入したものである。
一般に、革新的なプロジェクトやプラットフォームなどのプロジェクトには重量プロジェクト管理が必要だが、派生的なプロジェクトは軽量チームで処理できるという。
しかし、技術的に複雑なプラットフォーム・プロジェクトであっても、組織内の個人とグループが連携方法を理解していれば、新しいモジュールを既存のアーキテクチャー・システムに組み込み、動かすことができるため、軽量チームのマネージャーでも効果的にプロジェクトを運営できる。
また、技術的に単純なプロジェクトでも、それまでのプロジェクトとは異なる方法で、異なる問題を、異なる時期に連携して扱う必要がある場合は、重量チームが必要になることがある。

しかし、プロジェクトが新しいアーキテクチャー設計にかかわる場合、組織構造と、そのなかで潤滑化された明確なコミュニケーションや対話のパターンが決まっていると、イノベーションを進めるというより、妨げる場合がある。
部品の再設計がちがった形でほかの部品の性能に影響を与える場合、イノベーションによって製品アーキテクチャーに大きな変更が生じたり、モジュール間のインタフェースが大きく変化したときに、だれと協力すればよいのか、なにを伝える必要があるのか、いつ知る必要があるのか、どのように新しい相互問題を解決すればよいのかがわからないことがある。

さらに広いレベルでも同じことがいえる。
製品の再設計のために、製造、購買、マーケティングの各部門が、従来とは異なる時期に、異なる問題に関して業務を相互調整しなければならない場合、インタフェースの方法を変更しなければならない場合、強力な重量チーム構造が重要になる。
重量チームのメンバーが別部隊として働くことができれば、組織のリズム、習慣、報告義務から解放され、新しい対話や問題解決のパターンを自由に形成できる。

つまり、どのような組織構造がプロジェクトを成功に導くかを決定する要因は二つある。
イノベーションによって、人やグループがどの程度、従来とは異なる人と、異なる用件について、異なる時期に対話する必要が生じるか。
また、その技術がどの程度破壊的なものかである。
図5・6のマトリックスは、この枠組みをまとめたものだ。
左の軸はイノベーションのモジュール性を表し、開発チームをどのように編成すればよいかを決定する。
下の軸はイノベーションの破壊性を表し、それぞれの製品の商業化に成功するために必要な、主流組織からの組織的な距離を決定する。

ここでいえることは、一つの開発組織や商品化組織で、あらゆる種類の製品や技術に対応するのは不可能ということだ。
大幅なアーキテクチャーのイノベーションをともない、さまざまな連携パターンを必要とするが、持続的な性質を持つ大規模開発プロジェクトの場合、主流組織内部の重量チームで運営できる。
しかし、破壊的なプロジェクトは、技術的に単純であっても、組織的に離れた部門でしか進められない。

資源依存の力に調和するか逆らうか――まとめ p170

ここに挙げたカンタム、コントロール・データ、IBM、ヒューレット・パッカードの事例では、破壊的技術に直面した革新的なマネージャーは、破壊的技術が根を張り、顧客の力とマネージャーの意図が一致するバリュー・ネットワークで利益をあげられるコスト構造を備えた組織を創設した。
こういったマネージャーは、破壊的技術に直面したとき、資源依存の力と調和することによって成功した。
クレスギのカニンガムは、企業に資源を提供してきた顧客基盤を切り捨て、ディスカウント販売における新しい資源の源への依存度を高めるという、ちがった方法によって調和を築いた*。

*破壊的技術の商品化のために、組織的に独立した事業部門を設置することを提唱したからといって、この方法でどのような問題でも簡単に片づくと言うつもりはない。
「企業内ベンチャー」の難しさは、それだけで一つの学術分野を生むような性質のものだ。
ロバート・バーゲルマン、レナード・セイルズ著『企業内イノベーション――社内ベンチャー成功への戦略組織化と管理技法』(ソーテック、一九八七年)、ゼナス・ブロック、イアン・マクミラン著『コーポレート・ベンチャリング――実証研究・成長し続ける企業の条件』(ダイヤモンド、一九九四年)などを参照。

ほかに、この章に挙げた業界の例によれば、破壊的イノベーションに直面した企業経営者は、資源依存の理論が正しいことを証明している。
経営者は、自分の会社における顧客重視、収益指向の合理的な資源配分システムに、自分自身の能力によって逆らおうとしても、企業の進路を変えるだけの力はない*。

*ロバート・バーゲルマンによれば、経営者の最も重要な仕事は、組織のプロセスがうまく機能するような適切な環境をつくることである。

また、ここに述べた見解を読んで、とにかく隔離したスカンク・ワーク部門をつくることがあらゆるプロジェクトの成功のかぎだと受け取られることのないよう言っておくが、この章では、プロジェクト・チームの構造にかかわる条件と、主流組織のチーム、力、プロセスとの間につくるべき、あるいはつくるべきではない距離や隔壁にかかわる条件の両方を示す枠組みを提唱した。

第六章 組織の規模を市場の規模に合わせる p173

破壊的イノベーションに直面した経営者は、だれよりも早く破壊的技術を商品化する必要がある。
それには、そのような技術を開発するプロジェクトを、対象とする市場に見合った規模の組織に組み込む必要がある。
このように主張するのは、今回の研究による二つの重要な発見が根拠となっている。
破壊的技術に対応するには、持続的技術に対応するとき以上にリーダーシップが重要であることと、小規模な新しい市場では、大企業における短期的な成長と利益ニーズを満たせないことである。

ディスク・ドライブ業界の実例をみると、既存の市場に参入して熾烈な競争に会うより、新しい市場を開拓したほうが、リスクが低く見返りが大きい。
しかし、企業が拡大して成功するようになると、新しい市場に早い時期に参入することは、ますます難しくなる。
成長企業は、期待する成長率を維持するだけでも、毎年、収入を大幅に増やす必要があるため、小規模な市場が、このような収入を増やす有効な手段となる可能性は、しだいに低くなっていく。
この問題に対処する最も簡単な方法は、破壊的技術の商品化を目的とするプロジェクトを、小規模な市場の機会にも十分関心を持てるほど小規模な組織に組み込み、主流企業が成長しても、このような慣行を繰り返すことである。

先駆者はほんとうに背中に矢を射られているのか p174

イノベーションを管理するうえで重要な戦略的決定は、先頭に立つことが重要か、それとも追随者で十分かである。
先駆者の優位について書かれた資料は山ほどあるが、イノベーションの主なリスクを先駆者が解決するまで待つほうが賢明だとする資料も同じぐらい多い。
経営に関する古い格言に、「先駆者は一目でわかる。背中に矢を射られているからだ」という言葉がある。
賛否両論のある経営理論がたいていそうであるように、つねにどちらか一方が正しいわけではない。
実際、ディスク・ドライブ業界を調べてみると、先頭に立つことが重要な場合と、待つほうが賢明な場合があることが理解できる。

破壊的技術におけるリーダーシップは莫大な価値を生む p179

持続的技術でリーダーシップをとることが、ディスク・ドライブ業界の先駆者に優位をもたらした事実はほとんどないが、破壊的技術のリーダーシップがきわめて重要であることを明確に示す事実はある。
破壊的世代のディスク・ドライブが現れてから二年以内に、新しいバリュー・ネットワークに参入した企業は、それ以降に参入した企業に比較して、成功する確率が六倍にのぼる。

一九七六年から九三年の間に、米国のディスク・ドライブ業界には八三社が参入した。
そのうち三五社は、メモレックス、アンペックス、ゼロックスなど、ほかのコンピュータ周辺機器や磁気記録製品を製造している多角化企業である。
四八社は独立新興企業で、ベンチャー・キャピタルから資金を調達したり、同業他社で働いていた人が経営者になった企業が多い。
これらの数字は、実際に製品を販売したかどうかにかかわらず、設立されたり、ハードディスクを設計すると発表した企業をすべて含めたものである。
なんらかの種類の企業に有利または不利になるように選択された統計的サンプルではない。

p182

持続的部品技術でリードしようと参入した企業(表の上半分)の成功率はわずか一三%だが、追随し企業の成功率は二〇%である。
右下の枠が、最も成功しやすい土壌であることはまちがいない。

各枠の一番右の欄にある売上高合計は、各戦略を追求したすべての企業が計上した売上高の累計であり、さらに表の下に合計してある。
おどろくべき結果がわかる。
破壊的製品の発売をリードした企業は、一九七六年から九四年の間に、累計で六二〇億ドルもの売上高を計上している*。
これらの市場が確立されてから遅れて参入した企業は、合計で三三億ドルの売上高しかあげていない。
これこそが、イノベーターのジレンマである。
小規模な新しい市場に参入することによって成長を求める企業は、大規模な市場で成長を求める企業の二〇倍の売上げを計上している。
一社あたりの売上高の差は、さらに衝撃的である。
破壊的技術によって開拓された市場に遅れて参入した企業(表の左側)は、平均で一社あたり累計六四五〇万ドルの売上高を計上した。
破壊的技術をリードした企業は、平均で一九億ドルの売上高を計上した。
左側の企業は、まずい取引をしたと考えられる。
破壊的技術の新しい市場が、発展せずに終わるかもしれないという「市場リスク」と引き換えに、熾烈な競争のさなかにある市場に参入するという「競争リスク」を引き受けたことになる**。

*実際には、小規模な新しい市場が、すべて大規模な市場になったわけではない。
たとえば、リムーバブル・ハードディスクの市場は、一〇年以上にわたって小規模なニッチ市場にとどまり、九〇年代半ばに、ようやく相当の規模まで成長しはじめた。
本書で示した、新しい市場のほうが成功の確率が高いという結論は、あくまで平均としての話であり、つねに同じ結果が出るわけではない。

**市場の次元と技術の次元の両方で、同時にイノベーションのリスクを負うべきではないという考えは、ベンチャー・キャピタリストの間で論じられることがある。
ローウェル・W・スティール著『技術マネジメント――総合的技術経営戦略の展開』(日本能率協会マネジメントセンター、一九九一年)の第五章も、この点に注目している。
イノベーション戦略による成功率の違いに関する本書の研究は、スティールと、その著作で紹介されているライル・オックスの概念をもとに組み立てた。

企業の規模と破壊的技術のリーダーシップ p183

破壊的イノベーションでリーダーシップをとれば、大きな見返りがあることはあきらかだが、本書の前半四章で述べたように、実績ある企業が出遅れたケースは多い。
実績ある企業の顧客は、組織を束縛し、合理的、機能的な資源配分プロセスによって、破壊的技術の商品化を妨げることがある。
成長率を維持しようとする実績ある企業を悩ませるもう一つの厳しい障害は、企業が大きくなり、成功するようになると、上記のように新しい市場に早い段階で参入することが重要なときに、参入の根拠を集めることが難しくなることだ。

優秀な経営者は、さまざまな理由から、組織の成長を維持しようとする。
その理由の一つは、成長率が株価に強力な影響を与えることである。
企業の株価が、将来の利益に関する市場予測の割引現価を表すとすれば、株価水準が、上昇するか下落するかは利益の予想伸び率の変化に左右される*。
つまり、企業の現在の株価が、増益率二〇%という市場予測にもとづいており、その後、増益率の市場予測が一五%へと大幅に下方修正されると、売上高や利益が健全なペースで増加するとしても、株価は下落する可能性が高い。
株価が堅調に上昇すれば、有利な条件で増資できることはいうまでもない。
投資家の満足感は、企業にとって貴重な資産である。

*金融アナリストが株価を決定するのに使う最も単純な式は、P=D/(C-G)である。
Pは株価、Dは一株あたり配当、Cは企業の資本コスト、Gは予想長期成長率。

株価が上昇すれば、ストック・オプション制度を利用して、貴重な従業員に低コストで奨励給や報酬を与えることができる。
株価が沈滞または下落すれば、オプションも価値を失う。
また、企業が成長すれば、上層部の人事に余裕が生じ、優秀な社員の責任を拡大できる。
企業の成長が止まれば、将来有望なリーダー候補は、昇格の機会が減ったことに気づき、組織から離れはじめる。

さらに、成長企業のほうが、成長の止まった企業に比較して、新製品や新プロセスの技術への投資をはるかに正当化しやすいことが実証されている。

ところが、企業が大きくなって成功するほど、成長率を維持することは難しくなってくる。
そのからくりは簡単だ。
四〇〇〇万ドル企業が、株価と組織の活力を維持するために二〇%の成長率を保つ必要があるとしたら、一年目には八〇〇万ドル、二年目には九六〇万ドルの増益が必要である。
四億ドル企業が二〇%の成長率を目標とするなら、一年目には八〇〇〇万ドル、二年目には九六〇〇万ドルの新規事業が必要である。
四〇億ドル企業が二〇%の成長目標を達成するには、八億ドル、九億六〇〇〇ドルの拡大が必要である。

破壊的技術に直面した大企業にとって、これは特に悩ましい問題である。
破壊的技術は新しい市場の誕生を促すが、八億ドル規模の新市場などない。
しかし、新しい市場が小規模なうち、多額の新規収入を求めている大企業にとってはほとんど魅力がないうちに参入することがきわめて重要である。

成功している大企業の経営者は、破壊的変化に直面したとき、このような規模と成長の現実にどのように対処したらよいだろうか。
この問題を研究しながら、つぎの三つのアプローチについて考えてみた。

一、新しい市場が、大企業の増収増益の軌跡に有意義な影響を与えるほどの規模に短期間で拡大するように、市場の成長率を高めようとする。
二、市場が形成され、性格があきらかになるまで待ち、「十分にうまみのある規模」に達したところで参入する。
三、破壊的技術を商品化する業務を、初期の破壊的事業による売上げ、利益、わずかな注文を十分に業績に生かせる小規模な組織に任せる。

以下の事例研究で示すように、最初の二つのアプローチには問題が多い。
三番目にも欠点はあるが、可能性が高いことを示す事実が多い。

事例研究――小規模な組織に小さなチャンスを与える p192

イノベーションはすべて難しい。
しかし、どうしてこんなプロジェクトをやらなければならないのかと、絶えず疑問に思っている人間が多い組織でプロジェクトを進めていると、その難しさは途方もなく大きくなる。
人びとにとってプロジェクトが意味を持つのは、それが重要な顧客のニーズに応え、組織が必要とする利益と成長にプラスの影響を与え、そのプロジェクトに参加することが、有能な社員の昇格の可能性を高める場合である。
プロジェクトがこれらの性質を備えていなければ、マネージャーは、なぜそのプロジェクトに資源を使う価値があるのかを説明するために時間とエネルギーを費やし、効率的にプロジェクトを管理できない。
このような場合、優秀な人材はプロジェクトにかかわりたがらないことが多く、事態が逼迫してくると、重要ではないとみなされたプロジェクトは、真っ先に中止または延期される。

したがって、経営者がプロジェクトの成功する確率を大幅に高めるには、参加者全員が、そのプロジェクトが組織の将来の成長と利益のために重要だと考える環境で、プロジェクトを進めるようにすればよい。
このような環境では、やむをえない行き詰まり、予測不可能な問題、スケジュールの遅れなどが発生したときに、問題を解決するために必要なものを組織が集められる可能性が高い。

これまで述べてきたように、小規模な新しい市場で破壊的技術を商品化するプロジェクトは、大企業の成功のために必要とは見なされないことが多い。
小規模な市場では、大企業の成長の問題を解決できない。
大企業は、小規模な破壊的技術がいつか大きくなるとか、少なくとも戦略的に重要であると全員に納得させるために絶えず努力するより、初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せる方法を選ぶべきである。
それには、独立した組織をスピンアウトさせるか、適度な規模の企業を買収すればよい。
大企業の成績指向の社員に、小規模で不明確な市場をターゲットにした破壊的プロジェクトのために、必要十分な資源、注意力、エネルギーを傾けることを期待するのは、手で羽ばたいて空を飛ぼうとするようなものだ。
組織の機能における重要な性質を無視している。

p194

電気機械式モーター制御装置の五大メーカー、アレン・ブラッドリー、スクエアD、カトラー・ハマー、ゼネラル・エレクトリック、ウェスティングハウスのうち、プログラム可能電子式制御装置の耐久性が向上し、主流モーター制御装置市場を侵食しはじめたときに市場で強力な地位を維持したのは、アレン・ブラッドリーだけである。
アレン・ブラッドリーは、モディコンのわずか二年後に電子式制御装置市場に参入し、従来の電気機械式製品での力も維持しながら、数年以内に新技術で市場リーダーの地位を築いた。
その後、ファクトリー・オートメーション向け電子式制御装置の大手メーカーへと移行した。
ほかの四社が電子式制御装置を発売した時期ははるかに遅く、その後、制御装置事業から撤退したか、衰退した。
当時、ゼネラル・エレクトリックやウェスティングハウスは、マイクロエレクトロニクス技術のノウハウに関しては、組織としての経験がまったくないアレン・ブラッドリーよりはるかにすぐれていたため、能力から考えると意外な結果である。

アレン・ブラッドリーはなにがちがっていたのだろうか。
モディコンが市場に参入してからわずか一年後の一九六九年、ABの経営陣は、ミシガン州アナーバーにある新しいプログラム可能制御装置メーカー、インフォメーション・インスツルメンツ社の二五%持分を取得した。
翌年、プログラム可能電子式制御装置とその新市場に狙いを定めていたバンカー・ラモの新部門を買収した。
ABは、これらの買収物件を一つの部門にまとめ、ミルウォーキーにある主流の電気機械式製品事業とは別の事業として運営した。
時間とともに、電子式製品が電気機械式製品の事業に大きくくい込むようになり、ABの一方の部門がもう一方の部門を攻撃するようになった。
ほかの四社は、主流の電気機械式部門の内部で電子式制御装置事業を管理しようとしたが、主流部門の顧客は、当初は電子式制御装置を必要としなかった。
そして各社は、新技術で生き残れる地位を築くことができなかった。

ジョンソン&ジョンソンは、アレン・ブラッドリーと同様の戦略で内視鏡手術装置や使い捨てコンタクトレンズなどの破壊的技術に対応し、大成功をおさめた。
同社の総売上高は二〇〇億ドル以上だが、同社は一六〇社以上の独立運営企業で構成されており、その内訳は、マクニールやジャンセンなどの大手薬品メーカーから、年間売上高が二〇〇〇万ドル以下の小規模な企業まで多岐にわたる。
ジョンソン&ジョンソンの戦略は、破壊的技術の製品を発売するには、その目的のためだけに取得したごく小規模の企業を使うというものだ。

まとめ p196

成長と競争上の優位を追求する経営者にとって、事業のあらゆる面で先駆者になることはさほど重要ではない。
持続的技術に関しては、従来の技術の性能を高めることに重点を置き、新しい技術は遅れて採用する企業のほうが、力強い競争力を維持できる場合があることが実証されている。
しかし、破壊的技術ではそのようなことはない。
破壊的技術が最初に使われる新しい市場に早い時期に参入すると、莫大な収益と、先駆者ならではの優位が得られる。

破壊的技術の商品化をリードしたディスク・ドライブ・メーカーは、破壊的技術の追随者となった企業に比べ、はるかに急成長をとげている。
破壊的技術の商品化ではリーダーシップをとることが重要だとわかっているが、成功している大規模なイノベーターは、そのようなリーダーシップを追求する際に、大きなジレンマに会う。
大規模な成長指向の企業は、前の章で述べた顧客の圧力に対処しながら、小規模な市場では大企業の短期的な成長需要を解決できないという問題にも直面することになるのだ。
破壊的技術によって初めて誕生する市場は、すべて小規模な市場として始まる。
先駆者がこの市場で最初に受けた注文は、ごくわずかである。
また、この市場を開拓する企業は、小規模でも利益を得られるコスト構造を構築する必要がある。
これらの要因を考えると、破壊的イノベーションを商品化するプロジェクトは、企業の主流事業から外れたものではなく、成長と成功への重要な道程としてプロジェクトをとらえることができる小規模な組織に任せる方針をとるべきである。

このような意見は、もちろん、目新しいものではない。
イノベーションにおいては、規模を抑え、独立性を保つことが優位につながると主張する経営学者は多い。
第五章と第六章では、なぜ、どのような場合にこの戦略が適しているのか、理解を深めることができたのではないかと思う。

第七章 新しい成長市場を見いだす p199

存在しない市場は分析できない。
企業と顧客がともに市場を見いだす必要がある。
破壊的技術の用途となる市場は、開発の時点では単にかからないのではなく、知り得ない。
したがって、破壊的イノベーションに直面したときにマネージャーが打ち出す戦略と計画は、実行するための計画というより、学習し、発見するための計画であるべきだ。
市場の将来はわかっていると思い込んでいるマネージャーと、発展中の市場の不透明性を認識しているマネージャーとでは、計画や投資のしかたがまったく異なるため、このことは理解しておくべき重要なポイントである。

実績ある企業が開発する技術は、持続的な性質のものが大半なので、マネージャーのほとんどは、続的技術の環境のなかでイノベーションについて学ぶ。
そのようなイノベーションは、当然、顧客のニーズがわかっている既知の市場をターゲットにしたものだ。
この場合、十分に計画、調査したうえで革新的製品を評価、開発、販売することは可能というだけでなく、成功のために必要である。

しかし、成功している企業の優秀な経営陣がイノベーションの管理について学んできたことは、破壊的技術には関係ないということである。
たとえば、マーケティング担当者のほとんどは、大学や職場で、顧客の意見を聞くという重要な技能をたたき込まれるが、まだ存在しない市場を発見する方法については、理論的にも実践的にも教育を受ける者はほとんどいない。
このように偏った経験を持つと、学校で持続的イノベーションに関して学んだのと同じ分析プロセスと意思決定プロセスを、新しい用途を生み出す技術や破壊的技術に適用したとき、企業に致命的な影響を与えかねないという問題がある。
このようなプロセスは、なにも情報がなくても明確に数量化された情報を必要とし、収益もコストもわからなくても正確な収益率予測を必要とし、詳細な企画や予算が立てられなくても、企画や予算にしたがった管理を必要とする。
不適切なマーケティング、投資、管理プロセスを適用すると、優良企業とはいえ、破壊的技術が初めて使われる新しい市場を開拓できなくなる場合がある。

この章では、ディスク・ドライブ業界の専門家が、持続的技術の市場を驚くべき正確さで予測していながら、破壊的イノベーションの新しい市場の出現を予見し、その規模を予測することができなかった理由を見ていく。
さらに、オートバイ業界とマイクロプロセッサー業界の事例を検討することで、破壊的技術や新しい用途を生み出す技術が使われる新しい市場が、いま考えれば明白なようだが、そのときはいかに不透明であったかを示す。

p210

小型バイク戦略が正式に採用されると、チームは、スーパーカブのディーラーを確保するほうが、大型バイクのディーラーを見つけるよりはるかに困難であることに気づいた。
そのクラスの製品を販売する小売業者はなかったのだ。
ようやく数軒のスポーツ用品店を説得してバイク製品を引き受けてもらい、その宣伝に成功しはじめたとき、ホンダの革新的な破壊的戦略が生まれた。

ホンダには、洗練された広告キャンペーンを実施する資金はなかった。
しかし、友人とダート・ツーリングに出かけたUCLAの学生が、広告の講義用のレポート作成にあたって、「すばらしい人びと、ホンダに乗る」という新聞広告のスローガンを思いついた。
この学生は、教師に促されてこのアイデアを広告代理店に持ち込み、それを代理店がホンダに持ち込み、ついに授賞されるほどの広告キャンペーンとなった。
もちろん、こういった思いがけない出来事のあとには、ホンダは世界一流の設計技術と生産手法を駆使し、何度も価格を引き下げながら、製品の品質を高め、生産量を拡大することができた。

ホンダの五〇CCのバイクは、北米市場では破壊的技術であった。
ホンダの顧客が製品の決定にあたって採用した製品特性の順位づけは、ハーレー・ダビッドソン、BMWなど、従来のオートバイ・メーカーが競争していた実績あるネットワークとはまったく別のバリュー・ネットワークを、ホンダに与えることになった。

ホンダは、信頼性の高いオートバイの低コスト生産をベースに、ディスク・ドライブ、鉄鋼、掘削機、小売などの分野にみられたのと同様に、上位市場への進出の戦略をとり、上位市場に目を向け、一九七〇年から八八年にかけて、しだいにエンジンの馬力を高めた製品を発売した。
六〇年代後半から七〇年代初頭にかけて、ハーレーはホンダに真っ向から競争を挑み、イタリアのオートバイ・メーカー、アエロメカニアから買収した小型エンジン(一五〇~三〇〇CC)付きバイク製品を生産し、成長中のローエンド市場に参入しようとした。
ハーレーは、自社の北米ディーラー網でバイクを販売しようとした。
ホンダのほうが生産手法にすぐれていた分、ハーレーが不利だったことはたしかだが、ハーレーが小型バイクのバリュー・ネットワークでシェアを確立することに失敗した最大の原因は、ディーラー網の反対であった。
ディーラーの利益率は、ハイエンドバイクのほうがはるかに高く、小型バイクは、ハーレー・ダビッドソンの主要顧客にとってのイメージを損なうと考える向きが多かった。

第二章で、ディスク・ドライブ・メーカーと、その顧客であるコンピュータ・メーカーは、同じバリユー・ネットワークのなかでよく似た経済モデルやコスト構造を形成し、それによって、どのような事業を収益性が高いと思うかが決まると述べた。
ここにも同じ現象がみられる。
ハーレーのディーラーは、ハーレーにとって有利な事業タイプが、自分たちにとっても有利となる経済モデルを抱えている。
両者は同じバリュー・ネットワークで共存しているため、ハーレーディーラーのどちらかが、ネットワークの下を突き抜けることは難しい。
七〇年代後半、ハーレーはあきらめて、あらためてハイエンド市場のオートバイ・メーカーとして自社を位置づけた。
シーゲートがディスク・ドライブ業界でとった戦略や、ケーブル式掘削機メーカーや総合製鉄所が上位市場へと退避していった戦略を思わせる。

実績ある企業による予測と下方移動は不可能 p214

破壊的技術の市場を正しく予測するのが難しいとき、マネージャーのとる反応として、さらに熱心に調査し、さらに精密に計画を立てようとすることがある。
このようなアプローチは、持続的イノベーションには効果的だが、破壊的イノベーションの性質に関する事実を無視するものである。
破壊的技術をとりまく不透明な環境のなかで、マネージャーがつねに頼りにできる事実は一つだけ、「専門家の予測はかならず外れる」ということだ。
破壊的製品がどのように使われ、その市場がどのような規模になるか、ある程度でも正確に予測することは不可能である。
そこで重要なのは、破壊的技術の市場は予測できないため、そのような市場に最初に参入するときの戦略は、たいていまちがっているということである。

このことは、表6・1で、新しいバリュー・ネットワークに参入した企業のその後の成功率(三七%)と、既存のバリュー・ネットワークに参入した企業の成功率(六%)に大きな差が開いたことと、どのような関係があるだろうか。
市場を事前に予測できないなら、どうしてそのような市場をターゲットにした企業のほうが成功するのだろうか。
実際、講演でマネージャーに表6・1を見せたときは、成功の度合いと確率の違いに驚きの声があがった。
しかし、その結果が自分自身の状況にもあてはまると思っていないことはあきらかだ。
この結論は、新しい市場の開拓は本質的にリスクの高い事業であるという直感に反するからだ*。

*マネージャーによるリスクの定義と認識の方法に関する研究が、この謎に光を投げかけることがある。
たとえば、エイモス・トバースキーとダニエル・カーネマンによれば、人びとは、自分に理解できない案は、そこに内在するリスクに関係なく「リスクが大きい」と判断し、理解できる案は、内在するリスクに関係なく「リスクが小さい」と判断する傾向があるという。
このため、マネージャーは、存在しない市場は理解できないため、反対の結論を示す事実があったとしても、新しい市場の開拓はリスクが大きいととらえることがある。
同様に、持続的技術への投資は、内在するリスクが大きいとしても、市場のニーズを理解できるために安全だと判断することがある。

アイデアの失敗と事業の失敗 p215

この章で検証した事例研究は、この謎を解くヒントになる。
アイデアの失敗と企業の失敗とでは大きな違いがある。
破壊的なマイクロプロセッサーがどこで使われるかに関するインテルの予想の多くはまちがっていた。
さいわい、インテルは、正しい市場の方向がまだわからないうちに、誤った方向のマーケティング計画にすべての資源を使いきらなかった。
マイクロプロセッサーの主な市場を探す過程で、最初にさまざまな間違いはあったが、会社としてはインテルは生き残った。
同様に、北米オートバイ市場への参入方法に関するホンダの当初のアイデアはまちがっていたが、大型バイク戦略の追求にすべての資源を投入しなかったため、正しい戦略が見えはじめてから、そこへ積極的に投資することができた。
ヒューレット・パッカードのキティホーク・チームは運がなかった。
正しい戦略を見きわめたと信じ込んだマネージャーは、結局は成長しない市場のための製品設計と生産設備に、予算をつぎ込んでしまった。
ようやく小型ドライブの用途がわかりはじめたとき、キティホーク・チームには、それを追求する資源は残されていなかった。

実際、成功した新規事業の大多数は、最初の計画を実行しはじめ、市場でなにがうまくいき、なにがうまくいかないかがわかってきたときに、当初の事業計画を放棄しているという調査結果が出ている。
成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない。
最初から正しい戦略を立てることは、新しい事業計画を立てて二度、三度と試行錯誤できるように十分な資源を残しておくこと(または、信頼できる支援者や投資家との関係を保つこと)に比べれば、さほど成功のために重要な要素ではない。
試行錯誤を繰り返して適切な戦略を見つける前に資源や信頼を失った場合は、事業として失敗である。

アイデアの失敗とマネージャーの失敗 p216

しかし、たいていの企業では、個々のマネージャーには、適切な戦略を追求する過程で、幾度も失敗する余裕はない。
たいていの組織のマネージャーは、失敗はできないと考えており、それは正しくもあり、まちがってもいる。
当初のマーケティング計画がまちがっていたために、管理しているプロジェクトが失敗したら、自分の成績に汚点が残り、出世にも影響が及ぶだろう。
破壊的技術の新しい市場を探すプロセスには失敗はつきものなので、マネージャーが自分のキャリアを危険にさらすことができない、さらしたくないと考えるために、実績ある企業が、その技術によって開拓されるバリュー・ネットワークに参入する時期が著しく遅れることになる。
ジョゼフ・バウアーは、大手化学メーカーの資源配分プロセスに関する研究のなかで、「市場からの圧力は、失敗による可能性とコストの両方を減らす」としている。

バウアーの見解は、本書におけるディスク・ドライブ業界に関する見解と一致している。
持続的技術の場合のように、イノベーションに対する需要が確認できれば、業界の実績あるリーダーは、求められる技術を開発しようと、莫大な費用と時間をかけて、リスクの大きい賭けに出ることができる。
破壊的技術の場合のように、需要が確認できなければ、実績ある企業は、技術的に簡単であっても、そのイノベーションを商品化するために必要な賭けをできずにいる。
ディスク・ドライブ業界に参入した企業のうち六五%が、新しい市場ではなく確立された市場に参入したのは、このためだ。
新しい技術の市場を見つけるには失敗がともない、個々の意思決定者のほとんどは、市場がないために、失敗するかもしれないプロジェクトを支持するリスクを避けようとする。

学習のための計画と実行のための計画 p217

破壊的技術の最初の用途となる市場を探すには、失敗がつきものなので、マネージャーは、持続的技術の場合とはまったく別のアプローチをとる必要がある。
一般的に、持続的技術の場合は、計画を立ててから行動を起こす必要があり、正確な予測が立てられ、顧客の意見もそれなりに信頼できる。
慎重に計画を立て、積極的に実行することが、持続的技術を成功に導く正しい方法である。

しかし、破壊的技術の場合には、慎重な計画を立てる前に、行動を起こす必要がある。
市場のニーズや市場の将来の規模はほとんどわからないため、計画にはまったく別の目的が必要である。
それは、実行のための計画ではなく、学習のための計画でなければならない。
どこに市場があるかわからないという心構えで破壊的事業にアプローチすれば、新しい市場に関するどのような情報が最も必要なのか、その情報がどのような順序で必要になるのかを見きわめられるだろう。
プロジェクトと事業の計画にこのような優先順位を反映させれば、かぎとなる情報を作成したり、重要な不明点を解決してから、資本、時間、資金を投入することになる。

破壊的技術に対処するには、マネージャーが仮定を立て、その仮定にもとづいて事業計画や目標を作成する必要のある「発見指向の計画」が有効である。
たとえば、HPのキティホーク・ディスク・ドライブの場合、HPは、製造パートナーのシチズン時計とともに、オートメーションの生産ラインの建設と設備に莫大な資金を投じた。
この投資は、HPの顧客によるPDA売上げ予測にもとづいたドライブの売上げ予測が正確であるという仮定のもとに行われた。
HPのマネージャーが、PDAの売上げはだれにもわからないと仮定していたら、一つの量産ラインではなく、小規模な生産設備のモジュールを建設していたかもしれない。
そして、重要な出来事によって、仮定が正しいか誤っているかが確認できれば、生産設備を拡充または縮小できただろう。

同様に、キティホークの製品開発計画は、小型ドライブの主な用途が、高い耐久性を必要とするPDAであるという仮定にもとづいていた。
キティホーク・チームは、この仮定にもとづいて部品や製品アーキテクチャーを開発したため、市場のローエンドに現れた価格に敏感なテレビゲーム・メーカーに販売するには、製品価格が高くなりすぎた。
発見指向の計画を立てていれば、チームは、コストが高すぎて後戻りできない開発を始める前に、市場の仮定が正しいかどうかを確かめることになっただろう。
このケースでは、市場の情勢によって仮定の有効性があきらかになった時点で構成を変更したり機能を削除して、別の市場や別の価格水準に対応できるように、モジュール式の設計を作成していたかもしれない。

「目標管理」、「例外管理」などの理念は、マネージャーの注意を一点に集中させるため、新しい市場の発見を妨げる場合がある。
通常、このようなシステムでは、業績が計画を下回ると、マネージャーは、計画と現実の差を埋めようとする。
つまり、予想外の失敗に神経を集中するようになる。
しかし、ホンダの北米オートバイ市場での経験が示すように、破壊的技術の市場は、たいていの計画システムでは上層部の注目を集めることのない、予想外の成功から現れることがある*。
そのような発見は、人びとの声に耳を傾けることによってではなく、人びとがどのように製品を使うかを見ることによって得られることがある。

*この点については、ピーター・F・ドラッカー著『イノベーションと企業家精神――実践と原理」(ダイヤモンド、一九八五年)にわかりやすく論じられている。
つぎの第八章では、ソフトハウスのインテュイットが、個人財務管理ソフト、「クイッケン」のユーザーの多くが、このソフトを使って小規模事業の帳簿管理をしていることに気づいた過程を追ってみる。
インテュイットは、このような用途を予想していなかったが、その後、小規模事業のニーズに合わせて製品を改良し、「クイックブックス」として売り出すことにより、わずか二年で、小規模事業用会計ソフト市場で七〇%以上のシェアを獲得した。

破壊的技術の新しい市場を発見するためのこのアプローチを、筆者は「不可知論的マーケティング」と呼んでいる。
破壊的製品がどのように、どれだけの量使われるか、そもそも使われるかどうかは、使ってみるまでだれにも、自分自身にも顧客にもわからないとの明確な仮定にもとづくマーケティングという意味である。
このような不透明な状況に直面したマネージャーは、だれかが市場の輪郭をはっきりさせるまで待とうとすることがある。
しかし、先駆者が圧倒的な優位に立つことを考えると、破壊的技術に直面したら、実験室やフォーカス・グループで活動するのではなく、市場へ発見指向の探索に出かけることによって、新しい顧客と新しい用途に関する知識を直接身につける必要がある。

第八章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル p221

本書に掲げた、技術の軌跡と市場の軌跡が交差する様子を示すグラフは、大手企業が業界リーダーの地位から転落するわけを説明するには有効であるとわかった。
本書で調査した各業界では、技術者は、市場が必要とする以上の、あるいは市場が吸収しうる以上のペースで性能を高めることができた。
歴史的にみて、このような性能の供給過剰が発生すると、破壊的技術が出現し、下から確立された市場を侵食する可能性が出てくる。

性能の供給過剰は、このような破壊的技術の脅威や機会を生み出すため、その製品市場の競争基盤に根本的な変化をもたらすきっかけにもなる。
顧客が、ある製品やサービスを、ほかの製品やサービスと比較して選択するときに順位を決める基準が変わり、製品のライフサイクルがある段階(経営学者によってその定義は異なる)からつぎの段階へ移行する兆しが現れる。
言い換えれば、供給される性能と求められる性能の軌跡が交差すると、製品のライフサイクルの段階が根本的に移り変わるきっかけになる。
このため、本書で使ったような軌跡グラフは、業界の競争力学と競争地盤が、時間とともにどのように変化していくかを、有効に表すことになる。

p225

具体的には、一九八六年から八八年までのデスクトップパソコン市場では、ドライブの大きさがほかの特徴より意味を持つようになりはじめた。
小さい三・五インチ・ドライブを採用したほうが、コンピュータ・メーカーは、マシンのサイズ、つまり設置面積を縮小できる。
たとえば、IBMの場合、大型のXT/ATマシンに代わって、はるかに小型のPS1/PS2マシンが現れた。

しばらくは、小型ドライブの供給が市場の需要を満たせなかったため、デスクトップ・メーカーは、三・五インチ・ドライブに高いプレミアムを支払いつづけた。
第二章で説明したヘドニック回帰分析を使うと、一九八六年には、ディスク容積の一立方インチの減少に対する潜在価格は四・七二ドルであった。
しかし、コンピュータ・メーカーが、小型ドライブ用の新しい世代のデスクトップパソコンの開発を終えると、小型化に対する需要も飽和状態に達した。
その結果、一九八九年の潜在価格、つまりドライブの小型化に対する価格プレミアムは、一立法インチの減少に対して〇・〇六ドルにまで下がった。

一般に、ある特性に対して求められる性能レベルが達成されると、顧客は、その特性がさらに向上しても価格プレミアムを払おうとしなくなり、飽和状態に達したことを示す。
このように、性能の供給過剰は競争地盤を変化させ、顧客が複数の製品を比較して選択する際の基準は、まだ市場の需要が満たされていない特性へと移る。

図8・3は、デスクトップパソコン市場に起きた変化をまとめたものである。
縦軸の性能指標は、繰り返し変化している。
記憶容量が性能の供給過剰に達した時点で、初めて縦軸が入れ替わり、容量から大きさへと移った。
この新しい次元の性能も市場のニーズを満たすと、縦軸の性能の定義は再び入れ替わり、信頼性の需要を反映するようになる。
しばらくは、耐衝撃性と平均故障間隔(MTBF)のすぐれた製品には、競合製品より大きな価格プレミアムが支払われるようになる。
しかし、MTBFの値が一〇〇万時間に近づくと*、MTBFの一〇〇時間増加に対する潜在価格はゼロに近づき、製品性能のこの次元にも性能の供給過剰が起きたことを示す。
その後、現在は激しい価格競争の段階に入っており、粗利益率が一二%を下回る場合もある。

*ディスク・ドライブ業界では、MTBFが一〇〇万時間であるということは、同時に一〇〇万台のディスク・ドライブのスイッチを入れて一時間継続して稼動させた場合、その一時間のうちに一台が故障することを意味する。

p228

右記のように競争地盤が繰り返し変化し、完全に差別化の要素がなくなると、つまり、複数の製品がすべての性能指標に対する市場の需要を完全に満たすと、製品は市況商品のようになる。
性能の供給過剰の理論によって、コンサルタント、マネージャー、研究者は、顧客との価格交渉で折れた営業担当者からいつも聞かされる不満を理解できるようになるだろう。
「あいつらはうちの製品を、値段でしか見ていない。うちの製品のほうが他社製品よりずっとすぐれていることがわからないのか」。
たしかに、市場に出回っている各社の製品には、依然違いがあるかもしれない。
しかし、特徴と機能が市場の需要を超えてしまうと、その違いは意味を失う。

性能の供給過剰と製品競争の進化 p228

マーケティングに関する文献には、製品のライフサイクルと、ある分野の製品の性質が時間とともにどのように進化するかについて書かれたものが多い。
本書の研究によれば、これらのモデルの多くにとって、性能の供給過剰は、サイクルのある段階からつぎの段階への移行を促す重要な要因である。

たとえば、カリフォルニア州サンフランシスコのウィンダミア・アソシエーツは、「購買階層」という製品進化モデルを作成した。
このモデルは、機能、信頼性、利便性、価格の四段階を一般的なサイクルとしている。
まず、機能に対する市場の需要を満たす製品がない場合、競争の地盤、つまり製品の選択基準は、製品の「機能」になりやすい(ディスク・ドライブのように、いくつかの種類の異なる機能の間を市場が循環することもある)。
しかし、機能に対する市場需要を十分に満たす製品が複数になると、顧客は、機能にもとづいて製品を選択できなくなり、「信頼性」にもとづいて製品やメーカーを選択するようになる。
信頼性に対する市場の需要が、メーカーが供給できる信頼性を上回る間は、顧客は信頼性を基準に製品を選択し、最も信頼性の高い製品の最も信頼性の高いメーカーがプレミアムを稼ぐ。

しかし、複数のメーカーが、市場が求める信頼性を満たすまでに改良を進めると、競争の地盤は「利便性」へ移る。
顧客は、最も使いやすい製品と、最も取引しやすいメーカーを選択するようになる。
この場合も、利便性に対する市場の需要が、メーカーが供給できる利便性を上回っている間は、顧客は利便性を基準に製品を選択し、メーカーは利便性の供給に対して価格プレミアムを受ける。
最後に、複数のメーカーが、市場の需要を十分に満たす便利な製品やサービスを提供するようになると、競争の地盤は「価格」へ移る。
購買階層のある段階から別の段階への移行を促す要因は、性能の供給過剰である。

業界の進化を概念化した別の有益な文献は、ジェフリー・ムーアの『クロッシング・ザ・カズム』である。
これも基本的な論理は似ているが、各段階の境界を、製品ではなく利用者に関連づけている。
ムーアによれば、製品はまず、イノベーター、つまり業界の「初期の採用者」によって使われる。
これは、製品を機能だけで選択する顧客のことである。
この段階では、最も高性能な製品が大きな価格プレミアムを得る。
主流市場の機能に対する需要が満たされると、市場は大幅に拡大し、メーカーは、ムーアの言う「初期の多数派」顧客の間に生じる信頼性に対する需要に対応しようとする。
製品とメーカーの信頼性の問題が解決されると、第三の成長の波がおとずれ、イノベーションと競争の地盤は利便性へと移り、「後期の多数派」顧客を引き込む。
ムーアのモデルの根本には、ある次元の性能に対する市場の需要が飽和状態に達するまで、技術は進化できるという概念がある。

このような機能から信頼性、利便性、価格へと至る、競争地盤の進化のパターンは、これまでにとりあげた市場の多くにもみられる。
実際、破壊的技術の重要な性質は、競争地盤の変化の先触れであることだ。

破壊的技術のその他の一貫した性質 p230

破壊的技術には、製品のライフサイクルと競争力学につねに影響を与える重要な性質がさらに二つある。
まず、主流市場で破壊的製品に価値がない原因である特性が、新しい市場では強力なセールス・ポイントになることが多い。
つぎに、破壊的製品は、確立された製品に比べ、単純、低価格、信頼性が高い、便利などの特徴を備えていることが多い。
マネージャーは、これらの特性を理解したうえで、破壊的製品の設計、開発、販売における独自の戦略を効果的に計画する必要がある。
破壊的技術の用途となる具体的な市場が事前にわからなくても、二つの法則を参考にすることができる。

一、破壊的技術の弱みは強みでもある p230

破壊的技術と業界の競争地盤の関係は複雑だ。
性能の供給過剰、製品のライフサイクル、破壊的技術の出現が相互に影響しあうなかで、破壊的技術が主流市場で役に立たない原因になっている特性が、新しい市場で価値を生むことが多い。
一般に、破壊的イノベーションで成功する企業は、最初、その技術の性質や機能を当然のものととらえ、それらの特性を評価し、受け入れる新しい市場を見つけるか、開拓しようとする。
コナー・ペリフェラルズは、こうして、小さいことに価値があるポータブル・パソコン用小型ドライブの市場を開拓した。
J・C・バンフォードとJ・I・ケースは、小さなバケットとトラクターの可動性が価値を生む住宅工事業者向け掘削機の市場を創設した。
ニューコーは、薄スラブ連鋳鋼板の表面のきずを気にしない市場を見つけた。

いっぽう、これらの破壊的技術に追い落とされた企業は、確立された市場のニーズを当然のものと受けとめ、その技術が主流市場でも十分評価されると思えるまで、破壊的技術を販売しようとはしなかった。
そのため、シーゲートのマーケティング担当者は、「小型で低容量のドライブを評価する市場はどこにあるだろう」とは考えずに、初期の三・五インチ・ドライブをIBMに見せに行った。
ビュサイラス・エリーは、一九五一年に油圧式掘削機のハイドロホーを買収したときに、「狭い溝しか掘れないが動きやすい掘削機を求める市場はどこにあるだろう」とは考えなかった。
市場はできるだけ大きいバケット容量とできるだけ大きい作業半径を必要としていると想定した。
そこで、ハイドロホーにケーブル、プーリー、クラッチ、ウィンチを付け、一般掘削業者向けに売ろうとした。
USスチールは、薄スラブ連続鋳造を検討したとき、「表面の見かけが悪い低価格の鋼板の市場はどこにあるだろうか」とは考えなかった。
市場ができるだけ高い表面仕上げの品質を求めるのは当然と考え、従来の鋳造設備に投資した。
持続的技術に適した考え方を、破壊的技術にもあてはめたのである。

本書で検討した例では、実績ある企業が破壊的技術に直面したときには、開発における最大の課題は技術的なものであり、既存の市場に合うように破壊的技術を改良することだと考えるのが通常である。
破壊的技術の商品化に成功した企業は、開発における最大の課題は、マーケティング上のものであり、製品の破壊的な特性が有利になる次元で競争が発生する市場を開拓するか、見つけることだと考える*。

*携帯用ラジオが現れたときにも、同じようなことがあった。
五〇年代初頭、ソニーの盛田昭夫元会長は、AT&Tが一九四七年に発明して特許を取得したトランジスター技術の使用権交渉のため、ニューヨーク市内の安ホテルに宿泊していた。
AT&Tにはあまり交渉の意思がなく、盛田は使用権の許諾を求めて、何度も会社を訪れなければならなかった。
ついにAT&Tは折れた。
使用権許諾契約にサインする会合が終わったとき、AT&Tの役員の一人が、ソニーは使用権をどうするつもりなのかと盛田にたずねた。
盛田は「小型ラジオをつくります」と答えた。
相手は「小さいラジオなど、だれが買うのだ」と言った。
「いまにわかります」と盛田は答えた。
数か月後、ソニーは米国市場で、最初の携帯用トランジスター・ラジオを発売した。
主流市場のラジオの主な性能指標からみれば、この初期のトランジスター・ラジオは、最悪の代物だった。
当時の主流だった真空管卓上ラジオに比べて、忠実度がはるかに低く、雑音がひどかった。
しかし、盛田は、大手電機メーカーのほとんどがトランジスター技術に関してとった行動とは異なり、トランジスター・ラジオが主要市場で性能競争力を持つまで研究室に閉じこもろうとせず、当時存在した技術の特性を評価する市場、携帯用パーソナル・ラジオ市場を見いだした。
卓上ラジオの主力メーカーが一社も携帯用ラジオの主力メーカーにならず、その後一社残らずラジオ市場から撤退したことは、驚くにあたらない。
この話は、ソニーの製造・技術担当副社長を退いたシェルドン・ウェイニグ博士から聞いたものである。

破壊的技術に直面したマネージャーは、この原則に注意することが重要だ。
歴史にしたがうなら、破壊的技術を研究室で温め、主流市場に適したものになるまで改良しようとする企業は、破壊的技術の特性を当初の状態のまま受け入れる市場を見つける企業のようには成功しない。
後者は、商業的な基盤を築き、上位市場へと移行し、破壊的技術をマーケティングではなく研究室の課題ととらえていた企業よりはるかに効果的に主流市場に攻め込むだろう。

二、破壊的技術は確立された技術より単純、低価格、高信頼性、便利 p232

性能の供給過剰が起こり、破壊的技術が主流市場を下から攻撃するようになると、破壊的技術は、購買階層でいう「機能」に対する市場の需要を満たし、さらに主流製品より単純、低価格で、信頼性が高く便利なことから、成功する場合が多い。
たとえば、第三章で述べた主流の下水・一般掘削市場への油圧式掘削技術の攻撃を思い出してほしい。
油圧式掘削機が二~三立法メートルの土を入れたバケットを扱えるようになると、つまり、主流市場で求められる性能を超えると、ケーブル駆動の掘削機のほうが一回で移動できる土の量が多かったにもかかわらず、工事業者は急速に油圧式に切り替えた。
いずれの技術でも、バケット容量は十分にニーズを満たしていたため、工事業者は、信頼性の高い油圧技術を選んだのである。

実績ある企業は、高性能、高収益の製品と市場を追い求める傾向があるため、最初の破壊的製品に余計な機能を付けずにいることが難しい。
ヒューレット・パッカードが一・三インチのキティホーク・ディスク・ドライブを設計したときの経験がいい教訓である。
キティホークの開発者は、本当に単純で低価格な製品を設計できず、持続的製品としての競争力を高めるために、技術の限界まで容量を押し上げ、衝撃耐久性や省電力性を高めた。
安くて単純で機能の少ない一〇MBのドライブを大量に必要とする用途が現れたとき、HPの製品は、その波に乗れるほど破壊的ではなかった。
アップルも同じ過ちをおかし、最初から単純で信頼性が高いことを目標とせず、ニュートンの機能を拡大した。

会計ソフト市場における性能の供給過剰 p233

財務管理ソフトのメーカーであるインテュイットは、めざましい成功をおさめた個人用財務ソフト、「クイッケン」で知られている。
クイッケンが市場を征したのは、簡単で便利だからである。
インテュイットは、クイッケンのユーザーのほとんどが、プログラムを購入し、コンピュータの電源を入れ、マニュアルも読まずに使い始めることを誇りにしている。
開発者は、クイッケンを使いやすくし、さらに単純、便利にするために、顧客や「専門家」の声に耳を傾けるのではなく、顧客が製品をどのように使うのかを観察している。
開発者は、製品のどこが使いにくく、混乱しやすいのかを知るわずかな手がかりを見つけることによって、さらに単純で便利な製品にしようと努力し、すぐれた機能ではなく、必要十分な機能を備えた製品をめざしている。

インテュイットが、北米の小規模事業用会計ソフト市場で七〇%のシェアを誇ることは、意外に知られていない*。
インテュイットは、三つの単純な洞察にもとづいた製品、「クイックブックス」を発売し、参入は遅かったものの、これだけのシェアを獲得した。
第一に、それまでの小規模事業用会計ソフトは、公認会計士のこまかい指針にもとづいて作成されており、ユーザーには会計に関する基本的な知識(借方と貸方、資産と負債など)が必要とされ、各取引の監査の手がかりを提供するため、すべての項目を二度ずつ入力しなければならなかった。
第二に、既存製品のほとんどは、広範囲にわたって複雑な報告書や分析を作成し、それらは、開発者が機能を拡大して製品の差別化をはかろうとするため、リリースを重ねるごとにさらに複雑で専門的になった。
第三に、米国の全企業の八五%は、会計士を雇うには規模が小さすぎる。
帳簿をつけるのは経営者かその家族であり、主流会計ソフトに用意されている項目や報告書のほとんどは必要もなければ、理解もしていない。
監査の手がかりとはなにかを知らないし、まして、それを使う必要も感じない。

*この節の情報は、インテュイットの設立者兼会長のスコット・クックと、クイックブックスのマーケティング部長のジェイ・オコナーから得た。

インテュイットの設立者、スコット・クックは、これらの小企業のほとんどは自営業者であり、会計報告書に書かれているような情報ではなく、直感と事業に関する直接の知識に頼っているだろうと考えた。
つまり、小規模事業者向け会計ソフトのメーカーは市場が必要とする以上の機能を詰め込んでいるため、すぐれた機能ではなく必要十分な機能を提供する単純で使いやすい破壊的ソフトウェア技術にはチャンスがあるとクックは判断した。
インテュイットの破壊的なクイックブックスは、製品競争の地盤を機能から利便性へと変え、発売から二年で七〇%のシェアを獲得した*。
一九九五年には、クイックブックスはインテュイットの売上高のなかで、クイッケンより大きな割合を占めるようになった。

*クックによると、インテュイットの開発者は、単純で便利なソフトウェア製品を設計するうちに、深い洞察に達したという。
複式簿記は、計算間違いを見つけるためにベニスの商人が開発した方法だが、コンピュータなら通常、足し算や引き算のミスは考えられないのに、いまだにどの会計ソフトもこの方法を使っている。
インテュイットは、この不要な製品機能を排除することによって、製品を大幅に単純化できた。

小規模事業用会計ソフトの実績あるメーカーが、インテュイットの侵食に対してとった行動は、予想されるとおり、上位市場へ移行し、ひきつづき機能を詰め込んだ製品を発売することだった。
特定の市場分野に的をしぼり、市場の上層の洗練された情報システム・ユーザーをターゲットにした。
小規模事業用会計ソフトの三大メーカー(いずれも一九九二年のシェアは約三〇%)のうち、一社は姿を消し、一社は虫の息である。
もう一社は、クイックブックスの成功に対抗しようと単純な製品を発売したが、わずかなシェアしか獲得していない。

インシュリンの製品ライフサイクルにおける性能の供給過剰 p235

性能の供給過剰が発生し、破壊的技術が競争地盤の変化の先触れとなり、業界のリーダーシップがおびやかされたもう一つの事例は、世界的なインシュリン事業にみられた。
一九二二年、トロントの四人の研究者が、動物の膵臓からインシュリンを抽出することに成功し、それを糖尿病患者に注射することで、驚くべき結果が得られた。
インシュリンは牛や豚の成長した膵臓から抽出するため、インシュリンの純度(不純物のppmで測定)を高めることが、重要な性能向上の軌跡となった。
主に、世界最大のインシュリン・メーカー、イーライ・リリーの継続的な投資と努力によって、不純物濃度は、一九二五年の五万ppmから、五〇年には一万ppm、八〇年には一〇ppmまで低下した。

こうした改良は進んだものの、動物のインシュリンは、人間のインシュリンとはわずかに異なるため、ごくわずかな確率だが、糖尿病患者の免疫システムに抵抗が生じることがあった。
このため、イーライ・リリーは一九七八年、ジェネンテックと契約し、構造的には人間のインシュリン蛋白質と同じで、一〇〇%の純度を持つインシュリン蛋白質を生産できるように遺伝子組み換えを行ったバクテリアを開発した。
このプロジェクトは技術的には成功し、八〇年代初期、約一〇億ドルを投資したすえに、イーライ・リリーはヒューマリンというインシュリン製剤を発売した。
人間と同じ構造で、純度が高いことから、動物から抽出したインシュリンより二五%高い価格に設定されたヒューマリンは、人間が消費するものとしては初めて、バイオテクノロジー産業から生まれた商業規模の製品だった。

しかし、この技術の奇跡に対する市場の反応は冷たかった。
動物のインシュリンより高い価格を続けることはかなり難しく、ヒューマリンの売上げの伸びは期待外れの遅さである。
イーライ・リリーのある研究者は「いま思うと、市場は豚のインシュリンにそれほど不満があったわけではない。それどころか、十分満足していた」と言う*。
イーライリリーは、製品の純度に対する市場の需要以上に、莫大な資金と組織的エネルギーをつぎ込んだ。
ここでも、性能の供給が市場の需要を超えたために、差別化した製品に対して市場は価格プレミアムを支払わなかった。

*イーライリリーは、ヒューマリンに価格プレミアムを設定することはできなかったが、投資からは見返りを得た。
ヒューマリンは、食肉消費量の減少による膵臓不足の可能性から会社を守り、生物工学による薬品の大量生産について、貴重な経験と資産基盤を与えた。

一方、はるかに小規模なデンマークのインシュリン・メーカー、ノボは、インシュリンを手軽に摂取できるインシュリン・ペン製品を開発していた。
通常、糖尿病患者は注射器を持ち歩き、その針をガラスのインシュリンのバイアルに挿入し、必要な量よりわずかに多めのインシュリンを注射器に吸い上げ、針を上にして注射器を何度か叩いて、シリンダー壁に付いている気泡を取り除く。
たいていは、もう一つの遅効性のインシュリンについても、同じ手順を繰り返す必要がある。
ピストンをわずかに押して、残った気泡と、当然ながらいくらかのインシュリンを注射器の外へ出して、ようやくインシュリンを注射できる。
このプロセスには、通常、一~二分かかる。

ノボのペンには、二週間分のインシュリンを、通常は速効性のものと遅効性のものを混合して入れたカートリッジがある。
ノボのペンを使うには、小さなダイヤルを回して注射の必要なインシュリンの量に合わせ、ペンの針を皮下に刺し、ボタンを押すだけである。
全部で一〇秒もかからない。
イーライ・リリーが、ヒューマリンの価格プレミアムを維持しきれなかったのに対し、ノボの便利なペンは、インシュリン一単位につき三〇%の価格プレミアムを容易に維持できた。
八〇年代、ペンと混合済みカートリッジの成功によって潤ったノボは、世界のインシュリン市場でのシェアを拡大し、収益性を高めた。
イーライ・リリーとノボの経験も、性能が市場の需要を超えた製品は、市況商品のように価格が決定されるようになり、競争の地盤を変える破壊的製品は、プレミアムを獲得できることを実証している。

経営者やMBAの学生を対象にしたハーバードビジネススクールの講義で、イーライ・リリーがインシュリンの純度に対する市場の需要を超えた話をしたときの反応は、いままでの仕事の経験のなかでも特におもしろかった。
どのクラスでも、生徒の大半は、糖尿病患者のうちインシュリン抵抗が生じる人がごくわずかであり、一〇ppmの高純度の豚のインシュリンと完全に純粋なヒューマリンに大した差はないという、わかりきったことを見落としたイーライ・リリーの非を責めた。
患者と医師の簡単なフォーカス・グループをいくつか作って、より純度の高いインシュリンは必要かとたずねていたら、どうするべきかがわかったはずだと学生は主張した。

しかし、討議するとかならず、思慮の深い学生の意見によって、あとで当然に思えることも、戦いのさなかにはよく見えない可能性があるという意見に、クラス全体が傾いていく。
たとえば、イーライ・リリーのマーケティング担当者が意見を求める医師のうち、特に信頼できるのはだれだろうか。
この事業の最大の顧客、糖尿病治療に重点を置いている内分泌科医だろう。
これらの専門家の関心を最も引きそうなのは、どのような患者だろうか。
最も病状が進んで治りにくい患者であり、特にインシュリン抵抗の顕著な患者だろう。
それでは、これらの主要顧客は、イーライ・リリーのマーケティング担当者に次世代のインシュリン製品をどう改良するべきかと聞かれたとき、どのように答えるだろうか。
主要顧客の力と影響力は、企業の製品開発の軌跡が主流市場の需要を超える最大の理由である。

さらに、思慮のある学生は、たいていのマーケティングマネージャーは、一〇〇%純粋なヒトインシュリンが市場の需要を超えるかどうかという問題を問いかけもしないだろうと言う。
強力な文化を持ち成功してきた企業のなかで、五〇年以上にわたって、純度を高めることが製品を改良することだった。
インシュリンの純度を高めることが、いつも競争の頂点にとどまる方法であった。
営業担当者は、純度が高まったという魅力的な話をすれば、いつも忙しい医師の時間と注意を引きつけることができた。
そのような状況下、何をもってすればこれまでの同社の歴史の中で培われた、その文化にもとづく仮定を突然変化させ、経営陣に以前は答を聞く必要もなかった質問を投げかけさせることができただろうか*。

*クラスでこのような少数派の意見が持ち上がると、つぎに、世界有数の成功をおさめている優良企業と広く考えられている組織も、主流市場の需要を超えているのではないかと考えはじめる学生が多い。
たとえば、インテルはつねに、性能グラフの縦軸にマイクロプロセッサーの処理速度を置いている。
市場はもっと速いマイクロプロセッサーを求めていると想定し、数十億ドルの利益がたしかにその確信を裏づけている。
二〇〇MHZ、四〇〇MHZ、八〇OMHzの速度で命令を処理するチップを必要とする最先端の顧客がいることはたしかだろう。
しかし、主流市場はどうだろうか。
近い将来、インテルの新しいマイクロプロセッサーの処理速度とコストが、市場の需要を超えることはありえるだろうか。
また、技術の供給過剰がありえるとしたら、インテルの数千人の社員は、どのようにして、それがいつ起きるのか認識し、開発努力の軌跡を完全に変えるほどの信念をもって変化を受け入れるのだろう。
技術の供給過剰を見きわめることは難しい。
なにか対策を講じることはなおさらだ。

第九章 破壊的イノベーションのマネジメント――事例研究―― p245

本書も終わりに近づき、優良企業がつまずく理由を深く理解できるようになったことと思う。
能力不足、官僚主義、慢心、血族経営の疲弊、計画の乏しさ、近視眼的な投資によって地位を追われた企業も多い。
しかし、ある法則のために、優秀な経営者でも破壊的イノベーションを行うのは難しいことがわかった。
すぐれた経営者がそのような力を理解しなかったり、力に逆らおうとすると、その会社はつまずく。

この章では、ここまでの章で説明した力と原則を活かして、破壊的イノベーションに直面したときにマネージャーが成功する方法を示す。
それにあたっては、事例研究の形式を用いる。
つまり、筆者がある大手自動車メーカーの社員であることにして、いまの時代においてとりわけ複雑なイノベーションの一つ、電気自動車を開発し、商品化するプログラムをどのように管理していくかを、一人称で語ることにする。
ここでの目的は、ある挑戦に対する正しい答を出すことでもなければ、電気自動車が商業的に成功するかどうか、どのように成功するかを予測することでもない。
身近だが難しい話題のなかで、マネージャーが同様の問題に対してどのような思考を構築するかを示すため、いくつかの問を投げかけていく。
これらの間から、確実で有益な答が出るかもしれない。

p250

これらの軌跡を評価する際には、適切な問を投げかけるように注意したい。
電気自動車の性能の軌跡は、顧客による自動車の使い方によってわかる、市場の需要の軌跡と交わることがあるだろうか。
業界の専門家は、二つの技術の軌跡を比較して、電気自動車の性能がガソリン車に追いつくことはないと主張するかもしれない。
それは正しいのだろう。
しかし、ディスク・ドライブ業界の経験を考えてみれば、まちがった問に対する正しい答が見つかるだろう。
また、バッテリー技術に画期的な技術的躍進がなければ、電気自動車の実質的な市場は生まれないとする山ほどの専門家の意見には耳を貸すが、それで思い止まることはない。
電気自動車を確立されたバリュー・ネットワークの持続的技術と考えれば、専門家の意見が正しいことはまちがいない。
しかし、破壊的技術の市場の性質や規模については、専門家が正確に予測したためしはほとんどないため、まだ自分自身の結論は不明確ではあるものの、専門家の懐疑論に対しわたしは懐疑的である。

電気自動車の市場はどこに p250

電気自動車は潜在的には破壊的技術であると判断し、つぎの課題は、電気自動車が最初に使われるであろう未開拓の市場へ会社を導くマーケティング戦略を決定することである。
このマーケティング戦略の作成にあたっては、本書であきらかにした三つの要因を適用する。

第一に、電気自動車は主流市場の基本的な性能要求を満たしていないため、当然ながら、電気自動車は最初は主流の用途には使えないことを認める。
したがって、このプログラムになんらかの関係がある人は全員、つぎの点を理解しなければならない。
市場がどこにあるのかまったくわからなくても、確実にわかっているのは、それが確立された自動車市場の分野ではないことだ。
皮肉なことに、ほとんどの自動車メーカーは、資源依存の原則にしたがっていることと、小規模な市場では大企業の成長と収益のニーズを解決できないことから、近視眼的に主流市場に狙いを定めている。
そこでわたしは、大手メーカーの直感と能力は、誤った目標に向きやすいことを考え、ほかの自動車メーカーに追随して顧客を探したりはしないことにする*。

*一貫してすぐれた経営を進めてきた企業が、イノベーションの性質が持続的であろうと破壊的であろうと、既存の顧客基盤に向けてイノベーションを押し進めようとする傾向は著しい。
本書でも何度か、そのような例を挙げてきた。
たとえば、機械式掘削機業界では、ビュサイラス・エリーは「ハイドロホー」によって、油圧式掘削機の技術を主流掘削工事業者向けに生かそうとした。
オートバイ業界では、ハーレー・ダビッドソンは、自社のブランド名を付けたローエンドバイクを従来のディーラー網で発売しようとした。
ここでとりあげる電気自動車の場合、クライスラーはミニバンに大量のバッテリーを詰め込んだ。
チャールズ・ファーガソンとチャールズ・モリスは、著書『コンピューター・ウォーズ二一世紀の覇者』で、IBMが縮小命令セット・コンピューティング(RISC)・マイクロプロセッサー技術を商品化しようとした話について書いている。
RISCはIBMで発明され、発明者は、RISCチップを使って「あっというほど速い」コンピュータを組み立てた。
IBMはその後、膨大な時間、資金、人材を投入し、RISCチップをミニコンの主流製品に組み込もうとした。
しかし、それには設計上の制約が多く、プログラムはついに成功しなかった。
IBMのRISCチームの主要メンバー数人は、挫折して退社し、その後、RISCチップ・メーカーのミップスや、ヒューレット・パッカードのRISCチップ事業の確立に重要な役割を果たした。
これらの事業が成功したのは、製品の特性をありのままに受け入れ、その特性を評価したエンジニアリング・ワークステーションの市場を見いだしたためである。
IBMが失敗したのは、先に市場を決めてそこへ技術を押し込もうとしたからである。
おもしろいことに、IBMは独自のエンジニアリング・ワークステーションを発売したときに、ようやくRISCアーキテクチャー・チップの事業を成功させた。
チャールズ・ファーガソン、チャールズ・モリス著『コンピュータ・ウォーズ二一世紀の覇者ポストIBMを制するのは誰か!』(同文書院、一九九三年)。

しかし、破壊的技術市場に早い時期に参入すれば、あとから参入する企業よりはるかに優位に立つための能力を身につけられるので、電気自動車を使える市場を見つけることがわたしの仕事である。
足がかりとなるその市場で収益をあげて事業基盤とし、その後の持続的イノベーションにはずみをつけ、破壊的技術として上位市場へ、主流へと移行したい。
市場に参入せず、研究者が画期的なバッテリー技術などを開発するのを待っているのが、マネージャーにとっては一番楽な方法だ。
しかし、この戦略が破壊的イノベーションによる成功への有効な道筋になることはめったにないとわかっている。

これまでにも述べたように、過去の実例からみて、主流市場で破壊的技術の競争力を失わせている特性が、実は、新しいバリュー・ネットワークでは有利な特性になる。
ディスク・ドライブの場合、五・二五インチ・モデルの小ささは、大型コンピュータでは役に立たなかったが、デスクトップでは非常に便利であった。
初期の油圧式掘削機のバケット容量が小さく、作業半径が狭いことは、一般掘削工事には不便だったが、狭い溝を正確に掘削できるため、住宅工事には便利だった。
そこで、妙に聞こえるかもしれないが、マーケティング担当者には、比較的加速が遅く、一度に一五〇キロ以上は走れない自動車に対する未発見のニーズを持っている買い手グループをどこかで見いだすように指示する。

わたしがマーケティング手法の根拠とする第二のポイントは、電気自動車の初期の市場がどのようなものになるかは市場調査ではわからないことだ。
コンサルタントを雇うのは簡単だが、確実にいえるのは、かれらの結論がまちがっていることだ。
顧客にも、自分が電気自動車を使うかどうか、使うとしたらどのように使うかはわからない。
製品の使い方は、顧客とわれわれが同時に発見していくものだからだ。
ホンダのスーパーカブが、予想もしなかった新しいオートバイの用途を開いたように。
市場に関する情報で役に立つのは、実際に市場に踏み込み、テストと調査、試行錯誤を繰り返し、実際に代金を払う現実の人びとに現実の製品を売ることによって得た情報だけである。
政府の規制は、市場の発見という問題を解決するというより、歪める可能性が高い。
そこで、わたしの組織は、補助金をあてにしたり、経済とは関係のないカリフォルニア州の規制を事業に利用しようとはせずに、みずからの智恵で生きるように方向づける。

第三のポイントは、この事業は既知の戦略を実行するためではなく、学習のための計画である必要があることだ。
最初から適切な市場に適切な製品を送り込み、適切な戦略をとるよう最善の努力はするが、最初のターゲットに向かって事業を進めるうちに、さらにすぐれた方向が見えてくる可能性が高い。
そこで、過ちをおかしたら、できるだけ早くなにが正しいのかを学ぶように計画する必要がある。
アップルがニュートンで、ヒューレット・パッカードがキティホークでそうしたように、最初から一か八かの賭けに全資源をつぎ込んだり、組織の威信を賭けてはならない。
二回目、三回目の挑戦のために資源を残しておく必要がある。

この三つの考え方が、わたしのマーケティング戦略の基礎になる。

p257

貴重な指針のほとんどは第八章にあり、そこでは、製品のライフサイクルとともに競争の地盤が変化すること、性能の供給過剰、つまり、技術によって供給される性能が市場の実際のニーズを超える状態によって、進化自体が循環することを述べた。
過去の例からみて、性能の供給過剰が起きると、単純、低価格で便利な技術、また、たいていの場合は破壊的な技術の入り込む余地が生まれる。

自動車にも、性能の供給過剰は起きているようだ。
車体とエンジンの大きさ、時速〇キロから一〇〇キロまで数秒で加速することの価値、過剰な選択肢に対する消費者の対応能力には限界がある。
このため、製品の競争と顧客の選択の地盤は、機能の尺度から、信頼性や利便性などのほかの特性に移行すると考えていいはずだ。
過去三〇年に北米市場に参入して成功した企業のほとんどが、このことを実証している。
そういった企業は、機能のすぐれた製品を発売したから成功したのではなく、信頼性や利便性の地盤で競争したから成功したのだ。

p258

これらの特質を指針として、つぎの三つの基準にしたがって設計を進めるよう技術者に指示する。

第一に、この自動車は単純で信頼性が高く、便利でなければならない。
そのためには、たとえば、一般的な電源を使ってバッテリーを簡単に充電する方法を考案することが、不動の技術目標となるだろう。

第二に、この製品の最終的な市場や最終的な用途はだれにもわからないため、特徴、機能、スタイルを短期間に低コストで変更できる製品プラットフォームを設計する必要がある。
たとえば、電気自動車の当初の顧客が、一〇代の子供が学校や友人の家などへ往復するための車を買う親だとしたら、最初のモデルは、ティーンエージャーにとって魅力的な特徴やスタイルにする。
しかし、最初にターゲットにするのはこの市場でも、最初のコンセプトがまちがっていたとわかる可能性も高い。
そこで、最初のモデルは短期間に低コストで仕上げ、市場からフィードバックが返ってきたらやり直すための予算を十分に残しておくべきである。

*破壊的技術によく見られるパターンだが、決定的な製品設計に達するまでには時間と実験と試行錯誤が必要だとする考え方については、この章のなかで述べていく。

第三に、低価格でなければならない。
破壊的技術は、使用コストが高くつく場合はあるが、単価は主流市場の製品より低いのが通常である。
デスクトップパソコンでディスク・ドライブが使えるようになったのは、単にサイズが小さいからではない。
単価が安く、パソコン全体の価格水準の枠内に収まったからだ。
しかし、MBあたり価格では、つねに小型ディスク・ドライブのほうが大型ディスク・ドライブより高い。
同様に、掘削機の場合も、掘削機一台の価格は、初期の油圧式モデルのほうが確立されたケーブル駆動モデルより安かったが、一時間に移動できる土の容積あたりコストは、油圧式のほうがはるかに高かった。
したがって、この電気自動車は、一キロあたりの走行コストは高いとしても、単価ではガソリン車の実勢価格を下回る必要がある。
顧客が便利さに対する価格プレミアムを支払うことは、過去のさまざまな例からわかっている。

破壊的イノベーションの技術戦略 p259

われわれの技術計画は、プロジェクトが成功するまでの過程で技術の躍進を必要とするものではない。
過去の例から、破壊的技術に新技術はいらない。
むしろ、実証済みの技術からできた部品で構成され、それまでにない特性を顧客に提供する新しい製品アーキテクチャーを生み出している。

独立組織のスピンオフ p263

第五章で資源依存に関して述べたように、実績ある企業で、破壊的技術で市場での強力な地位を築いた企業は、主流組織から自律的な独立運営組織をスピンオフさせている。
カンタム、コントロール・データ、IBMのパソコン部門、アレン・ブラッドリー、ヒューレット・パッカードのデスクジェット計画がすべて成功したのは、破壊的技術の商品化に成功することによって生き残れる組織を創設したからである。
これらの企業は、独立した組織を、新しいバリュー・ネットワークのなかに組み込んだ。

そこで、わたしもプログラムマネージャーとして、電気自動車技術を商品化する独立組織として、GMのサターン部門のような自律的な事業部門、または株式の大部分を所有する独立企業を創設するよう、経営陣に強く働きかける。
独立組織のなかでは、従業員は、現在の収入源である顧客のための問題解決に何度も駆り出されることなく、電気自動車に専念できる。
また、自分たちの顧客からの要求は、このプログラムを重視し、興味と意欲をもって取り組むために役立つだろう。

独立組織にすると、資源依存モデルが親組織ではなく自分たちのために機能するばかりでなく、小さな市場では大企業の成長と利益の問題を解決できないという原則にも対応できる。
電気自動車市場は、まだ何年かは小規模な市場であり、大手自動車メーカーの売上げや利益に大きく寄与することはないだろう。
そのため、大手メーカーの上層部には、電気自動車に優先的に力を入れたり、資源を割り当てることは期待できず、優秀なマネージャーや技術者は、収益面では取るに足らないと考えざるをえないこのプロジェクトに関わりたいとは思わないだろう。
マネージャーや技術者は、社内での自分の将来を確実にするため、周辺事業ではなく、主流事業に参加したいと考えるのが当然である。

新しい電気自動車事業は、最初の数年は、注文件数は万どころか、百の単位だろう。
運よく勝利をつかむことがあっても、ごく小さな勝利であることはまちがいない。
小規模な独立組織では、このような小さな勝利がエネルギーと熱意を生む。
主流部門では、事業を続ける価値があるのかどうかさえ疑問視されるだろう。
事業を続ける価値があるかどうかという問に対しては、わたしたちの組織の顧客に答えてほしい。
いつも主流組織の効率アナリストに対して自分たちの存在を擁護するために、貴重な管理エネルギーを費やしたくはない。

イノベーションは、困難と不透明性に満ちている。
そのため、このプロジェクトはつねに、組織が成長と収益性を高めるために通らなければならないと全員が考える道の上に位置づけておきたい。
このプロジェクトがその道程にあると全員が考えるなら、問題が起きたときにも、組織はどうにかしてそれらを解決し、成功する方法を見つけるだろう。
しかし、主だった人びとが、このプログラムが組織の成長と利益のために重要ではないと考えたり、利益をむしばむアイデアだとさえ考える場合には、いくら技術が単純でも、プロジェクトは失敗するだろう。

この問題に対応する方法は、二つに一つである。
破壊的技術が利益になることを、主流組織の全員の頭と魂に吹き込むか、このプログラムを成功のために必要な道程と考えることができる程度の規模の、適切なコスト構造を持った組織を創設するかである。
マネージャーにとっては、後者のほうがはるかに扱いやすい。

小規模な独立組織のほうが、失敗に対しても正しい態度でのぞめる可能性が高い。
最初の市場への進出は、成功しない可能性が高い。
そこで、失敗に対する柔軟性が必要だが、威信を失うことなく再び挑戦できるように、失敗は小さな規模にとどめる必要がある。
ここでも、失敗に対する耐久性を築く方法は二つある。
主流組織の価値と文化を変えるか、新しい組織をつくるかである。
主流組織に、リスクや失敗に対して寛容になるよう働きかけることに問題があるのは、破壊的イノベーションより頻繁に発生する持続的イノベーションに投資する場合、マーケティング上の失敗に寛容である必要がないからである。
主流組織は、既存の顧客がいて、そのニーズを調べることもできる既存の市場に対して、持続的イノベーションを持ち込む。
このようなプロセスには、最初は失敗してもよいということはない。
このようなイノベーションは、綿密に計画し、協調して実行する必要がある。

最後に、独立組織にはさほど大きな財力は必要ない。
主流企業のために多額の利益を計上しなければならないとのプレッシャーを社員に与えたくはないが(そのようなプレッシャーを受けると、最初から大きな市場を探して、無駄な結果に終わる可能性が高い)、小さな組織の財政をできるだけ早く楽にするために、なんらかの方法を見つけたい、どこかに顧客を見つけたいとのプレッシャーは、つねに感じてほしい。
新しい市場の開拓につきものの試行錯誤のなかで、強い意欲を育てていく必要がある。

もちろん、このように明確に独立組織のスピンアウトを求めることには、危険もある。
やみくもにこの方法を適用し、スカンクワークやスピンオフを、あらゆる問題を解決してくれる万能薬と考えるマネージャーがいるかもしれないことだ。
実は、スピンアウトが適切な手段だといえるのは、破壊的イノベーションに直面したときだけである。
持続的イノベーションの開発と実現に関しては、大規模な主流組織のほうがはるかに創造的であることが強く裏づけられている*。
言い換えれば、イノベーションにどの程度の破壊性が潜んでいるかによって、主流企業がイノベーションに成功するのはどのような場合か、失敗すると予想されるのはどのような場合かが、かなりはっきりと見えてくる。

*第一章と第二章でまとめたディスク・ドライブに関する研究から、実績ある企業は、きわめて複雑でリスクの大きい持続的技術でリードを保つための資源を集める能力があることがわかったが、ほかの業界についても、同様の事実がみられる。

図5・6に示した枠組みのなかで、電気自動車は、破壊的イノベーションに位置するだけでなく、大幅なアーキテクチャーの変更にもかかわっている。
製品の内部だけでなく、価値連鎖全体に影響する変更である。
調達から流通にいたるまで、各部門が以前とは異なる方法でインタフェースをとる必要がある。
そのため、このプロジェクトは、主流企業からは独立した組織で、重量チームとして管理する必要がある。
この組織構造によって電気自動車プログラムが成功する保証はないが、少なくとも、破壊的イノベーションの原則に逆らうのではなく、調和する環境のなかで、チームが開発に取り組むことができるだろう。

第十章 イノベーションのジレンマ――まとめ―― p267

本書で報告した研究のなかで、特に喜ばしい結論は、如才なく管理し、懸命に働き、愚かな過ちをあまりおかさないようにすることが、イノベーターのジレンマに対する答ではなかった点である。
この発見がなぜ喜ばしいのかというと、筆者の知っている経営者は、このうえなく頭がよく、熱心に働き、過ちをおかすことの少ない人たちだからである。
破壊的技術が呈する問題に対して、これ以上すぐれた人材を探すしか答がないとしたら、このジレンマを解くことはできないだろう。

本書では、みごとな成功をおさめてきた企業の有能な経営陣が、ひたすら利益と成長を求めるうちに、最高の経営手法を使って、企業を失敗に導く場合があることを学んだ。
しかし、破壊的イノベーションに直面したときにうまく機能しないからといって、主流市場で企業を成功に導いてきた能力、組織構造、意思決定プロセスを捨てる必要はない。
企業が直面するイノベーションの大部分は、持続的な性質のものであり、これらの能力は、このような種類のイノベーションに取り組むために作られている。
そのような企業のマネージャーは、これらの能力、文化、慣行が、ある条件のもとでのみ有効であることを認識していればよい。

人生のなかでもとりわけ有益な洞察は、実に単純なものであることが多い。
あとになって考えると、本書の結論の多くも同じである。
最初は直感に反するように思われたが、理解するにしたがって、その洞察が単純でわかりやすいものであることがわかった。
ここでは、イノベーターのジレンマと戦うことになるかもしれない読者に役立つよう願って、それらの洞察をふりかえってみる。

第一に、市場が求める、あるいは市場が吸収できる進歩のペースは、技術によって供給される進歩のベースとは異なる場合がある。
つまり、現在は顧客に役に立つとは思えない製品、つまり破壊的技術が、明日にはニーズに応えられるかもしれない。
この可能性を認識するなら、顧客が現在必要としていないイノベーションについては、顧客を頼るべきではない。
顧客と緊密な関係を保つことは、持続的イノベーションに取り組むには重要な経営のパラダイムだが、破壊的イノベーションに取り組む際には、誤ったデータの源になりかねない。
現状を分析し、会社が直面しているのがどちらの状況なのかをあきらかにするには、軌跡グラフが有効である。

第二に、イノベーションのマネジメントには、資源配分プロセスが反映される。
必要な資金と人材を獲得した革新案には、成功の可能性がある。
公式に、あるいは事実上、低い優先順位しか与えられていない革新案は、資源不足に苦しみ、成功する可能性はほとんどない。
イノベーションを管理することが難しい理由の一つは、資源配分プロセスのマネジメントが複雑なことにある。
資源配分の決定をくだすのは企業経営者のように思われるかもしれないが、その決定の実行は、企業の主流バリュー・ネットワークのなかで知識と直感を身につけてきたスタッフの手に委ねられる。
かれらは、収益性を高めるために企業がなにをすべきかを知っている。
企業が成功しつづけるためには、社員はそのような知識と直感を磨いて行使しつづける必要がある。
しかし、収益面で魅力の大きい別のプログラムがなくなりでもしないかぎり、破壊的技術の追求に資源を集中させておくことは、きわめて難しいだろう。

第三に、あらゆるイノベーションの問題には、資源配分の問題と同様、市場と技術の組み合わせの問題もともなう。
成功している企業は、持続的技術を商品化し、顧客が求めるものを絶えず改良して提供する能力に長けている。
この能力は、持続的技術に取り組むには貴重だが、破壊的技術に取り組む際には、目的をはたすことができない。
成功している企業のほとんどがそうするように、また、ディスク・ドライブ、掘削機、電気自動車業界の例に見てきたように、企業が破壊的技術を、現在の主流顧客のニーズにむりやり合わせようとすると、ほぼまちがいなく失敗する。
過去の例からみて、成功する可能性の高い方法は、現在の破壊的技術の特性を評価する新しい市場を開拓することである。
破壊的技術は、技術的な挑戦ではなく、マーケティング上の挑戦ととらえる必要がある。

第四に、たいていの組織の能力は、経営者が考えるよりはるかに専門化されており、特定の状況にのみ対応できるものである。
これは、その能力がバリュー・ネットワークのなかで身についたものだからだ。
つまり、組織は、特定の新技術を特定の市場に持ち込む能力はある。
技術を別のやり方で市場に持ち込むことはできない。
組織には、ある次元の失敗には耐えられるが、別の種類の失敗には耐えられない。
粗利益率がある水準にあれば利益をあげられるが、別の水準になると利益をあげられない。
売上げや受注規模が一定の範囲にあれば生産によって利益をあげられるが、売上げや受注規模が変われば利益をあげられない。
通常、企業が対応できる製品開発サイクルの期間と生産に至るペースは、企業が属するバリュー・ネットワークのなかで培われたものである。

これらの組織や個人の能力は、過去に取り組んだ問題の種類によって決められ、磨かれるものであり、その性質は、その組織や個人が過去に競争してきたバリュー・ネットワークの性質によって形成されている。
破壊的技術によって生み出された新しい市場は、それぞれの次元で、まったく別の能力を必要とすることが多い。

第五に、破壊的技術に直面したとき、目標を定めて大規模な投資を行うために必要な情報は存在しないことが多い。
コストをかけず、すばやく柔軟に市場と製品に進出することによって、情報を生み出す必要がある。
破壊的技術の製品の特性や市場の用途について固執した考えを持つと、結局はまちがいとわかるリスクが大きい。
したがって、破壊的技術によって成功を求めるには、試行錯誤が必要である。
成功している企業は、持続的技術の失敗には寛容であるべきではなく、また、寛容にはなれないため、その一方で破壊的技術の失敗に寛容になることは難しい。

破壊的技術に関するアイデアが失敗する確率は高いが、破壊的技術の新しい市場を開拓する事業全体をみれば、さほどリスクの大きなものではない。
最初のアイデアにすべてを賭けず、試行錯誤し、学習と挑戦を繰り返す余裕を残しておくマネージャーは、破壊的イノベーションの商品化に必要な顧客、市場、技術に対する理解を深めることに成功する。

第六に、つねに先駆者になる、つねに追随者になるといった一面的な技術戦略をとるのは賢明なことではない。
企業は、破壊的技術と持続的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある。
破壊的イノベーションの場合、先駆者は圧倒的に有利であり、リーダーシップが重要である。
しかし、持続的技術はそうではない場合が多い。
漸進的な改良を繰り返すことにより、従来の技術の性能を高める戦略をとる企業も、業界に先駆けて大幅な技術躍進を進める戦略をとる企業も、成功の度合いはほぼ同じであることが実証されている。

第七に、本書でまとめた研究によれば、新規参入や市場の移動に対しては、経済学者が定義し、重視してきたような障壁とはまったく別の、強力な障壁がある。
経済学者は、新規参入や市場の移動に対する障壁と、それがどのように作用するかについて、さまざまな意見を述べてきた。
しかし、それらのなかでも典型的なのは、入手や複製の難しい資産や資源といった「物」を重視する意見である*。
小規模な新規参入企業が破壊的技術の新しい市場を開拓するときに得られる最も強力な保護は、実績ある大手企業にとってそれが意味のない活動だという事実だろう。
優秀なマネージャーの多い成功企業は、技術、ブランド名、生産能力、マネジメント経験、販売戦力、資力などに恵まれていながら、自社の収益獲得モデルに適合しないことに時間をかけるのは非常に難しい。
破壊的技術は、投資することが最も重要な時期にはほとんど意味を持たないため、実績ある企業の慣習的な経営知識が参入や市場移動の障壁になることはまちがいないと思ってよい。
この障壁は、それほど強力に浸透している。

*「物」とは、専有技術、効率生産のための最低規模が大きい巨額の製造プラントの所有権、主要市場における強力な流通網の先取権、重要な原材料やユニークな人材の支配権、強力なブランド名から得られる信用と評判、生産経験の蓄積や巨大なスケールメリットの存在といった障壁を意味する。

しかし、実績ある企業でも、この障壁を超えることは可能である。
持続的技術と破壊的技術の衝突によってイノベーターが直面するジレンマは、解決できる。
マネージャーはまず、これらの衝突がどのようなものかを理解する必要がある。
つぎに、各組織の市場での地位、経済構造、開発能力、価値が、それぞれの顧客の力と調和し、持続的イノベーションと破壊的イノベーションというまったく異なる仕事を顧客に邪魔されることなく、支援できる環境をつくる必要がある。
本書がそのために役立つことを願ってやまない。

訳者あとがき p272

数か月前、携帯電話を買い換えようと思うが、機種は何にしようと知り合いに話したら、それならインタネットに対応したものにしたらと勧められた。
電子メールもチェックできるし、ホームページも見られるという。
わたしは一笑した。
あの小さな画面でホームページを見て、どうしろというのだろう。
第一、どのホームページでも見られるわけではなく、携帯電話専用のページが用意されていなければ仕方がない。
せいぜい天気予報を見たり、航空券が買えるだけで、年に一回程度しか飛行機に乗らない人間にとってなんの価値があるだろう。

しかし、その後すぐに考えが変わり始めた。
ホームページを検索していると、携帯電話用のページに行き当たる頻度が急速に増してきた。
いまはまだ大して使い道がないにしても、さらに端末の機能が向上し、サービスが充実したらどうなるだろう。
さらに、携帯電話を小型のモバイル端末と比較すると、数分の一の値段で買えてしまうし、はるかに広いユーザー層を持っている。
そこで、ふとこの本で読んだことを思い出した。
いつか携帯電話がモバイル端末の市場を、そしてノート・パソコン、デスクトップパソコンの市場を侵食する日が来るだろうか。

パソコンは、本書の第八章に述べられている「性能の供給過剰」の段階に達しているように思える。
昨年の後半から、一〇万円を切る機種が徐々に増えつつある。
機能、信頼性、利便性の面である程度のニーズを満たし、競争の基準が価格へと移っているのだ。
このようなときには、破壊的技術が現れやすいという。
破壊的技術の特徴は、単純であること、価格が低いこと、信頼性が高いこと、便利であること。
さらに、主流市場の基準で見れば性能が劣ること(たとえば、画面が小さい)、当初は主流市場とはまったく別の市場で顧客を増やしていくことも特徴だ。
携帯電話はこれらの条件を満たしているように思えるが、果たしてどうなるだろうか。
あるいは、まったく別の破壊的技術がパソコン・メーカーにとって脅威となるかもしれない。
ゲーム機などの専用機に侵食されると言う人もいる。
しかし、容易に予測がつかないのも破壊的技術の特徴である。

そもそもインターネット自体が、広範囲にわたって市場の構造を塗りかえる破壊的技術ではないだろうか。
いまや時刻表も、ガイドブックも、レシピ集も、不動産広告もインターネットに侵食されている。
先日、玄関先に訪れた新聞販売員が「最近はインターネットに客を取られて」とぼやいていた。
まさかと思ったが、事実かもしれない。
メディアだけではなくあらゆる産業が、予測不可能な変化の波にさらされている。

解説 p274

この解説に目を通されている方には、おそらく二種類の方がおられることと思う。
まだ本文を読まれておらず、読もうかどうしようか決めるために解説を参考にしようとされている方と、本書を読み通され、目の前の霧が晴れたようなさわやかな知的興奮を私と共有されている方の二種類である。
そこで、主としてまだ本書を読まれていない方のために、本書のこと、著者のことについて少しご紹介しよう。

本書の原著作である『The Innovator's Dilemma』は、ハーバードビジネススクール出版より一九九七年に出版されるや、ファイナンシャルタイムズ/ブーズアレン・アンド・ハミルトン・グローバル・ビジネス・ブック賞の「ベスト・ビジネス・ブック一九九七」など二つの賞を受賞し、今もベストセラーを記録し続けている。
アマゾン・コムの一九九九年の年間ベストセラーにおいても、何と総合部門で三四位であったし、同書店(と呼んでいいのだろうか、少し前まで「地球最大の書店」を標榜していたが)の二〇〇〇年一月第一週のビジネス部門ベストセラーでも三位に位置している。
ビジネスウィーク誌一九九九年六月一四日号は、「本書はCEO(最高経営責任者)がインターネット時代のためにビジネスを再構築するための指南書となりつつある」と述べ、ニューヨークタイムズ紙一九九九年一一月三日号は、「本書はインターネット戦略で先駆けようとする経営者の必読書となった」と書いている。
フォーブス誌一九九八年一二月一四日号は、「多くの無価値なビジネス書の洪水の中にあって、本書は嬉しい驚きであった。
筆致は鋭く、その議論は将来を見通すのに十分なほど厳密である。
著者は、何故クリステンセンの命題はこうだ、“偉大な企業はすべてを正しく行うが故に失敗する”。
トップ企業が顧客の意見に熱心に耳を傾け、新技術に狂ったように投資したにもかかわらず、なお技術や市場構造の破壊的変化に直面した際に市場のリーダーシップを失ってしまったのかについての説明を与える。
責めを負うべきは、無能な経営者、官僚主義、技術力の低下あるいは世襲制などではない。
犯人は企業規模とその企業の最重要顧客である。
本書はあなたの目を見開かせるに違いない」と紹介している。

また、インテルのアンドリュー・グローブ会長は、「本書は、成功を収めている企業がいつか必ず直面する困難な問題について言及している。明晰で、示唆に富み、それでいて恐ろしい」と評している。

何故本書が米国においてこれほどまでに高く評価され、広く読まれているのであろうか?
それは、一言で言えば、本書が「自宅で読めるハーバードビジネススクールの精髄」であるからである。
本書の初稿を読み終えたとき、私の脳裏には米国東部ボストンにあるハーバードビジネススクールの教室がまざまざと蘇っていた。
長身のクリステンセン先生は階段状の教室の中央で、名指揮者のようにクラスの議論をリードし、温厚な中にも鋭い質問を浴びせる。
学生達は、その知力と職務経験の限りを尽くしてそれに応え、お互いの議論を研ぎ澄ましていく。

本書は、これまでであれば年間二〇〇万円以上の学費を払い、二年間の休暇を取るか仕事を辞めるかして、半年間の単位を取らなければ得られなかった、ハーバードビジネススクールの「イノベーションのマネジメント」の講義に関する知識を、自宅で居ながらにして得ることができるのである。
ハーバードビジネススクールの教授陣には、極めて高い学問的能力・成果と、それ以上に高い教育的能力が同時に求められる。
教授陣は論文を発表する前に互いにインフォーマルなセミナーで徹底的に議論し、少しでも曖昧な点は容赦なく追究される。
講義は毎回が真剣勝負で、十分な準備と厳密な論理がない講義は学生達から袋叩きに合う。
また、世界のトップマネジメントを育成するのが使命であるため、学問的に厳密であると同時に、現実のビジネスの世界において活用可能な、実践的な知識が求められる。

本書は、こうしたハーバードビジネススクールの特徴である「学問的厳密性と実践的応用性」を両立した希有な書物である。
しかも、本書の内容は、著者クリステンセン教授のこれまでの研究の集大成である。
本書に登場する多くの事例研究は、著名な学術誌に掲載された論文が基になっており、多くの有識者の査読審査をへて磨き抜かれている。
論文発表後も、インフォーマルセミナーで、あるいはクラスによるディスカッションで議論はさらに高められ、その有効性が検証されている。
本書が新刊書でありながらすでに古典の風格を備えているのは、こうした議論の風雪に耐えて厳選された学問的素材が一貫した理論体系の下にまとめられているからに他ならない。
本書を読みながら私は、「ああ、この部分はハーバードビジネスレビューのあの論文がベースになっているな」、あるいは、「おっ、この図は新しいな、これまでわかりにくかった議論が見事にまとめられ、わかりやすくなったな」などど、インサイダー的楽しみを味わうことができた。と同時に、本書の読者に羨望の念を持った。
なぜなら、本書登場以前であれば、ハーバードビジネスレビュー、リサーチ・ポリシー、ストラテジック・マネジメント・ジャーナル、ビジネス・ヒストリー・レビューなどといった学術誌の抜き刷りや、ハーバードビジネススクールのケースを入手し、難解な英語と格闘して理解した上で、それらのアイディアを自分の頭の中で整理・咀嚼してまとめあげなければ理解できなかった「破壊的技術(disruptive technology)」及び「持続的技術(sustaining technology)」という、全く新しいコンセプトが、本書においては豊富な事例を基に実にわかりやすくコンパクトに述べられているからである。

本書を手に取られた方の中には、企業で「どうしてうちの製品は高性能なのに価格競争にさらされてちっとも儲からないのだろう」と悩んでおられる方や、「新しい企業が我々の市場を新しい製品で脅かそうとしているが、どのように対処したらよいのだろう」と明日にも対策を立てなくてはいけない方、「うちの新製品は技術的には優れているのにどうして売り上げがちっとも伸びないのだろう」と困り果てている方、あるいは、「中央研究所で生まれたこの技術を市場に出すために、一番いい方法は何だろう」と思いを巡らせておられる方がおられるかもしれない。
本書はこうした方々に、問題解決のための思考のフレームワークを与えてくれる。

ここで注目していただきたいのは、本書はエンジニアリング業や製造業だけを対象としたものではない、という点である。
本書でいう「技術」とは、半導体製造技術やレーザー技術といった特許になりうるようなものだけでなく、組織が労働力、資本、原材料、情報を、価値の高い製品やサービスに変えるプロセス全てを意味する。
「イノベーション」とは、これらの技術の変化を意味する。
つまり、本書においてはこれらの用語を経済学で言う技術進捗率あるいは全要素生産性に対応する広い概念で使っているのである。
全ての企業には何らかの「技術」があり「イノベーション」があるのである。
したがって、本書は、企業に所属される方であれば、その企業が先端技術分野であるかどうか、製造業であるかサービス業であるかを問わず、また、その方の企業内での所属が研究所や技術企画部であるかマーケティング、経理などであるかを問わず、およそ製品やサービスを作り出し、顧客に販売されているあらゆる方が対象となる。

p279

著者のクレイトン・M・クリステンセン教授は、豊富な社会人経験を持っており、学問の世界に入ったのは比較的遅い。
この点、史上最年少で正教授となったマイケル・ポーター教授と対照的である。
この豊富な実務経験が、クリステンセン教授の問題意識を地に足のついたものにし、教授の理論を現実の問題に適用可能な実践的なものとするのに影響を与えていると思われる。

クリステンセン教授は、一九七五年にブリガムヤング大学の経済学部を最優等で卒業した後、一九七七年にオックスフォード大学で経済学の修士号を、一九七九年にハーバードビジネススクールでMBAを取得している。
その際、優秀な学生に与えられるベイカースコラーの称号を得ている。

その後、ボストンコンサルティンググループで企業の製品製造戦略を得意とするコンサルタントとして活躍し、管理職としてプロジェクトマネージャーを務めた(教授によれば、「だんだん現場から離れ、管理業務ばかり増えて仕事がおもしろくなくなっていった」そうである)。
その間一九八二年から八三年にかけてホワイトハウスフェローとしてエリザベス・ドール運輸長官などの補佐をしている。

一九八四年、MITの教授らとともにセラミックス・プロセス・システムズ・コーポレーションとい研究開発型ベンチャーを起業し、社長、会長を歴任した。
この会社は高性能セラミックや金属セラミックの複合材などのリーディング企業であった。
しかし、ここでも企業規模が大きくなり、会長となって現場から離れるに従って、クリステンセン氏は次のチャレンジを求めるようになる。

そこで彼は、かねてからの問題意識であった「優秀な企業が何故失敗するのか?」というテーマを研究するため、謝辞にもあるようにハーバードビジネススクール博士課程の門を叩くのである。
そこからの彼の経歴はすさまじい。
一九九二年、通常三年から五年かかる同課程をわずか二年で卒業してしまう。
しかも、その博士論文はインスティチュート・オブ・マネジメント・サイエンスからベスト・ディサテーション・アワード(最優秀学位論文賞)を受賞する。
彼はまた、一九九一年にはその年の技術経営に関するもっとも優れた論文に与えられるウイリアム・アバナシー賞をオペレーションズマネジメント学会から、一九九三年にはビジネス史の最優秀論文に与えられるニューコメン特別賞を、一九九五年にはハーバードビジネスレビューに掲載された論文の中でもっとも優れたものに与えられるマッキンゼー賞を受賞している。
これらの研究の集大成として一九九七年に満を持して出版された本書は、一九九七年に出版されたビジネス書の中でもっとも優れたものに与えられる「ファイナンシャルタイムズ/ブーズアレン・アンド・ハミルトン・グローバル・ビジネス・ブック賞」を受賞している。

このような燦然と輝く学問的業績を聞くと、読者はクリステンセン教授を学問一辺倒で家庭のことなどかえりみない人なのではないかとのイメージを持つかもしれない。
実際、通常の能力の人であれば、これだけの業績を上げ、かつハーバードビジネススクールでのうるさいMBAの学生達の教育をもこなすためには、一日三〇時間働き、一年が七〇〇日あっても全然足りないであろう。

しかし、実はクリステンセン教授は二一歳を筆頭に一九歳、一七歳、一一歳、そして七歳という五児の父で、かつ良き夫なのである!
逆算すると、MBAを取ったときにはすでに一児の父であり、会社を興したときには三児の父、博士課程に入ったときには四児の父で、卒業する頃には五人目が生まれていた計算になる!!
しかも、コミュニティー活動にも熱心で、選挙で選ばれてベルモント市の役員を八年間つとめたこともある。
一九七五年以来ボーイスカウト・オブ・アメリカに奉仕しており、要職を歴任している。
日曜日には教会通いを欠かさない敬虔な一面もある。

最後に、クリステンセン教授の人柄を顕わすエピソードをご紹介して、私のつたない解説を結びたい。
教授は、「イノベーションのマネジメント」の講義の最終日をこう締めくくったのである。
「私のボストンコンサルティング・グループ時代の友人は、大きなヨットを持っていて、土日となればクルージングに出かけている。
ところが彼は、やれ係留の費用が高いだの、メインテナンスを頼んでいたのにちゃんと終わっていないだのといつも不平ばかり言っていて少しも幸せそうでない。
一方、私は毎週日曜は欠かさず教会に行き、困っている人の相談に乗って、アドバイスをしたりしている。
毎週日曜日が取られるのは大変だが、自分が人や地域のために役立っていることから得られる満足感でいつも満たされている。
諸君もこれから社会に出て、ビジネスの場で活躍するのだろうが、本当の幸福はお金ではなく、家族やコミュニティーから得られるということを覚えておいてほしい」