「はじめの一歩を踏み出そう」を2025年08月22日に読んだ。
目次
- メモ
- 1 起業家の神話 p18
- 調和のとれない三つの人格 p27
- 起業家――変化を好む理想主義者 p31
- マネジャー――管理が得意な現実主義者 p33
- 職人――手に職をもった個人主義者 p34
- p47
- p72
- 事業の将来像を描く、起業家の視点とは p87
- 7 フランチャイズに学ぶ「事業のパッケージ化」という考え方 p94
- ハンバーガーショップで見た奇跡の光景 p95
- 世界で最も成功を収めたスモールビジネス p96
- 発想の転換 p97
- 「商品」の代わりに「事業」を売る p99
- 「期待を裏切らないこと」=「誠実さ」というモノサシ p101
- 8 「事業」の試作モデルをつくる p105
- 成功率が高い秘訣とは p105
- あなたの事業は、あなたの人生ではない p111
- 事業の試作モデルに必要な六つのルール p112
- 1 顧客、従業員、取引先、金融機関に対して、いつも期待以上の価値を提供する p113
- 2 必要最低限の能力でもうまく経営できる p114
- 3 秩序だてて組織が運営される p117
- 4 従業員の仕事内容はすべてマニュアルに記載されている p118
- 5 顧客に対して安定した商品・サービスが提供される p119
- 6 建物や設備、制服についてのルールが定められている p121
- 10 事業発展プログラムとは何か? p130
- ルール① イノベーション(革新) p130
- 実践1 声のかけ方を工夫してみる p132
- 実践2 服装を変えてみる p133
- 実践3 ジェスチャーを変えてみる p134
- ルール② 数値化 p135
- ルール③ マニュアル化 p138
- 11 事業発展プログラムの7つのステップ p143
- どのような事業を目指すべきか? p151
- 15 ステップ④ マネジメント戦略 システムが顧客を満足させる p175
- 管理システムとは何か? p176
- 事業とはゲームである p192
- ゲームのルール p192
- ゲームに意味を与える p195
- ゲームの進め方 p197
- 17 ステップ⑥ マーケティング戦略 顧客の言葉を学ぶ p203
- 理不尽な顧客 p203
- p210
- 18 ステップ⑦ システム戦略 モノ、行動、アイデア、情報を統合する p217
- 三種類のシステム p218
- ハードシステム p218
- ソフトシステム p220
- 販売システムとは何か p221
- 売り上げを伸ばす販売システムの実際 p222
- 1 アポイントメントをとる p223
- 2 顧客ニーズを分析する p224
- 3 解決方法を提案する p228
- 情報システム p230
- システムの統合 p232
メモ
1 起業家の神話 p18
高い理想をもち、地道な努力を重ねた起業家が、最後には成功を勝ち取る。
テレビや雑誌などを通じて、華やかな起業家のサクセスストーリーが紹介されるにしたがって、起業家のイメージはあまりにも美化されてしまったように思う。
このことを私はE-Myth、つまりEntrepreneur(起業家)のMyth(神話)と呼んでいる(訳注:E-Mythは本書の原題である)。
私は二十年にわたって、多数のスモールビジネスに対する経営コンサルティングの仕事を手がけてきた。
その間多くの経営者と出会ったが、本当に起業家と呼べるような人物はほんの一握りにすぎないというのが実感である。
おそらく起業をしたころの彼らは、すばらしいビジョンや情熱をもっていたのだと思う。
しかし、私と一緒に仕事をするころには、そんな起業家らしさはほとんど失われていたのである。
調和のとれない三つの人格 p27
奇妙に聞こえるかもしれないが、私は、事業を立ち上げようとする人はみんな三重人格者だと思っている。
「起業家」「マネジャー(管理者)」「職人」の三つの人格をもっていて、どの人格も主役になりたくてうずうずしている。
そのために一人の人間の内側で、人格同士が主導権争いを始めてしまうのである。
あなたの内側で勢力争いが起こる様子を、「太っちょ」と「痩せっぽち」の二人を例に見てみよう。
誰にもダイエットを決意した経験があるだろう。
土曜の昼下がり、あなたはテレビの前に寝そべって、サンドイッチを食べながらスポーツ番組を見ている。
選手が見せる抜群のテクニックやスタミナに感嘆の声を上げている。
しかし、手に汗握る試合を見ながら、あなたは二時間以上も寝そべったままの状態である。
そんなときに突然、誰かがあなたの中で目覚める。
「何をしているんだ?自分のおなかを見てみろ。おまえ太ってるぞ!みっともないぞ!何とかしたらどうだ!」
皆さんにもこんな経験はないだろうか?
自分の中で「誰か」が目覚め、今までの自分とは全く別の「あるべき自分」と「するべきこと」を主張しはじめる。
ここでは、「誰か」「痩せっぽち」と呼ぼう。
痩せっぽちとはいったい誰だろうか?
痩せっぽちには、自制・訓練・組織という言葉がよくあてはまる。
自分にも他人にも厳しく、細かいことに妙にこだわる、独裁者のような性格の持ち主だ。
じっとしていることができないので、常に動き回ろうとする。
彼にとって、生きることはすなわち行動することである。
当然ながら、痩せっぽちは太っちょが大嫌いだ。
こんな痩せっぽちが、突然あなたの人格の主導権を握ったのである。
これがきっかけとなり、すべてが変わりはじめる。
肥満の原因となるような食べ物は、すっかり冷蔵庫から捨てられ、新しいランニングシューズ、バーベル、トレーニングウェアが買いそろえられた。
そしてトレーニングの計画表もつくられた。
朝五時に起き、三マイル走り、六時には冷たいシャワーを浴びる。
朝食にはトーストとブラックコーヒーとグレープフルーツをとり、自転車で職場に向かう。
夜の七時には家に帰り、さらに二マイル走り、十時には床につく。
これまでの生活とは、なんという違いだろうか!
しかし、あなたはこれを見事にやってのけるのだ。
月曜の夜には二ポンド減った。
眠っているときでさえ、ボストンマラソンで優勝する夢を見ている。
もちろん、この調子でいけば、決して夢ではない。
火曜の夜に体重計に乗ってみれば、さらに一ポンド減っている。
すばらしい!
水曜日にはもっと頑張ってみる。
もう体重計に乗るのが待ちきれない!
さらに減量していることを期待して、体重計に乗ってみる。
しかし、何も変わっていない。
一オンスも変わっていないのだ。
がっかりしたあなたの心の中には、うっすらと怒りの気持ちがわいてくる。
「あれだけ運動したのに?あんなに汗をかいたのにどうして?割に合わないなあ……」とは言いながらも、「また頑張ればいいさ」と思い、こんな気持ちは無視することにした。
そして、木曜にはもっと頑張ろうと心に決めて眠りにつく。
しかし、このときすでに何かが変わってしまったのである。
木曜の朝、あなたはこの変化に気づく。
雨が降っていて、部屋が寒い。
何か違う感じがする。
何だろう?
しばらくの間は、それが何なのかがわからない。
時間がたつにつれ、やっとわかりはじめる。
「誰かが自分の中にいる。太っちょだ!ヤツが戻ってきたんだ!」
彼は走ることを望んでいない。
だからベッドから出ようともしない。
外は寒い。
「走れだって?冗談だろう?」
太っちょは、トレーニングの計画なんて何一つこなそうとしない。
興味があるのは食べることだけである。
マラソンは頭の中から消え、ダイエットの習慣もなくなった。
そしてトレーニングウェアとバーベル、ランニングシューズもどこかにいってしまった。
あなたの中に、太っちょが戻ってきたのだ!
これは誰もが、何度も経験していることだ。
私たちはいつのまにか、一人の人間には一つの人格しかないと思い込んでいないだろうか?
痩せっぽちがダイエットを決意したとき、あなたは「自分」がその決断を下したと思っている。
そして太っちょが目覚めてすべてを台なしにしたとき、それも「自分」が決断を下したと思っている。
しかしそれは間違いである。
決断を下したのは自分ではなく、「自分たち」なのだ。
痩せっぽちと太っちょの性格は正反対なので、二人をうまく両立させることはできない。
それどころか、主導権争いを始めるために、行動に一貫性がなくなってしまうのである。
同じようにして、スモールビジネスの経営者の内側では、「起業家」「マネジャー」「職人」という三つの人格の争いが起きている。
スモールビジネスをよく理解するためにも、それぞれの人格の違いを見てみよう。
起業家――変化を好む理想主義者 p31
起業家とは、ささいなことにも大きなチャンスを見つける才能をもった人である。
ときには理想主義者と呼ばれながらも、将来のビジョンをもち、周囲の人たちを巻き込みながら、変化を引き起こそうとする人物こそが起業家である。
また、起業家とは未来の世界に住む人でもある。
決して過去や現在にとらわれることはない。
起業家は「次に何が起きるだろうか?」「どうすれば実現できるだろうか?」といった問題を考えるときに幸福を感じる。
起業家は革新者であり、偉大な戦略家である。
そして新しい市場を創り出すための方法を発明する。
起業家を代表する人物としては、全米に小売店を展開したシアーズ・ロバック、自動車王と呼ばれたヘンリー・フォード、IBMのトム・ワトソン、マクドナルドのレイ・クロックをあげることができる。
起業家の人格とは、私たちの中の創造的な部分である。
未知の分野への取り組み、時代を先取りした行動、わずかな可能性への挑戦、こんな無理難題に対して、起業家の人格は最高の能力を発揮する。
しかし、起業家にも弱点はある。
新しいものに取り組むことは得意でも、きっちりと「管理」することが苦手なのだ。
起業家はいわば空想の世界に住む人なので、現実世界の出来事や対人関係は、誰かのサポートが必要になる。
さらに、起業家と普通の人では価値観が全く違うので、周りの人と一緒に仕事をすることも苦手である。
周りの人を置き去りにしたまま、いつのまにか自分の世界に入り込んでしまう。
しかし、一緒に仕事をしている以上は、はるか後方に取り残された人たちを自分のレベルまで引き上げなければならない。
こんな苦労を重ねるうちに、世の中にはチャンスがあふれているのに、周りの人は足を引っ張ってばかりだ、という起業家の世界観が出来上がってしまう。
起業家にとっての課題は、いかにして足を引っ張る人たちから逃れ、チャンスをものにできるかである。
起業家にとって、周りの人たちは夢を邪魔しようとする障害物なのである。
マネジャー――管理が得意な現実主義者 p33
マネジャーとは管理が得意な実務家である。
マネジャーがいなければ、計画さえ立てられずに、事業はたちまち大混乱に陥ってしまう。
マネジャーは人格の中のこんな一部分である。
ホームセンターでプラスチックの収納ボックスを買い込み、ガレージに散らばっているいろいろなサイズのボルト、ナット、ネジを引き出しの中に整然と保管する。
散らばった大工道具は、几帳面に元の場所に戻す。
芝刈り用の道具はこの棚、大工道具はこの棚という具合にである。
このようにしていったん配置が決まれば、必ず元通りの場所に納めるようにする。
起業家が未来に住む人であれば、マネジャーは過去に住む人である。
起業家が変化を好むのに対して、マネジャーは変化を嫌う。
目の前の出来事に対しても、起業家はチャンスを探そうとする一方で、マネジャーは問題点を探そうとする。
マネジャーは家を建てればその家に住み続けようとするが、起業家は家を建てるとすぐに次の家を建てる計画を始める。
マネジャーがいなければ事業も社会も成り立たないが、起業家がいなければ革新も起こらない。
当然のことながら、起業家の理想主義とマネジャーの現実主義との間には緊張が生まれる。
しかし、大きな成功を生むためには、この二つの人格を協力させることが必要なのである。
職人――手に職をもった個人主義者 p34
職人とは、自分で手を動かすことが大好きな人間である。
「きちんとやりたければ、人に任せず自分でやりなさい」これが職人の信条である。
職人にとって、仕事の目的は重要ではない。
手を動かして、モノをつくり、その結果として目的が達成されれば満足なのだ。
起業家が未来を生き、マネジャーが過去を生きているとすれば、職人は現在を生きる人である。
モノに触れて、つくりあげることが大好きで、決められた手順にしたがって仕事をしているときに、幸せを感じるのである。
職人にとっては、考えるという作業は生産的ではない(もちろん、目の前の仕事について考えることは大切だが)。
そのため職人は、難解な理論や抽象的な概念に対して懐疑的である。
考えることは役に立たないどころか、仕事の邪魔にすぎず、「どうすればいいか」さえわかればそれで十分なのである。
職人は、手に職をもった個人主義者と呼ぶことができる。
そして、スモールビジネスの経営者の中に職人タイプの人物が多いということも、この先で私が書くことへの重要な伏線になる。
職人の仕事はとても大切なのだが、他の人格は職人の邪魔をしてばかりだ。
起業家はいつも新しいだけで役に立たないアイデアを吹き込み、仕事の手をとめようとする。
本当なら、起業家が新しい仕事を考えて、職人がそれを実現させるという役割分担が成り立つはずなのだが、実際にはうまく機能していない。
また、職人にとっては、マネジャーもやっかいな存在である。
なぜならマネジャーは職人を管理し、仕事での個性を否定しようとするからである。
職人にとっての仕事とは、名人芸を発揮する場である。
しかし、マネジャーにとっての仕事とは、小さな結果を積み重ねたものであり、どれほどの名人芸が発揮されていようとも、それは部品にすぎない。
このようなマネジャーの態度に、プライドの高い職人は我慢ができないのである。
マネジャーから見れば、職人は管理すべき対象である。
職人から見れば、マネジャーはできれば関わりをもちたくない人物である。
たいていの場合、二人の意見は一致しないのだが、起業家がトラブルの原因であるということだけは、二人に共通の認識となっている。
私たちの誰もが、起業家とマネジャーと職人という三つの人格をあわせもっている。
そして三つのバランスがとれたときに、驚くような能力を発揮するのである。
起業家は新しい世界を切り開こうとし、マネジャーは事業の基礎を固めてくれる。
そして、職人は専門分野で力を発揮してくれる。
それぞれの人格が最高の働きをすることで、全体として最高の結果を出せるのである。
しかし残念なことに、私の経験から言えば、起業した人の中で三つの人格をバランスよく備えている人はほとんどいない。
それどころか、典型的なスモールビジネスの経営者は、一〇%が起業家タイプで、二〇%がマネジャータイプで、七〇%が職人タイプである。
起業家は高い目標を掲げる。
それを知ったマネジャーは、起業家の暴走を引きとめようとする。
このように二つの人格が争っている間に、いつのまにか職人が主導権を握っているのである。
しかし、これは起業家の目標を実現するためではない。
職人の目的は、他の二つの人格から仕事の主導権を奪うことなのだ。
職人にとって、自分が主導権を握っていることは理想である。
しかし事業全体から見れば、それは最悪の結果を招く。
なぜなら間違った人物が主導権を握っているからである。
職人は決して主導権をもつべきではないのだ!
p47
私の話を聞いて、サラはまた落ち込んでしまったようだ。
私はこれまでに多くの経営者と接する中で、こんな表情を何度となく見てきた。
大きな壁にぶつかったときに、手も足も出ないような感覚に陥ってしまうのは、職人タイプの経営者によく見られることだ。
けれども私には、サラは最後まで頑張り通すだろうという直感があった。
「私にはよくわからないわ。
どうして職人だとだめなの?
以前の私は仕事が大好きだった。
雑用に追われることさえなければ、今でも仕事が大好きなはずなのよ!」
「もちろんそうだろうね。
そこがポイントだよ。
職人タイプであること自体は、何も悪くはない。
でも自分で事業を始めてしまったことが、間違いの始まりだったんだ。
職人から経営者になった人は、物事を見るときに、高い視点から全体を見下ろそうとはせずに、低い視点から見上げようとしてしまう。
戦略的な視点というよりは、戦術的な視点をもっているといえばいいのかな?
やるべき仕事がわかっていて、その方法もわかっているから、すぐに仕事にとりかかろうとしてしまうんだ。
職人から見れば、事業はたくさんの仕事が組み合わされたものにすぎないから、一つずつ解決していこうとしてしまうんだろうね。
でも、現実はそう単純じゃないんだよ」
「職人タイプの人は、他の人が経営する会社で働くべきであって、決して自分で会社を立ち上げるべきじゃない。
なぜなら、きみも電話をとったり、パイを焼いたり、窓や床を掃除したり、とても忙しくしているけど、いちばん大切な戦略的な仕事、そして起業家的な仕事を置き去りにしていないかい?
そういう仕事こそが、きみの事業の将来を切り開いてくれるものなのに」
私はこうも付け加えた。
「いや、何も職人としての能力を発揮することが悪いと言っているんではないんだよ。
それは楽しい仕事だと思う。
でも、職人の人格が、他の人格を否定しようとするから問題になってしまう。
一日じゅう働いて職人の才能しか発揮されないときや、起業家とマネジャーの役割から逃げようとしたときに会社がおかしくなってしまうんだよ」
「たとえきみが、職人としてすばらしい素質をもっていたとしても、それだけでは成功することはできないんだ。
雑用に追われるばかりで、ストレスがたまって、仕事そのものが面白くなくなってしまう。
どれだけひどい気分になるかわかるだろう?
きみが職人という立場で経営するかぎりは、何度やっても同じ結果になってしまうだろうよ」
p72
私たちの多くは、信頼していた人に失望させられた経験をもっている。
しかし実際は、自分自身の能力不足や注意不足、理解不足が原因なのである。
深い失望を味わっても、一緒に仕事をするためには信頼するほかないので、また人を信用するようになる。
こうして同じ失敗を繰り返すことになるのである。
本当の信頼関係は「お互いをよく知ること」で築かれる。
注意するべきなのは、「知ること」と「盲目的に信頼すること」は別問題だということだ。
「知る」ためには、「理解」しなければならないし、「理解」するためには、相手の人柄や行動パターン、もっている知識や興味の範囲を知らなければならない。
結局のところ、サラはエリザベスのことをよく知らないままに信じていたのだ。
サラはただエリザベスを信じたいと思っていたのだろう。
なぜなら、彼女を信じてしまえば、面倒な仕事をせずにすんだからである。
面倒な仕事とは、エリザベスとの役割分担を話し合って決めることである。
つまり、サラは経営者の役割を果たし、エリザベスはその従業員となる。
そして、サラはエリザベスのために、いろいろな決まりごとをつくる。
サラはこの経営者の役割を面倒だと思っていたから、エリザベスを信じることで、すべて運に任せることにしてしまった。
彼女は経営者としての責任を放棄し、一人の従業員としてパイを焼く仕事に引きこもり、エリザベスとの話し合いを避けるようになった。
これが、エリザベスがやめる原因となったのである。
責められるべきは他の誰でもなく、自分自身だということをサラはよくわかっているようだった。
もう彼女を責める必要はない。
私が次にするべきことは、もう一度挑戦するときにはどうすればよいのかをサラに伝えることだった。
「次に挑戦するときには、自分の事業は成長する運命にあるということを知っておかないとね。
そうすれば、きみの仕事内容もずいぶんと変わるんじゃないかな?
これさえ知っていれば、今のところは十分だよ」
「ところで、会社が大きいとか小さいとかって言うけど、その基準は何なんだろう?
従業員の数が基準かな?
六十人いれば大きいのかな?
百五十人でも小さいのかな?」
「本当のことをいえば、数字の基準はあまり大切なことじゃないんだ。
むしろ大切なのは、きみの事業がどれくらいの大きさまで成長する潜在的な能力をもっているのか、ということなんだよ」
「なぜなら、きみが事業を立ち上げたときから、将来どんな成長の壁に直面するのかある程度予測できるものなんだ。
それは景気が悪いとか、資金が足りないという問題ではない。
経営者に知識や経験や熱意が足りないことが、成長の壁となってしまうんだ」
「こう考えれば『事業を縮小する』というのは、事業が成長するときに感じる痛みや不安への反動のようなものだと思わないかい?
経営者が十分な準備をして、バランスをとりながら事業を成長させていれば、それに伴う痛みも不安も十分に予想できるはずだからね」
「もちろん、最初から成長の壁を予想するには、起業家としての心構えだけでは十分じゃない。
新しい能力や知識、感情的な豊かさを身につけることで、きみ自身が変わろうとする意思が必要なんだよ」
「成長の途中にある青年期の事業が困難に直面したとき、どんな対応をするかによって経営者を二種類に分けることができる。
ヨーロッパの『ドン・ファン』伝説に出てくる戦士のように、本当に勇敢な経営者なら、困難は『鉛』を『金』に変える機会だと考えるんだ。
でも、反対にこれまで通りに居心地がよくて安全な自分の世界に逃げ戻ろうとする臆病な経営者もいる。
こういう経営者は、触れたことのない『金』よりも、自分の手元にある『鉛』のほうがよいものだって思い込もうとする。
後悔するぐらいなら、何もしないほうがいいって考えるんだろうね」
「『事業を縮小する』ことを選んだ会社は経営者が変化を受け入れようとしなかったということなんだよ。
成長に伴う変化に戸惑った経営者は、安心して経営できる『手ごろなサイズ』まで戻ろうとする。
そして彼は何かいいことが起こるのを期待しながら、働き続けることになるんだ」
「サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を読んだことはあるかい?
この話の中でエストラゴンという浮浪者は、ゴドーがやってきて、みじめな状況から助けてくれるのを何日も待っているんだ。
でも待ちくたびれて、妻のウラジーミルに向かって言う。
『このままじゃ、どうにもならないよ』それに対してウラジーミルはこう答えるんだ。『それはあなたが決めたことでしょ』ってね」
「どんな事業にも選択肢は成長するか、縮小するかの二つしかない。
せっかく事業が大きくなっても、いろいろな問題が起きてくると、職人タイプの経営者はそれを解決することあきらめて縮小させてしまう。
せっかくつくりあげた会社なのにね。
でも、これは自然反応なんだ。
そして『事業を縮小する』会社は、死を迎えることになる。
今すぐではなくても、いずれ消え去ることになってしまう。
これ以外に、どうにもならないんだ」
「最後に残るのは深い失望感と借金だけで、人生がみじめに思えてくるんだ。
こういう思いをするのは、経営者とその家族だけじゃない。
従業員とその家族も、お客さんも、取引先も、お金を貸していた銀行も、このスモールビジネスに関わっていた人すべてなんだ。
もし事業を立ち上げるときに違う方法を選んでいたなら、避けることができたんだよ。
職人タイプの経営者が起業したいという熱病にうなされていたときに、もっと視野を広げて、起業家的な方法で事業を立ち上げていたらね」
「これまでにきみの事業で起きたことは、すべてとはいわないまでも、大部分は予測できたと思うんだ。
パイが大好評で事業が成長すること、エリザベスと彼女が雇った従業員に起きたこと、事業が成長するにしたがって、きみにも高い能力が求められるようになり、責任も重くなるということや、投資するためのお金がもっと必要になることも予測できたはずなんだ」
「要するに、すべてとはいわないまでも、きみはもっと多くのことを知っておくべきだったんだ。
サラ、これが経営者の仕事だよ。
きみがこの仕事をやらなきゃ、ほかには誰もやってくれない。
つまり、経営者の仕事は、自分自身と自分の事業が成長するための準備をすることなんだ。
事業が大きくなれば、それを支えるためにもっと強い仕組みをつくることを勉強しなきゃならない。
とても責任が重いように聞こえるけれど、成功するにはこれ以外に方法がないんだ」
「具体的にいえば、いちばん効率的な仕事の進め方や、ライバルと差をつける方法や、会社としての目標も考えなきゃならない。
ほかにも、どれくらいのスピードで売り上げを伸ばすのかも考えなきゃならない。
こんな問題を考えるのは、きみしかいないんだよ。
とても難しく思えるかもしれないけど、一つずつ、自分に問いかけながら解決していけばいいんだ。
例えば、どれくらいの投資が必要なのか?
何人で、どんな仕事を、どのようにするのか?
どんな専門的な能力が必要になるのか?
雇った従業員が働くためには、どれくらいのスペースが必要なのか?」
「もしかしたら、ときどきは間違えるかもしれないし、気が変わるかもしれない。
たいていはそうなると思うよ。
でも、そういう可能性も考えて、いくつかのパターンに分けて計画をつくっておけばいい。
最高にうまくいった場合、最悪の場合のようにね」
「将来の構想を練るときに大切なのは、文章としてまとめることなんだ。
他の人にもわかるようにはっきりと書きとめていなければ、せっかくの事業計画も存在しないのと同じことになる。
とはいっても、これまでに私が接してきた何千人ものスモールビジネスの経営者の中で、ちゃんと文章にまとめられた事業計画をもっている人はほんの一握りだったけどね。
多くの人たちの事業計画は、紙にまとめられていないし、何も具体的に決まっていない状態だった」
「サラ、これは覚えておいたほうがいい。
どんな計画でも、ないよりはましなんだ。
きっちりと文章にまとめられた計画は、必ず実現するものなんだよ。
文章にまとめることで、きみの頭と心の中でもやもやとしていた計画に、具体性をもたせることができる。
こうやって計画が現実に変わっていくんだ。
これが成熟期に入った会社の象徴なんだよ」
「私からすれば、普通の会社は運任せに経営されているように見えるけど、成熟期に入った会社は長期的なビジョンをもっていて、それを中心に経営されている。
長期的なビジョンをもっていることこそが、起業家的な経営の方法なんだ。
会社がつくられたころから、この考え方で経営されてきたから、成長を続けることができるのさ」
「ちょっと先走りすぎてしまったね。
でも、大切なのは、これまでにきみがやってきた方法とは全然違うやり方があるということなんだ。
つまり、職人タイプの経営者の大半が選ぶのとは全く違う方法で事業を始めることができるんだよ」
事業の将来像を描く、起業家の視点とは p87
職人には見えないような遠い将来を、起業家はどうして見ることができるのだろうか?
起業家の視点についてもう少しくわしく見てみよう。
起業家は、特定の顧客層がもっているニーズを敏感に感じ取り、斬新な方法で満たそうとする。
起業家は、事業を商品だと見なしている。
つまり、自分の会社は競合商品と一緒の棚に並べられているので、隣の商品よりも顧客の目を引きつけなければならない。
起業家にとって大切なことは、その事業で何を提供するか(What)ではなく、どのようにして提供するか(How)である。
商品よりも、それを提供する方法が重要なのだ。
起業家がビジネスモデルをつくる際には、十分な調査を行い、ビジネスチャンスを探そうとする。
そして、そのチャンスが見つかれば、顧客が抱えている不満を解決するような方法を考える。
その方法は具体的なものでなければならないし、顧客の立場から考えなければならない。
「顧客は私の事業をどう思っているのだろうか?私の事業は競争相手と比べて、どれくらい差別化できているのだろうか?」という問題意識を起業家は常にもっている。
このようにして起業家の視点は、まず顧客像を明らかにするところからスタートする。
はっきりとした顧客像をもたないかぎりは、どんな事業でも成功しないのである。
反対に職人は、自分にできることを決めたうえで、その売り方を考える。
結果として、誰にどのようにして売るのかという問題は深く考えられないままになってしまう。
こんな事業は、顧客を満足させるためではなく、職人の自己満足のために存在するようなものである。
起業家にとっては、事業そのものが商品である。
職人にとっては、商品とは顧客に手渡すものである。
起業家にとっては、顧客は常にチャンスである。
なぜなら、顧客のニーズはたえず変化し続けることを知っているからである。
そのために起業家は、顧客が現在や将来に欲しがるものを探し続けなければならない。
職人にとっては、顧客は常に面倒な存在である。
なぜなら、職人がせっかく商品を提供しても、欲しがらないように見えるからである。
起業家にとっては、事業とは宝探しのようなもので、毎日が驚きの連続である。
しかし職人にとっては、やりたいことができない場所になってしまう。
そればかりか、自分の努力が褒められたり、仕事が評価されたりすることはめったにない。
職人から見れば、社会は自分がつくれないものばかりを欲しがっているように見えるのである。
ここまで読んだあなたは、「職人タイプの経営者にも、起業家の視点はもてないのか?」と思っていないだろうか?
残念なことに、その答えはノーである。
職人は顧客のニーズなどに興味をもたないだろうし、ほかにもやるべき仕事は多いのである。
しかし、違う方法もある。
それは、私たちの内側で十分に開発されてこなかった起業家の人格に「ある情報」を与えることである。
そうすることで、職人にも「手ごろなサイズ」を超えて成功する事業の将来像を描けるようになるのである。
そして「ある情報」こそが、あとで紹介する「事業発展プログラム」なのである。
これがきっかけとなり、私たちの中にある起業家の人格――私たちの革新的な一面――を刺激して、職人の人格という足かせから解放してくれるのだ。
そのために、すぐにでも私たちの中にある起業家の人格に刺激を与えなければならない。
職人の人格が目を覚ます前に、起業家の人格が事業を軌道に乗せてしまうのだ。
先の話になるが、もし起業家の人格が目覚めて、起業家の視点をもちはじめたら、マネジャーと職人にもそれぞれの役割が必要になる。
なぜなら、起業家が走りはじめれば、マネジャーは走り続けるための燃料があるかを確認しなければならないし、職人は大好きなボルトとナットを手に修理の仕事に走り回ることになるからだ。
要するに、成功する事業には、起業家とマネジャーと職人のそれぞれに持ち場があり、それぞれの強みが発揮できるような、バランスのとれたものなのだ。
そのようなビジネスモデルを見つけるために、ある画期的な出来事が参考になる。
私はこれを「事業のパッケージ化」と呼んでいる。
これを境にして、米国のスモールビジネスは、驚くような変化を遂げたのである。
7 フランチャイズに学ぶ「事業のパッケージ化」という考え方 p94
読者の皆さんにとって「事業のパッケージ化」とは、初めて聞く言葉かもしれない。
しかし、この考え方は、米国のスモールビジネスに大きな影響を与えてきた。
「事業のパッケージ化」をひとことで言えば、収益を生み出す事業を定型化して、パッケージにしてしまおう、ということだ。
このパッケージさえ上手に活用すれば、倒産寸前のスモールビジネスが息を吹き返すばかりでなく、成長さえ始めるようになる。
さらに都合のよいことに「事業のパッケージ化」は、会社の大きさに関係なく威力を発揮するという性質をもっている。
これは私の考えだが、このアイデアの生みの親はマクドナルドであり、マクドナルドがあれだけの成功を収めたのは、この戦略のおかげだと思っている。
ここでは、マクドナルドの育ての親であるレイ・クロックとサラを比べながら、「事業のパッケージ化」について考えてみよう。
ハンバーガーショップで見た奇跡の光景 p95
一九五二年、五十二歳の男がカリフォルニア州のあるハンバーガーショップを訪れた。
彼はミルクシェイクをつくる機械のセールスマンだった。
機械を売り込もうと足を踏み入れた店で、彼は奇跡のような光景を目にすることになる。
この店こそが、マクドナルド兄弟が経営するハンバーガーショップであり、五十二歳のセールスマンが後にマクドナルドの育ての親となったレイ・クロックだった。
それでは、彼の目に奇跡のように映った光景とはどんなものだったのだろうか?
マクドナルド兄弟の店では、とても効率的かつ品質のばらつきが少ない方法でハンバーガーがつくられていた。
レイ・クロックは仕事柄、ハンバーガー店に出入りすることが多かったが、彼でさえ見たことがないような方法で仕事が進められていた。
特に彼が感心したのは、誰でもハンバーガーがつくれるような仕組みが整っていることだった。
経営者が監督するもとで、アルバイトの高校生たちがてきぱきと働き、店の前で長蛇の列をつくる客にも行き届いた対応をしていた。
これほどスムーズに運営されているハンバーガーショップを見たのは初めてだった。
レイ・クロックはこう思った。
「マクドナルド兄弟がつくりあげたのはハンバーガーショップではない、お金を生み出す機械だ!」
レイ・クロックは、すぐにマクドナルド兄弟のもとを訪れ、独占的にフランチャイズを展開する権利を認めてほしい、と熱心に説得した。
そして、ようやく十二年後にその権利を手に入れ、世界最大のファーストフードチェーンを築き上げたのである。
世界で最も成功を収めたスモールビジネス p96
マクドナルドは自社のことを「世界で最も成功を収めたスモールビジネス」と呼んでいる。
創業から四十年もたたないうちに、マクドナルドは世界中に二万八千を超える店舗網をもち、年間四百億ドルを売り上げる巨大な事業へと成長した。
毎日、百二十カ国の四千三百万人に対して食事を提供し、全米のレストランの売上高の一〇%以上を占めている。
平均的な店舗の年商は二百万ドルで、他の小売業と比べても利益率は高く、税引き前の純利益は平均一七%である。
このような数字を見れば、マクドナルドの成功は明らかだろう。
しかしレイ・クロックの功績は、巨大なハンバーガーチェーンを築いただけではない。
事業をパッケージにするという発想は、他の起業家に対しても大きな影響を与えた。
多くの起業家がこの考えを取り入れ、さまざまな分野で事業を立ち上げたことで、フランチャイズビジネス全体が大きく成長したのである。
それでは、彼が導入した「事業のパッケージ化」という考え方について、もっと詳しく見てみよう。
発想の転換 p97
フランチャイズという制度は、百年以上も昔から存在していた。
有名な商品を一定のエリア内で取り扱う権利を売買するという仕組みは、広大な米国市場で流通コストを抑えながら販売するのにすぐれた方法で、コカ・コーラやゼネラル・モーターズなど多くの会社が採用していた。
しかしレイ・クロックは発想を転換し、フランチャイズの対象を商標に限定せず、事業を行うために必要な仕組み全体を販売したのである。
後で述べるが、この違いにこそ「事業のパッケージ化」の本当の意義があるのだ。
これがきっかけとなり、フランチャイズビジネス全体が急速な成長を遂げ、二〇〇〇年時点の売上高は年間一兆ドルにのぼり国内総生産の一〇%以上を占めるようになった。
そして八百万人の従業員とパートタイマーの雇用を生み出し、アルバイトをする高校生たちにとっての最大の雇い主となった。
レイ・クロック以前のフランチャイズも、レイ・クロック以降のフランチャイズも、一見すれば似たようなアイデアに思えるかもしれないが、根底にある考えは正反対といってもよいほど異なったものである。
事業を立ち上げる人の多くは、事業の成功は取り扱う商品の良し悪しにかかっていると考えがちだ。
そのため、レイ・クロック以前の時代には、キャデラックやメルセデスやコカ・コーラなどのブランドの価値が、フランチャイズ契約の価格を決めていた。
たしかに、このような考えが正しい時代もあった。
しかし時代は変わり、今やブランドが氾濫する時代となった。
ブランドが確固たる地位を築いて維持することは、とても難しくなってきている。
結果として、フランチャイズビジネス全体が成長する一方で、このような商標だけのフランチャイズ契約は減少している。
レイ・クロックは、「何を売るか」ではなく、「どのように売るか」に注目した。
つまり、売るための仕組みにこそ価値があると考えたのである。
マクドナルド兄弟の店でレイ・クロックが理解したことは、ハンバーガーが彼らの商品ではないということだった。
マクドナルドという店自体が彼らの商品だった。
つまり、事業の本当の商品とは事業そのものなのだ。
この発想の転換が「事業のパッケージ化」の原点になった。
「商品」の代わりに「事業」を売る p99
レイ・クロックは豊かな経験と大きな夢をもつ起業家だった。
しかし、十分な資金に恵まれていないということでは、他の起業家と同じだった。
そんな彼が夢を実現するために、フランチャイズビジネスは最適な方法だった。
なぜなら、彼はフランチャイジー(フランチャイズへの加盟店)をよき協力者として味方につけることができたからだ。
つまり、彼にとっていちばん大切な顧客とは、消費者ではなくフランチャイジーだった。
そして、彼は事業という商品をフランチャイジーに提供したのである。
お金を払ってでも事業を始めたいフランチャイジーにとって大切なことは、その事業が利益を生み出すのかということだった。
彼らが興味をもったのは、ハンバーガーでもフライドポテトでもミルクシェイクでもなく、事業そのものだったからである。
レイ・クロックにとって、ライバルは他のハンバーガーチェーンだけではなかった。
フランチャイジーが事業を始めようとするときに、候補に考えるのはハンバーガー店だけではない。
すべての事業が彼にとって競争相手となった。
その中で選ばれるためには、最高の収益性を実現しなければならない。
高い収益が期待できれば、フランチャイジーは、レイ・クロックのよきパートナーとなってくれるのである。
しかし、レイ・クロックが超えるべきハードルは、収益性の高さだけではなかった。
収益を確保すると同時に、事業が失敗するリスクを最小限に抑えることも必要である。
スモールビジネスの四〇%が立ち上げから一年以内の廃業を余儀なくされているという事実を考えれば、事業が失敗しないことも大切な要素になる。
このことに気づいたレイ・クロックは、誰が始めても失敗しないような事業モデルをつくることにも精力を注いだ。
努力の甲斐あって、彼は個人の能力に頼らなくても、収益を生み出すような店をつくりあげた。
言い換えれば、他の人に任せても店がうまく機能するということである。
彼がこの世を去ってからも、マクドナルドが成長を続けたという事実は、この試みが成功した何よりの裏づけになるだろう。
レイ・クロックは自分の仕事を、大量生産する前の商品モデルを開発するエンジニアのように考えていた。
彼が開発するマクドナルドという商品は、世界中のどこで、どんなフランチャイジーが手がけても利益を生み出すことが必要だった。
そのために、彼は業務改革という言葉が広まる前から、徹底的な業務改革を行ってきた。
マクドナルドという商品が大量生産に成功したのはこのような努力の積み重ねがあったからなのである。
以降、フランチャイズの対象は商品だけでなく、売るための仕組み全体へと変わっていった。
この現象こそが「事業のパッケージ化」なのである。
そして優れた事業のパッケージを開発した起業家が、次々と成功を収めることになる。
この本のテーマは、スモールビジネスを成功に導くことであって、フランチャイズビジネスを分析することではない。
またフランチャイズビジネスを勧めているわけでもない。
しかし、私はスモールビジネスを成功に導くヒントが、「事業のパッケージ化」の中に隠されていると考えている。
「期待を裏切らないこと」=「誠実さ」というモノサシ p101
私の話を聞いて、どうやらサラの心の中に何か変化が起きたようだった。
しかし、納得している様子でもなかった。
「あなたは成功した会社の例としてマクドナルドのことを話してくれたけど、私にはよくわからないわ。
マクドナルドって、本当によい会社なのかしら?
私のおばさんにその話をしても、きっと私と同じことを言うはずよ」
どうやら、マクドナルドの例を出したおかげで、なんとかサラの興味を引くことができたようだった。
私は続けた。
「今までにも、いろいろな人にマクドナルドの話をしてきたけど、ほとんどの人がファーストフードと聞いたとたん、味が悪いと文句を言いはじめるんだ。
きみのおばさんだったら、牛肉は体によくないって言うかもしれないし、ハンバーガーはもっと脂肪分を減らしたほうがいい、って言うかもしれない」
「でも、こう考えてほしいんだ。
どんな店であっても、お客さんは何かの期待をもって店に入る。
すぐに食べ物が出てくることを期待している場合もあるだろうし、友達と話し合うための静かな空間を期待している場合もあると思う。
でも、それが期待はずれに終わってしまうことが結構あるんじゃないかな?
期待を裏切られたお客さんは、がっかりして二度とその店に行こうとは思わない」
「同じように世界中のマクドナルドにも、毎日たくさんのお客さんがやってくる。
でも、そういう人たちの期待を、マクドナルドが裏切ったことはないんじゃないかな?
マクドナルドなら、必ず期待通りのサービスを受けることができる。
これは一つの店だけでも徹底するのが難しいことなのに、マクドナルドは世界中の店で徹底していると思わないかい?
『期待を裏切らないこと』、これを言い換えて『誠実さ』と言ってもいい。
事業の成功を測るモノサシが『誠実さ』だとすれば、マクドナルドこそが、最高のビジネスだと思うんだ」
どうやらサラは、マクドナルドと自分の店をどのように結び付けて考えてよいのか、戸惑っているようだった。
「マクドナルド兄弟の店に行くまでは、レイ・クロックもわれわれと同じ世界に住んでいる人間だった。
きみも痛感してきたと思うけど、ほとんどのことが思い通りにはいかない世界、とでも言えばいいのかな?
でも、彼はついに、すべてが思い通りに進むような世界をマクドナルド兄弟の店で見つけたんだよ。
それ以来、彼はマクドナルドにほれ込んでしまったんだ。
ちょうど、きみがおばさんから教わったパイづくりにほれ込んでしまったようにね」
「その後は、レイ・クロックもきみも、そっくり同じようなことをやったんだよ。
きみは最高においしいパイをつくろうと頑張ったし、レイ・クロックは最高に収益の上がる仕組みをつくろうとした。
違いといえば、パイをつくるのか、仕組みをつくるのか、それだけなんだ。
でもその違いが原因で、世界的なチェーンとこのお店との差ができてしまったんだよ」
サラは、どうやらお店の厳しい財務状況を思い出してしまったらしく、また暗い表情に戻っていた。
私は続けた。
「でも、がっかりすることはないさ。
彼にもフライドポテトのつくり方に熱中した時期もあった。
だから、彼がつくりあげた最高に収益の上がる仕組みをこれから勉強してみればいいんだよ」
8 「事業」の試作モデルをつくる p105
商品だけでなく、売るための仕組み全体を販売するフランチャイズが成功したことは、ビジネスの世界で大きなニュースとなった。
創業後一年以内に、普通の会社の四〇%が廃業しているのとは対照的に、フランチャイズの九五%が成功を収めた。
そして最初の五年間で普通の会社の八〇%が廃業しているのに対して、フランチャイズの七五%が成功を収めているのである!
成功率が高い秘訣とは p105
フランチャイズビジネスがこれほどまでに成功を収めた秘訣は、商品を販売する前に試作モデルをつくるように、事業にも試作モデルをつくるという考え方を取り入れたからである。
試作モデルをつくる中で、起業家のアイデアが練り上げられて、事業が成功する確率が高められるのである。
また試作モデルは、起業家のアイデアがどのくらい有効なのかを、机上の空論ではなく、現実世界でテストする場所でもある。
そして実際にうまく機能することが証明されれば完成である。
「顧客が望むものを提供しながら、どのようにして収益を確保するのか?」
このお決まりの質問に対する答えが試作モデルなのである。
マクドナルドではモデル店舗を使って、あらゆる問題への対処方法が検討された。
そして、個人の能力に依存しなくてもすべてがうまくいくような仕組みがつくられたのである。
・フライドポテトはべとつかないように、保温器に七分以上置かないこと。べとついているものは、マクドナルドのフライドポテトではない。
・ハンバーガーの湿度を適切に保つために、保温トレイで十分以上経過したものは廃棄す冷凍されたハンバーグを焼くときには、決められた時間にひっくり返すこと。
・ピクルスがお客さまの膝に落ちないように、決められたところに置くこと。
・食事は六十秒以内にお客さまに出すこと。
・清潔さを保つために、細部にまで注意を払うこと。
・ルールを守ること、作業内容を標準化すること、整理整頓をすることがマクドナルドのモットーである。
レイ・クロックは、価格が安いからといって、品質や顧客対応が悪くても許されるはずはないという信念をもっていた。
顧客が期待する通りの商品・サービスがいつも提供されるように、これほどまで注意を払ってきた会社はなかったのである。
また彼は、ハンバーガー大学と呼ばれる教育機関をつくり、フランチャイジーが最初からうまく経営できるようなサポートを行った。
ここでは、ハンバーガーをつくる方法ではなく、顧客を必ず満足させるシステムを運営する方法を教えている。
このような仕組みをつくったことが、マクドナルドが成功を収める基礎となったのである。
マクドナルドは自社を「世界で最も成功を収めたスモールビジネス」と呼んでいるのはもっともなことである。
ハンバーガー大学、ピクルスの乗せ方、ハンバーガー用のパンをあらかじめ温めておく方法などレイ・クロックが四十年前につくった決まりごとは、いまだにマクドナルドのシステムの中核として、すべての店で徹底されているのである。
一度システムを学んだら、もう事業を成功させるためのノウハウが詰め込まれたパッケージを手に入れたようなものである。
だから、私はこれを事業のパッケージ化と呼んでいのである。
フランチャイジーはこのシステムを使う権利を与えられ、使い方を勉強し、パッケージの封を開ける。
あとはパッケージに詰め込まれたノウハウを活用すればよいのである。
フランチャイジーにとって、これほど都合のよい話はない。
なぜなら、試作モデルが完全なものに仕上がっていれば、あらゆる問題はすでに解決済みとなっているはずだからだ。
フランチャイジーがするべきことは、このシステムを管理する方法を学ぶだけとなる。
あなたの事業は、あなたの人生ではない p111
この章で私の伝えたい最大のメッセージが「あなたの事業は、あなたの人生ではない」ということである。
このことさえ理解してくれれば、あなたの事業も人生もガラリと変わることになる。
本来なら、あなたの事業と人生は、全く別物なのである。
事業とは、それ自身が目的とルールをもっている独立した生き物のようなものであって、決してあなたの一部ではない。
そして生き物である以上は、生命力の強さ――顧客を見つけ出し、顧客との関係を維持する能力の強さ――によって、寿命が決まるのである。
あなたの人生の目的は、事業という生き物に奉仕することではない。
反対に、事業という生き物は、あなたの人生に奉仕するはずである。
つまり、自分のためにお金を生み出してくれたり、人生の目標のために役立ってくれたりするような事業をつくらなければならない。
それをつくるうえで、事業の試作モデルという考え方が役に立ってくるのである。
次のように考えてほしい。
あなたが今行っている事業――またはこれから始めようとす事業――こそが、あなたの試作モデルとなる。
そして、マクドナルドが全世界に展開しているように、それと全く同じものを全国五千カ所で展開してみたらどうだろうか?
言い換えれば、フランチャイズビジネスの真似をしてほしいのである(私は真似をするようにと言っているだけである。フランチャイズを始めるべきだとは言っていない。もちろん、それを始めたいのであれば、始めてもらっても構わないが)。
事業の試作モデルに必要な六つのルール p112
五千カ所で展開するために、事業の試作モデルでは、次のようなルールを守らなければならない。
1 顧客、従業員、取引先、金融機関に対して、いつも期待以上の価値を提供する。
2 必要最低限の能力でもうまく経営できる。
3 秩序だてて組織が運営される。
4 従業員の仕事内容はすべてマニュアルに記載されている。
5 顧客に対して安定した商品・サービスが提供される。
6 建物や設備、制服についてのルールが定められている。
それでは、それぞれのルールについて見てみよう。
1 顧客、従業員、取引先、金融機関に対して、いつも期待以上の価値を提供する p113
そもそも価値とは何だろうか?
価値とは個人によって違うものではないだろうか?
また、顧客、従業員、取引先、金融機関に対して、期待以上の価値を与えるにはどうしたらよいのだろうか?
起業家はこの疑問に答えなければならない。
なぜなら、周囲に対して価値を提供することが、あなたの事業の存在理由なのだ!
ある事業が成功を収めているなら、それは提供するべき価値とは何なのかをきっちりと理解しているからである。
価値とは、店のドアを出るときに顧客がつぶやく言葉かもしれない。
価値とは、顧客のもとに突然届けられるプレゼントかもしれない。
価値とは、仕事を覚えた新入社員に対しての褒め言葉かもしれない。
価値とは、適切な価格設定かもしれない。
価値とは、説明を聞きたがっている顧客に、熱心に説明しようとする店員の姿勢かもしれない。
価値とは、取引先の銀行員の誠実な態度に対する簡単な感謝の言葉かもしれない。
価値とは、事業にとっても、そしてあなたが事業から満足感を得るためにも、必要不可欠なものである。
2 必要最低限の能力でもうまく経営できる p114
そう、私は必要最低限の能力と書いた。
なぜなら、高い能力をもった人しか働けないのなら、五千カ所で同じような事業を展開しようとしても不可能だからである。
数少ない能力の高い人を雇おうとしても、人件費がかさみ、商品やサービスの値上げにつながってしまう。
必要最低限という言葉の意味は、割り当てられた仕事をこなすのに必要な最低限のレベルということである。
だから、法律事務所を経営しているのなら、弁護士を雇わなければならない。
病院を経営しているのなら、医師を雇わなければならない。
しかし彼らは必ずしも、優秀な弁護士や医師である必要はない。
普通の弁護士や医師が、最高の結果を出すような仕組みをつくればよいのである。
そこで、経営者は次の質問に答えなければならない。
どうすれば個人の能力に頼らなくても、顧客の期待を満たすことができるだろうか?
これは言い換えれば、どうすれば人ではなくシステムに依存した事業をつくることができるのか?ということである。
専門家依存型ではなくシステム依存型の事業である。
専門家を雇うことなく、どうすればシステムの中にその能力や経験を組み込むことができるのだろうか?
私は人が重要ではないと言うつもりはない。
それどころか、システムに生命を吹き込むのは人である。
システムの重要性を理解している人たち――あなたの従業員はみんなそうでなければならない――は、システムを改良することで、事業全体を改革するのである。
よくいわれることだが、偉大な事業とは、非凡な人々によってつくられたものではない。
平凡な人が非凡な結果を出すからこそ、偉大なのである。
しかし、平凡な人が非凡な結果を出すためには、本当に必要な能力と、実際の従業員の能力との間のギャップを埋めなければならない。
その役割を果たすのがシステムなのである。
ここでいうシステムとは、生産性を高めるために従業員が使う道具であり、それは競合相手と差別化するための道具でもある。
あなたの仕事は、このような道具をつくり、従業員に使い方を教えることである。
従業員の仕事は、道具を使って仕事を進めながら、さらに改善する方法を見つけることである。
たいていのスモールビジネスの経営者は、能力の高い従業員がお気に入りである。
なぜなら、そういう人には仕事を任せられるので、自分の仕事が楽になると思い込んでいるからである。
つまり、彼らは経営を委任しているのではなく、放棄しているのである。
こん会社の業績は、お気に入りの従業員の気分しだいで変わってしまう。
もし彼らの気分が乗っていれば仕事は進むが、そうでなければ仕事は進まない。
従業員のやる気を起こすには、彼らのご機嫌をとるしか方法はない。
非凡な従業員に依存した事業では、長期的に安定した結果を出し続けることは不可能になる。
非凡な事業のオーナーなら、こんな方法はとらないだろう。
彼らは非凡な従業員がいないことを前提にして、平凡な従業員がいつも非凡な結果を出せるようなシステムをつくろうとしている。
これは大会社でさえ悩んでいるような、とても難しい課題である。
しかし、あなたはまず最初に、この課題を解決するようなシステムをつくらなければならない。
これが事業を成功へと導く基礎になるのである。
3 秩序だてて組織が運営される p117
このルールの前提となっているのは、多数の人は秩序を求めているということだ。
アルビン・トフラーは、画期的な著書『第三の波』の中で、次のように書いている。
「現代社会を分析しようと試みる人々の多くは、そこに混沌を見出すだけである。
そのために分析の試みが無意味なものだと感じたり、無力感にさいなまれるようになる」
彼はこう続けている。
「人々は、人生に見通しを必要としている。
見通しのきかない人生は、行き先の決まらない難破船のようなものである。
見通しの不在は崩壊へとつながる。
見通しは、私たちが必要としている相対的な基準を示してくれるものなのだ」
この「相対的な基準」こそが、組織に秩序を与えるために必要なものである。
秩序ある組織では、経営者も従業員も何をするべきなのかを知っている。
秩序ある組織では、顧客に対しては「私たちのサービスを信頼してください」と、従業員に対しては「会社の将来は明るいものですよ」と言うことができる。
秩序ある組織では、全体がきっちりと整理されているのである。
4 従業員の仕事内容はすべてマニュアルに記載されている p118
私は、従業員は相対的な基準を必要としていると書いた。
「この場合はこうしなさい」という文書は、その基準となるものであり、最も効率よく、最も効果の高い仕事の進め方が書かれている。
新人もベテランもこのマニュアルに従うことになる。
ここでまたトフラーを引用しよう。
「……多くの人々にとって仕事というものは、給与をもらうこと以上に、心理的な重要性を持つものである。
時間と労力への対価を明確にすることで、仕事以外の生活も安定する」
ここでは、「明確に」がキーワードになる。
個別の業務について、仕事の目的、作業の手順、その結果を評価する方法が明確に書かれていなければならない。
マニュアルとは、これが積み重ねられたものなのである。
マニュアルなしには、事業の試作モデルを試作モデルと呼ぶことはできない。
5 顧客に対して安定した商品・サービスが提供される p119
秩序ある事業では、いつも安定したサービスが提供されなければならない。
私の最近の経験が、この重要さを理解するのによい例となるだろう。
ある床屋に行ったときのことだ。
その店は初めてだったが、理容師は最高のカットをしてくれた。
彼ははさみを使うのがうまく、バリカンなどを使わずにカットしてくれた。
また彼は、髪を切る前にシャンプーをしたほうが、カットしやすいことも説明してくれた。
おまけにカットの最中には、見習いの若者がコーヒーを持ってきてくれ、お代わりも頼めた。
私はこの店のサービスがとても気に入ったので、次回も来る約束をして店を出た。
しかし、次に行ったときにはすべてが違っていた。
カットのうちだいたい半分はバリカンを使っていた。
そして「シャンプーをしましょうか?」と聞くことさえなかった。
見習いの若者はコーヒーを持ってきたが、私が飲み干してもお代わりまでは持ってきてくれなかった。
しかし、カットの仕上がりは満足できるものだった。
数週間後、私は三回目の予約をした。
今度はシャンプーをしてくれたのだが、それはカットした後だった。
今度はバリカンを使わなかったが、最初の二回とは違ってコーヒーは出してもらえなかった。
最初は見習いの若者が休みなのかと思ったが、すぐに棚の整理に忙しそうにしている姿が目に入ってきた。
店を出た私は、もうあの店には行くまい、と決心をしていた。
それはカットのせいではない。
理容師はすばらしいカットをしてくれる。
理容師が嫌いなわけでもない。
彼は愛想もよくて、腕前も十分だ。
しかし、もっと大切なことがあるのだ。
それは、毎回のサービスに一貫性がなかったということである。
最初にカットをしてもらったときに、私の中でその店に対する期待が形成された。
しかし、続く二回の経験で、その期待は裏切られてしまったのである。
私が何を期待していたのかうまく説明できないが、ともかく同じようなサービスを経験したかったのだ。
理容師は絶えず――そして勝手に――私へのサービスを変えていた。
そして彼は、自分のサービスが、私の気持ちにどんな影響を与えるのかについて、考えている様子もなかった。
彼が店を経営しているのはお客のためではなく、自分のためだった。
それが理由で、私は彼の店に通うことをやめてしまったのである。
私はプロの理容師ならはさみでカットするべきだと思っているし、コーヒーを淹れてもらうのが好きだ。
髪を切る前にシャンプーをしてほしいと思っていて、それがうまくヘアカットを仕上げる秘訣だと信じている。
この床屋は、一度は私にとても心地よい経験を与えてくれたのに、それを取り上げてしまったのである。
お客がどんなニーズをもっていても、彼らには関係のないことなのである。
大学時代の心理学の授業で似たような話を聞いたことがある。
それは、ある子供が同じ行動をとっているにもかかわらず、怒られたり褒められたりする例であった。
こんな親をもった子供は悲惨である。
自分に何が期待されていて、どのように行動すればよいのかがわからなくなってしまう。
同じように顧客も戸惑いを感じているのである。
子供なら、親とともに暮らすしか選択肢はない。
しかし、顧客は他のどこにでも行くことができる。
そして、実際にどこかの店に行ってしまう。
商品・サービスの質が高いことも大切だが、それ以上にいつも同じ商品・サービスを提供し続けることのほうがずっと重要なのだ。
6 建物や設備、制服についてのルールが定められている p121
マーケティングの研究によれば、消費者は売り場で目に入ってくる商品の色や形に強い影響を受けることがわかっている。
どんな色や形に強く反応するかは消費者によってまちまちであるが、いずれにせよ、会社のロゴや店の内装の色は、あなたの事業の売り上げに大きな影響を与えている。
色彩研究所の創設者であるルイス・チェスキンは、著書『なぜ人々は買うのか』の中で、色や形のもつ力について述べている。
衣料品店における女性の購買行動の研究をしていたときのことである。
若い女性がブラウスを買いたいと思っていたとき、売り場には色違いのブラウスが何種類か並べられていた。
彼女は青いブラウスを手に取り、鏡の前で体に合わせてみた。
彼女は金髪なので青が似合うことを知っていた。
次に、赤いブラウスにも手を伸ばした。
彼女はその色が好きだったが、ちょっと派手すぎるかなと思った。
そのとき販売員は、今年は黄色が流行りですよとアドバイスをした。
一番似合う色を選ぶべきか、一番好きな色を選ぶべきか、今流行りの色を選ぶべきか、迷いに迷って結局灰色のブラウスを買うことにした。
数週間後、私は、灰色のブラウスが気に入っていないという報告を受けた。
彼女はそのブラウスを二回しか着なかったとのことだった。
実験に協力してくれた他の女性も、購入までにいろいろな迷いがあったという結果が得られた。
似合う色だから、流行色だから、好きな色だから、と理由はさまざまだが、自分の衝動や願望を満たすような色を選んでいた。
ブラウスを買うという行為ひとつをとっても、心理学的に複雑な問題を含んでいるのである。
このブラウスの話と同じで、あなたの事業にとっても、よい色もあれば、悪い色もあるのだ。
顧客の目に触れる部分の色はすべて、科学的に決定されなければならない。
このルールは、壁、床、天井、自動車から、納品書、従業員の服装、ディスプレイ、看板に至るまで徹底されるべきものである。
また、色と同様に、形にもよいものと悪いものがあって、名刺、看板、ロゴ、商品陳列などで重要な役割を果たすことになる。
チェスキンが行ったテストでは、円形のロゴが入った商品は三角形のロゴよりもよく売れ、紋章のロゴの入った商品は円形のロゴよりもよく売れたという。
それほど重要とは思えないロゴの選び方一つをとっても、売り上げが増えたり減ったりする。
今までに気にしたことがなかったかもしれないが、看板やロゴ、名刺の書体は、売り上げに大きな影響力をもっているのである。
だからこそ、事業の試作モデルをつくる段階では、慎重な検討が行われなければならない。
次に進む前に、今までのおさらいをしておこう。
他の人に任せてもうまくいくような事業をつくろう。
どこでも誰でも、同じ結果が出せるような事業の試作モデルをつくるところから始めよう。
事業とは、あなたとは別の独立した存在だ。
それはあなたの努力の成果であり、特定の顧客のニーズを満たす機会であり、あなたの人生をより豊かにする手段である。
事業とは、多くの部品から構成されたシステムであり、ライバルとは明確に差別化されたものであり、顧客の問題を解決するものである。
そして、次の質問を自分自身に問いかけてほしい。
・どうすれば他の人に任せても、事業が成長するだろうか?
・どうすれば自分が現場にいなくても、従業員は働いてくれるだろうか?
・どうすれば事業をシステム化できるだろうか?システム化された事業では、五千カ所に店を出すとしても、一カ所目と同じことを繰り返すだけで、スムーズに出店できるはずである。
・どうすれば自分の時間を確保しながら、事業を経営できるだろうか?
・どうすればやらなければならない仕事に追われることなく、やりたい仕事に時間をあてることができるだろうか?
この質問にすんなりと答えることができれば、あなたは事業のことで悩んだりはしていないだろう。
答えがわからないからこそ、悩みを抱えているのである。
しかし、今やあなたは「知らない」ということを知るようになった。
私は、これらの質問に対する答えを、「事業発展プログラム」と名づけて、10章以降で紹介している。
このプログラムは、過去に何千ものスモールビジネスで実践し、成功を収めたという裏づけがある。
これを実践すれば、あなたの人生を変えることができるのである!
サラは、一瞬考え込んだような様子で私を見て、それから言った。
「今聞いたことを、私なりの言葉で言わせてもらっていいかしら?」
彼女は椅子に座って腕組みをしたまま話しはじめた。
「あなたの言っていることは、私と事業があまりにも一体化されてしまっているということよね。
私に必要なのは、事業と私自身を分けて考えること。
まずその方法で考えてみて、次に実践してみることが必要なのよね。
これまでの私は、自分さえ頑張れば、事業もうまくいくと信じて働いてきたの」
「私がストレスから解放されて、本当の経営者の仕事に専念するためには、事業と自分自身を切り離して考えるべきなのね。
これまでとは全然違う方法で、事業のことを考えなきゃならない。
今まではおいしいパイをつくる方法ばかりを考えていたんだけど、これからは利益が上がるお店をつくる方法も考えなきゃね。
これがお店や事業全体を商品として考えるってことなのね。
でも、お店や事業を商品として考えた場合に、お客さんだけでなく、従業員にとっても魅力的なものにするにはどうすればいいのかしら?」
「こういう質問を考えるようになったんだから、今までとは全く違う方法で事業に取り組んでいる証拠よね!」
サラはここで、最後の言葉をかみしめるかのように、一呼吸置いた。
「ねえ、正直いえば、ついさっきまで、お店や事業の仕組みなんて考えたことがなかったのよ。
パイを焼いてさえいれば、他のことを考える必要なんてないと思っていたの。
でも今は新しいチャンスに出会ったみたいで、わくわくしているわ」
サラは椅子にもたれかかった姿勢で続けた。
「あなたの言う『事業の試作モデル』という考え方は、言い換えてみれば『商品として事業を考える』ということでしょ?
事業は私から切り離されていて、私がいなくても利益を生み出すようになっている。
だから、商品のように事業を売ることができるのよね?
商品として魅力的であるためには、いつもお客さんのニーズに応えていて、リピーターを増やさなければならないわ。
他の人がお店を経営しても確実に利益が出るところまで、『オール・アバウト・パイ』を企画・設計してつくりあげていく、これが私の仕事なのね」
「たしかにあなたの考えには、目からうろこが落ちるような気がするわ。
これまででいちばんやりがいがあって、面白そうな考え方ね!
もうお店はあるんだから、あとはそれを経営する方法を勉強すればいいのだと考えれば、私はラッキーなのかもね」
私は言った。
「サラ、全くその通りだよ。
じゃあ、いよいよ『事業発展プログラム』の話をしようか。
これさえ頭に入れておけば、思っているよりもずっと楽にこれからの仕事を進められると思うよ」
10 事業発展プログラムとは何か? p130
事業発展プログラムとは、事業の試作モデルを完成させるための考え方をまとめたものである。
これは、11章以降で紹介する七つのステップから構成されているが、その基本には「イノベーション(革新)」「数値化」「マニュアル化」という三つのルールがある。
ここではまず、そのルールから紹介しよう。
ルール① イノベーション(革新) p130
「イノベーション」と「創造」を混同する人が多い。
しかし、ハーバード大学のセオドア・レビット教授が指摘しているように、両者の差は、実行するかどうかにある。
彼は「創造とは新しいものを考え出すことである。イノベーションとは新しいものを実行することである」と言っている。
イノベーションの対象を、商品ではなく、その売り方であると考えたレイ・クロックの試みは、代表的な成功事例といえよう。
マクドナルドに加盟した店にとって、運営ノウハウのひとつひとつが、他の店と差別化し、顧客をつなぎとめる武器となるのだ。
安心してほしいのだが、運営のノウハウといってもさほど難しいものではない。
ほんの少しのアイデアで、大きな効果を上げるノウハウも存在するのである。
例えば、小売店の販売員と顧客との会話を考えてみよう。
たいていの店では、いつもお決まりの言葉をかけている。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
そう聞かれれば、顧客の返事も決まりきったものになる。
「いや、見ているだけだよ。ありがとう」
どうして販売員は、いつも同じ答えが返ってくることを知りながら、顧客に声をかけるのだろうか?
顧客が商品を選ぶ様子を見ているだけなら、販売員が売り場にいる意味はほとんどない。
実は声のかけ方一つで売り上げを増やすチャンスがあるのに、大半の販売員はそれに気づいていないのである。
実践1 声のかけ方を工夫してみる p132
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」と声をかける代わりに、「いらっしゃいませ。以前にご来店いただいたことはありますか?」と聞いてみよう。
「はい」「いいえ」のいずれかの返事がくるが、どちらの場合でも、このまま話を続けるチャンスを手に入れたことになる。
答えが「はい」なら、「それはよかった。私どもは以前ご来店いただいた方に特別のプログラムをご用意しております。少々お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」と言うことができる。
答えが「いいえ」であっても、「それはよかった。私どもは初めてご来店いただいた方に特別のプログラムをご用意しております。少々お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」と言えばよい。
もちろん、どちらの場合にも、新たに特別プログラムを準備しなければならないが、さほど面倒なことではない。
考えてみてほしい。
ちょっと言葉を変えるだけで、あなたのポケットにお金が入ることが保証されるのである。
どれくらい収入が増えるかって?
業種や取り組み方にもよるが、私の顧問先の会社では、たちまち売り上げが一〇~一六%も伸びたのである!
言葉をちょっと変えるだけで、すぐに売り上げに効果が表れるのである。
くどいかもしれないが、その伸びはわずかではなく、「かなり」のものである。
これまで通りの方法で、一〇%も売り上げを伸ばそうとすれば、どれほどの努力が必要となるだろうか?
実践2 服装を変えてみる p133
次も販売員のための実験である。
期間は六週間としてみよう。
最初の三週間は、茶色のスーツと糊のきいた薄茶色のシャツを着て、男性なら茶色のネクタイを締めて、よく磨かれた茶色の靴を履いて売り場に立つ。
スーツは、きちんとプレスされてなければならない。
次の三週間は、紺のスーツと糊のきいた上質の白いシャツを着て、赤色が一部に配されたネクタイを締めて(女性の場合はブローチやスカーフに赤い色を含める)、よく磨かれた黒い靴を履いて売り場に立つ。
この結果も驚くべきもので、後半三週間に売り上げが伸びるのである!
紺色のスーツは茶色のスーツよりも販売効果が高いのである!
私は顧問先の会社で、何度も同じ効果が上がることを確認してきた。
マクドナルドやフェデラルエクスプレスやディズニーに代表される優良企業が、多くの時間とお金をかけて、制服を決めているのにはそれなりの根拠があって、十分な投資対効果が得られるのである。
実践3 ジェスチャーを変えてみる p134
今度、誰かに頼みごとをするときには、声をかけながら軽く腕に触れてみてほしい。
タッチしないときと比べて、タッチしたときのほうが明らかに多くの人が肯定的な返事をしてくれる。
これを仕事に応用するには、セールスの話をしている間に、あえてお客の肘や腕や背中にタッチしてみよう。
たったこれだけで、あなたの会社の売り上げも、私の顧問先と同様に、相当な伸びを示すことは請け合いである。
成功を収めている企業は、常に革新的な試みを行ってきた。
イノベーションとは「顧客が望むものを手に入れるために、何が邪魔になっているのだろうか?」と問いかけることである。
イノベーションで高い効果を上げるためには、常に顧客の視点をもつことが必要になる。
同時に、事業の本質ぎりぎりのところまで、無駄を省くこともイノベーションである。
これによって仕事の効率を高めることができるのである。
またイノベーションとは、顧客への認知度を高め、顧客の心の中に一定の地位を占めるための仕組みでもある。
そのためには、顧客が無意識に期待していることやニーズを科学的な方法で分析しなければならない。
私は、イノベーションとは最善の方法を探し求めることだと考えている。
あなたの会社でも、「どうすれば、最適な方法でこの仕事ができるだろうか?」という議論が何度となく行われてきたことだと思う。
実際のところ、最適な方法を見つけることは難しいが、議論を重ねることで、よりよい方法は見つかるし、あなた自身と従業員を成長させることができるのである。
ルール② 数値化 p135
イノベーションは企業にとって、必要不可欠なものである。
しかしそれだけで成果を上げることはできない。
成果を上げるためには、イノベーションがどれほどの効果を上げるのかを、数値として把握することが必要である。
私も、イノベーションを行ったときの効果については、必ず数値化して話すように心がけている。
例えば、スモールビジネスの経営者に向かって、「昨日は何度、販売するチャンスがありましたか?」と聞いてみてほしい。
九九%はその答えを知らない、と断言してもよい。
大半の企業で、経営に必要なデータが数値として把握されていないために、目に見えない大きな損失が発生しているのである。
例えば、来店客への声のかけ方を少し変えることで売り上げが一六%増加したことを示すには、次の数値を知らなければならない。
①言葉を変える前の来店客数
②言葉を変える前の購買客数と商品単価
③言葉を変えてからの来店客数
④言葉を変えてからの購買客数と商品単価
これらの数値をすべて把握することによって、あなたのイノベーションがどれほどの価値を生み出したのかを把握することができる。
数値化を行わずして、紺色のスーツに変えたことによる売り上げ増の効果をどうして測ることができるだろうか?
そんなことはできるわけがないのである。
しかし、ほとんどのスモールビジネスの経営者は、数値化することの重要性を知っていながらも、実践していない。
彼らが数値化を行わないのは、小さなイノベーションを積み重ねることの重要性を認識していないからだろう。
とはいっても、紺のスーツに変えるといった簡単なことで売り上げが一〇%伸びることを知れば、無視できなくなるはずだ。
事業発展プログラムで、最初に行わなければならない仕事は、「数値化」である。
事業に関連する「すべて」の数字を知らなければならない。
毎日、何人の顧客に会うだろうか?午前中は?午後は?
毎日、何人の顧客から問い合わせを受けるだろうか?何人が価格を聞き、何人が購入の意向をもっているのだろうか?
毎日、製品Aは何個売れるだろうか?一日のうち、何時ごろがいちばん売れるのだろうか?
何曜日がいちばん忙しいのだろうか?どれくらい忙しいのだろうか?
などなど。
数字に関しては、いくら質問してもしすぎることはない。
こんな質問を繰り返すようになれば、あなたの会社でも、数字を通して事業を見る習慣が定着してきた証拠だ。
また、数字の変化を追うことで、会社の健康状態がわかるようになり、経営に大きな影響を与える数値とそうでない数値があることもわかるようになるだろう。
数字がなければ、会社が伸びているのか、停滞しているのかさえわからないばかりか、今どこにいるのかさえ、わからないのである。
数値化を進めることで、事業の見方が変わることは請け合いである。
ルール③ マニュアル化 p138
イノベーションを起こすことに成功し、事業へのインパクトを数値化できたのなら、次は「マニュアル化」を行うことになる。
マニュアル化とは、現場レベルでの裁量の自由を否定するものである。
マニュアル化をしないかぎり、商品やサービスの質は安定しないので、売り上げも安定しない。
セオドア・レビットは名著『発展のマーケティング』の中で、「自由裁量は秩序、標準化、品質の敵だ」とさえ書いている。
マニュアル化の信奉者になると、「紺のスーツが効果的なら、顧客の前では、いつも紺のスーツを着ていよう」と主張しはじめる。
また、「いらっしゃいませ。ご来店は初めてでいらっしゃいますか?」という挨拶が効果的なら、これを毎日繰り返すことになる。
フレッド・スミス(フェデラルエクスプレス創業者)や、トム・ワトソン、レイ・クロックやウォルト・ディズニーのように、一貫した商品やサービスを提供することに心血を注いだ人たちは、マニュアル化の信奉者だったといっても間違いではない。
なぜなら、フランチャイズの形式をとっているかどうかは別として、優れたビジネスモデルをもっている企業は、マニュアル化しないかぎり、事業自体を商品にはできないし、事業の成功もおぼつかないことを知っているからである。
マニュアル化を進めることにより、顧客の期待が常に満たされるようになれば、もう他の店や企業に行こうとはしなくなる。
言い換えれば、マニュアル化はあなたの事業から顧客を離さないための接着剤のようなものなのである。
ただし、接着剤にも寿命はあって、同じ商品・サービスを提供しても、いずれ顧客のニーズを満たせなくなるときはやってくる。
そうなれば、別の商品・サービスをもう一度マニュアル化して提供すればよいのである。
事業発展プログラムは、常に進化を続けるものである。
「イノベーション→数値化→マニュアル化」のサイクルは、休むことなく続けられなければならない。
進化を続けることにより、環境の変化に先手を打つことができるのである。
サラは私の話に興味をもってくれた様子だった。
「マニュアル化という考え方を理解するために、もう少し教えてもらってもいいかしら?
『マニュアル化』って聞くと、機械的で人間味が感じられないの。
店にはロボットみたいな従業員がいっぱいいて、規則正しく働いている様子を想像してしまうわ。
でも、あなたが言いたいのはそんなことじゃないわよね?」
「サラ、マニュアル化をしなさいというだけなら、僕もその意見に賛成だよ。
お店やオフィスはつまらない場所になってしまうだろうね。
目標もなくて、ただ定型的な仕事ばかりをこなしていれば、そう感じるだろうさ」
「でも、事業発展プログラムでは、イノベーション→数値化→マニュアル化という流れをセットで考えるべきなんだ。
マニュアル化という一つのプロセスだけを取り出して議論することはできない。
これがどういうことか、例を出して話してみようか」
「きみのおばさんが、パイを焼いていたときの様子を思い出してくれるかな?
おばさんの笑顔、生地をこねる手つき、パイが焼き上がったときの香ばしいかおり、ちょっとした料理のコツ。
マニュアル化とは正反対のことばかりを思い出すかもしれない」
「そうね。
私にとっておばさんの台所は特別な場所だったわ。
パイをつくるときのおばさんの才能には、驚かされっぱなしだったもの」
「そのときに、おばさんはきみにフルーツの切り方とか、保存の仕方とか、パイを焼くための段取りのいい方法とかを教えてくれたんじゃないかな?
おばさんはマニュアル化とは呼ばなかったけど、いちばんいい方法を知っていて、そのルールをいつも守っていたはずなんだ。
でも、おばさんはそれだけじゃなかった。
とても賢い人だったから、もっといいパイの焼き方を考えたり、新しいレシピをつくっていた。
その途中では最高のパイをつくるための卵や小麦粉の分量やオーブンの火かげんを書きまとめていたはずだよね。
これが『イノベーション』であり、『数値化』なんだ」
「事業でも同じことなんだ。
お客さんの期待にいつも応えるためには『マニュアル化』が必要だし、従業員に働きがいを与えるためには『イノベーション』や『数値化』が必要になる。
もちろん、新しいことを始めることでお客さんに新鮮な驚きを味わってもらうこともできるしね」
「三つのプロセスがそろうことで、働くことが、単にお金を稼ぐためのつらい仕事から、自分を高めるチャンスへと変わるんだ。
成功している会社では、このプロセスがずっと続けられているんだよ」
少々熱っぽく話しすぎたことに気づいたが私は続けた。
「人生論っぽくなってしまうけど、事業でも、人生でも、成功するためには、より高い世界を目指して変わり続けなきゃならないということでは同じなんだよ。
そのときに必要なプロセスが、イノベーション、数値化、マニュアル化というわけさ。
今までのところで、何か質問はあるかい?」
「どうやら『事業発展プログラム』がとても役立ちそうなことはわかってきたわ。
いろいろ聞きたいことはあるけど、私のお店にどう生かせるのかをもう少し具体的に話してもらえないかしら?」
私は紅茶を一口すすり、続けた。
11 事業発展プログラムの7つのステップ p143
読者の皆さんには、もう何をするべきかがおわかりだろう。
誰がどこで経営しても成功するような事業の試作モデルをつくりはじめればよいのである。
そうすれば、あなたの商品ではなく、お店や事業そのものを買いたいという人たちがどんどんやってくるようになる。
彼らは、いつも期待通りの商品やサービスが提供され、常にイノベーションが行われている様子を見て驚くにちがいない。
成功する理由を自慢げに説明する自分の姿を想像するのも、悪い気はしないだろう。
試作モデルをつくることに成功すれば、あなたの事業はとても魅力的なものになっているはずなのだ。
事業の完成度をここまで高めるものが、「事業発展プログラム」である。
プログラムは七つのステップから構成される。
ステップ① 事業の究極の目標を設定する
ステップ② 戦略的目標を設定する
ステップ③ 組織戦略を考える
ステップ④ マネジメント戦略を考える
ステップ⑤ 人材戦略を考える
ステップ⑥ マーケティング戦略を考える
ステップ⑦ システム戦略を考える
どのような事業を目指すべきか? p151
誰かに、どんな仕事をしていますか?と聞けば、たいていの場合は「コンピューターの仕事をしている」とか「システムキッチンを売っている」という答えが返ってくる。
取り扱う商品を答える人がほとんどで、商品がもたらす「価値」について答える人はいない。
いったい「価値」とは何だろうか?
商品とは、顧客が店を出るときに、実際に手にもっているものである。
価値とは、顧客が店を出るときに、感じるものである。
顧客が何かを感じるとすれば、商品に対してではなく、お店や事業全体に対してである。
事業を成功させるためには、この違いを理解しなければならない。
レブロンの創業者であるチャールズ・レヴソンは、かつて自分の会社のことを次のように語った。
「レブロンの工場では化粧品をつくっているが、店舗で売っているものは希望である」
レブロンでは、化粧品という商品を通して、希望という価値を提供しているのである。
あなたの店や事業が提供する「価値」とは何だろうか?
顧客が店を出るときに、どんな感情をもっているだろうか?
喜びだろうか?
安心感だろうか?
愛情だろうか?
客があなたの店で買うものとは、本当のところ何だろうか?
商品も価値観も多様化した現代では、顧客の感情を理解することは困難になった。
しかし、顧客の年齢や職業などの属性、心理分析を行うことで、顧客の琴線に触れる「価値」を提供するのがあなたの仕事なのである。
15 ステップ④ マネジメント戦略 システムが顧客を満足させる p175
巧みにマネジメント(経営管理)を行うためには、有能なマネジャー――対人折衝力に優れ、経営学の修士号をもち、部下を育てるノウハウをもっている人間――が必要だと考えるのが常識かもしれない。
しかし、それは間違いである。
そんな人たちは必要ないし、支払う給料も高くついてしまう。
不要に優秀な人間を雇っても、あなたの悩みが増えるだけである。
代わりに必要なのは、管理システムである。
管理システムは、あなたにとっての戦略である。
管理システムは、事業の試作モデルを完成させるためのカギとなる。
管理システムは、従業員にあなたの期待通りの仕事をさせるための仕組みである。
管理システムは、従業員が無駄なことを考える時間を減らし、本当に必要な仕事に打ち込ませるものである。
管理システムとは何か? p176
管理システムとは、マーケティングの効果を高めるために、事業の試作モデルに組み込まれたシステムのことである。
私がここで紹介する管理システムは、一般にいわれているマネジメントの仕組みではない。
むしろマーケティングの仕組みだと考えている。
他社よりも多くの顧客、つまり収益を見つけ出し、囲い込むことが重要で、管理によって「効率」のよさを追求するよりも、マーケティングによって売り上げを増やす「効果」を重視しなければならない。
そして、システムが人手を介さずに自動的に機能するほど、事業の試作モデルが成功する確率は高まるのである。
事業とはゲームである p192
事業とはゲームのようなものである。
従業員は毎日の仕事の中で、挑戦を重ね、自分を高めることができる。
経営者の仕事は、ゲームのルールをつくることである。
よく考えてルールがつくられているほど、ゲームは面白くなり、従業員の意欲を高められる。
業績のよい企業は、ゲームのルールづくりに成功しているといえるだろう。
この章の初めに、「思い通りに働いてもらうには、どうすればよいのか?」と書いたが、適切なルールをつくることで、従業員を動機づけ、思い通りに働いてもらうことができるようになる。
彼らをゲームに引き込むためには、まずゲームのルールをうまく伝えて、その面白さを理解してもらわなければならない。
ゲームのルール p192
どんなゲームでも同じだが、事業というゲームで成功するためには、ルールを知ることが必要である。
参考までに、一部を紹介しよう。
ほかにもルールはあるが、それは自分で見つけ出してほしい。
1 従業員に何をやってほしいのかを考えずに、まずゲームをつくろう
従業員を働かせることばかり考えると、ゲームとしての魅力がなくなってしまう。
2 自分でもやりたくないゲームを従業員に押しつけてはいけない
あなたの魂胆は、従業員に見抜かれてしまうものである。
3 ゲームは長い間、楽しめなければならない
事業の終わりとは倒産を意味する。
つまり、事業というゲームに終わりはないのである。
けれども、毎日のように続く仕事に、勝利の喜びがなければ、従業員は疲弊してしまう。
ときどき勝利の喜びを感じさせることは、ゲームへの集中力を保つためにも必要である。
4 ゲームをときどき変化させよ。ただし戦略は変えてはいけない
戦略はゲームの本質なので変えられないが、ゲームには変化も必要である。
どんなゲームでも、いずれ飽きるときはやってくる。
従業員を観察していれば、そのタイミングはわかる。
経営者の仕事は、従業員がゲームに飽きはじめた兆候を察知し、先回りしてルールを変えることである。
ルールの変更に反対する従業員がいるかもしれないが、辛抱強く説得することで、新しいゲームへと引き込むことができるはずである。
5 ときどきはゲームのルールを思い出させる
最低でも週に一度は、ゲームに関するミーティングが必要だ。
ゲームを始めたころの従業員は夢中になってくれるが、目の前の仕事に追われるうちに、ゲームのことを忘れてしまう。
どれほど出来のよいゲームでも、時間がたつにつれて、忘れられてしまうものなのだ。
経営者の仕事は、従業員にゲームを思い出させることである。
何度繰り返しても、多すぎることはない。
6 ゲームに意味を与える
意味のないゲームでは、従業員を引きつけることはできない。
ゲームの存在意義を明らかにすることで、従業員のやる気を高めることができる。
経営者の仕事は、ゲームの意味を従業員に広めることである。
7 ときには楽しみも必要である
「ときには」と書いたが、ゲームがいつも楽しい必要はない。
実際のゲームでは、楽しくない部分も多い。
そんなときにも表情に出さないのが経営者の仕事である。
とはいっても、ゲームには楽しみも必要である。
従業員の立場から、何が楽しみなのかを考えてみよう。
半年に一度ぐらいの頻度で十分である。
待ち遠しく感じるが、ともすれば忘れてしまうようなものでよい。
8 よいゲームを思いつかなければ、盗め!
世の中によいアイデアはたくさんある。
よいものが見つかれば、盗んでもよい。
ただし盗んだ後には、自分のものとしてつくり直すこと。
従業員は、他人のアイデアのコピーだということを簡単に見抜いてしまう。
ゲームに意味を与える p195
ホテルのマネジャーにとって、オーナーがつくったゲームは面白いものだった。
彼がすぐに熱中したのは、オーナーがゲームに対して、次のような意味づけをしていたからだった。
現代人の大半が欲求不満に陥っている。
仕事、家庭、宗教、政府、すべてに対して不満で仕方がない。
そしてさらに悪いことに、自分に対しても不満を感じている。
私たちの人生には、目的や人間らしさが欠けているのではないだろうか?
そして、挑戦する価値のあるゲームを見失っているのではないだろうか?
その結果、現代人は孤独を感じ、音楽やテレビやアルコールに気晴らしを求めるようになった。
また、現代人はモノを探し求めている。
着るモノ、遊ぶモノ、虚しさを埋めるモノ、人生に意味を見出せるモノ。
かくして、現代は物質社会となってしまったのである。
このような社会で人間らしさを保つためには、同じ目的や価値観を共有する人たちのコミュニティが必要である。
コミュニティでは、共通の目的に向かって固い結束で結ばれている。
コミュニティとは、失われた故郷のようなものなのである。
これは事業でも実現できることではないだろうか?
事業を立ち上げること、そして挑戦する価値のあるゲームをつくることによって、事業というコミュニティをつくることは十分に可能である。
そしてコミュニティは誠実さ、意思、ビジョンといった理念が、言葉だけでなく実践される場となる。
これが実現すれば、あなたの事業は、顧客にとって忘れられないほど強い印象を与えるものになるだろう。
ゲームの進め方 p197
ゲームをつくった後に、どのようにして従業員に広めるのか?
これは非常に重要なプロセスである。
ホテルのオーナーは、自分の経営理念を文書としてまとめ、それを魅力的な態度で従業員に伝えた。
従業員に接客のマナーを教えるためには、まず経営者が従業員に対して魅力的な態度で接しなければならない。
伝達する手段は伝達する内容と同じくらい大切なのである。
ホテルベネチアでは、採用活動が、経営者の理念を伝えるうえで最も重要な手段となっていた。
マネジャーの説明によれば、採用は次のような手順で行われていた。
1 会社説明会では、きっちりとした台本を準備して、オーナーの経営理念を伝えるプレゼンテーションを行う。
その他に、経営理念を実践することで成功を収めてきたという会社の沿革や、従業員に求められる資質についての説明も行う。
2 応募者との面接を行う。
経歴と業務経験だけでなく、オーナーの経営理念について議論を行う。
また、自分が適任だと思う理由も聞いてみる。
3 採用者に対しては、電話で連絡する。
電話で話す内容にも、台本が必要である。
4 不採用者に対しては、郵送で連絡する。
面接担当者の署名をつけて、ホテルベネチアに関心をもってくれたことへの感謝の気持ちを伝える。
5 新入社員を受け入れる初日のオーナーと新人の仕事は次の通りである。
・オーナーの経営理念をもう一度確認する。
・経営理念を実現するためのシステムを紹介する。
・ホテル内部を案内する。システムと従業員の仕事が密接に関係していることを強調しなければならない。
・新入社員からの質問を受け付けて、しっかりと答える。
・制服と業務マニュアルを支給する。
・業務マニュアル、戦略的目標、組織図役職契約書の内容を確認する。
・雇用関係の書類を完成させる。
このようにして雇用関係は始まる。
事業をシステム化するということは、非人間的なものではなく、人間性を重視したものだということが理解できただろうか?
従業員に思い通りに働いてほしいのなら、まずはその環境を準備しなければならない。
また従業員を引きとめるためにも、人間性への理解が必要なのである。
そして経営理念がすべての基本にあることを理解できただろうか?
経営理念がなければ、従業員の問題を考えることなどできないのである。
17 ステップ⑥ マーケティング戦略 顧客の言葉を学ぶ p203
マーケティングは、顧客に始まり顧客に終わる。
マーケティングの問題を考えるときには、あなたの夢やビジョンは一度頭の片隅にしまいこんで、顧客のことに専念しなければならない。
なぜならあなたが望むものよりも、「顧客が望むもの」のほうが大切なのである。
そしてたいていの場合、「顧客が望むもの」についてのあなたの想像は外れてしまう。
理不尽な顧客 p203
顧客を思い浮かべてほしい。
目の前に立っていて、不機嫌な様子でもなく、にこやかな様子でもない。
あなたの店や事業に対して中立的な感情をもっている。
しかし、顧客の様子は少し変わっている。
額の部分からアンテナが出てきて、天井に向かって伸びていく!
そしてアンテナの先にはセンサーがついている。
顧客のセンサーが記録するのは、あなたのお店やオフィスの中で感知できるすべての情報――色、形、音、におい――である。
センサーは、あなたの情報も集めている。
立ち居振る舞い、髪の色、髪型、表情―─顧客に気を配っているか?話すときに目を合わせているか?――スラックスの折り目は?靴は磨かれているか?すり減っていないか?
購買プロセスの最初の段階として、センサーは周囲のあらゆる情報を記録しているのである。
重要なのは、集められた情報が次にどのように処理され、購買の判断に活用されるのかである。
この本ではセンサーを顧客の「意識」と呼ぶことにしよう。
「意識」の仕事は、購買の判断に必要な情報を集めることである。
この作業はほとんど無意識のうちに行われるので、顧客はコントロールできない。
実は顧客の「意識」が購買の意思決定を行うわけではないので、あなたは顧客の「意識」について敏感になる必要はない。
購買の意思決定を行うのは、あらゆる行動の原点となる顧客の「無意識」である。
無意識とは、広大で深く暗い海のようなものである。
海の中には、さまざまな種類の不思議な形をした生き物が泳いでいる。
本人にとってさえ未知の場所である「無意識」という海を泳ぐ不思議な生き物は、顧客の「期待」である。
「期待」とは、顧客のこれまでの人生の蓄積によってつくられた価値観といえる。
顧客は「期待」という生き物を通して自分の望む食べ物(=商品)を手に入れるのである。
意識の仕事は食べ物の存在を探知することである。
食べ物が期待に沿うものなら、「無意識」がイエスと言い、期待に沿わなければノーと言う。
さらにこの決定は、瞬間的に行われているのである。
テレビのCMでは、最初の三~四秒で売れるか売れないかが決まる。
印刷物の広告では、購買の意思決定の七五%が見出しだけで行われる。
実演販売では、最初の三分で売れるか売れないかが決まる。
心理学から見てクライマックスといえる購買決定の瞬間以降、「無意識」は「意識」に情報を伝達する。
そして意識は、無意識が行った決定についてのもっともらしい理由づけを行っているのだ。
これが購買の意思決定のプロセスである。
理不尽だとは思わないだろうか?
買い物で、合理的な意思決定を行う人間など、そもそも存在しないのである。
顧客が「ちょっと考えてみるよ」と言っても、信用してはいけない。
顧客は、考えるつもりなどないし、無意識をコントロールすることなどできないのである。
「買うか買わないのか、もう一度考えてみよう」と言いながらも、すでに考える作業を終えてしまっているのだ。
「ちょっと考えてみるよ」と言う顧客の内心は、店員の前では本音が言いづらいのか、もしくは顧客の期待が求める「商品」がお店に置いていなかったのかである。
いずれにせよ、購買の意思決定に思考が入る余地はなく、瞬間的に行われる。
あなたと会うずっと前から、結論は出されているのである。
p210
ここまで読んだあなたは、苛立ちを感じているだろう。
頭の中を疑問が渦巻いているのではないだろうか?
「属性分析や心理分析はどうすればいいのだろうか?」「色や形はどう決めればいいのだろうか?」「どんな言葉を使えばいいのだろうか?」
こんな疑問を感じれば、あなたの思考は変わりはじめた証拠だ。
この本の目的は、すべての疑問に答えることではない。
スモールビジネスの経営に関する問題を提起することが目的なのである。
「やり方」ではなく、「やるべきこと」を提示できれば、十分だろう。
とはいっても、この本にはまだ続きがある。
事業発展プログラムには、もう一つのステップが残っている。
あなたのつくった事業の試作モデルを組み立てるときに接着剤の役割を果たす「システム」についてである。
「あなたが『やり方』を話したくないのはわかってるわ。
でも、くわしい話を聞かせてもらわないかぎり、このお店を出られないわよ」
サラは冗談めかした調子で言った。
「属性分析や心理分析といっても、どうすればお客さんの特徴を知ることができるのか、さっぱりわからないのよ」
私はこう答えた。
「じゃあ、今のきみのお店を例に考えてみようか。
われわれが、きみの事業について知っていることといえば、きみのお店にはファンがいること。
きみが話してくれたお店の未来図は、これまでのお店の延長線上にあること。
そして将来のお店で、きみが伝えたいと思っている『思いやり』の気持ちは、今でもきみの心の中にあって、おいしいパイやお店の雰囲気からも伝わってくる、ということかな?」
「だとすれば、今日来てくれたお客さんは、きみの『思いやり』という経営理念に無意識のうちに共感してくれている人じゃないかな?
彼らは今でさえ、きみの店で買い物をしてくれるんだから」
「きみが最初にするべき質問は、彼らは誰だろう、ってことだよ」
「私の経営理念に共感してくれるお客さんはどんな人だろう?
どんな属性をもった人たちなんだろう?ってね」
「この質問に答えるには、彼らに聞いてみればいいんだ」
「パイを無料でプレゼントする代わりに、アンケートに答えてもらうというのはどうだい?
プレゼントするパイは、情報に支払うお金だと考えればいい」
「どうせなら、地理的な分析や心理的な分析に使えるデータも集めたほうがいいね。
というのも、アンケートなら、好みの色や好きな言葉、普段使っている香水、車、服、食べ物のブランドも聞ける。
そうすれば、他の会社――きみの顧客に商品を売ることに成功している会社――が、広告や宣伝を通してどんなメッセージを送っているかがわかる。
こんなふうにして、きみがターゲットとしている顧客のことを知って、その人たちに来店してもらう方法を考えればいいんだよ」
「店に来たことがない人について、どうすればいいかって質問かい?
それはきみのお店の営業エリアに住んでいる人たちの名簿を手に入れればいいんだ」
(訳注:米国では日本と比較して、名簿の売買が頻繁に行われており、購入した名簿をもとにダイレクトメールが発信されることが多い)
「つまり、今のお客さんにアンケートをすれば、彼らの住所がわかるよね?
地図に書き込んでみると特定のエリアに集中するはずだから、それをきみのお店の商圏と考えるんだ。
おまけにアンケートからは、特定の性別や年齢、趣味の人が多いこともわかるはずだから、商圏の中に住む人でも、現在の顧客に近い属性の人たちのリストを買えばいいんだよ」
「これで『やり方』についての質問には答えられたかな?」
私は少し皮肉っぽく言った。
「ちょっと、たくさん宿題を出しすぎたかもしれないね。
もし、質問に答えられたのなら、『やるべきこと』について話してもいいかな?」
「マーケティングの方法自体は、そんなに難しいものじゃない。
むしろマーケティングについてきっちりとゼロから考え直すことのほうが難しいんだ。
これこそが『やるべきこと』だよ」
私は続けた。
「スモールビジネスの経営者はマーケティングの問題を『常識的にはこうするべきだ』と言って、簡単に片づけてしまう。
でも経営者の『常識』は、単なる『思い込み』にすぎないことが多いんだ。
僕に言わせれば、マーケティングと呼びながらも、何も情報を集めないまま、経営者の思い込みに頼っているのが大半だよ」
「だから会社のロゴを決めるときにも、気軽に近所の印刷屋に頼んでしまう。
近所の印刷屋には、顧客の心理に働きかけるようなロゴをデザインするノウハウなんかないから、印刷屋の奥さんの好みで決まってしまうことになる」
「サラ、きみにはマーケティングだけでなく、会社を経営するうえで必要なものにもっと興味をもってほしい。
いろいろなことを勉強する中で、『やるべきこと』がわかってくるんだ。
マクドナルドやディズニーやウォルマートといった大企業が、マーケティングにどれくらいの費用を投じているか知っているかい?
ペプシコやアメリカン・エキスプレスが自社のブランドを周知させるためにどれほど時間をかけてきたか知っているかい?
ちょっとした不祥事で、ブランドを失墜させるのは簡単だけど、それを取り戻すためには、多大なコストが必要なんだ」
「きみの会社は小さいから、マーケティングに大金を投じる体力はないと思う。
でも、マーケティングの問題に、じっくりと時間をかけ、知恵を絞ることはできるはずじゃないかな?」
「これが経営者の本当の仕事なんだ。
戦術的な仕事ではなく、戦略的な仕事ということさ。
きみが毎日の雑用に追われていれば、マーケティングという戦略的な課題について考える時間もエネルギーもなくなってしまう」
「経営者の仕事は、マーケティングの問題を考え続けることなんだ」
「マーケティングを言い換えれば、『顧客が、他の店ではなく自分たちの店を選ぶために、自分たちの事業はどうあるべきか?』だといえる。
こう考えれば会社でのすべての仕事がマーケティングだと思わないかい?」
「例えば、顧客に対して『この店では幸福感を提供します』という約束をするとしよう。
この『約束』で、顧客をお店の入り口まで引き寄せて、ドアを開けた人には、声をかけてみる。
そして、顧客が店を出るまでに、『約束』を果たす」
「この約束がどれくらい確実に守られるかによって、顧客が繰り返し来店してくれるかが決まるんだ。
あらたに顧客を獲得するよりも、同じ顧客に何度も買ってもらうほうが、マーケティング費用の面でも安上がりだから、リピート率を高めることは、どの会社にとっても重要なことなんだ。
だから同じようなことをマクドナルドも、フェデラルエクスプレスも、ディズニーもやっているんだよ」
「営業、製造、財務を担当する副社長には、それぞれの仕事があるけど、三人には『顧客が望む約束をし、営業エリアの中で最も確実にその約束を果たす』という共通した目的があるんだ。
会社を経営するかぎり、これを続けなきゃならない。
そして常にライバルが『約束』できないようなことを『約束』し続けることが、三人の副社長をまとめる社長の仕事なんだよ。
わかってくれたかな?」
「わかったわ」
サラは言った。
「じゃあ最後の部分に進もうか。
これまでに話したことを、すべてまとめるのがシステムの役割なんだ。
システムについて一緒に考えてみよう」
18 ステップ⑦ システム戦略 モノ、行動、アイデア、情報を統合する p217
システムとは何かをきちんと定義しないまま、今までの話を進めてきたが、この章を始めるにあたって定義をしておこう。
システムとは、相互に作用するモノ、行動、アイデア、情報の集合体である。
そして相互作用を繰り返す中で、他のシステムへの働きかけも行う。
要するに、世の中のすべてがシステムである。
宇宙、世界、サンフランシスコの街、私の働くオフィス、私の使っているパソコン、私の飲んでいるコーヒー、私とあなたとの関係――すべてがシステムなのだ。
それでは企業の中にあるシステムを見てみよう。
三種類のシステム p218
企業には、ハードシステム、ソフトシステム、情報システムの三種類がある。
ハードシステムは、いわゆる「モノ」である。
私の机やその上に置かれている電話機はハードシステムである。
ソフトシステムは、ひとことで言えば「考え方」である。
これまでに紹介した業務マニュアルやホテルの管理システムもソフトシステムの一つである。
情報システムは、ハードやソフトのシステムについての情報を提供するもので、会計や在庫管理のシステム、営業担当者の活動記録などがその例である。
事業発展プログラムでは、イノベーション→数値化→マニュアル化の作業を行うだけでなく、三種類のシステムを統合しなければならない。
まず三種類のシステムの例を紹介したうえで、統合によってさらに効果を高める方法を説明しよう。
ハードシステム p218
私の会社の会議室には、打ち合わせで使うためのホワイトボードが壁面に据え付けられている。
顧客にアドバイスしているように、私たちの社内でも、内装や備品についての基準を設けている。
色彩の基準から、黒板ではなくホワイトボードを使うこと、白いチョークではなく青いマーカーを使うことが社内のルールとなっていた。
そして、内装についても、壁が色は白と決まっていた。
しかし、実際にホワイトボードを使いはじめると、色彩と清潔さの基準を両立することが困難になってしまったのである。
会議が終わった後には、社員は部屋を元通りに戻すというルールがあり、当然ながらホワイトボードを消す作業も含まれている。
ここで問題となったのは、社員がホワイトボードを消さないことではない。
彼らはきちんと消してくれた。
ただ、早く仕事に戻ろうと慌てて消すために、ホワイトボード消しを周囲の壁にこすりつけて、白い壁を汚していたのである。
その結果、せっかくの白い壁に青いマーカーのインクのしみが目立ちはじめた。
この問題に気づいた私たちは社内でキャンペーンを始めた。
ホワイトボードに注意を促す張り紙をしたり、汚れをチェックするチームを結成したり、さまざまなことを試みた。
しかし、結局のところ、インクのしみを防ぐことはできず、壁を何度も白く塗り直すか、黒板と白いチョークに戻すしか方法がないという結論に落ち着いてしまうところだった。
そこに当社の「汚れ防止システム」が誕生し、ホワイトボードを使いたいというニーズと、白い壁面をきれいに保ちたいというニーズを見事に両立させたのである。
システムといっても、大げさなものではない。
とても簡単なもので、すべてのホワイトボードの周囲に透明なアクリル板をつけただけである。
アクリル板でホワイトボードの周囲十センチ程度を覆うことで、名前の通り壁面の汚れを防ぐことになった。
たったこれだけの思いつきで、ペンキを塗ったり、汚れをチェックしたりする無駄な作業は不要となったのである。
これはハードシステムによる問題解決の一例である。
システムさえ導入すれば、誰の手を煩わせることもなく、問題を解決してくれる。
言い換えれば、従業員を本来の仕事に集中させることが、システムの目的なのである。
ソフトシステム p220
販売は重要な仕事である。
そして販売するのは人間である。
ビジネスにたずさわっている人なら、「売り上げの八割は、二割の社員により達成される」という言葉を聞いたことがあるだろう。
しかし、二割の社員がやっていて、八割の社員がやっていないことを知る人はあまりいない。
結論からいえば、二割の社員はシステムを活用し、八割の社員はシステムを活用していない。
私は、販売システムというソフトシステムを活用することで、すぐに売り上げを数倍に伸ばした事例をたくさん知っている。
販売システムとは何か p221
販売システムとは、あなたと顧客の間のやりとりをマニュアル化し、次の六段階にまとめたものである。
1 販売プロセスの中で、顧客の意思決定に影響を与える重要なポイントを見つけ出す。
2 ポイントごとに、顧客の心をつかむための脚本を作成する。(演劇のような脚本をつくってみるのだ!)
3 脚本に必要な資料や道具を準備する。
4 脚本を暗記する。
5 営業担当者にも脚本が演じられるように教育する。
6 顧客に合わせて脚本が変えられるようになるまで教育する。
ある人材紹介会社では、未経験の従業員に販売システムを使わせることによって、たった一年で売り上げを四倍にした。
ある広告代理店では、業界経験も営業経験もない社員に、このシステムを使わせることによって、二年間で売り上げを六倍にした。
同様にあるスポーツクラブでは、導入後二カ月で月商が四〇%増となった。
事業内容がどんなものでも、この仕組みを導入することで、同様の成果を上げることは可能だと私は考えている。
売り上げを伸ばす販売システムの実際 p222
販売システムとは、販売員と客との間のコミュニケーションを記した台本である。
台本は、以下のステップから構成される。
1 アポイントメントをとる。
2 顧客ニーズを分析する。
3 解決方法を提案する。
1 アポイントメントをとる p223
電話で営業活動を行う場合、多くは電話をかける意味を理解していないために、最初からつまずくことになる。
彼らの大半は、電話をかける目的は、顧客の品定めを行い、見込みがあるかを見極めることだと考えているようだが、それは間違いである。
電話をかける目的はもっと単純で、会う約束さえ取り付ければ十分なのである。
アポイントメントを取り付けることで、次のステップである顧客ニーズ分析に進むことができる。
そのため、このステップでは、商品の説明をするよりも、商品のもたらす「価値」について説明し、顧客の無意識に働きかけねばならない。
例えば、次のように会話が進められる。
「こんにちは、ジャクソンさん。
私はM社のジョニー・ジョーンズと申します。
最近注目を集めている、財務管理の新しい手法をご存知ですか?」
「新しい手法って何のことだい?」
「それをお話ししたくて、お電話をさしあげたのです。
少々お時間をいただけますか?」
ここでは、「財務管理」が顧客に提供する価値である。
「管理」という言葉がポイントであり、短い電話の中で、ジャクソン氏の知らない新しいものがある(=もっとよい管理の方法がある)ことを話し、ジョニーと会うだけでそれを知ることができる(=効果的な管理ができるかもしれない)と伝えているのである。
この話を聞けば、ジャクソン氏は「ジョニーと会ってみようか」という気になる確率が高い。
顧客に感情的な変化を起こさせ、訪問の約束を取り付けることがジョニーの仕事なのである。
ツボを押さえた台本を準備することで、約束を取り付ける確率を高め、顧客ニーズ分析のステップへと進むことになる。
2 顧客ニーズを分析する p224
最初の電話でジョニーはジャクソン氏の感情に働きかけることに成功したが、会ったときにもう一度繰り返す必要がある。
「ジャクソンさん、覚えていますか?
最初の電話で、財務管理の斬新な手法が登場して注目を集めているとお話ししましたよね?」
次に、ジョニーはジャクソン氏の期待に応える方法を話すことになる。
「これから、その手法についてお話ししたいと思っています。
ついでに、弊社が開発した効果的な財務管理のツールをご紹介したいと思うのですが、いかがでしょうか?」
ジョニーは、二つのことを話して、見込み客の心の中に信頼感を築かねばならない。
一つ目は、自社がこの分野に専門性をもっているということ。
二つ目は、その力をジャクソン氏のために喜んで提供したいという態度を見せることである。
「ジャクソンさん、まず私たちの会社を設立した経緯からお話しさせてください。
私たちは、効率的な財務管理ができずに困っている会社が多いことに気づきました。
顧客本位で考えてくれる銀行は少ないですし、十分な知識をもった専門家も多くありません」
「御社でもきっと、お悩みだったのではないでしょうか?
弊社ではそんなお客さまのために、『財務管理システム』をつくりました。
このシステムを導入することで、費用を抑えながら、金融機関との取引では優遇を受けることが可能です。
話がうますぎるように思えるかもしれませんが、具体的な方法をお話ししましょうか?」
ジョニーはここで、ジャクソン氏の悩みを理解していて、自社の「財務管理システム」を使えば、システム的に解決できる専門的な知識をもっていることもアピールしている。
次に「財務管理システム」の概要と、それがうまく機能する理由を説明する。
特にジャクソン氏の仕事や会社にどんな影響を与えるのかが、強調すべきポイントである。
「弊社の『財務管理システム』の特徴は、財務管理がうまくできない原因を明らかにするところにあります。
最適な財務管理の手法はお客さまごとに違うはずです。
お客さまのことをよく知るために、弊社の『資金運用に関するアンケート』にお答えいただけませんでしょうか?
お答えいただければ、御社の問題点は何なのかを把握できますので、後ほどご記入いただければと思います」
「アンケートが完成しましたら、社内の財務の専門家のグループに渡して、内容を確認し、『財務管理システム』に入力させていただきます。
このシステムには長年にわたるさまざまな企業のデータが蓄積されています。
この分析結果に基づいて、御社にとって最適な解決方法をご提案することになります。
前にお話ししたように、優遇措置を受けながら、コストを抑えるという方法です」
「分析の結果は『財務調査報告書』という形式にまとめ、次回訪問するときにもっていきます」
「私たちのご提案する解決策が、御社に有益なものなら、それを実現するところでお手伝いさせてください。
もし、お役に立てなかったとしても、また別の機会にお役に立てればと考えています」
「念のために申し上げると、『財務調査報告書』を作成するところまでは無料です。
お客さまの役に立つことが、私たちの仕事ですから」
「一緒にアンケートに答えていただけませんか?
そのあとに財務分野での最新情報をご紹介しますので」
ここまで話せば、あとはアンケートを完成させ、財務分野の最新動向を話し、それが自社のサービスと密接に関連していることを伝えればよいのである。
顧客のニーズ分析は、報告書をもっていく日時の約束をすることで完了する。
そのときに、価値ある無料の解決法をもっていること、ジャクソン氏がお金を払ってくれるかどうかにかかわらず、解決法を理解するためのサポートを惜しまないことを付け加えるのがポイントである。
ここまで完成すれば、ジョニーは販売プロセスの三つ目のステップである「解決方法を提案する」へと進むことになる。
3 解決方法を提案する p228
「解決方法を提案する」というステップは、最も簡単なものである。
なぜなら、顧客ニーズ分析のステップですでに、見込み客からの不満を聞きだし、アンケートを分析することで、不満を解決する能力があることをアピールしているからである。
言い換えれば、ジョニーと知り合ったことで、ジャクソン氏は①顧客として丁重な扱いを受け、②プロのような財務管理ツールを駆使し、③自社の財務状況を改善することができるのである。
しかも、それほどコストはかけずに、という条件つきである。
見込み客にとって、これほど魅力的な話があるだろうか?
三つ目のステップでジョニーは、問題点の指摘、解決策の提示といった報告書の内容を詳しく説明する。
説明を終えたジョニーは、ジャクソン氏に次のように聞く。
「ここで私たちがご提案した選択肢の中で、どれが御社向きだとお感じですか?」
そして答えを待つ。
めでたく顧客になってくれるのなら、関心のある問題について質問が投げかけられることになる。
あとは契約を交わすだけである。
今回紹介したのは、財務管理というサービスを販売する会社であったが、本質的にはどんな商品・サービスを販売する会社であっても、販売プロセスの本質的な部分は共通である。
家具、コンピューター、花、ペット、プレハブ住宅などの商品を扱うさまざまな会社が、このプロセスをつくり、実行することで売り上げを伸ばすのを私は見てきた。
ただし、売り上げを伸ばすためには、常に同じ言葉と同じ方法が繰り返されなければならない。
このプロセスを確立することで、あなたの会社は、営業担当者ではなく営業システムという資産をもつようになり、売り上げも安定するようになるのである。
さて、次では情報システムを導入することで、さらにソフトシステムの効果を高めることができる例を見てみよう。
情報システム p230
情報システムがソフトシステムとの相乗効果を発揮するためには、さまざまな情報を集めることが不可欠となる。
ジョニーの会社の場合、次のような情報を集めなければならない。
①何回、電話をかけたか?
②何回、見込み客と電話がつながったか?
③何回、訪問することを提案したか?
④何回、訪問の約束を取りつけたか?
⑤何回、訪問したか?
⑥何回、顧客ニーズ分析の話をしたか?
⑦何回、顧客ニーズ分析のアンケートを完成させたか?
⑧何回、アンケート結果を分析したか?
⑨何回、解決方法を提案する打ち合わせを打診したか?
⑩何回、解決方法を提案する打ち合わせの約束を取りつけたか?
⑪何回、解決方法を示したか?
⑫何回、解決方法を販売したか?
⑬一社当たり平均いくらの売り上げを上げたか?
これらの情報は、データとして記録しておかなければならない(パソコンがなければ、手書きノートでも構わない)。
これによって、プロセス単位での成果を検証できるのである。
達成率の差を比較すれば、営業担当者の得意・不得意が見えてくる。
また、電話をかけるコスト、訪問するコストを把握すれば、販売するために実際にかかっているコストも計算できる。
今まで知らなかった情報が、情報システムからわかるようになるのである!
情報システムの提供するものが、営業、商品開発、製造、財務などさまざまな仕事で役立つことはいうまでもない。
情報を集めずに事業を行うことは、目隠しをしたまま、ぐるぐると三回まわった後にダーツを投げるようなものであり、勝ち目のあるゲームとはいえない。
しかし、私から見れば、大半のスモールビジネスは、勝ち目のないゲームを戦っているのである。
システムの統合 p232
モノ、行動、アイデア、情報。
私たちの人生や事業を構成するのはこの四つの要素である。
四つの要素は、複雑に絡み合っていて、切り離して議論することはできない。
今までに紹介してきた、事業の究極の目標、戦略的目標、組織戦略、マネジメント、人材戦略、マーケティング戦略、システム戦略、すべてはお互いに独立したものではなく、むしろ相互依存の関係にある。
事業発展プログラムを成功させるには、すべての要素をスムーズに統合しなければならない。
事業の試作モデルとは、構成要素が効果的に統合されたものなのである。
ここまで理解できたなら、この本を読んだ甲斐があったというものだ。
もし、理解していないようなら、目隠しをはずしてほしい。
夢を実現するためには、闇の中でダーツを投げている時間などないのである。
もう準備が終わったのも同然だ。
サラにもそのことがわかっていた。
残っているのは、これまで考えてきた問題をまとめて、彼女のお店「オール・アバウト・パイ」に応用する方法を一緒に考えればよいのだ。
「あなたの言うハードシステムという考えは理解できたわ」
彼女は言った。
「私の店の看板、床、壁、陳列棚、テーブル、従業員の制服、言い換えれば、私のお店で目に入るすべての要素とそれを組み合わせる方法なのね。
ハードシステムがうまく完成すれば、お店を見たときの印象もずいぶん変わるはずよね」
「情報システムというものも理解できたわ」
彼女は続けた。
「お店の毎日の仕事から、大切な情報を見つけ出そうとすることなのね。
いくつパイが売れるか?
どんな種類のパイか?
何時ごろ売れたのか?
何人のお客さんがお店に来たか?
いつ来たか?
店内の喫茶コーナーで売れたパイは何個か?
持ち帰り用のパイは何個か?
店内の喫茶コーナーでパイを食べたお客さんのうち、何人が持ち帰り用のパイを買ったのか?
これだけのデータが集まれば、ずいぶんいろんなことが考えられるようになるわね」
「でも、ソフトシステムの部分が私にはよくわからないの。
もう少しくわしく話してもらってもいいかしら?
というのも、あなたの言う販売システムを従業員が活用している姿を想像できないのよ」
私は答えた。
「イノベーションについて話したときに、私がどんなことを話したか覚えているかな?
『いらっしゃいませ。何かお探しですか?』ではなくて、『いらっしゃいませ。こちらにご来店いただいたことはありますか?』に変えるべきだって言ったよね?
きみのお店なら、どんな言葉がいいんだろう?」
「ソフトシステムとは、きみのお店と関わりをもっている人とのコミュニケーションのことなんだ。
それは書き言葉でも、話し言葉でも構わない」
「案外、気づいている人は少ないけど、事業の中で言葉のもつ力はとても大きいものなんだ。
お店の名前、パンフレット、広告のキャッチコピー、従業員の研修。
言葉はあらゆる場面で必要になるけど、きみの言葉は一貫している必要がある。
お店で目に入るもの(=ハードシステム)も、お店で耳にする言葉(=ソフトシステム)も一貫していることで、顧客の印象に残る店づくりができるんだ」
「きみが話してくれたように、『オール・アバウト・パイ』には深い意味が込められていて、お店の理念は、『思いやり』の大切さを伝えることだったよね。
この経営理念が基礎にあって、ハードシステムとソフトシステムがデザインされる。
そして情報システムは事業の状態を知るバロメーターになるんだよ」
「経営理念を中心として、事業が組み立てられていくということがわかってもらえたかな?」
「『職人』の人格だけでは事業を経営するのには不十分だ、と言った理由がもうわかってくれただろうね。
きみの事業を成功させるためには、やるべきことはたくさんあるんだ」
「でも、とても楽しい仕事だと思わないかい?」
サラは満面の笑みを浮かべた。