「ザ・ダークパターン」を 2,025 年 03 月 03 日に読んだ。
目次
- メモ
- p4
- p6
- ダークパターンの名付け親 p16
- ダークパターンの目的 p17
- ダークパターンを「デザインの失敗」と区別する p17
- ダークパターンはあらゆる分野に p19
- ダークパターンはいかに生まれたか p20
- 1. 小売業界における欺瞞と操作 p20
- 2.公共政策におけるナッジの研究 p22
- 年金制度へのデフォルト加入 p23
- 家庭の省エネ行動を促し、CO₂排出量を削減する p24
- より健康的な食事を選んでもらうためのメニュー p25
- 3. グロースハック p26
- Hotmailのユーザー獲得戦略 p26
- A/Bテストで科学的に検証する p27
- 集団訴訟に発展したLinkedIn p28
- その稼ぎ方が、やがて仇となる p49
- ダークパターン規制強化 p52
- 私たちの1日の決断量 p54
- ナッジ理論 p54
- ハエが描かれた男子トイレの便器 p55
- 認知バイアス「デフォルト効果」 p56
- 不利な選択へ導くスラッジ p58
- 不本意な買い物を防ぐデザイン p59
- インターフェースの操作は言葉が頼り p60
- たった一行のメッセージでユーザーの行動は大きく変わる p61
- GoogleによるマイクロコピーのA/Bテスト p63
- 小さなコピーへの投資 p64
- ヒューマンエラー 人は操作を間違える p65
- フォッグ式消費者行動モデルとは p68
- 説得のためのテクノロジー「カプトロジ」 p69
- p73
- 見たものが全て WYSIATI バイアスとは p75
- ダークパターンはシステム1の弱点を突く p75
- 9割以上のユーザーが選ぶ選択肢 p83
- 中立的な選択肢 p83
- リスクの少ない選択肢 p84
- 「ここまでやったのだから」サンクコスト効果 p91
- 世界のショッピングカートの平均放棄率 p91
- 信頼の貯水地 p95
- Slackのフェアビリングポリシー p96
- おとり商法 Bait and Switch p96
- 広告内容と異なるゲームアプリ p97
- 「緊急性」の濫用がビジネスの信頼性に与える影響 p104
- ミスディレクション(誘導) p106
- ユーザーの感情をもて遊ぶダークパターン p107
- フレーミング効果による印象操作 p109
- コンファームシェイミングの副作用 p109
- ユーザーへの侮辱は、相応の反応を引き出す p110
- 赤のボタンか、緑のボタンか p112
- コントラストの力 p113
- ビジュアルデザインでユーザーをあざむく視覚的干渉 p115
- 「色」に頼らないデザイン p116
- ユーザーの認知を逆手に取るポップアップ p116
- 視覚的干渉を使ったさまざまなトリック p118
- 偽装(なりすまし)広告 p120
- バナーブラインドネス p123
- コンバージョンファーストのアプローチが行き着くところ p125
- ドナルド・トランプの寄付サイト p126
- 「木を隠すなら森の中」テキストウォール p129
- ユーザーは文章を読まない p130
- オンライン利用条件(T&C)を読むには時間がかかる p130
- 読みにくい規約内容をスマートに伝えるひと工夫 p132
- 一文の長さを短くする p133
- ユーザーのタスクの中断を最小限に抑える p134
- プッシュ型*通知を使用すべきでない場合 p135
- 紛らわしい言葉でユーザーのスキを突く p136
- オプトイン方式とオプトアウト方式の混在 p137
- チェックボックスの使用ガイドライン p138
- 「嘘、大げさ、紛らわしい」の代表格 p139
- 「情報の空白」を利用した強力なヘッドライン p140
- 魅力的なヘッドラインがクリックベイトに変わるとき p141
- 裏目に出るコピーライティングテクニック p142
- ソーシャルプルーフ(社会的証明) p145
- 社会的証明の原理 p146
- バンドワゴン効果とは p147
- 根拠のない社会的証明のメッセージ p149
- 架空の人物に商品の良さを語らせる p151
- AIが生成する、実在しない人物の顔写真 p152
- 「お客様の声」がビジネスに与えるインパクト p153
- フェイクレビューが消費者の購買行動に与える影響 p155
- フェイクレビューに潜む5つのリスク p157
- 品薄商品ほど欲しくなる p160
- 損失回避性の法則 p162
- そのメッセージは事実に基づいているか p163
- バイヤーズリモース p165
- 希少性マーケティングの本質 p165
- 周囲から取り残されることへの恐怖=FOMOとは p168
- ジャレッド・スプールの3億ドルのボタン p179
- プライバシー・ザッカリングとは p181
- データを過大評価していないか p192
- 部分最適=全体最適とは限らない p194
- p194
- 「持続可能な成長」のためのノーススターメトリック p195
- ノーススターメトリックはKGIやKPIとは異なる p196
- ノーススターメトリックをKPIに落とし込む p199
- ダークパターンを防ぐカウンターメトリック p200
- 定性的なデータが大事である理由 キャンベルの法則 p201
- サービス改善の出発点は「ユーザーの不安」から p207
- p209
- Resource Library p220
メモ
p4
あなたが、Webサイトのお問い合わせフォームを設計しているなら、あなたは立派な顧客担当者です。
メールマガジンの読者を集めたり、顧客を惹きつけるために広告をデザインしているなら、あなたはマーケティングにかかわっています。
これは、私たちがみなセールスパーソンであることを意味します。
p6
私たち人間は、誰もが「ずる」をします。
自分を「そこそこに正直な人間である」と考えている人も、自分が許容できる程度に、不正やごまかしをします。
それは、経営者も、クリエイターもみな同じです。
まずは、ダークパターンの誘惑を自らの意志で断ち切ることが、相当に困難であることを認めなければなりません。
行動経済学者の言葉を借りるなら「ずるをするのは悪人だけではない」のです。
誰もがダークパターンを使ってしまう可能性があります。
ダークパターンの名付け親 p16
日本のメディアで「ダークパターン」が取り上げられるようになったのは、ここ最近のことです。
インターネットを利用していると、しばしばダークパターンに遭遇することがありますが、そもそも名前が付いていることを知らなかった人も多いのではないでしょうか。
ダークパターンの概念が初めて紹介されたのは、2010年のことです。
ユーザーエクスペリエンスの専門家であり、認知科学の博士号を持イギリス出身のハリー・ブリグナルは、彼が立ち上げたWebサイトDarkpatterns.orgの中で、ユーザーを欺いたり、勘違いさせたりするユーザーインターフェースに「ダークパターン」と名付け、初めてその概念を提唱しました。
ブリグナルは、ダークパターン*を次のように定義しています。
“ダークパターンとは、ユーザーを騙して何かを購入させたり、登録させたりするなど、意図しないことを実行させる、Webサイトやアプリで使われているトリックのこと”(筆者訳)
――ハリー・ブリグナル darkpatterns.org
*2022年4月頃より、ブリグナルはダークパターンを「ディセプティブデザイン(人を欺くデザイン)」と表現し、Webページの名称も「ディセプティブデザイン」に変更しています。
これは「ダーク」という言葉に、ネガティブなイメージを与えることのないよう、配慮しているためと考えられます。
ダークパターンの目的 p17
ダークパターンは、ユーザーを騙して、通常であれば取らないであろう行動をさせるユーザーインターフェースです。
ユーザーインターフェース(UI)とは、ユーザーとシステムの「接点」のことです。
例えば、オンラインで商品を購入するときのボタンや入力フォーム、リンクテキストなど、私たちが画面を操作するときのあらゆる要素は、すべてユーザーインターフェースです。
ユーザーを欺くインターフェース=ダークパターンは、その手法ごとに仕分けると、いくつかのカテゴリーに分類できます。
それらに共通しているのは、どのダークパターンも、ユーザー(消費者)に対して、次の3つのいずれかを行うように設計されている点です。
1. より多くのお金を支払わせる
2. より多くの個人情報を提供させる
3. より多くの時間を浪費させる
ダークパターンを「デザインの失敗」と区別する p17
もちろん中には、ダークパターンのように見えて、単にデザインの失敗である場合もあります。
「アンチパターン」です。
アンチパターンとは、ユーザーの操作の失敗につながる間違ったデザインアプローチのことを言います。
例えば、お問い合わせフォームの送信ボタンの隣にリセットボタンが配置されていたらどうでしょうか。
フォームの設計者は、いつでもユーザーが入力をやり直せるように、親切心からリセットボタンを配置したのかもしれませんが、急いで操作しているユーザーは送信ボタンを押すつもりで、リセットボタンを押してしまうかもしれません。
ダークパターンとは異なり、アンチパターンはユーザーへの配慮が欠けていたり、設計者が未熟であったりすることが原因で生まれるものです。
アンチパターンとダークパターンは、ユーザーを望まない結果へ導くという点においては同じですが、ダークパターンは意図的に設計されています。
ブリグナルは、この2つの違いについて、こう述べています。
“「ひどいデザイン」の作り手と言われて普通思い浮かべるのは、いい加減でだらしないが、悪意はない人物だろう。
一方でダークパターンはミスではない。
作り手は人間の心理をしっかり理解した上で、巧妙なデザインを行う。
ユーザーのことなど彼らの頭にはない”
――ハリー・ブリグナル darkpatterns.org
出典:『悲劇的なデザインあなたのデザインが誰かを傷つけたかもしれないと考えたことはありますか?』(ジョナサン・シャリアート、シンシア・サヴァールソシエ著/高崎拓哉翻訳/BNN/2017年)
もちろん、デザインの現場では、デザインの「設計者」とは別に「発注者」がいることがほとんどです。
ダークパターンの作り手は、単にクライアントの意向をデザインに反映しているだけかもしれません。
その欺瞞性に無自覚な場合もあるでしょう。
ダークパターンをダークパターンたらしめているのは、「その利益の享受者は誰か」という点です。
ダークパターンは常に、ビジネス側にのみ利益をもたらします。
2019年に、コンピューターサイエンス分野の国際学会ACMに掲載された、プリンストン大学のアルネシュ・マトゥールらによる論文*は、ブリグナルのダークパターンの定義をさらに一歩前へ推し進めています。
“ダークパターンとは、ユーザーが意図していない、あるいは有害になり得る意思決定をするように強制したり、操作したり、欺いたりすることによって、オンラインサービスの提供者に利益をもたらすユーザーインターフェースデザインの選択肢のこと”(筆者訳)
*「Dark Patterns at Scale: Findings from a Crawl of 11K Shopping Websites」(Arunesh Mathur, Gunes Acar, Michael J. Friedman, Elena Lucherini, Jonathan Mayer, Marshini Chetty and Arvind Narayanan/2019年/ACM)
https://webtransparency.cs.princeton.edu/dark-patterns/
ダークパターンはあらゆる分野に p19
今後の議論の高まりによって、ダークパターンの定義は、分野ごとに細分化していく可能性があります。
Eコマースに限らず、ソーシャルメディア、Al、ビッグデータ、ゲーム(ゲーミフィケーション)など、多岐の分野に存在するダークパターンを、たったひとつの定義で捉えることは困難だからです。
さらに広い視点で解釈するのなら、ダークパターンはデジタルの世界だけでなく、現実の生活にもたくさん存在します。
携帯電話の複雑な料金プランや、顧客の注意を引くために、契約済みの物件を掲載するおとり広告などはその代表例でしょう。
ダークパターンそのものは、インターネット黎明期から存在していものですが、このように新たに命名したり、定義したりすることは、人々の注意を向け、その意識を強化するのに役立ちます。
もともとブリグナルがDarkpatterns.orgを立ち上げた目的は、ダークパターンの存在を人々に知らせ、それらを使う企業を恥じ入らせることでした。
彼のアイデアである、ダークパターンを使う企業を明るみに出す草の根活動「Hall of shame(恥の殿堂)」では、多くの人々が、問題があると感じたWebサイトやアプリのスクリーンショットを撮影し、ハッシュタグをつけてTwitter上に拡散しています。
こうした流れの中、2021年5月には、アメリカの消費者団体コンシューマー・レポートが、匿名の通報サイト「ダークパターン・チップライン(https://darkpatternstipline.org/)」を立ち上げました。
この通報サイトの目的は、消費者にダークパターンの注意喚起を行うことだけでなく、窓口に寄せられたフィードバックを、政策立案や悪質な事業者の特定に役立てることにあります。
もはや、ダークパターンは社会問題になりつつあるのです。
ダークパターンはいかに生まれたか p20
プリンストン大学のコンピューター科学者であるアーヴィンド・ナラヤナンは、ダークパターンがこの30年間で、次の3つの流れを汲みながら出現したと言います。
ひとつは小売業界における「欺瞞的慣行」、2つ目は公共政策における「ナッジ」、そして3つ目はデザインコミュニティにおける「グロースハック」です。
1. 小売業界における欺瞞と操作 p20
小売業界では、その長い歴史の中でさまざまな販売手法が使われてきました。
しかしそれらの中には、消費者が渋々ながら受け入れている(あるいは慣れてしまっている)グレーゾーンのもの、そして法律で規制されている非合法のものもあります。
例えば、次の3つは小売業でよく用いられている欺瞞的な慣行の代表例です。
●心理学的価格設定(サイコロジカルプライシング)
98円(キュッパ)、198円(イチキュッパ)のように、価格を安く見せて消費者の購買意欲を高めることを目的とした価格設定(心理学ではこれを「端数価格効果」と言う)。
一般的に、このような値付け方法は広く浸透しており、消費者にも受け入れられている。
●おとり広告
売る意思のない商品、実際には販売できない商品(架空の商品、契約済みの物件など)をおとりに使って集客する宣伝手法。
古くはミシンの訪問販売や、スーツ販売、不動産、中古ディーラーのチラシ広告などで問題視されてきた。
広告の表示内容と、実際の販売状況が異なるため、景品表示法の不当表示に該当する。
●虚偽の閉店セール広告(閉店商法)
お店を閉店すると宣言し、在庫を処分するために売り尽くしセールを行うと主張して集客する宣伝手法。
しかし、実際には閉店せずに何年も営業を続けている店舗も存在する。
消費者庁では、閉店商法は景品表示法の不当表示に該当するとしているものの、確たる証拠を見つけられない場合が多く、取り締まりが行われることはほとんどない。
私たちが日常的に利用しているスーパーマーケットにも、お客さんにたくさんのお金を使ってもらうための、さまざまな仕掛けが施されています。
それは、ラスベガスのカジノがお客さんにお金を使わせる原理と基本的には変わりません。
入り口から出口までの戦略的な導線、店内に長く滞在させるための商品陳列、野菜や肉を魅力的に見せる視覚効果、店内BGM、試食販売、レジに辿り着くと「ついで買い」を誘う仕掛けまで用意されています。
もちろんこれらのすべてが、消費者にとって受け入れ難いものかと言えば、決してそうではないでしょう。
しかし、ダークパターンには、小売業で長年培われてきたこのような手法が少なからず活かされており、デジタルだからこそより巧妙化しています。
2.公共政策におけるナッジの研究 p22
2008年に、シカゴ大学の2人のアメリカ人学者が提唱した「ナッジ」(Chapter2.1参照)は、限られた予算で高い成果が求められる公共政策の分野で広く普及しました。
ナッジとは、相手の選択を禁じたり、経済的なインセンティブを大きく変えたりすることなく、人々の行動をより良い方向へ変容させる仕組みのことです。
現在、ナッジの手法は、公共政策の枠を超えて、環境保護やビジネス(従業員の安全性・生産性・幸福度の向上)などの幅広い分野に応用されています。
ナッジは、リバタリアン・パターナリズムの概念に基づくものです。
リバタリアン・パターナリズムとは、個人の自由(行動や選択)を尊重しつつ、より良い結果がもたらされるように、制度や環境を通じて、個人の行動に影響を与えようという立場を指します。
●本人に自由に選ばせる=自由主義(リバタリアニズム)
●本人の意思は問わず、強い立場にあるものが介入、干渉、支援する=家長主義(パターナリズム)
●選択の余地を残しながらも、より良い方向に介入する=リバタリアン・パターナリズム(穏やかな介入主義)
年金制度へのデフォルト加入 p23
アメリカでは古くから、民間企業で働く人々のための確定年金拠出制度401(k)が用意されています。
しかし、安定した老後生活のための優れた制度であるにもかかわらず、その加入率は伸び悩んでいました。
退職までに積み立てがどのくらい必要なのかを慎重に検討しなければならず、その達成には自己管理も要求されるからです。
そこで、自主的な登録ではなく、401(k)への加入を「デフォルト(初期設定)」にし、希望しない者は選択できるように仕組みを変えたところ、その加入率は大きく跳ね上がりました。
家庭の省エネ行動を促し、CO₂排出量を削減する p24
日本オラクル株式会社が中心となって取り組んでいる、二酸化炭素(CO₂)削減のための実証事業では、個人の電力使用量を近隣の家庭と比較するメッセージを用いて、電力使用量の削減を図っています。
省エネのための「ホームエネルギーレポート」を受け取っている家庭は、レポートを受け取っていない家庭に比べて、電力使用量が平均約2%低いと報告しています。
これは「社会比較(social comparison)」と呼ばれるナッジによるもので、サービス利用者が周囲と自分を比較することで、電気を使いすぎていないかに注意を向けるようになったためです。
このプログラムにより、2017年度から2020年度までの4年間で、CO₂を累積47,000トン削減することに成功しました*。
*「ナッジを活用して家庭の省エネ行動を促しCO₂排出量47,000トン削減」
https://www.oracle.com/jp/corporate/pressrelease/jp20210629.html
より健康的な食事を選んでもらうためのメニュー p25
イスラエル・ヘブライ大学のマヤ・バー・ヒレル教授らは、レストランのメニューに記載されている料理名の順番を操作することで、顧客の選択に影響を与えることができるかどうかを調べました。
その結果、メニューの最初と最後に掲載されている料理は、真ん中に掲載されている料理に比べて、20%注文が増加することがわかりました。
この効果を利用することで、健康に良い料理をメニューの最初と最後に記載し、そうでないもの(甘い飲み物など)をメニューの真ん中に配置することで、人々がより健康的な食べ物を選択しやすくなります*。
*「Nudge to nobesity II: Menu positions influence food orders」(Eran Dayan, Maya Bar-Hillel/2011年)
ナッジとは言わば、より良い選択をアシストする仕組みのことですが、裏を返せば、自分の利益のために他者を行動させることもできてしまいます。
これが「スラッジ(Chapter2.1参照)」です。
スラッジは行動経済学の文脈で提唱された概念ですが、スラッジとダークパターンは本質的には同じものを指しています。
3. グロースハック p26
グロースハックとは、サービスを成長させるために、ユーザーから得られるデータを収集・分析しながら、継続的に改善を続けていくプロセス(スキル)のことです。
グロースハックが、一般的なマーケティングと大きく異なるのは、プロダクトそれ自体に、サービスを拡大させる仕組みが組み込まれる点です。
Hotmailのユーザー獲得戦略 p26
例えば、初期に行われたグロースハックの事例として、MSNが提供していたHotmail(現Outlook.com)が知られています。
当時、Hotmailはベンチャーファンドからの資金調達に成功したばかりで、まだ無名のWebメールサービスのひとつに過ぎませんでした。
そこでHotmailは、できるだけお金をかけずに新規ユーザーを獲得するため、あるアイデアを実行しました。
ユーザーが送信するすべてのメールのフッターにアカウントの作成を促すメッセージを自動で挿入したのです。
送信されたメールの数だけ宣伝効果が生まれるこの仕組みによって、Hotmailのユーザー数は短期間で急増しました。
PS: I love you. Get your free e-mail at Hotmail
PS:アイ・ラブ・ユー:Hotmailで無料メールアカウントを作ろう
グロースハックで得られる価値のひとつは、多大なリソースを投下する前に、そのブレイクスルー(現状打破)ポイントを見極められる点にあります。
サービスを成長させるには、それなりのお金と時間が掛かりますが、「どこを打てば響くのか」がわかれば、その1点にリソースを集中できます。
そのためにグロースハッカーは、仮説検証のサイクルを高速で回し、数字に基づいてその勘所を特定するのです。
A/Bテストで科学的に検証する p27
その仮説検証の中心となるプロセスがA/Bテスト(効果測定)です。
A/Bテストとは、異なる2種類のクリエイティブがある場合に、「どちらがより良い成果を出せるのか」を検証するための科学的な検証方法です。
A/Bテストツールを使うことにより、どちらの色のボタンがクリックされるか、どちらのキャッチコピーがコンバージョンにつながるかなどを、ピンポイントで検証できるようになります。
誤解のないように特筆しておきますが、グロースハックそのものがダークパターンを助長しているわけではありません。
グロースハックは、限られたリソースを有効活用し、サービスを効果的に広めるための優れた戦略です。
しかし、組織が「より多くのコンバージョン」「より多くの売り上げ」を追求しているうちに、サービスの使いやすさや、ユーザー体験をあと回しにしてしまうことがよくあります。
一般的に、マーケティングチームにとっての成功とは、目標数値の増加だからです。
しかし、ビジネスの売り上げの伸びが、ユーザーへの価値提供を上回っているなら、それはグロースハックの本質からはかけ離れているでしょう。
集団訴訟に発展したLinkedIn p28
ビジネス特化型のSNSであるLinkedInも、グロースハック戦略を取り入れながらサービスを拡大してきた企業です。
しかし、個人情報の取り扱いを巡る一部の行為が問題視され、ユーザーによる集団訴訟に発展し、2015年には約1,300万ドル(約15億円)の和解金を支払っています。
これは、同社が、ユーザーのアドレス帳から(本人が意図しない形で)メールアドレスを取得し、そのメールアドレスに対してLinkedInに参加するよう促すスパムメールを、複数回送信していたためです。
のちに、Darkpatterns.orgのブリグナルによって「友達スパム(Friend SPAM)」と名付けられたこのダークパターンは、行き過ぎたグロース戦略がいかに企業を近視眼的にしてしまうかを物語っています。
その稼ぎ方が、やがて仇となる p49
UXコンサルティング会社、ニールセン・ノーマン・グループのヴァイスプレジデントであるホア・ロレンジャーは、米Fast Company誌の中で、ダークパターンを使うリスクについて次のように述べています。
“企業がダークパターンから得られる短期的な利益は、長期的には失われる”(筆者訳)
一部の企業は、ダークパターンを使うことで、少しでも多くの利益を得ようとしています。
特に、創業期の企業は、ビジネスを軌道に乗せることが最優先事項であるため、ダークパターンを使いやすい環境にあると言えます。
また、企業のマーケティングチームは、サービスの会員数、販売数など、ビジネスの拡大に直結する数値を重要指標として定め、さまざまな施策をおこなっています。
しかし、マーケティングチームが数値改善に取り組むその裏で、カスタマーサポートにクレームが寄せられ、多大な対応コストが生じていたとしたらどうでしょうか。
その事実は、“指標”には表れません。
ダークパターンを使って売り上げを伸ばし、数字上はビジネスが成長しているように見えても、思いもよらぬところに悪影響を及ぼしている場合があります。
以下に挙げる9つのリストは、ダークパターンを使うことによって生じ得る損失やリスクの一覧です。
①カスタマーサポートへの負担増
顧客からのクレームは、カスタマーサポートの負担を増やす。
電話やメールの対応には時間がかかり、そのための従業員の人件費も発生する。
②返品率の増加
顧客が商品を返品する可能性が高くなる。
返送や返金のコストが発生するだけでなく、その負担をめぐってトラブルにつながる可能性もある。
③SNSでの悪評の拡散・ネガティブレビュー(レピュテーションリスク)
顧客がソーシャルメディアに不満を投稿したり、販売プラットフォームやGoogleレビューにネガティブなレビューを投稿したりすることで、ブランドの評価が下がる。
④顧客のライフタイムバリューの低下
顧客がサービスを利用しなくなったり、他のサービスに乗り換えたりするようになり、ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)が低下する。
⑤新規顧客獲得コストの増加
ブランドの信頼性が低下すると、顧客を説得することが難しくなり、新規顧客を獲得するためのコストが増加する。
また、リピーターの数が減り、ロイヤルカスタマーからの紹介が発生しにくくなる。
⑥従業員の離職率・人材の採用コストの増加
会社の対外的な評判が良くないことや、クレーム対応のストレスから、従業員の離職率が高まる。
また、社名検索時にネガティブなキーワードが表示される場合、人材採用時の応募率にも悪影響を与える。
⑦消費者トラブルへの発展(紛争・訴訟のリスク)
消費者トラブルに発展する。
紛争解決には多くの時間と費用、そして精神的なストレスがかかり、本来の業務に集中できなくなる。
⑧法律違反・罰則リスク
特定商取引法やその他の法律に違反した場合には、業務改善の指示や業務停止命令(業務禁止命令の行政処分)または罰則の対象となる。
⑨業界全体の信頼が損なわれる
ダークパターンを使う当事者だけでなく、業界全体の信頼が損なわれる。
顧客の警戒心は高まり、今まで以上に広告やマーケティング費用をかけなければならなくなる。
ダークパターンを使うことは、こうしたリスクの種を撒き散らすことにつながります。
何より、返品やクレーム対応にかかる金銭的コストはお金で解決できますが、一度失った顧客の信頼は取り戻すことができません。
Darkpatterns.orgのブリグナルは、ダークパターンに依存したビジネスの危険性について、次のように警告しています。
“より優れたエクスペリエンスを提供する競合他社が現れるのは時間の問題です。
もしあなたのビジネスがダークパターンに依存しているなら、それは破壊される可能性があることを意味します”(筆者訳)
ダークパターン規制強化 p52
本節では、ダークパターンの9つのリスクについて解説しました。
しかしながら、私たちがダークパターンについて議論するときに必ず耳にする「顧客を罠にかけるビジネスは、最終的には顧客に選ばれなくなる」という考え方は、半分真実でありながらも、やや楽観的に思えます。
なぜなら、長きにわたりダークパターンを使い続けている企業が、今でもビジネスを成長させている現実があるからです。
例えば、国内大手のECプラットフォームは、サイト会員に大量のメールマガジンを登録させることでたびたび批判を受けていますが、それが原因で、今後ビジネスが傾くとは思えません。
あるドメイン事業者は、操作的なインターフェースでドメインを自動更新させようとしたり、スパム行為に近いメールマーケティングを行っていたりしますが、グループ会社と合わせるとトップクラスの市場シェアを誇ります。
巨大なプラットフォーム企業や、寡占企業の場合、競合が少ないために、脅威にさらされることがないのです。
これこそが、ダークパターンへの規制強化論が高まっている理由ではないでしょうか。
もちろん、ダークパターンの規制は、すべてを一度に解決する万能薬にはならないでしょう。
イタチごっこが起きることは容易に想像できますが、それでも禁止行為や罰則規定を定めることは大きな抑止力になります。
何より、メディア報道を通じた議論の高まりが、消費者のリテラシーを高めることにもつながるはずです。
私たちの1日の決断量 p54
毎日が決断の連続です。
コーヒーを飲むか、飲まないか、どの服を着あるか、何時に家を出るべきか。
鼻先を掻いたり、髪をかきあげたりする何気ない仕草も、あなたが決めていることです。
ケンブリッジ大学のバーバラ・サハキアンらの研究によると、私たち人間は1日に平均35,000回の決断を下しています*(そのうち約200回は飲食に関すること)。
仮に1日6.5時間の睡眠をとり、その間に脳が休んでいるとすると、1時間に約2,000回、およそ2秒に1回の割合で何かを選択していることになります。
*『Bad Moves: How decision making goes wrong, and the ethics of smart drugs』(Barbara J. Sahakian, Jamie Nicole LaBuzetta/2013年/Oxford University Press)
では、そのうちのどれくらいがオンライン上での決断でしょうか。
常にスマートフォンを握りしめている私たちにとって、かなりの数であることは容易に想像できます。
小さな選択に大きな選択。
意識的な選択に無意識的な選択。
私たちの人生は、膨大な数の選択によって形作られています。
ナッジ理論 p54
リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンは、2009年に出版した『実践行動経済学』(日経BP)の中で、「ナッジ理論」を提唱しました。
ナッジとは、行動経済学の用語で、「そっとあと押しする」という意味です。
相手の選択を禁じたり、経済的なインセンティブを大きく変えたりすることなく、人々が自発的に、よりよい行動を選択できるように手助けする仕組みのことを言います。
ハエが描かれた男子トイレの便器 p55
ナッジの例としては、オランダのスキポール空港の男子トイレが有名です。
スキポール空港の男子トイレに入ると、小便器の内側にハエの絵がプリントされています。
もちろん、これは単なるイタズラでも奇抜なアート作品でもありません。
「ターゲットがあれば狙いたくなる」男性の本能を利用して、トイレをきれいに使ってもらおうというアイデアなのです。
トイレ清掃のコスト削減を目的としたこのナッジは、驚くべき効果を発揮しました。
空港ターミナルの担当者によると、小便器に小さなハエのプリントを施して以来、男子トイレの床の飛び散りは大幅に減り、少なくとも空港の総清掃費の約8%を節約できたと言います。
ハエの不衛生なイメージを利用することで、トイレ利用者は罪悪感なハエを狙うようになったのです。
現在、このナッジの手法は広く普及しており、世界中の公共トイレにハエが描かれています。
認知バイアス「デフォルト効果」 p56
ナッジのインパクトを示す、もうひとつの例をご紹介しましょう。
セイラー教授はナッジ理論の中で、「相手に選択を求めるとき、選択肢をどのように提示するかが回答に影響する」と主張しました。
一見、何でもなさそうな小さな要素が、相手の意思決定に大きな影響を与えると言うのです。
次のグラフは、2003年の欧州各国における臓器移植の同意率を示したものです。
日本と同様に、ヨーロッパでは生前に意思を示すことで、死後に臓器を提供するかどうか自分で決めることができます。
このグラフを見ると、臓器移植への同意率が低い国と、高い国とがはっきりと分かれているのがわかるでしょう。
例えば、ドイツでは臓器提供への同意率が人口の12%であるのに対し、文化的、経済的発展がよく似ている隣国のオーストリアでは、同意率は99.98%です。
しかしなぜ、同じヨーロッパの国でありながら、これほどの違いがあるのでしょうか。
教育や文化、あるいは宗教の違いでしょうか。
実はこの違いには、ある意外な要因が隠されていました。
各国で採用されている、臓器提供の「同意取得方法」が異なっていたのです。
●オプトイン方式:同意の意思表示をしてもらう
●オプトアウト方式:拒否の意思表示をしてもらう(チェックを入れなければ同意とみなす)
ドイツなどの同意率の低い国の同意書では、臓器提供の意思がある場合にチェックを入れる「オプトイン」方式を採用していました。
一方、オーストリアなど同意率の高い国では、臓器提供の意思がない場合にチェックを入れる「オプトアウト」方式を採用していました。
これは、私たちが持つ認知バイアスのひとつ「デフォルト効果」によるものです。
デフォルト効果とは、初めから選ばれている選択肢をそのまま受け入れてしまう心理傾向のことで、これにはできるだけ変化を受け入れず、同じ状態を維持しようとする惰性的な思考――「現状維持バイアス」も関連しています。
例えば、ほとんどの人が、パソコンやアプリケーションの設定を変更しないのも「すでにベストな状態になっていあるに違いない」「設定を触るとおかしなことになってしまうかも」「変更が面倒」など、心理的な負担や、行動を起こすリスクを避けようとするためです。
私たちは、朝起きてから寝るまでの間、すべての物事を自分で決めているかのように感じていますが、実際には違います。
相手からの選択の提示方法によって、実際には「選ばされている」場合もあるのです。
不利な選択へ導くスラッジ p58
ナッジの持つ「選択のアシスト機能」は、デジタルマーケティングの世界においても、積極的に使われています。
本書の冒頭でもご紹介した、メールマガジンのチェックボックスを例に考えてみましょう。
一部の企業は、同意のボックスにあらかじめチェックを入れておくことで、ユーザーが設定をそのままにしておくことを期待しています。
これもまた、デフォルト効果を利用したものです。
しかし、本当にユーザーはこのようなナッジを望んでいるのでしょうか。
次の図は、とあるショッピングモールサイトのメルマガ購読の同意画面ですが、デフォルトですべてのボックスにチェックが入っています。
そのサイトで買い物をしたからと言って、すべてのメールマガジンを読みたいと思う人がどれだけいるでしょうか。
セイラー教授は、本人の利益にならないナッジ行為――つまり賢明な選択を妨げたり、行動を好ましくない方向に向かわせたりする行為に「スラッジ(汚泥ヘドロの意)」と名付けました。
ナッジの反対語であるスラッジは、本質的にダークパターンと同じ行為を指します。
ナッジ:相手がよりよい選択をするように、あと押しする行為
スラッジ:相手の賢明な判断を妨げ、不利な選択へと導く行為
不本意な買い物を防ぐデザイン p59
とある大手ショッピングサイトでは、商品注文時のデフォルト設定が「定期購入」となっており、1度きりの購入のつもりだったユーザーから、「商品が何度も送られてくる」とクレームが寄せられています。
しかし、ページには定期購入であることが記載されているため違法性はなく、「自分の不注意を責任転嫁している」と、厳しい見方をする人もいるようです。
このような問題はケースバイケースではありますが、「ページに記載をしているのだからこちらに非はない」とする企業側の主張は、重要な視点を欠いています。
それは、人間の認知能力には限界があるということです。
サービス利用者が契約内容をしっかり理解してから購入するべきであるように、企業もまた、ユーザーが不本意な買い物をしないように、サイト上の言葉やデザインに配慮しなければなりません。
どんなに小さなデザイン要素であっても、それは顧客の意思決定に影響を与えるからです。
インターフェースの操作は言葉が頼り p60
この節では、コミュニケーションの基本である「言葉」に焦点を当ててみましょう。
「もし、インターフェースからすべての言葉が消えてしまったら」と、考えてみてください。
Webサイトやモバイルアプリ、銀行のATM、テレビゲームから空港のキオスク端末まで、インターフェースを操作するとき、私たちがいかに言葉をたよりにしているかを実感するでしょう。
言葉がなければ、私たちは正確にインターフェースを操作できません。
2009年、元ハブスポットのUXディレクター兼プロダクトデザイナーであるジョシュア・ポーターは、私たちが目にするインターフェースの小さなコピーに「マイクロコピー」と名付けました。
ポーターはブログ記事「Writing Microcopy」の中で、マイクロコピーの概念を発見するきっかけとなった、とあるEコマースサイトの決済システムについて語っています。
たった一行のメッセージでユーザーの行動は大きく変わる p61
ポーターが設計していたのは、私たちが普段目にしているような、シンプルな決済システムです。
ところが、この決済システムにはある重大な欠陥がありました。
ユーザーによる請求先住所の入力ミスが頻発し、全オンライン取引の5~10%が失敗していたのです。
これにより、ユーザーとの貴重な取引のチャンスが失われていただけでなく、カスタマーサポートの負担も増大していました。
そこで、彼はひとつのアイデアをひらめきます。
ユーザーが入力を間違えないように、請求先住所の入力欄の近くに、次のようなメッセージを追加したのです。
「クレジットカードに紐づいた請求書送付先住所を必ず入力してください」
すると、あっという間にエラーは減り、サポートに費やされていた時間は短縮され、ビジネスは収益を上げるようになりました。
インターフェース上の小さなコピーが、ユーザーの行動を変えたのです。
ポーターはこの出来事について、次のように語っています。
“皮肉なことに、最も小さなコピーであるマイクロコピーが、最も大きな影響力を持つことがあります。
マイクロコピーは、小さくてもパワフルなコピーです”(筆者訳)
出典:「Writing Microcopy」(http://bokardo.com/archives/writing-microcopy/)
彼が発見したマイクロコピーの概念は、Webサイトやアプリなど、デジタルプロダクトのライティングに携わる多くの人々に気づきを与えました。
それは、プロジェクトの早い段階から言葉そのものをデザインの中心に据える、「コンテンツファースト」の考え方です。
それまでのインターフェースの設計は、ビジュアルデザインが優先され、言葉はあと回しにされていました。
ロレム・イプサム(ダミーテキスト)を当てがい、あとから本番用のコピーを流し込む方式が慣習となっていました。
GoogleによるマイクロコピーのA/Bテスト p63
Googleのユーザーエクスペリエンス担当幹部であるマギー・スタンフィルもまた、2017年のカンファレンス「GoogleI/O」の基調講演で、同社のサービス「Googleホテル検索」の改善にマイクロコピーが役立ったと報告しています。
それまでのGoogleホテル検索では、検索画面に「部屋を予約する(Book a room)」ように促すマイクロコピーを表示させていました。
しかし、スタンフィルのチームがUXリサーチを行ったところ、ユーザーがホテルを検索し始める段階では、このフレーズが深くコミットしすぎていることがわかりました。
ユーザーの気持ちはまだ「予約(購入)モード」になっておらず、その言葉が重く受け止められていたのです。
そこでスタンフィルのチームは、このマイクロコピーを「空室状況を確認する(Check availability)」へと、ユーザーに合わせた軽い表現に変更しました。
すると効果はすぐに現れ、顧客のエンゲージメントは17%も向上しました。
まさに、ポーターの言う「小さくてもパワフルなコピー」の典型例です。
小さなコピーへの投資 p64
現在では、あらゆる規模の企業がマイクロコピーの重要性を認識し始止めています。
ボタンの文言や入力フォームのラベルなど、インターフェース上のコピーを最適化することで、ユーザーはよりスムーズにタスクを完了できるようになるからです。
プロダクトの使いやすさは、ビジネスの収益にも直結するため、細部のコピーへの投資は企業にとっても大きな価値があります。
近年では、インターフェース周りのライティングを担う専門職として「UXライター」のニーズも高まっています。
大手動画配信サービスのNetflixでは、コンテンツデザイナーやランゲージマネージャーがA/Bテストを行えるよう、自社ツール「シェイクスピア」を導入しています。
Netflixは過去に、合計10種類のお申し込みボタンのバリエーションをテストしていたこともあります。
メッセージの訴求や、わずかな言い回しの違いが、ユーザーの新規加入率に大きく影響することを理解しているからです。
ヒューマンエラー 人は操作を間違える p65
インターフェースの言葉がわかりにくいものであった場合、どのような事態を招くでしょうか。
第一に考えられることは「誤操作」です。
2018年1月13日土曜日の朝、弾道ミサイルの飛来を警告する緊急メッセージが、テレビ、ラジオ、携帯電話を通じてハワイの住民に一斉送信されました。
パニックに陥った地元住民に、「ハワイへの脅威はない」との撤回のメッセージが届いたのは、それから38分後のことです。
当時、米中は緊張状態にあり、核攻撃を予想していた住民の中には、子供をマンホールに隠したり、最後のお別れの電話をした人もいました。
このミサイルの誤報は世界中のメディアに取り上げられ、州の危機管理機関の責任者は引責辞任することとなりました。
しかし、そもそもなぜこのようなことが起きたのでしょうか。
誤操作の原因は、州が使用していた警報ソフトウェアのインターフェースにありました。
管理局のスタッフはその日、訓練時に選択する「DRILL-PACOM(DEMO)」ではなく、本番用の「PACOM(CDW)」を誤って選択してしまったのです。
これにより、限られたテスト用の機器ではなく、100万人以上のハワイ住民の携帯電話を鳴らしてしまいました。
しかし、インターフェースを見れば、スタッフが操作を間違えたとしても何ら不思議はないことに気が付くでしょう。
この2つの選択肢には、DRILLとDEMOの2つの単語の違いがあるだけで、区別がつきにくいものです(「Test Alert: PACOM」「Live Alert: PACOM」のような表記であればわかりやすかったでしょう)。
加えて、訓練用と本番用の選択肢が同じメニュー内に表示されているため、そもそもが誤操作を招きやすい環境にあったと言えます。
「ヒューマンエラー」という言葉には、実行したユーザー本人に責任があるようなニュアンスがありますが、それは間違いです。
ユーザーではなく、ミスを引き起こすインターフェース側の設計に問題があります。
ユーザーの努力や能力に頼らずにミスを防止できるよう、その仕組みをインターフェース側に設計する必要があるのです。
フォッグ式消費者行動モデルとは p68
携帯が鳴っているのに出なかった、あるいは出られなかったことは、誰にでもあるはずです。
「大事な会議中だったから」「苦手な人からの着信だったから」「シャワーを浴びていて手が濡れていたから」「体調が芳しくなかった」「着信音に気が付かなかった」など、その理由はさまざまでしょう。
私たちが何かを行動に移すとき、あるいは移さないとき、そこにはある方程式が成り立っています。
その方程式をわかりやすく表したものが、スタンフォード大学のB.J.フォッグ教授が提唱した、「フォッグ式消費者行動モデル」です。
フォッグ教授によると、人が「行動(Behavior)」を起こすには、「モチベーション(Motivation)」と「実行能力(Ability)」「きっかけ(Prompt)」の3条件が必要だと言います。
例えば、ユーザーに十分なモチベーションがあり、それを実行するだけの能力があったとしてもきっかけが訪れなければ行動に移すことはありません。
きっかけがあり、モチベーションが高い状態でも、ユーザー自身にその実行能力がなかったり、何らかの制約により実行できない環境にいたりすると、やはり同様に行動を起こすことはありません。
フォッグ教授の消費者行動モデルは、私たちがユーザーの行動に影響を与えるために、どのような側面からアプローチすべきかを考えるのに役立ちます。
説得のためのテクノロジー「カプトロジ」 p69
人の行動を変えるデザインは、ユーザー体験に付加価値を与えます。
そして、ユーザーとプロダクトの関わり合いを深めることができます。
例えばあなたは、次のようなアプリを使ってみたことはないでしょうか。
●ユーザーを励ます英語学習アプリ(モチベーションを高める)
●毎日決まった時間に通知を行う瞑想アプリ(きっかけを与える)
●1日のカロリー計算を自動で行うダイエットアプリ(実行しやすくする)
このように、私たちが日常的に使っているアプリにも、ユーザーの行動変容を促すさまざまな仕組みが組み込まれています。
B.J.フォッグ教授は、このような説得の道具としてのテクノロジーに「Computer As Persuasive TechnOLOGY:カプトロジ」と名付けました。
“コンピューターが研究室からデスクトップへ、そして日常生活へと移行するにつれ、コンピューターはデザインによって説得力を増すようになった。
今日、コンピューターは、これまで教師、コーチ、聖職者セラピスト、医師、セールス担当者などが担っていた役割を含む、説得者としてのさまざまな役割を担っている”(筆者訳)
――B.J.フォッグ
説得のためのテクノロジーは、当然使う側の倫理が問われます。
なぜならテクノロジーは、人間よりも多くの点で優位に立っているからです。
繰り返しポップアップを表示させてユーザーを根気強く説得したり、あらかじめ組み込まれたトークスクリプトで、相手の心を動かしたりすることもできます。
これは、人間が行う説得よりもはるかに強力です。
それだけではありません。
説得のためのテクノロジーには、社会的な振る舞いが求められます。
あなたが設計したインターフェースが失礼な振る舞いをするなら、ユーザーを傷つけたり、怒らせたりしてしまうでしょう。
スタンフォード大学のクリフォード・ナス教授とコリーナイェンは、共著『お世辞を言う機械はお好き?』(福村出版)の中で、私たち人間が、ダイアログを表示するだけのシンプルなコンピューターをいとも簡単に人間扱いすることを、30の実験を通じて明らかにしました。
ナス教授によると、コンピューターを操作する人々は、コンピューター人間社会のコミュニケーションと同じルールで振る舞うことを期待しています。
簡単に言えば、礼儀正しく、自分を褒めてくれるソフトウェアには好感を抱き、無礼で批判的なソフトウェアには嫌悪感を抱くということです。
ユーザーは、インターフェースに表示されるメッセージを、人間の言葉と同じように受け止めています。
私たちが設計するデジタルプロダクトに、誠実さや礼儀正しさが求められるのはそのためです。
p73
私たちには、2つの思考モードがあります。
ひとつ目は、無意識的直観的な判断を行う「速い思考」です。
歯磨きをしたり、いつもの通勤ルートを運転したり、私たちが日常生活のほとんどを無意識に行えるのは、脳がこの「速い思考」モードで、自動的に判断を下してくれているためです。
そして2つ目は、思索的な「遅い思考」です。
外国語を学んだり、アプリを作るためにプログラミングをしたり、複雑な方程式を解かなければならないときなど、集中力を要する状況では、私たちはこの第2の思考モードを使っています。
アメリカの心理学者であり、ノーベル経済学賞の受賞者でもあるダニエル・カーネマンは、著書『ファスト&スロー あなたの意思はどう決まるか?』([上下巻]早川書房)の中で、心理学の分野で知られらていたこの2つの脳のシステム「システム1」「システム2」についてさらに理論を発展させています。
カーネマンによれば、システム1が、無意識下に楽々と実行されるのに対し、システム2は意識的に立ち上げないと起動しません。
システム2は認知的負荷が高く、1日に何度も使うと疲れてしまうため、通常はアイドリング状態になっているのです。
認知心理学の分野では、私たちが1日の活動で許容できる意識的な判断の総量は決まっており、一定量を超えるとミスを犯しやすくなると言われています*。
そのため、脳は思考エネルギーを温存できるよう、デフォルトではシステム1を使い、システム1では対処できない困難な場面に遭遇したときには、アイドリング状態だったシステム2にバトンタッチします。
この2つのシステムの使い分けは、私たちの脳が膨大な数の決断を下せるよう、長い年月をかけて最適化されてきたからこそ、備わっているものです。
*近年、この「自我消耗説」には反論もあり、自我消耗の兆候が認められるのは、「意志力には限りがある」と信じている人のみだと主張する学者もいます。
見たものが全て WYSIATI バイアスとは p75
システム1には、ある特徴があります。
それは、その場で見たり聞いたりした情報をもとにストーリーを組み立て、すぐに結論に結びつけたがる、早とちりな側面があることです。
デフォルトの思考モードであるシステム1は、システム2と違って、熟考したりはしません。
直観的かつ自動的な判断を下します。
これは、言い方を変えれば「素直な思考モード」とも言えますが、手元にある情報を重視する一方、そこにない情報は存在しないかのごとく、探そうともしないため、判断を誤りやすいのが弱点です。
カーネマンは、この性質に「WYSIATI バイアス」(What You See Is All There Is.:自分の見たものがすべて)と名付けています。
例えば、初対面の人と会ったとき、数秒で何かしらの印象を抱くのではないでしょうか。
私たちは日常生活の中で、見たままの情報をもとに、ほとんどのことを判断しています。
ダークパターンはシステム1の弱点を突く p75
ダークパターンの中には、システム1が持つこのWYSIATY バイアスの隙を狙うものがあります。
ユーザーは、過去に触れてきたWebサイトやアプリケーションの経験から、「○○するには、こう操作するのだろう」という経験則を持っています。
このような頭の中のイメージを「メンタルモデル」と呼びますが、ダークパターンの中には、ユーザーが持つメンタルモデルを逆手に取ってデザインされたものも多く存在するため、誰もが簡単に騙されてしまうのです。
ダークパターンは、ユーザビリティの権威であるヤコブ・ニールセンが提唱した「ヤコブの法則」に反しています。
“ユーザーは、ほとんどの時間を他のサイトで過ごします。
言い換えれば、ユーザーはあなたのサイトが、すでに知っている他のサイトと同じように機能することを望んでいるのです。”(筆者訳)
――ヤコブ・ニールセン ニールセン・ノーマングループ
出典:「End of Web Design」(https://www.nngroup.com/articles/end-of-web-design/)
インターネットの利用に慣れたヘビーユーザーが、ダークパターンに引っかかりにくいのは、過去の失敗から学習しているためです。
その中には感情の記憶も含まれます。
怪しい広告バナーに遭遇したときや、大量のメルマガに登録させられそうなとき、システム1の思考が、過去に記憶した「嫌悪感」をキャッチし、アイドリング状態のシステム2を起動させることで、熟考モードに入ります。
「おや、これは何かおかしいぞ……」と、論理的な思考を巡らせることで、罠を回避できるのです。
しかし、大多数のユーザーには、ダークパターンを回避できるほど、十分な経験や知識がありません。
ダークパターンと一括りに言っても、その手法はさまざまであり、日々新たなものも生まれています。
そのため、インターネットの利用経験の少ない子供や、加齢により認知能力が衰えている高齢者ほど、ダークパターンの罠にはまってしまう傾向にあります。
だからこそ、私たちサービスの設計者だけでなく、利用者側もまた、ダークパターンの存在を知っておく必要があるのです。
日頃から知識を身につけて、「これはダークパターンではないか」と冷静な視点を持てるようになれば、Web上に仕掛けられた罠を回避できるようになります。
9割以上のユーザーが選ぶ選択肢 p83
目安として、9割以上のユーザーが選ぶ選択肢をデフォルト値にします。
航空会社スカイスキャナーのWebサイトでは、往復、1名、大人、エコノミーがデフォルト値です。
出発地は、サイト利用者のインターネットのアクセスポイントに基づいて、自動で入力されます(スマートデフォルト)。
中立的な選択肢 p83
中立的な選択肢をデフォルト値にします。
左図の場合、ユーザーはさまざまな不安に駆られるでしょう。(「これくらい節約できていなきゃダメなんだろうか?」「私って節約しすぎ?」)。
右図の場合、ユーザーは単に金額を入力するだけで済みます。
先月はどのくらい節約しましたか?
¥250,000
先月はどのくらい節約しましたか?
¥0
出典:「How to write inclusive, accessible digital products」
https://www.kotobaux.com/blog/how-to-write-inclusive-accessible-digital-products
リスクの少ない選択肢 p84
ユーザーにとって、リスクの少ない選択肢をデフォルト値にします。
サービス利用規約への同意、ニュースレターの登録など、ユーザーの意思確認が必要な場面ではデフォルト選択を避けます。
「ここまでやったのだから」サンクコスト効果 p91
しかし、なぜ手数料を隠されたユーザーのほうが、より多くのお金をチケットに支出したのでしょうか。
最終チェックアウト画面でチケット料金が跳ね上がった場合、購入をあきらめたり、他のチケット販売サイトへ行ってしまうのが一般的な反応のようにも思えます。
実はここでも、ユーザーの認知バイアスが深く関係しています。
コスト隠しのダークパターンが機能するのは、ユーザーに「サンクコスト効果」が働くためです。
サンクコスト効果とは、すでに支払った労力(時間・お金)の価値を引きずってしまい、あと戻りできなくなる心理のことを言います。
あなたがチケットを購入する場面を想像してみてください。
Webサイトを開き、欲しいチケットを検索し、日付と座席を選び、最後に個人情報と支払い情報を入力します。
少なくとも数分から数十分の間、画面の操作に集中しているはずです。
これらの時間的精神的な労力が、あなたがすでに支払った価値となります。
突然、手数料の存在を知らされて、チケット料金が跳ね上がったとしても、「もうここまでやったんだから……」と、そのまま購入してしまうのではないでしょうか。
これがサンクコスト効果です。
世界のショッピングカートの平均放棄率 p91
Eコマースサイトに関する調査を行っているBaymard Institute社の報告によると、2022年の、世界のEコマースサイトのオンラインショッピングカートの平均放棄率(カゴ落ち率)は69.82%です。
これは、サイト訪問者の約7割が、商品をカートに入れた後、何らかの理由でサイトを離れることを意味しています。
このデータから私たちが学ぶべきことは、顧客が買い物の途中でカートを放棄したその理由です。
調査レポートによると、全体のユーザーのうち48%が、追加コスト(送料、税、手数料)が高すぎるためにカートを放棄したと回答しています。
また、16%のユーザーは、事前に注文の合計額を確認、見積もりできなかったことをその理由に挙げました。
これらはいずれも、「隠れたコスト」のダークパターンが顧客に抱かせる不満そのものです。
同様の傾向は、StabHubの調査結果にも現れており、手数料を隠されたユーザーは、最初から支払い総額を伝えられたユーザーよりも、チェックアウト時の購入率が45%低かった(つまりカート放棄率が高かった)ことが明らかにされています。
また、このようなユーザーは、もう一度ページを戻ってチケットを再検索する傾向がありました。
カート放棄率が高かったにもかかわらず、StubHubの売上が増加したのはなぜか。
それは、チケットの再検索にかける労力が、ユーザーに働くサンクコスト効果をさらに強化させ、結果的にチケットの購入を後押ししたためと考えられます。
ドリッププライシングは、ユーザーの多大な時間と労力を奪いながらも、より多くのお金を稼ぐのです。
信頼の貯水地 p95
ユーザビリティコンサルタントの第一人者であるスティーブ・クルーグは、著書『Don't Make Me Think, Revisited』の中で、「信頼の貯水地」のコンセプトを紹介しています。
信頼の貯水地の水位は、ユーザーがあなたのブランドに対して抱いている信頼のレベルを示しています。
ユーザーはブランドへの一定の信頼感を持ってWebサイトを利用し始めますが、操作が難しかったり、欲しい情報が見つからなかったりすると、貯水地の水位は徐々に下がっていきます。
反対に、ユーザーのタスクをサポートしたり、サービスを通じて価値を提供できれば、貯水地の水位は再び上昇しますが、不誠実な販売手法が原因で、一気に枯渇することもあります。
指先ひとつで操作できるオンラインの世界では、ユーザーは正直です。
「このサイトは信頼できない」と感じさせてしまえば、ユーザーはあっという間に去ってしまいます。
Slackのフェアビリングポリシー p96
サービスがオンライン経由で提供されるSaaSプロダクトの料金は、チーメンバーの数に基づいて請求されることがほとんどです。
ソフトウェアを使用していないメンバー(非アクティブユーザー)の数は考慮されません。
一方、ビジネス向けのチャットツールSlackは、フェアビリングポリシーを設けており、実際に利用した人数分の料金のみが請求されます。
企業は従業員が使っていないサービスを真っ先にコストカットの対象にするため、公平な料金体系の提供は、サービス提供者側にとっても意味があります。
おとり商法 Bait and Switch p96
ユーザーがインターフェースを操作して、特定のアクションを起こそうとすると、期待した結果とは別のことが起きる。
これが「おとり商法」のダークパターンです。
「おとり商法」は元々、オフラインマーケティングにおける悪徳商法を指す言葉でした。
チラシに契約済みの賃貸物件を掲載したり、そもそも存在しない架空の物件を掲載したりするのも、おとり商法の代表例です。
集客のために疑似のえさ(Bait)をチラつかせておいて、実際には別のオファー内容にすり替える(Switch)ことから、このように呼ばれています。
広告内容と異なるゲームアプリ p97
しかし今日では、おとり商法はデジタル広告の領域でも使われています。
ロシアのゲーム制作会社Playrix社のアプリ「ホームスケイプ」の動画広告は、ピンを正しい順番で抜くことで、
危機に陥った執事を助けるという内容でしたが、実際にプレイしてみると、その中身がパズルゲームであることが判明します。
イギリスでは、あまりにも広告の内容と異なるために消費者からクレームが入り、ホームスケイプの広告は差し止められました*。
基本プレイが無料のゲームは、とにかく人数さえ集めれば、有料アイテムに課金するユーザーが一定数現れます。
そのため、ゲーム制作会社の中には、広告の内容とゲームの内容が異なっていても問題ないと考える会社が出てくるのです。
*広告詐欺の指摘を受けたためか、その後Playrixはホームスケイプの作品中にピン抜きゲームの要素をミニゲームとして追加しました。
しかし、それでもゲーム全体のボリュームに比べるとその要素はごくわずかです。
「緊急性」の濫用がビジネスの信頼性に与える影響 p104
経験を積んだコピーライターは、緊急性のメッセージの使用に慎重です。
コンバージョン率の向上に効果的とはいえ、過剰に使用すると、長期的にはその効果が損なわれたり、ブランドに悪影響を及ぼす可能性があるからです。
これは、あるドメインポータルサイトからのメールですが、過剰なペースでドメインセールのお知らせや、更新期限の通知が送られてきます。
そしてその件名のほとんどが、ユーザーに切迫感を与えるものばかりです。
緊急性のメッセージを濫用すると、本当に重要な場面で、ユーザーに振り向いてもらえなくなります。
やがて言葉が軽んじられ、無視されたり、煙たがられたりするようになる、「オオカミ少年効果」です。
ミスディレクション(誘導) p106
“観客に何かを見てもらいたければ、あなた自身がそれを見よ。”
――マジシャン ジョン・ラムゼイ
ダークパターンの中には、ユーザーの注意を惹きつけたり、逸らしたりすることで、特定の選択へと誘導するものもあります。
この節では、ユーザーの認知特性を逆手に取るインターフェース、ミスディレクション(誘導)について詳しく解説します。
●コンファームシェイミング(Confirmshaming)
●視覚的干渉(Visual Interference)
●ひっかけ質問(Trick Questions)
●クリックベイト(Clickbait)
ユーザーの感情をもて遊ぶダークパターン p107
「コンファームシェイミング(羞恥心の植え付け)」は、ユーザーの感情に訴えかけて、オファーを断りづらくさせるダークパターンのことです。
メールマーケティングが活発になった2010年代、コンファームシェイミングは、ユーザーからメールマガジン登録の同意を得るためのテクニックとして、主に英語圏で急速に広まりました。
コンファームシェイミングの特徴は、ユーザーに羞恥心や罪悪感(後ろめたさ)を抱かせることです。
企業がユーザーに何か選択を求める場合、「はい」「いいえ」のようなシンプルな二択を提示するのが一般的でしょう。
ところがコンファームシェイミングは、拒否の選択肢にのみ「いいえ、節約したいとは思いません」「いいえ、健康管理には興味ありません」などのような偏った表現を使います。
これらはいずれも、ユーザーが自分の決断に自信が持てなくなるような表現です。
あるセキュリティソフトウェアは、契約プランの更新を求めるポップアップで、コンファームシェイミングの手法を使っています。
ユーザーを否定的な自己イメージと結びつけ、自分たちが勧める通りに行動しないことが愚かであるかのように感じさせています。
コンファームシェイミングが使われるのは、ユーザーが企業にとって望ましくない行動をとろうとするときです。
その引き止め方はさまざまで「お別れするのは寂しいです!」と書かれたメールマガジンの配信停止ページであったり、泣いている人物やアニメキャラクター、悲しい顔をした猫の画像が掲載された解約ページであったりします。
これらに共通するのは、いずれもユーザーにとってポジティブな体験ではないということです。
コンファームシェイミングが使われやすい場面は、以下のようなときです。
●ユーザーが何もせずにサイトを去ろうとしたとき
●メールマガジンの購読を停止しようとしたとき
●サービス(サブスクリプション)を解約しようとしたとき
●特典の受け取りを拒否しようとしたとき
●ソフトウェアを削除しようとしたとき
フレーミング効果による印象操作 p109
絵を飾るとき、どのような額縁に入れるかによって、その絵の印象は大きく変わるでしょう。
それと同じように、私たちの発するメッセージもまた、どのような伝え方言い回しで表現するかによって、相手が受ける印象は変わります。
これを「フレーミング効果」と言いますが、コンファームシェイミングは、自分たち(企業)にとって都合の悪い選択肢を、ユーザーにとって誤った選択であるかのように仕立てます。
コンファームシェイミングの副作用 p109
コンファームシェイミングを使う企業の狙いは、もちろんコンバージョン率の向上です。
Chapter1で紹介したルグリとストラヒレビッツの実験では、コンファームシェイミングを用いたインターフェースは、そうでないインターフェースよりも、約33%高い承諾率を示しました。
コンファームシェイミングの手法を支持する人たちがいるのは、それ実際に効果を生むと信じているからなのでしょう。
しかし、A/Bテストから得られるデータだけでは、その裏で起きてあるブランドへの影響までは把握できません。
コンファームシェイミングを調査した、ニールセン・ノーマン・グループのケイト・モランとキム・フラハティは、記事「マイクロコンバージョンのためにユーザーに肩身の狭い思いをさせてはいけない」の中で次のように述べています。
“ここにはあるトレードオフが隠れている。
このアプローチは、A/Bテストでは数量化しにくいやり方で、ユーザーエクスペリエンスに悪影響を及ぼしていくのだ。
マイクロコンバージョンの増加に見られる短期的な利益は、ユーザーを馬鹿にするという代償によって得られるものだが、これは長期的には損失になっていく可能性が高い。”
出典:「マイクロコンバージョンのためにユーザーに肩身の狭い思いをさせてはいけない」
https://u-site.jp/alertbox/shaming-users
ユーザーへの侮辱は、相応の反応を引き出す p110
ニュージャージー州にあるコーヒーマシンの販売会社Majesty Coffeeは、レイバーデー(労働者の日)のセール期間中、通販サイトのポップアップの閉じるボタンに、次のようなコピーを表示しました。
「いいえ、お買い得情報を逃しても大丈夫です」
その結果、このプロモーションは、収益面では期待通りの成果を上げたものの、ブランドロイヤリティを犠牲にしてしまいました。
ブランドへの愛着や信頼の度合いを示す「ネットプロモータースコア」が20%以上低下したのです。
2020年にスウェーデンのヨンショーピング大学のエクロスリンが行っしたユーザー調査では、コンファームシェイミングにさらされたユーザーの大半が、この戦略を用いる企業を否定的に捉え、「プロ意識に欠け、(売り込みに)必死になっている」と考える傾向があることを明らかにしました。
コンファームシェイミングにさらされたときにユーザーが抱く感情は、「ショック」や「ばかばかしさ」のほうが大きく、人々の考えを変えるほどの強い「羞恥心」や「罪悪感」を引き出す効果がないこともわかりました。
これは、コンファームシェイミングを使う企業の狙いと矛盾しています。
ニールセン・ノーマン・グループのモランとフラハティもまた、コンファームシェイミングが機能する理由を、恥をかくからではなく、「ユーザーが決断する前に一旦立ち止まって、よく考えるようになるから」だと分析しています。
この分析が正しければ、わざわざユーザーに嫌な思いをさせたり、思いやりに欠けた言葉を使う必要などないのです。
ユーザーに敬意をもって接する大切さは、対面のコミュニケーションでも変わりません。
赤のボタンか、緑のボタンか p112
「どの色のボタンが最もクリックを集めるか」という問いは、Webマーケティング業界で、長い間議論されてきたトピックのひとつでした。
その意見はさまざまであるようで、例えば、心理学的なアプローチから、「緑のボタンは安心感を与えるからクリックされやすい」と結論づける人もいれば、「購買意欲を高める赤のボタンのほうがよい」と主張する人もいます。
しかし、過去に検証を試みた企業のA/Bテストデータを比べると、それぞれ結果は異なるようです。
赤いボタンが高いコンバージョン率を示した事例もあれば、緑やオレンジ色のボタンが高いコンバージョン率を示した事例もあります。
これらの事実は、問いの前提に誤りがあることを意味します。
つまり、「普遍的にクリックされやすいボタンの色」は存在しないのです。
ボタンの色が果たす最大の役割は、そのボタンの存在をユーザーに知らせることです。
青の背景に青色のボタンを配置すれば、ボタンを見つけられなくなってしまうように、Webサイトに使われているテーマカラーが何色かによって、見つけやすいボタンの色も変わります。
ユーザーはボタンを見つけた後に、ボタンに書かれた文言(マイクロコピー)を読み、自分が取れる行動や選択肢を認識するのです。
コントラストの力 p113
色のコントラストは、私たちがWebサイト上から情報を見つけるための視覚的な手がかりです。
色のコントラストとは、色のメリハリのことであり、異なる色の間の色相(色味・色あい)、明度(明るい・暗い)、色彩(鮮やかさ)の対比によって生じるものです。
アメリカのアパレルブランドEastpakのWebサイトでは、ユーザーの注意を引くためにCTA(行動喚起)ボタンに高コントラストのボタンを採用したところ、コンバージョン率が12%上昇しました。
また、高コントラストのボタンは、背景が透明のゴーストボタンと比べて、クリック率が8%高いことがわかりました。
“ニールセン・ノーマン・グループの調査によると、いわゆるゴーストボタンではユーザーがタスク遂行に要する時間が22%長くなることが示されています。
これはシグニファイア(可能な操作をユーザーに伝える手がかり)としての働きが弱いためと考えられます。”
――Google Optimize Resource Hub
コントラストの低いボタンを使った場合、視認性が下がるだけでなく、ユーザーの操作性にもマイナスの影響を与えるのです。
ビジュアルデザインでユーザーをあざむく視覚的干渉 p115
次の図を見てみてください。
おそらくこの図に書かれたテキストは、あなたがどのような順序でテキストを読むか、ほとんど正確に言い当てているでしょう。
私たちには認知特性があり、大きなもの、目立つものから順に視線を向ける傾向があります。
出典:「Understanding Visual Hierarchy Helps Your Customers Understand You」をもとに作成(https://www.appletoncreative.com/blog/understanding-visual-hierarchy-helps-your-customers-understand-you/)
「視覚的干渉」は、色、文字のサイズ、レイアウトなどの視覚的要素を利用して、ユーザーを特定の選択に誘導したり、あるいは遠ざけたりするダークパターンのことです。
例えば、あるWebサイトの解約ページでは、キャンセルボタンを、色とサムズアップのアイコンで強調していますが、肝心の解約ボタンはグレーアウトされており、(実際には押せるのに)ボタンが利用できない、または無効であるかのような印象を与えています。
「色」に頼らないデザイン p116
キャンセルボタンの強調は、取り返しのつかない破壊的なアクション(データの初期化など)において、ユーザーの誤操作を防ぐのに役立ちます。
しかし、色に頼ったデザインは、色覚障がいのある人々にとって判別が難しいものです。
ユーザーに重大な影響を与える選択場面では、解約を二段階プロセスにする(例えば「DELETE」と入力した上で解約ボタンを押す)など、確認のステップを設けることで誤操作を防ぐことができます。
また、ユーザーの選択を狭めないためにも、もう片方の選択肢を隠したり、視覚的な手がかりを弱くしたりしてはいけません。
ユーザーの認知を逆手に取るポップアップ p116
画面視覚的干渉のダークパターンは、ユーザーを誘導するためにデザインされています。
例えば、視覚的な重み(ビジュアルウェイト)や配置位置もユーザーの行動に大きな影響を与えます。
あるドメイン取得サイトでは、ユーザーがドメイン契約の更新画面から離れようとすると、そのたびにポップアップが表示されます。
しかしこのとき、「更新画面に戻る」のボタンに視覚的な重みが置かれているため、ユーザーはうっかり選択してしまい、再び元のページに戻されてしまいます。
また、ボタンの配置順序の一貫性も失われています。
このサイトではそれまで、アクションボタンを右側、キャンセルボタンを左側に表示していたにもかかわらず、ポップアップ画面ではそのルールが失われ、ボタン位置が反対に表示されます。
これは、ユーザーが慣れ親しんだ操作ルールを逆手に取ったものです*。
一部のモバイルゲームでも、課金画面と通常プレイ画面での「はい」「いいえ」のボタン配置が逆であったために、ユーザーが誤って課金してしまうケースが起きています。
“忘れてはならないのは、慣例に反するものをデザインすると、ユーザーの認知負荷が高まるということだ。
したがって、慣例を破るのは、タスクに絶対に必要な場合や効率が向上する場合に限るべきである。
たいていの場合は、一貫性を維持し、ユーザーの期待に応えるほうが、慣例を破るよりも価値があるだろう。”
――UXの専門家 レイチェル・クラウゼ
出典:「一貫性を保ち、標準に準拠する(ユーザビリティヒューリスティックNo.4)」(https://u-site.jp/alertbox/consistency-and-standards)
*「OK」と「キャンセル」ボタンの表示順序は、各プラットフォームのガイドラインによって定められています。
視覚的干渉を使ったさまざまなトリック p118
なかには、より巧妙にデザインされたものもあります。
①のポップアップ広告では、女性の黒髪に黒色の「×」ボタンが隠れているために、ユーザーは広告を閉じる方法がわからずに困惑します。
②と③は、スマートフォンのディスプレイに髪の毛が乗っていたり、汚れがあるように見せかけたりするモバイル広告です。
これらはすべて、ユーザーに広告を踏ませることを意図しています。
パデュー大学の研究所UXP2がまとめたダークパターンの分類によると、視覚的干渉は、デジタル以前のはるか昔から使われていました。
1938年にオーストリアで使用された投票用紙には、「はい」の選択肢には大きな円が、「いいえ」の選択肢には小さな円が印刷されています。
また、ここではひっかけ質問(後述)のダークパターンが用いられており、投票用紙には、次のように書かれています。
「あなたは、1938年3月13日に制定されたドイツ帝国とオーストリアの再統一に同意しますか?
その指導者であるアドルフ・ヒトラーの政党に投票しますか?」
そうです。
ヒトラーの政党への支持票を集めるために、2つの質問をひとつにくっつけています。
偽装(なりすまし)広告 p120
「偽装広告(Disgused Ad)」とは、広告だとバレないように、他のコンテンツやナビゲーションボタンなどに偽装した広告のことです。
フリーウェアや画像素材のダウンロードサイトなど、ディスプレイ広告からの収益が主な収入源になっているサイトでよく見られます。
ユーザーは、目的のコンテンツを手に入れるためにダウンロードボタンを押しますが、実際にはそのボタンは広告であり、無関係なサイトに誘導されてしまったり、悪質なソフトウェアをダウンロードさせられたりしてしまいます。
このような欺瞞的なインターネット広告の増加は、ユーザーが広告そのものに対して抱く嫌悪感の増大にもつながります。
近年では、広告ブロッカーをインストールするユーザーが増えており、ソーシャルメディア管理システムHootsuiteの調査によると、世界のインターネットユーザーのうち42.7%が広告ブロッカーを使用しています(代表的なソフトウェアのひとつ「AdBlock」には、現在約6,500万人ものユーザーがいます)。
当然のことながら、広告ブロッカーの利用者の増加は、広告主やサイト運営者にとっては好ましいことではありません。
2016年、Wired.comは、アドブロックツールの利用者からのすべてのアクセスを遮断すると発表しました。
Wired.comへの全トラフィツクの内、(当時の時点で)約20%がアドブロックツールの利用者からであったため、サイトの広告収入にマイナスの影響を与えていたのです。
Wiredは読者に、アドブロックツールのホワイトリストにWired.comのドメインを追加するかディスプレイ広告なしでコンテンツに完全にアクセスできる週1ドルのプランに加入するかを求めました。
サイト運営には収益が必要だからです。
しかし実際のところ、無料のオンラインコンテンツが広告費によって賄われていることを理解しているユーザーは、ほんの一握りです。
それどころか、多くのユーザーは、目障りな広告を排除することは良いことだと考えています。
ここ数年のアドブロックツールの利用者数の伸びは、ユーザーが広告に対して抱いている嫌悪感を、はっきりと示していると言えるでしょう。
2020年1月には、Googleが新たに導入した広告の表示方法が問題視されました。
検索結果に表示される広告が、一見、広告のように見えないデザインへと変更されたためです。
Googleの収益の大半(80%以上)は、広告によって賄われています。
検索ユーザーが広告をクリックすると、Googleにお金が入るので、広告をオーガニックな検索結果であるかのように見せれば、より多くの収入を得ることができます。
PPC広告代理店であるNordicClick社の独自調査によれば、この仕様変更によって、Googleの広告のクリック率(CTR)は4%から10.5%の範囲で上昇したはずだと報告しています。
その後Googleは、ユーザーやメディアからの批判を受け、「今回はユーザーの声を尊重し、実験を取りやめた」として、この仕様を撤回しました。
Googleは創業当時、自分たちの行動規範として(非公式ながら)「邪悪になるな(Don't be evil)」をモットーに掲げていましたが、近年ではこのモットーを引き合いに、批判にさらされることも増えています。
海外のSEOサイト「Search Engine Land」が作成したデザイン年表を見ると、過去15年間でGoogleの広告がどれだけ変化したか、そして、広告とコンテンツの境界線がどれほど曖昧になってきているかがわかります。
バナーブラインドネス p123
バナーブラインドネスは、ユーザーが無意識に、広告バナーあるいは広告のように見えるコンテンツを無視する現象のことです。
90年代後半には、すでにいくつかのユーザビリティテストにてその存在が確認されていました。
リスティング広告(検索連動型広告)が登場したのは2000年代初頭ですが、当時はテキストオンリーの広告は珍しく、ユーザーの関心に紐づいているため、当面の間は機能し続けるだろうとされてきました。
しかし、それから20年近く経ち、リスティング広告がユーザーにとって当たり前の存在になると、次第に目障りな存在に変わり始めます。
2018年に行われたアイトラッキング調査では、Googleの検索結果ページを閲覧するユーザーは、リスティング広告の領域を、無意識に読み飛ばす傾向があることが明らかになりました。
Googleがこのアップデートで、検索結果ページにファビコン*を表示するよう変更を加えたのはバナーブラインドネス対策だったとも考えられます。
ユーザーが新たな方式の検索結果ページに慣れれば、次第にファビコンを意識しなくなり、広告であることを示す「Ad」のラベルを見落とすようになります。
そうすれば、広告をクリックしてくれる可能性が高くなり、Googleの収益につながる、というわけです。
*Webブラウザのブックマーク(お気に入り)機能で表示される。
そのWebサイトのアイコン画像。
“favorite icon”の略。
コンバージョンファーストのアプローチが行き着くところ p125
2012年のアメリカ大統領選。
この年に再選を果たしたバラク・オバマ前大統領を支えたのは、紛れもなくIT部門の存在でした。
当時、オバマ陣営のIT部門はインターネット戦略の一環としてメルマガ読者の獲得に注力しており、この頃から始まったビッグデータの活用と相まって、これまで以上に大規模なA/Bテストを行っていました。
しかし、コンバージョンファーストのアプローチは、ダークパターンを生みやすい環境を作ります。
彼らが試したA/Bテストの中には、メルマガの解除率を下げるためのテストパターンも含まれており、その多くが視覚的干渉を使ったものでした。
アメリカのマーケティングリサーチ企業Marketing Sherpaが公開したデータによると、このA/Bテストで最も効果の高かったテストパターンは、コントロールパターンに比べて、メールマガジンの解除数を1/2以下にまで減少させています。
ドナルド・トランプの寄付サイト p126
2021年4月3日、ニューヨーク・タイムズ紙は記事「トランプはいかにして支持者を誘導し、無意識のうちに寄付をさせたのか?」を公開しました。
当時、トランプ陣営が運営していたキャンペーンサイトが、支持者との間でトラブルに発展していたためです。
このキャンペーンサイトは、トランプの政治資金集めを目的としており、支援者はサイトを通じていつでも寄付できました。
しかし、この寄付サイトには重大な問題がありました。
「定期的な寄付」のチェックボックスがデフォルトで選択されていたため、それに気が付かなかった支援者の口座から、毎週自動でお金が引き落とされていったのです。
次の画面では、太字強調された文章の下に、定期的な寄付に関する情報が、小さな文字で添えられています。
また、チェックボックスは文頭に配置されており、箇条書きのレ点のようにも見えるため、よく読まなければ見落としてしまいます。
カード会社には、支援者から返金を求める声が殺到しました。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、トランプの支援者の中には、月に1,000ドル以下で生活している高齢のガン患者もいました。
彼がなけなしの500ドルを寄付すると、翌週から毎週500ドルが引き落とされ、その他の追加の寄付金と合わせて、わずか30日間で合計3,000ドルが引き落とされました。
やがて彼の口座残高が底をつくと、銀行口座は凍結され、家賃や光熱費の支払いができなくなってしまいました。
トランプ陣営によるこの欺瞞的行為は、彼の熱狂的な支持者をも落胆させました。
結局、トランプと共和党は、2020年だけで約1億2,270万ドル(約140億円)以上を返金しています。
これは、同年のバイデン陣営の返金額に比べると5倍以上の額です。
「木を隠すなら森の中」テキストウォール p129
“ユーザーはページを読まない。ユーザーはスキャンする。”
――UXコンサルタント スティーブ・クルーグ
どんな活字中毒だって、こんなに細かい文章を読むはずがない――2019年2月、フロリダの旅行保険会社Squaremouthは、あるユニークなキャンペーンを行いました。
クライアントに郵送する旅行保険の契約書に、次のようなメッセージを忍ばせたのです。
「もしここまでお読みになられたのなら、あなたは弊社のお客様の中で契約内容を読む数少ない1人だと思われます。
最初にこのメールアドレスにご連絡いただいた方には賞金を差し上げます(xxxxx@squaremouth.com)」
Squaremouthは、過去15年以上のビジネス経験から、多くの旅行者が海外旅行保険に加入するものの、実際にはその内容を読まないでいることを知っていました。
ならば、契約書を読む重要性を伝えるために、いっそのことキャンペーンにしてしまおうと考えたのです。
Squaremouthの従業員たちは、賞金1万ドルを懸けたこの「Pays To Read(読めば報われる)」コンテストに、少なくとも1年は勝者が現れないだろうと予想していました。
ところが、クライアントへ契約書を郵送し始めてからわずか23時間後。
コンテストはあっさりと幕切れを迎えます。
フロリダへ旅行するために保険に加入した高校教師のアンドリュースさんから、メッセージを読んだとのメールが届いたのです。
彼女は自他共に認める「契約書オタク」でした。
高校時代に受けたテストで「これを読んでいる人は、次の問題を読み飛ばして」というひっかけ問題が出題されて以来、細かな文章を読むことに興味を持つようになったのだと言います。
Squaremouthは彼女を称え、コンテストの勝者として賞金1万ドルを支払いました。
ユーザーは文章を読まない p130
彼女のように契約書を隅から隅まで読む人は、現実にはどれだけいるでしょうか。
実際のところ、私たちは契約書を読まないどころか、お気に入りのサイトですら流し読みしています。
“月並みなWebページの場合、平均的アクセス中にユーザーが読むテキストの量は多くても全体の28%にすぎないという分析結果が出た。
より現実的には、20%程度とみられる。”
――ヤコブ・ニールセン
出典:「ユーザーはいかにテキストを読まないか」(https://u-site.jp/alertbox/20080506_percent-text-read)
2017年、イギリスでは2万2,000人以上が、「野良猫や犬にハグする「詰まっている下水道を手作業で清掃する」「地元のフェスティバルやイベントのときは、移動式便所を掃除する」などのおかしな契約条件に気づかないまま、Purple社の無料Wi-Fiの利用規約に同意しました。
もちろんこれもPurple社による冗談まじりのキャンペーン企画でしたが、規約に含まれた「この文章を読んでいたら賞金をあげるので連絡して」の一文に気が付いたのは、2万2,000人のうちたった1人だけでした。
オンラインサービスの利用規約もまた文字数が多く、専門用語で溢れているため、実際にはほとんどの人が読まずに同意しているのです。
オンライン利用条件(T&C)を読むには時間がかかる p130
●68分:Fitbitの利用条件を読むのにかかる時間
●労働日数で78日:年間で遭遇するプライバシー通知を全て読むのにかかる時間
●14万6,000語:1週間で遭遇するオンライン利用条件の文字数
●ハムレット:Paypalの利用条件より短い
●マクベス:Apple iTunesの利用条件より短い
出典:「行動洞察の活用によるオンライン市場の情報開示の向上」(2018/OECDデジタルエコノミー文書 No.269)
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/international_affairs/pdf/international_affairs_190628_0003.pdf
日本経済新聞は、記事『その「同意」有効ですか?消費者の反発を避けるには』の中で、オンライン規約の同意手続きが形骸化しており、消費者の「同意疲れ」を招いていると指摘しています。
私たちは、日々あまりにも多くのデジタルサービスを利用しているため、自分が何のサービスの、どのような規約に同意したのかがわからなくなってしまうのです。
“利用者からとる同意について、課題を指摘する声が広がっている。
多くの人は内容を詳細に読まないが、利用者に一方的に不利な取り決めや思いがけない内容が含まれていたり、説明不足だったりする場合は、形式上得た同意が意味をなさなくなるリスクが高まっている。
(中略)企業のデータ利用が進むにつれ、その説明も複雑になる。
さらに、さまざまなサービスで同じような同意手続きが繰り返されるなかで、よく分からないまま同意してしまう「同意疲れ」の問題も指摘され始めている。”
――日本経済新聞 電子版 2019年10月9日
消費者とビジネスの双方を守るために、同意確認が増えたり、法的文書の内容が複雑になったりすることは、ある程度は避けられない側面もあるでしょう。
しかし、そうであっても、誰も読まなくなってしまうことを避けるために、企業はユーザーが情報を理解できるように努力をすべきです。
読みにくい規約内容をスマートに伝えるひと工夫 p132
では、現実には全文を読むことが難しい長文のドキュメントを、サイト利用者にできるだけ理解してもらうにはどうすればよいでしょうか。
いくつかの企業が取り組んでいる事例として、「要約版(サマリー)コンテンツ」の提供が挙げられます。
利用規約やプライバシーポリシーのような重要なドキュメントは、一語一句が重要な意味を持つため、勝手に短くしたり、言い回しを変えたりすることはできません。
しかし原文の隣に要約版を添えることで、利用者の理解を促すことができます。
ポーランドのゲーム開発会社CD Projekt REDによる「サイバーパンク2077」の公式サイトを見てみましょう。
2万文字を超えるユーザーライセンス同意書のページでは、左側には全文を、右側にはゲーム作中のキャラクターの口調で、複雑な利用規約の内容を、わかりやすく(時にはユーモアを交えて)伝えています。
Monzoは、イギリスを拠点とするオンラインバンキングのスタートアップです。
Monzoの利用規約ページには、情報へのアクセスのしやすさを高めるために、全文の朗読音声が用意されているほか、絵文字が効果的に使われていて、法的文書にありがちな堅苦しさがありません。
一文の長さを短くする p133
要約版を作成する際には、一文の長さを短くしましょう。
日本語において、最も読みやすさを感じる人が多いのは、1行あたり20~30文字です。
ユーザーのタスクの中断を最小限に抑える p134
視覚的干渉に関連して、マーケティングで起こりがちなユーザーへの「しつこい(Nagging)」アプローチにも言及しておきたいと思います。
モバイルアプリのプッシュ通知はその代表例です。
プッシュ通知は、頻度が高すぎたり、タイミングが適切でなかったりすると、ユーザーが本来のタスクに集中できなくなり、プロダクトの使い心地が悪くなってしまいます。
元DropboxのUXライター、ジョン・サイトウは次のように述べています。
「内々には、通知という言葉を“妨害”に改名する必要があるかもしれません。
そうすれば、私たちは通知の内容にもっと注意を払うようになるでしょう」(筆者訳)
出典:「Stop the spammy notifications!」(https://uxdesign.cc/stop-the-spammy-notifications-9fbac87dc077)
プッシュ型*通知を使用すべきでない場合 p135
●クロスプロモーション、アプリとは無関係な商品の宣伝
●ユーザーが一度も開いたことのないアプリ
●アプリを一定期間使っていないことを知らせる通知
例:「昨日は『明日こそ走る』と言っていませんでしたか?」(ランニングアプリ)
「毎日やるんですよね?」(英語学習アプリ)
●祝日や誕生日のあいさつ
例:「ハッピーニューイヤー!」(通販アプリ)
●アプリ評価のリクエスト(ユーザーがアプリを開いていない/利用していないときのレビューの催促)
●データの同期など、ユーザーの関与を必要としない操作
●ユーザーの操作なしでアプリが回復する可能性のあるエラー状態
*スマートフォンのニュース配信など、送り手のタイミングで提供されるサービス。ユーザーは情報を受動的に受け取る。反対に、ユーザーが能動的に情報を取りに行くものは、プル型と呼ばれる。
出典:「Google Material Design - Android notifications」(https://material.io/design/platform-guidance/android-notifications.html)
紛らわしい言葉でユーザーのスキを突く p136
「ひっかけ質問」は、紛らわしい言葉を使って、ユーザーを特定の選択へ誘導するダークパターンです。
チェックボックスに添えられたテキストや、規約の同意文を読むと、一見、あることを示唆しているように思えますが、注意深く読むと、別のことや正反対のことを意味しています。
ユーザーは、個人情報を提供したり、望んでもいないことを約束させられたりすることを嫌うため、ユーザーを欺くような表現で、強引に同意を得ようとするのです。
ひっかけ質問のダークパターンは、ユーザーがWebページを流し読みすることを利用して、オプトアウトを妨害しています。
このような背景から、2021年3月には、カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)には「二重否定などの紛らわしい表現の使用」を禁止する条項が盛り込まれました。
CCPAでは、「消費者のオプトアウトの選択を誤認させる、または阻害するようにデザインした方法または実質的な効果」を禁じており、遵守していないと判断されたビジネスには是正通知が送付されます(企業は30日以内に是正しなければならない)。
オプトイン方式とオプトアウト方式の混在 p137
次の図のフォームでは、オプトイン方式とオプトアウト方式のチェックボックスが混在しています。
ユーザーはひとつ目のチェックボックスの文言を読み、2つ目以降の文言を流し読みしながら惰性的にチェックを入れる可能性があるため、避けるべきデザインパターンです(基本的に、否定文を肯定させるチェックボックスは使用しない)。
これは対面販売で使われるテクニック「イエスセット話法」に近いものです。
2個以上のチェックボックスがある場合、ユーザーは、イエス、イエス、イエス、と選択を入れていくうちに、次第に質問内容をよく読まずにチェックを入れてしまいます。
チェックボックスの使用ガイドライン p138
●簡潔な表現にする
●二重否定などの紛らわしい表現の使用を避ける
●チェックボックスのテキストには肯定文を使用する
●ひとつのチェックボックスでひとつの同意を得る(まとめて同意を取らない)
●チェックボックスのオンは同意、オフは不同意を意味する(意味を反転させない)
●ひとつのフォーム内に、オプトイン方式とオプトアウト方式のボックスを混在させない
ユーザーから同意を得ようとするとき、その言葉は、誤解の余地のない、要領を得た表現になっているでしょうか。
質問の仕方に問題があるかどうかを知りたい場合は、声に出して読んでみることです。
スクリーンリーダーに読ませてみるのもよいでしょう。
耳で聞いて違和感のあるものは、文章で読んでもわかりにくいものです。
あなたが普段使う会話体の言葉で、ユーザーに言葉を投げかけてみましょう。
「嘘、大げさ、紛らわしい」の代表格 p139
「驚愕のクリックベイト広告秘密を知りたい人は今すぐクリック」――「クリックベイト」とは、Webコンテンツに扇情的なタイトル(あるいは誤解を招くようなサムネイル画像)を付けて、ユーザーにリンクを踏ませる行為のことです。
思わせぶりなタイトルをエサにしてユーザーのクリックを誘うことから、いつしかクリックベイトと呼ばれるようになりました。
日本においては「釣りタイトル」(または「サムネ詐欺」)として知られています。
クリックベイトの目的は、「より多くのクリック」を集めることですが、言葉もインターフェースデザインの一部であるため、クリックベイトもまた、広義のダークパターンに含まれます。
「情報の空白」を利用した強力なヘッドライン p140
“平均すると、ボディコピーを読む人の5倍の人がヘッドラインを読む。”
――現代広告の父 デイヴィッド・オグルヴィ
出典:『ある広告人の告白[新版]』(デイヴィッド・オグルヴィ著/山内あゆ子翻訳/海と月社/2006年)
もしあなたが、仕事でライティングに携わっているのであれば、ヘッドライン(見出し)の重要性をよく理解しているでしょう。
どんなに一生懸命にコンテンツを書いても、ヘッドラインで読み手の注意を惹きつけられなければ、読まれずに終わってしまいます。
メールの件名、ブログ記事のタイトル、Facebook広告の見出しには、そのコンテンツ全体の価値を決めてしまうほどの大きな力があります。
裏を返せば、強力なヘッドラインを書くことさえできれば、読者を惹きつけ、その中身を読んでもらえる、ということです。
1990年代半ば、行動経済学者のジョージ・ローウェンスタインは、私たちの好奇心が「情報の空白」に対する反応であると提唱しました。
彼の主張によれば、私たちが好奇心を抱くのは、「すでに知っていることと「知りたいこと」の間にある知識の空白地帯に気づいたときだと言います。
SNSのフィードに流れてくるコンテンツを見れば、企業が投稿するコンテンツのほとんどが、「情報の空白」をうまく利用していることに気が付くでしょう。
例えば、読者に質問を投げかけたり、一部を虫食い状態にしたりするヘッドラインは、すべて私たちの好奇心を刺激するためのものです。
魅力的なヘッドラインがクリックベイトに変わるとき p141
“人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみるまで中身はわからない。”
これは、映画『フォレストガンプ』で、主人公フォレストの母親が息子に言った言葉です。
人生は予測不可能で、何が起こるかわからないことの比喩として登場します。
しかし、コンテンツの世界においてはどうでしょうか。
少なくともパッケージに書かれているものくらいは箱に入っていて欲しいものです中身が空っぽだったり、チョコレートの代わりにビンの蓋やネジが入っていたりしたら、誰だってがっかりするでしょう。
しかし、このような行為がまさに「クリックベイト」なのです。
クリックベイト「期待値>コンテンツ」
ヘッドラインは独立した存在ではなく、コンテンツとの間に調和が取れたものでなければなりません。
ヘッドラインにコピーライティング的な“味付け”をすることはあっても、肝心の中身が伴っていなければ、ユーザーの期待に応えられないからです。
この原則は、Webページのリンクテキストや、ボタンのマイクロコピーにも当てはまります。
“リンクは約束である。
その約束の大小にかかわらず、約束を破れば信用や信頼は徐々に失われていく。
リンクラベル内の言葉はリンク先のページについての強力な示唆となる。
したがって、リンク先のページではアンカーテキストで約束したことは守らなければならない。”
――ニールセン・ノーマン・グループ カーラ パーニス
出典:「リンクとは約束である」(https://u-site.jp/alertbox/link-promise)
裏目に出るコピーライティングテクニック p142
この節の締めくくりとして、メールマーケティングでしばしば使われるクリックベイトの事例をひとつご紹介します。
以前私は、一度もやりとりしたことのない企業から、次のような件名のメールを受け取りました。
返信メールを装う件名は、メールの開封率を高める斬新なアイデアに思えるかもしれません。
私もキャリアの初期に、こうした“コピーライティングテクニック”をたくさん見聞きしてきました。
例えば、ある会社のメールマーケティング担当者は、自社のインサイドセールスの取り組みを紹介する中で、見込み顧客からの返信がなかった場合、フォローアップメールの件名の冒頭に「Re:」とつけたところ、返信率が2倍になったと言います。
しかし、私たちが何かを「テクニック」と呼ぶとき、物事の本質が見えておらず、過大評価していることがよくあります。
Eメールマーケティング企業のAdestra社によると、メールの件名に“Re:”や“Fw:”を使用すると、最初のメールでは開封率が上がりますが、2通目以降は、開封率とメール本文中のリンクのクリック率が平均以下になることがわかっています。
また、読者を欺くことへの当然の結果として、メール解除率は急激に上昇します。
それでも構わないとする組織があるのは、その組織で定めている“成功指標”に、そもそも偏りがあるからでしょう。
このような職場環境では、多少強引なやり方でも、ビジネスのゴール(売り上げ・コンバージョン)を達成さえすれば評価されます。
そのため、言葉やデザインを、倫理的に問題のある方法で使い始めたり、さまざまな理由で正当化したりしやすい環境にあるのです。
ソーシャルプルーフ(社会的証明) p145
“あなたが語ればマーケティングだが、顧客が語れば社会的証明になる。”
――コンテンツマーケター アンディ・クレストディナ
私たちが何かを決断するとき、正しい行動を取りたいという気持ちから、他者の行動を参考にすることがよくあります。
この節では、自分よりも周囲の判断が正しいと思い込む心理=ソーシャルプルーフ(社会的証明)を悪用したダークパターンについて解説します。
●偽のアクティビティメッセージ(Fake Activity Message)
●出所不明のお客様の声(Testimonials Of Uncertain Origin)
社会的証明の原理 p146
アメリカの社会心理学者、ロバート・B・チャルディーニは、著書『影響力の武器:なぜ、人は動かされるのか』(誠信書房)の中で、人が説得を受け入れるメカニズムを、次の6つの心理学的アプローチから紐解きました。
これらはいずれも、セールスパーソン、募金勧誘者、広告主が、相手を説得する際に使う承諾誘導の心理技術ですが、中でも「社会的証明」は、最も強力な心理トリガーのひとつです。
社会的証明とは、自分ではなく、周りの判断を拠り所にして、その後の自分の行動を決める心理のことを言います。
噛み砕いて言えば、私たちは判断に迷ったとき、「大勢の下した判断が正しい」と考える傾向にあるということです。
“特定の状況のもとで、ある行動を遂行する人が多いほど、人はそれが正しい行動だとみなす。”
――社会心理学者 ロバート・B・チャルディーニ
今や多くの企業が、社会的証明の原理をマーケティングに活用しています。
商品やサービスを自ら褒めるよりも、顧客と同じ立場にある人(あるいは第三者)にその良さを語ってもらったほうが、メッセージの説得力が増し、ひいては購買の後押しにつながるからです。
お客様の声、アプリのレビュー、5つ星の評価、サービスの受賞歴、セキュリティ認証このバッジなどは、すべて社会的証明の原理に基づいています。
バンドワゴン効果とは p147
初めて訪れた街でレストランを探すとき、閑散としたレストランよりも長蛇の列をなすレストランのほうが「きっと美味しいに違いない」と考えるでしょう。
大勢が支持しているのには、それなりの良い理由があるはずだからです。
何より、闇雲にお店を見つけて入るよりは、失敗する確率が低いように感じられます。
このように、多くの人に支持されているものが、さらに多くの支持を集める現象を、「バンドワゴン効果」と言います。
行列が行列を呼ぶ、とはまさにこのことです。
2008年には、イギリスのホテルで、バスタオルの再利用率を向上させるための実験が行われました。
この実験では、190の客室のドアに、異なるメッセージが書かれたドアプレートを掛け、どのメッセージが宿泊客のバスタオルの再利用率を高めるのに効果的かを調べました。
80日間に及ぶ実験の結果、興味深い洞察が得られました。
バスタオルの再利用率は、「地球環境保護」を呼びかけるメッセージよりも、宿泊者向けにパーソナライズされたメッセージのほうが高くなったのです。
中でも、「同室の過去の宿泊者の行動」を伝えるメッセージは、最もタオルの再利用率を高めました。
私たちは、より身近に感じられる他者の行動に同調して、自分の行動を決める傾向があるのです。
他者の行動が人々の意思決定に影響を与えるのは、オンラインでも同じです。
ホテルや航空チケットの予約サイトを見ているときに、「1時間前に予約が入りました!」のようなメッセージを見たことがあるでしょう。
これらは「アクティビティメッセージ」と呼ばれ、サイト利用者の購入、閲覧、訪問状況を示しています。
アクティビティメッセージは、現実世界でのレストランの長蛇の列やセール品に手を伸ばす群衆そのものです。
メッセージを目にしたユーザーは、「売り切れてしまうのではないか」と焦りを感じたり、「多くの人が検討(購入)しているのだから、きっと良い商品なのだろう」と安心感を得たりします。
根拠のない社会的証明のメッセージ p149
しかし、それを良いことに、メッセージを捏造する企業もあるようです。
彼らが用いるのは「偽のアクティビティメッセージ」です。
2020年、アメリカの政治家マイケル・ブルームバーグは、自らのキャンペーンサイトで、偽のアクティビティメッセージを表示させていました。
全米中からボランティアの申し込みが殺到しているかのように見せかけることで、バンドワゴン効果を高めるのが狙いであったようです。
しかし、プリンストン大学でダークパターンを研究しているアルネシュ・マトゥールは、これらのメッセージが完全に偽物であることを突き止めました。
彼がWebページのソースコードを調べたところ、州名をランダムに表示するJavaScriptが埋め込まれていることがわかったのです。
アルネシュがマイケルの不正行為をツイートすると、その情報は瞬く間に広まり、12時間後にはアクティビティメッセージがサイトから削除されました。
架空の人物に商品の良さを語らせる p151
「出所不明のお客様の声」は捏造したお客様の声で商品を買うように仕向けるダークパターンです。
何らかの理由で、顧客から掲載許可を得られなかったり、発売前であるために顧客の声がなかったりする場合などに使われます。
信憑性を高めるために、顔写真(ストックフォト)や、一見それらしい肩書きが使われることもあるため、消費者の中には騙されてしまう人もいます。
「買ってよかった」「この資格のおかげで開業できた」などのコメントを捏造したり、医師や有名大学卒の講師からの推薦の声であると偽ったりした場合には、商品やサービスの品質を、実際よりも優れていると偽って宣伝していることになります。
実際の商品や、競合他社の商品よりも著しく優れている、または有利であると誤解させる表示をした場合、景品表示法における優良誤認、あるいは有利誤認の不当表示に当たります。
AIが生成する、実在しない人物の顔写真 p152
近年では、AI(人工知能)技術を利用して、架空の人物の顔写真を簡単に生成できるサービスも登場しました。
海外サイト Generated Photos (https://generated.photos/)では、性別、年齢、感情、肌や髪の色、メガネの有無などを指定することで、この世には存在しない人物の顔写真を、簡単に生成することができます。
今後、このような顔写真が「本当のお客様」として利用されたり、詐欺やフェイクニュースに悪用されたりする可能性は少なくありません。
倫理的な問題もあるため、今後、AIが生成した画像をどのように扱うかについての議論が求められています。
「お客様の声」がビジネスに与えるインパクト p153
ネット通販の普及に伴って、最も大きく変化したことのひとつは、他の顧客の体験や意見に触れる機会が増えたことでしょう。
アメリカの複数の消費者追跡調査では、約90~95%の消費者が、商品の購入前にレビューを読むことがわかっています。
もはやレビューは、広告を代替する存在です。
私たちは、「レビューが良いと、売り上げが伸びる」ことを直感的には理解していますが、実際にはどれほどの効果があるのでしょうか。
2016年のノースウェスタン大学の調査「The value of online customer reviews」では、オンラインレビューが売り上げに与えるインパクトを明らかにしています。
レビューが大きな力を持つのは、ここでも「社会的証明の原理」が働くからです。
商品の価格や性能が似たり寄ったりで、どれを選べばいいのかわからないとき、誰もが他者の声を頼りに商品を選びます。
フェイクレビューが消費者の購買行動に与える影響 p155
しかし、捏造された顧客の声もまた、本物の顧客の声と同じ力を持ちます。
近年、社会問題化しているフェイクレビュー(やらせレビュー)はその代表例です。
世界の主要なEコマースサイト(Tripadvisor、Yelp、TrustPilot、Amazonなど)の公式の数字や自己報告のデータを取りまとめると、全オンラインレビューの平均4%がやらせレビューである計算です。
これを経済効果に換算すると、やらせレビューが世界のオンライン消費に与える直接的な影響は、約1,520億ドルにも及びます(日本単体では約64億ドル)。
2020年5月には、イギリスの消費者団体が運営するメディア「Which?」が、リサーチコンサルティング会社と協力して、フェイクレビューが消費者の購買行動に与える影響を調べました。
この実験では、約1万人の参加者に、Amazonに似せた仮想のショッピングサイトを利用してもらい、商品ページにフェイクレビューがある場合とない場合とで、購買行動にどのような影響があるかを検証しました。
その結果、10人に1人しか選ばないような低品質の商品であっても、レビューを操作することで、購入率を最大135%伸ばせることが明らかになりました。
また、参加者がフェイクレビューに騙されないように、注意喚起のバナーを設置した場合でも、その抑止力は限定的であることがわかりました。
①盛られた星評価
平均の星評価が高くなるようにレーティングを操作した。
②フェイクレビュー
好意的な内容のフェイクレビュー。
誇張表現、似た表現の繰り返し、投稿者の購入回数の少なさなど、ネットリテラシーの高い消費者であればフェイクレビューだと見分けられる要素はそのまま残した。
③あからさまなフェイクレビュー
好意的だが、明らかに操作されているとわかるフェイクレビュー。
良いレビューを残すように報酬を与えられていることを認めるレビューや、他の商品ページからそのまま盗んだレビューを掲載した。
④プラットフォームのお墨付き (推薦)
「Amazon's Choice」のように、プラットフォームからの推薦ラベルを付けた。
⑤注意喚起のバナー
注意喚起を行うことで、フェイクレビューの被害を軽減できるかどうかを検証した。
商品の検索画面と商品ページの上部に注意喚起のバナーを表示した。
フェイクレビューに潜む5つのリスク p157
このように、フェイクレビューは消費者の意思決定に強い影響を与えます。
事業拡大の手段として割り切り、社内外の人間にフェイクレビューを書かせる企業があるのはこのためです。
しかし、表向きには顧客ファーストを謳いながら、ビジネスを拡大すあるためには嘘をついてもいいというダブルスタンダードでは、組織の人間は矛盾を感じます。
一般的に、フェイクレビューのマイナス面として、ブランドの信頼喪失のリスクが挙げられますが、意外にも軽視されているのが、組織内部への影響です。
従業員にとって、社会的規範を無視することには、大きな苦痛(後ろめたさ)を伴います。
当然、組織への不信感は蓄積されていくでしょう。
●ブランドの信頼を失う
消費者がフェイクレビューに気が付いた場合、あなたの会社を信用しなくなる。
大手コンサルティング企業invespによる調査では、消費者の54%が、フェイクレビューの疑いがある場合には、商品を購入しない。
近年では、怪しげな売り手や、不正なレビューから身を守る手段として、サクラチェッカーを使用するユーザーも増えている。
●Fakespot(https://www.fakespot.com/)
●ReviewMeta(https://reviewmeta.com/ja)
●サクラチェッカー(https://sakura-checker.jp/)
●SNSでの悪評の拡散/ネガティブレビュー
レビュー内容と商品の実力が乖離している場合、ソーシャルメディアで悪評が立ったり、ネガティブレビューが増加したりする。
また、時間の経過と共に、本物のレビューが支持されるようになる(例:アマゾンの「役に立った」や楽天の「参考になった」ボタン)。
●高額な罰金
「不当表示」による景品表示法違反により、課徴金制裁が下されるおそれがある。
支払い額は、フェイクレビューを投稿した日から削除するまでの間の全ての売り上げが対象となるため(3年間を上限)、課徴金は莫大な金額になる可能性が高い。
●購入者への実害
健康に関するビジネス(医療、美容、サプリメント販売など)や、財産に関するビジネス(弁護士、会計士、自動車修理店など)では、フェイクレビューが消費者の健康被害や金銭的損害の原因になる可能性がある。
当然、その場合には消費者から損害賠償を請求される可能性がある。
●社員による内部告発
2020年に化粧品・健康食品大手メーカーの社員が、「社内でサクラ投稿の奨励があった」として週刊誌に内情を告発。
金銭的な報酬の付与や、人事評価基準への組み込みなど、その証拠となる内部文書が公となった。
優越的な立場を利用した指示や強制がある場合、世間に告発される可能性がある。
“欠乏に対する無垢な反応が、私たちの思考能力を妨げる。”
――社会心理学者 ロバート・B・チャルディーニ
商品価値を高める最良の方法は、その商品の希少性を伝えることです。
しかし中には、虚偽の情報を用いて、商品の人気が高く、品薄になっているかのように見せかける企業も存在します。
この節ではスケアシティ(希少性)を使ったダークパターンを解説します。
●在庫僅少メッセージ(Low-Stock Messages)
●需要高騰メッセージ(High-Demand Messages)
品薄商品ほど欲しくなる p160
私たちは、手に入りにくいモノやサービスに、より高い価値を感じます。
通販番組でも、出演者が決まり文句のように「在庫○○個限り!」とアピールしていたり、番組の最後には「現在電話が大変混み合っております」と、注文が殺到していることを伝えているでしょう。
このような「希少性」のアピールは、そのまま切迫感(緊急性)の創出につながり、相手に今すぐに行動を起こしてもらえる可能性が高まります。
サイバーマンデーやブラックフライデーの活況振りは、希少性マーケティングのパワーを示す典型例です。
希少性の原理を証明する最も有名な研究のひとつに、1975年に社会心理学者のスティーブン・ウォーシェルが行ったクッキーの実験があります。
ウォーシェルは2つの同じガラス瓶にクッキーを入れ、ひとつの瓶には10枚、もうひとつの瓶には2枚のクッキーを入れました。
すると、そこれぞれの瓶の中のクッキーはまったく同じであったにもかかわらず、2枚のクッキーが入った瓶を手にした人は、10枚のクッキーが入った瓶を手にした人よりも、クッキーの味に対する評価が高かったのです。
さらに、2枚のクッキーを渡すときに、「他の人が食べてしまった」と告げられた人は、そうでない人に比べて、さらに味を高く評価することがわかりました。
つまり私たちは、希少性が高いと感じたものを、価値が高いと評価し、人気の高いものや、他の人が欲しがっているものを、さらに高く評価する傾向があるのです。
社会心理学者のロバート・B・チャルディーニが、彼の著書を通じて「希少性の原理」を広く知らしめたのは1984年のことですが、その説得力の高さは、近年のビッグデータ解析においても裏付けられています。
イギリス大手のEコマース支援企業Qubitが、1億2,000万件の購買履歴を分析したレポートでは、行動心理学に基づく「希少性」「社会的証明」「緊急性」を使ったマーケティングが、「サイト訪問者ひとり当たりの収益」に最も貢献するとまとめています*。
中でも、希少性に訴えるアプローチは最も効果が高く、平均2.9%もの収益向上に貢献することがわかりました。
これは、ショッピングカートのカゴ落ち対策や、ページデザインのリニューアルなど、企業が頻繁に行うコンバージョンの改善施策、全29種の中でもトップでした。
*「Getting 6% more - Key findings from a four-year study of 2 billion user journeys」(Qubit, PwCUK/2017年)
損失回避性の法則 p162
では、希少性がこれほど強力に作用するのはなぜでしょうか。
その理由は、Chapter2でもご紹介した行動経済学者、ダニエル・カーネマンが紐解いた「損失回避性の法則」が働くためです。
損失回避性とは、利益から得られる満足よりも、同額の損失から得られる苦痛を大きく評価し、損失を避けようとする私たちの心理のことです。
例えば、1万円を失う痛みは、1万円を得る喜びよりも大きく、カーネマンによれば、その差は2倍近くになると言います。
希少性のメッセージは、「今手に入れなければ、(同じ条件では)もう手に入らない」とアピールすることで、購入のチャンスを失う痛みを刺激しているのです。
デジタルマーケティングでよく見られる希少性のアピールには、次の3つのタイプがあります。
それぞれ、そのアプローチは異なりますが、どれもユーザーの決断を後押しし、行動を促すものです。
●限られた時間や在庫:タイムセールや限定販売は、顧客の切迫感(緊急性)を高める。
中でも、「残り○○個限り」のように、商品の在庫数が限られている場合、いつ在庫切れを起こすか予測できないため、時間的な希少性よりも高い切迫感が生まれる。
●情報の制限:最新のセール情報を受け取るために、メールマガジンへの登録が必要な場合がある。
これは、アクセスを制限することで、情報の価値を相対的に高め、「他の人よりも良い情報を得たい」と考えるユーザーの行動を促すのが目的。
●招待制:Googleは、WebメールアプリGmailのベータ版を立ち上げた当初、招待制を導入していた。
これは、すべてのユーザーに十分なストレージ容量を提供できなかったため。
初めは最小限のユーザーを受け入れ、彼らが数名の友人を招待できるようにしたことで、需給のバランスをうまくコントロールし、Gmailは軌道に乗った。
そのメッセージは事実に基づいているか p163
しかし、豊富に在庫があるのに、売り切れ間近に見せかけたり(在庫僅少メッセージ)、売れ残り商品を、人気があるかのように見せかけたり(需要高騰メッセージ)する場合、消費者の合理的な選択を歪めることになります。
「物は言いよう」と考える企業もあるかもしれませんが、このような販売方法に対して、消費者が賢くなっていることも認識しておくべきです。
イギリスの大手リサーチ企業TrinityMcQueenの調査*では、ホテル予約サイトを利用したユーザーの3分の2が、サイトに表示される希少性と社会的証明のメッセージを、単なる「あおり行為」と捉えていることを明らかにしました。
そのうち半数は、このようなメッセージを見た場合、その会社を信用しない可能性が高いと述べ、逆にこれらのメッセージを信じていると回答したのは、わずか6人に1人でした。
*「Consumers Are Becoming Wise to Your Nudge」(https://behavioralscientist.org/consumers-are-becoming-wise-to-your-nudge/)
今ではあらゆるサイトが、このような販促メッセージを使用しており、消費者はその信憑性に、ある種の疑いの目を持っています。
2018年、欧州委員会執行部とオランダ消費者市場庁は、大手旅行予約サイトBooking.comに対し、ホテルの空室状況や人気度に関する表現が、実際よりも誇張された印象を与えているとして、改善を求めました。
問題視されたのは、同社のサイトに表示されていた「残りあと○部屋!」のメッセージです。
このメッセージは、サイト利用者に対し切迫感を与え、速やかな予約を促すものですが、実際には、ホテルに直接連絡したり、他の予約サイトを利用したりすることで、十分な数の部屋を確保できました(その後、Booking.comはこのメッセージを、よりわかりやすい「当サイトでは残り○部屋」に変更しました)。
緊急性のメッセージを用いるとき、ユーザーを焦らせることだけに終始してはいけません。
今すぐ行動するように急かしていても、その根拠がはっきりとユーザーに示されていなかったり、誤解を招いたりする内容であれば、それは単なるあおり行為と変わりません。
バイヤーズリモース p165
私たちが心理トリガーをセールスに用いるとき、考えねばならないことは、その働きかけが顧客体験にどのような影響を及ぼすのかという点です。
「あおり」や「同調圧力(ピアプレッシャー)」など、誤った切迫感の演出は、ユーザーの望まない購入を招きます。
商品が売れることは私たちにとって好ましいことですが、ユーザーは、本当は欲しくない、必要でもない商品を買ってしまったことを後悔するかもしれません。
そうすれば、購入後のキャンセルや返品につながる恐れがあります。
このように、商品の購入後に後悔や不安を感じることを、マーケティング用語で「バイヤーズリモース」と言います。
バイヤーズリモースを感じている顧客は、「認知的不協和」に陥る可能性があるため、注意が必要です。
認知的不協和とは、自分の感情が矛盾しているときに、後から理由をつけて正当化しようとする心理を言います。
自分で決断して商品を買ったけれど、やっぱりどこか納得いかない……。
そんなとき、顧客は「無理やり売りつけられた」「きっと騙されたに違いない」と、自分の考えや態度を変えることで、不快な気持ちを和らげようとします。
常に顧客の声に耳を傾ける必要があるのはこのためです。
自分たちの販売アプローチが、長期的な不利益や信頼の喪失につながっていないか、常にアンテナを張る必要があります。
希少性マーケティングの本質 p165
セールスの場面で、希少性や社会的証明などの心理的トリガーを使うのは、なぜでしょうか。
それはユーザーの選択を助けるためです。
選択肢が多すぎる場合、人は行動するのが難しくなります。
多くのマーケティング本で引用されている「ジャムの実験」をご存知の方も多いでしょう。
90年代、当時学生だったコロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授は、スーパーの店頭にジャムの試食スタンドを設け、数時間ごとに6種類のジャムと24種類のジャムを入れ替えて試食できるようにし、買い物客の反応を調べました。
その結果、24種類のジャムを販売したときには、3%の人しかジャムを購入しなかったのに対し、6種類のジャムを販売したときには、30%の人が購入したのです。
この実験から、人は選択肢が多すぎると、購買意欲が低下することがわかりました。
私たちは選択肢が多すぎると……
1. 選択を避けたり、先延ばししたりしてしまう
2. 適切でない選択をしてしまう可能性が高くなる
3. 自分の選択に対する満足度が低くなる
もちろん、この理論はすべての人に当てはまるわけではありません。
例えば、何千種類ものパーツから自分だけのカスタムPCを組み立てるのが好きな人もいるでしょう。
趣向品を扱うビジネスであれば、ジャム実験の理論は当てはまらないかもしれません。
しかし一般的には、人は多くの選択肢に直面すると、選択を避けたり、先延ばしにしたりする傾向があります。
また、悩む時間が長くなるほど、自分の決定に満足できなくなり、購入後の後悔につながる可能性も高くなります。
だからこそ、販売者側によるアシストが必要なのです。
周囲から取り残されることへの恐怖=FOMOとは p168
希少性マーケティングが効果的な理由は、私たち現代人が陥りやすいとある心理状態と深くかかわっています。
それが「FOMO(フォーモ)」です。
FOMOとは「Fear Of Missing Out」の略で、「自分だけが、大事な情報を見逃しているのではないか」などの不安や、恐怖を感じる心理状態を言います。
2021年には、音声SNSアプリのClubhouse(クラブハウス)が、FOMOをマーケティングに利用したことで、サービスを急成長させました。
これは、Clubhouseが招待制であったことや、イーロン・マスクなどのインフルエンサーが賞賛したこと、加えてClubhouseには、音声のアーカイブ配信機能がなかったため、多くのユーザーが「リアルタイムに参加しないと取り残されてしまう」と感じたことも関係しています。
しかし、行き過ぎたFOMOマーケティングには危うさもあります。
「SNS疲れ」に代表されるように、次第にユーザーを食傷させ、“燃え尽き症候群”に近い状態を引き起こすからです(現在Clubhouseを話題にしている人は、一体どれだけいるでしょうか)。
このような背景から、意識的にFOMOを忌避する人たちも現れています。
中でも、1990年代半ば~2000年代までに生まれたZ世代(ジェネレーションZ)ではその傾向が顕著です。
彼らの中には、JOMO(ジョーモ)=「Joy Of Missing Out」、つまり流行や周囲から取り残されることを受け入れ、むしろ見逃すことを楽しもうとする考え方があります。
Z世代の台頭を考えると、これまでのようなFOMOマーケティング一辺倒では、彼らとの長期的な関係構築は難しくなります。
簡単にアカウントを一時停止できたり、見たくない情報を自由にミュートできたりするなど、プロダクトやサービスにJOMOの要素を織り交ぜなければ、ビジネスを持続させることは、これまで以上に難しくなります。
ジャレッド・スプールの3億ドルのボタン p179
ユーザーに心地よくサービスを利用してもらうことは、ビジネスにも良い影響を与えます。
その一例として、ユーザビリティを専門とするコンサルティング企業UIEの創業者、ジャレッド・スプールのエピソードをご紹介しましょう。
2009年、ジャレッドは記事「The $300 Million Button(3億ドルのボタン)」の中で、自身がコンサルティングを行った、とある大手ショッピングサイトについて語っています。
当時ジャレッドは、サイトの運営元であるBestBuy社に雇われ、決済プロセスでのユーザーの離脱率を改善しようとしていました。
ジャレッドと、彼のチームが目をつけたのは、次のようなシンプルなフォーム画面でした。
このショッピングサイトでは、支払い情報を入力する直前に、必ずログインするか、あるいはアカウントを作成しなければならなかったのです。
この強制的なタスクが、ユーザーの行動を妨げ、スムーズな購入体験を妨げていることは明らかでした。
ジャレッドが行ったユーザビリティテストでは、初めてこのサイトを利用するユーザーの多くが、個人情報の入力を恐れて「登録」をクリックするのをためらっていました。
また、自分がリピーターかどうかわからないままログインを試みて、何度も拒否されるユーザーもいました。
さらに詳しい調査では、リピーターの大半がログイン情報を覚えていないことも判明しました。
リピーターは登録時に使用したメールアドレスを覚えておらず、全顧客のうち45%が複数のアカウントを登録していたのです。
これにより、1日16万件ものパスワードの問い合わせが発生していましたが、パスワードを問い合わせたユーザーの75%は購入につながっていませんでした。
原因は、フォームの設計者が、買い物時にアカウントログインを必須にすることで、ユーザーが次回から住所を入力する必要がなくなり、もっと楽に買い物ができるだろうと考えていたためです。
しかし実際には、購入ボタンをクリックしたユーザーの大半が、買い物をするためにログインが必要だとわかると、途端に不快感を示していました。
そこで、ジャレッドのチームは次のような改善を行いました。
ユーザーがアカウントを作成せずに商品を購入できるように、「登録」ボタンの代わりに「続ける」ボタンを設置したのです。
そして、購入に際してアカウントの作成は必要ないことを免責事項として表示しました。
すると、その効果はすぐに売り上げに表れました。
BestBuy.comで商品を購入するユーザーは45%も増加し、初月に過去最高の1,500万ドルを売り上げたのです。
ジャレッドによるサイト改善は、最初の1年間で3億ドル(当時換算で約270億円)の追加の売り上げをもたらしました。
強制登録のダークパターンは、新規会員の増加や、メルマガの読者の獲得など、ビジネス側の成功指標だけがフォーカスされているときに、使われやすいものです。
ユーザーがどのように自分たちのサイトを利用しているかを知らなければ、その損失に気が付くことはできません。
プライバシー・ザッカリングとは p181
「プライバシー・ザッカリング(Privacy Zuckering)」は、Facebookの創設者であるマーク・ザッカーバーグにちなんで名付けられたもので、サービスの運営側が、ユーザーが意図する以上のプライバシー情報を、勝手に公開(共有)するダークパターンのことです。
初期のFacebookでは、プライバシーの公開範囲の設定方法がわかりにくく、デフォルトで過剰にプライバシー情報が公開される仕様になっていました(これにより多くのユーザーや団体からクレームが寄せられ、その後Facebookは、サイトデザインの変更を余儀なくされました)。
現在、企業によるプライバシー・ザッカリングは、より巧妙なものになりつつあります。
サービスの利用規約に、企業に極めて有利な文言が埋め込まれ、個人情報が知らぬうちにマーケティングに利用されたり、本人の知らぬところで第三者に提供されたりしています。
データを過大評価していないか p192
組織に過剰なプレッシャーが生まれる原因は、一体何なのでしょうか。
その原因のひとつは「データの過大評価」です。
現在では、無料で使えるWeb解析ツールや、A/Bテストツールが広く普及しています。
これにより、あらゆるサイズの企業がデータ重視の姿勢をとるようになりました。
私たちは、より大きく、より速くというビジネスの世界に身を置いています。
例えば、スタートアップ企業の中には、わずか数年で世界の景色を塗り替えたり、市場シェアを独占したりすることを目標に掲げている企業もあるでしょう。
しかしこれは同時に、ビジネスのゴールを、短期間で達成しなければならないことを意味します。
なぜなら、ビジネスを加速させなければ、その間に競合他社にシェアを奪われてしまうからです。
そのため企業は、ビジネスの最終的なゴールであるKGI(重要目標達成指標)と、KPI(重要事業評価指標)を設定しています。
KPIは、KGIを達成するためのアクションを評価する指標のことです。
例えば、デジタルマーケティングでは、しばしば次のようなKPIが設定されます。
●コンバージョン率(CVR)
●クリック率(CTR)
●顧客獲得単価(CPA)
●ページビュー数(PV)
●ユニークユーザー数(UU)
●ソーシャルメディアのエンゲージメント率(いいね、インプレッション等)
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
私たちがビジネスを成長させようとするとき、何の根拠もなく、これらのKPIを達成することが、すなわち「ビジネス全体の成功」であると定義してしまうのです。
会議でも「ほら、この数値が伸びたでしょう。だからプロジェクトはすべて上手くいっています」という具合です。
しかし、実際にはそう単純ではありません。
誤ったKPIを設定していたり、単一のKPIを追いかけていたりすると、その裏で起きている事実や、ユーザーに起きている変化に気が付きにくくなります。
部分最適=全体最適とは限らない p194
●資料請求ページを改善し、PDFのダウンロード数が増加した。
→しかし、ユーザーに読まれているかどうかは測定しておらず、その後調べたところ、PDF資料を読んだユーザーからの製品の問い合わせは0件だった。
●セールスメールの件名を工夫したところ、開封率が向上した。
→その裏で解除率が上昇していた。
メールマーケティングの担当者が、扇情的な件名を使ってユーザーのクリックを誘っていただけだった。
●クレジットカード情報なしに、サービスの無料トライアル版を利用できるようにした。すると、新規会員数が増えた。
→しかし、有料プランに申し込むトライアル会員数は激減した。
有料プランに申し込むにはクレジットカード情報を入力しなければならず、登録の二度手間が発生していたため。
p194
コンバージョンとは、ユーザーが起こしたイベントのひとつに過ぎません。
私たちがWeb解析ツールで見ているさまざまなデータも、ユーザーの行動の一場面を切り取り、数字に投影しているだけです。
それらのデータをどのように解釈し、意味付けするかは見る者(つまりあなた)にゆだねられています。
ピーター・ドラッカーの著書『マネジメント』*には、次のような一文があります。
“データをとる行為は、データの対象とデータをとる者を変える。”
*出典:『[ドラッカー名著集]マネジメント―課題・責任・実践<上・中・下>』(上田惇生駅/ダイヤモンド社/2008年)
私たちは、「客観的な意思決定ができる」という理由でデータを好みますが、データ測定とは、主観的なプロセスです。
ある指標がビジネスにとって重要だと考え、データを取り始めると、その指標には必然的に「これは(私たちにとって)重要だ」というメッセージが込められます。
データを取ることは、その対象に特別な意味を与えある行為であり、私たちはますますその数字に執着するようになるのです。
「持続可能な成長」のためのノーススターメトリック p195
「ノーススターメトリック(北極星指標)」は、私たちがビジネス本来この目的を見失わないようにするためのものです。
その昔、大海原を航海する船が、常に北を指し示す北極星を航路の目安としていたように、ノーススターメトリックを定めることで、組織全体を正しい方角へ推し進められるようになります。
ノーススターメトリックは、「プロダクトが顧客に対して価値提供できているかどうかを測るただひとつの」指標です。
売り上げなどのビジネスの業績だけではなく、顧客側が体験する価値も向上する指標でなければなりません。
ノーススターメトリック(NSM)とは
●測定可能なただひとつの指標
●企業の業績の向上につながる指標
●企業だけでなく、顧客側が体験する価値も向上する指標
例えば、コミュニケーションツールのSlackでは「2,000回以上メッセージを交わしたグループの数」を、ノーススターメトリックに設定しています。
ユーザーがグループ内で繰り返しメッセージを交わしているということは、コミュニケーションツールとしての価値を感じてもらえていると考えられるためです。
このメトリックを伸ばすことで、ユーザーの継続利用につながり、ひいては業績向上にも結びつきます。
つまり、両者がWin-Winの状態です。
反対に、「新規アカウント開設数」のような指標は、ノーススターメトリックには適しません。
アカウント数がどれだけ増えても、それは顧客側が体験する価値の向上とは無関係だからです。
ノーススターメトリックはKGIやKPIとは異なる p196
KGIやKPIはあくまでも「企業目線」の評価指標です。
例えば、多くの事業ではKGIに「売り上げ」を設定していますが、売り上げを達成できたからといって、必ずしもそれが、顧客への価値提供につながっているとは限らないでしょう。
価格を釣り上げたり、強引な営業で販売したりすれば、数字上のゴールは達成できてしまいます。
しかし言うまでもなく、ビジネスの売り上げの伸びが、顧客への価値提供を上回るようなビジネスは、持続可能ではありません。
だからこそ、企業目線の価値だけではなく、顧客側から見た価値も考慮した指標を設定する必要があります。
それがノーススターメトリックなのです。
例えば、世界的な企業では、次のようなノーススターメトリックを定めています。
世界的企業のノーススターメトリックの例
Facebook
10日以内に7人以上の友達を追加したユーザーの割合
Airbnb
宿泊予約数
Spotify
音楽の総再生時間
Uber
乗車予約数
Netflix
1ヶ月あたり動画総視聴時間の中央値
Slack
2000回メッセージを交わしたグループの数
Amazon
1ヶ月あたりの購入回数
Zoom
毎週開催されるミーティングの数
どのノーススターも、ビジネスが解決しようとしている顧客の課題と課題解決によって得られる収益の両方を捉えていることがわかるでしょう。
ノーススターメトリックはいわば「この指標を拡大することで本質的にビジネスが成長する」と定義できる、ビジネスのブレークスルーポイントなのです。
プロダクトアナリティクスツール「Amplitude」のエヴァンジェリスト、ジョン・カトラーは、『ノーススタープレイブック』の中で、優れたノーススターメトリックが持つ特徴を6つ挙げています。
その6つは以下の通りです。
①価値を表す
「顧客が自社プロダクトのどこに価値を見出すのか」を表している。
②プロダクトのビジョンと戦略を象徴する
この先、組織が成長して実現させたいこと(事業のビジョン)や、プロダクトを通じて何を実現させたいのか(戦略)が指標から見て取れる。
③成功へ導く指標である
将来のパフォーマンスに影響を与える「先行指標」である。
測定していても次のアクションにつながらない「遅行指標」ではない。
④実行可能である
自分たちが影響を与えられる指標である。
市場のトレンドや競合の動向など、プロダクトとは関係のない外部要因に左右されるようなものであってはならない。
⑤誰もが理解できる
組織にいる誰もがすぐに理解できる。
簡単に説明できなかったり、わかりやすい言葉で表現できないような、難解で抽象的なものであってはならない。
⑥計測可能である
顧客にとっての価値を示す強力な指標だと思えたとしても、実際に数値で測定できないのであれば、それは良いメトリックではない(ただし「今あるツール」で測定できないだけで、新たなツールに投資することで測定できるようになるかもしれない)。
ノーススターメトリックは、「サービスを通じて人々の生活をこんな風に変えていきたい」という組織のビジョンを反映した指標です。
メトリックが誤っていた、事業内容が大きく変わったなどの例外を除き、基本的には長期間にわたって追いかけていくものです。
ノーススターメトリックをKPIに落とし込む p199
ノーススターメトリックが決まったら、次はKPIに落とし込みましょう。
KPIはノーススターを「広がり」「深さ」「頻度」「効率」の4つに因数分解することで、求めることができます。
売り上げからではなく、ノーススターメトリックからKPIを決めることで、ビジネスの軸がブレにくくなります。
サービスを立ち上げた本来の目的(組織の存在理由)を汲み取った目標設定がカギです。
ダークパターンを防ぐカウンターメトリック p200
前項では、組織のゴール設定に「顧客の体験価値」を組み込む、ノーススターメトリックについてご紹介しました。
これにより、組織全体が本来目指すべき方向に向かって舵を取れるようになります。
とはいえ、成長の早い組織はビジョンを見失いがちです。
デザインやコピー、マーケティングなどの個別の施策レベルでは、まだダークパターンの生まれる余地が残っています。
そこでもうひとつのカギとなるのが、「カウンターメトリック」です。
カウンターメトリックとは、ノーススターメトリックやKPIを最適化し過ぎて、顧客やビジネスに不利益を与えていないかどうかを確認するための指標です。
いわば、アラートシステムのような役割と言えるでしょう。
ノーススターメトリックは組織全体の方向性を舵取りするのに対し、カウンターメトリックはチームや個人単位の方向性を舵取りします。
カウンターメトリックとは、例えば次のようなものです。
●メルマガの開封率が向上したら、解除率を見る
●広告のクリック率が向上したら、その先のコンバージョン率を見る
●無料トライアル会員の登録率が向上したら、有料会員の登録率を見る
●サイトの広告収益が向上したら、ネットプロモータースコアを見る
カウンターメトリックが悪化した場合、今取り組んでいる施策に何らかの問題があることを意味します。
チームが改善に取り組む際の測定ルールとして定めておくとよいでしょう(カウンターメトリックは常に一定この数値を示すわけではないので、数%程度のブレを許容範囲として定めてください)。
定性的なデータが大事である理由 キャンベルの法則 p201
数値測定には優れた面がありますが、万能ではないことも知っておくべきです。
定量的なデータに執着すると、本来「手段」であった数値測定が、いつの間にか組織の「目的」にすり替わってしまいます。
特に、組織の数値達成が、個人のインセンティブ(報酬)や懲罰と連動している場合、人々の行動や動機、測定方法は歪められやすくなります。
アメリカの社会心理学者、ドナルド・キャンベルは、「社会的な意思決定において重要な指標ほど操作されやすい」と主張し、これはのちに「キャンベルの法則」と呼ばれるようになりました。
“定量的な社会指標が社会的意思決定に使われれば使われるほど、汚職の圧力にさらされやすくなり、本来監視するはずの社会プロセスをねじまげ、腐敗させやすくなる。”
――社会心理学者 ドナルド・キャンベル
●医師を手術の成功率で評価すると、難病患者は手術してもらえなくなる
●警察を検挙率で評価すると、時間のかかる重大犯罪の捜査をやめ、小物ばかりを逮捕して実績を上げようとする
●論文の引用回数を大学教員の評価基準にすると、クローズドなコミュニティを作り、お互いの論文を引用し合うようになる
出典:「測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?」(ジェリー・Z・ミュラー/みすず書房/2019年)
これと同じことが、企業のマーケティング活動においても起こります。
例えば、サービスの解約率を評価対象にすると、組織は解約率を下げるために解約プロセスを意図的に複雑にするかもしれません。
自社キャンペーンへの応募数を評価対象にすると、ユーザーの利便性を阻害するような、スパム的なマーケティング施策を行う可能性があります。
データ測定が組織の成長を促すことに間違いはありませんが、データそのものは、あくまで意思決定ツールのひとつとして捉えるべきです。
私たちが測定できるのは物事全体のほんの一部であり、それらをコントロールするには、影響力の及ばない変数や外部要因があまりにも多過ぎます。
特に重要な意思決定の場面においては、「定量的なデータ」だけに頼るのではなく、必ず「定性的なデータ」を組み合わせて考えましょう。
例えば、ユーザーインタビューやユーザビリティテストは、数字の背後にある事実を読み取る上で大いに役立ちます。
加えて、数値化されなかった部分が放置されてしまったり、成果のためにユーザーを裏切るような施策が行われたりするのを防ぐことができます。
サービス改善の出発点は「ユーザーの不安」から p207
サービスを改善するとき、「どうやって登録してもらうか」を考えるのではなく、「なぜユーザーは登録したくないのか」を出発点にすることです。
ユーザーの不安、懸念、疑問を知ることから始めましょう。
そのカギを握る定性的な情報は、現場にあります。
お問い合わせメールや、クレーム電話に常日頃対応しているカスタマーサポートの担当者に当たってみてください。
あるいは、顧客と接する機会の多いセールス担当者に聞いてみるのもよいでしょう。
社内にUXリサーチャーがいる場合には、あなたの強力な味方になってくれるはずです。
インタビューやアンケートの回答には、嘘や建前が含まれているケースがあるので注意が必要です。
人は意見を求められたとき、理想の顧客像を演じたり、言動が一致していなかったりすることがよくあります(例えばSNSへの投稿などでさえ、人の目を意識した“よそ行き”の言葉が含まれていることがあります)。
最も確実なのは、人の「行動」を見ることです。
ユーザーが実際に取っている行動、収まらない気持ちを処理したり(苦情の電話、喜びのメッセージ)、問題を解決したりするために寄せられたフィードバック(お問い合わせの電話、メール)には、ビジネス改善のヒントが隠されています。
p209
“コピーライティングはインターフェースのデザインと同じです。
素晴らしいインターフェースというのは“書かれる”ものです。
すべてのピクセル、アイコン、フォントが重要だと思うのなら、すべての文字も重要だと考えなくてはなりません。”(筆者訳)
――ジェイソン・フリード 37signals 最高経営責任者
出典:「Copywriting is Interface Design」(https://basecamp.com/gettingreal/09.7-copywriting-is-interface-design)
Resource Library p220
関連サイト
●Deceptive Design - Harry Brignull(旧:Darkpatterns.org)
https://www.deceptive.design/
●Darkpatterns.jp(日本語サイト)
https://darkpatterns.jp/
●Dark Patterns Tipline
https://darkpatternstipline.org/
●DarkPattern.games
https://www.darkpattern.games/
●Dark Pattern Detection Project - dapde
https://dapde.de/en/
●消費者庁
https://www.caa.go.jp/
関連論文
●Dark Patterns at Scale: Findings from a Crawl of 11K Shopping Websites
https://webtransparency.cs.princeton.edu/dark-patterns/
●Dark Patterns: Past, Present, and Future
https://queue.acm.org/detail.cfm?id=3400901
●Shining a Light on Dark Patterns
https://academic.oup.com/jla/article/13/1/43/6180579
関連書籍
●『Evil by Design: Interaction Design to Lead Us into Temptation』(Chris Nodder著/Wiley/2013年)
●『The Ethical Design Handbook』(TrineFalbe、Martin Michael Frederiksen、Kim Andersen著/Smashing Media AG/2020年)
●『Click! How to Encourage Clicks Without Shady Tricks(Paul Boag著/Smashing Media AG/2020年)
●『悲劇的なデザイン―あなたのデザインが誰かを傷つけたかもしれないと考えたことはありますか?』(ジョナサン・シャリアート、シンシア・サヴァール・ソシエ著/高崎拓哉翻訳/ビー・エヌ・エヌ新社/2017年)
●『ディフェンシブ・ウェブデザインの技術―「うまくいかないとき」に備えたデザイン、「上手に」間違えるためのデザイン』(37signals著/ソシオメディア監修/吉川典秀翻訳/毎日コミュニケーションズ/2005年)
●『UXライティングの教科書 ユーザーの心をひきつけるマイクロコピーの書き方』(キネレット・イフラ著/仲野佑希監修/翔泳社)
●『Webコピーライティングの新常識 ザ・マイクロコピー [第2版]』(山本琢磨著/仲野佑希監修/清水令子制作協力/秀和システム)