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「すべての仕事はデザインから始まる。」を読んだ

投稿時刻2024年4月14日 09:55

すべての仕事はデザインから始まる。」を 2,024 年 04 月 14 日に読んだ。

目次

メモ

p4

そんな悩みを持っている方は決して少なくないはずです。
デザインを制作する人に向けた基礎理論や、テクニックが書かれた書籍は無数に存在しますが、「デザインの発注」に特化した本は現時点であまり見たことはありません。

しかし、当たり前ですが、デザインの制作数だけデザインの発注があり、その裏にはあなたのようにデザインを発注する人がいるのです。

p18

私は、良い発注とは自分の情報を開示し、意思を相手に伝えることから始まると考えています。

もしあなたがデザインの専門家でなければ、具体的なデザインの指示をするための画自体が頭に思い浮かばず、そもそも専門知識がないことに臆してしまうかもしれません。
しかし肝心なのは、「あなたが今置かれた立場で持っている情報や意思」を言葉にし、誠実に相手に伝えるということなのです。

営業職であれば、営業から見たデザインの達成目標を伝えれば良いし、マーケティング職であれば、獲得したい顧客の特性を伝えるのでも構いません。
なにも色や形や使うフォントなど、デザインに関する具体的な指示をカードとして持つ必要はないのです。
具体的なカードはデザイナーが充分持っているはずです。

発注者とデザイナー、それぞれが持つ専門性のバトンの受け渡しがうまくできれば、リレーはきれいにつながります。

良いデザインを作るために、発注者の行為とデザイナーの行為、どちらの影響が強いのか。
私はその答えは「発注者」だと考えています。

もちろん優れたデザインは、直接的にはデザイナーが生み出すものです。
しかし、そのデザインが生まれるきっかけや、世に送り出すための出口の鍵は発注者であるあなたが握っています。

紛れもなく、良いデザインとは最後は発注者が決めるのです。

発注というスタートがあるから、デザインをリリースするというゴールがある。
そういう意味で、どんなに優秀なデザイナーも「リレーの中間走者」であることに変わりはないのです。

p21

良好な関係性のもと、プロジェクトメンバーが意欲的に少しずつ新しい価値を積み増して、最終的なアウトプットが生まれる。

モノでもサービスでも、そこから生み出される大きな価値は、少しずつ付け加えられた付加価値の集合として構成され、1つひとつは小さな発注と受注からできているのです。

俯瞰した視点を持てば、発注と受注は、価値が組み立てられるための基礎的な単位と考えることもできるでしょう。
良い発注と良い受注が地道に繰り返されてこそ、結果として大きな価値が生産されるのです。

発注コミュニケーションを支える土台 p22

依頼と承諾の適切な関係を築くために、まず意識しないといけないことは、そもそも「発注はコミュニケーションである」ということです。
正しくは「発注と受注はコミュニケーション」である、と画面からの言葉で定義するべきだと思いますが、ここでは便宜上、発注者と受注者相互の手続き全体を指して「発注」と呼ぶことにします。

「健全な発注は、健全なコミュニケーションをすること」と置き換えて考えれば、その本質が見えてくるでしょう。

コミュニケーションはさまざまな場面で用いられる言葉ですが、ここではシンプルに「適切な情報の交換や共有を行うこと」と考えます。

では、効率の良い情報の交換のためには何が必要でしょうか。
口がうまいこと、つまり語彙や説明力、話術や態度などを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、その土台となるものが不足していると適切な情報交換はできません。

それは何か。
実はこれもまた「情報」なのです。

適切なコミュニケーションをするための土台となる情報を3つ挙げます。

①コンテクスト p23

コンテクスト (context) とは、「文脈」や「背景」といったことを表す言葉ですが、それ以外に「前提となる環境」や「元になっている構造」「前後関係」などの意味も含んでいます。
発注する際には、まずコンテクストから伝えていくことが大切です。

その発注はどのような社会背景や文化、市場において行われるのか。
どんな時流の変化のもとに要求が発生しているのか。
このように、発注の背景になっていることがらすべてについて、できるだけ多く共有していくようにします。

ある現象やニーズというのは、単独で発生しているわけではありません。
必ず社会や市場の大きな構造の中で生じているものです。
この背景を共有するかどうかで、同じ対話でも大きく意味が変わってくるかもしれません。

例えば、あるサービスをPRするWebサイトを立ち上げる際、そのサービス自体がまだ市場に認知されていないのか、もしくはある特定の層には認知されているのか、といった背景の違いで、目指すべき目標が異なる可能性があります。

また、局地的に人気の商品に対し、「ファン層以外にも受け入れられたい」というニーズがあるとします。
その際、その商品がもともとどんなファン層に受け入れられていたか、どのような経緯で人気が膨らんできたかといった情報が重大なヒントになります。
その商品、コンテンツをとりまくすべてが重要な情報=コンテクストなのです。

同じ業界の仕事を数多くやっているベテランのデザイナーや、持続的に関係が続いている、なじみのデザイナーとのコミュニケーションがスムーズなのは、このコンテクストの充分な共有ができているからです。
また、社内の情報共有が円滑だとしたら、自然とコンテクストの共有ができているからなのです(これを一般的に「ハイコンテクストな状態」といいます)。

逆にこの共有ができていない相手、例えば初めて依頼するデザイナーに対しては、面倒ですが、第一にコンテクストをできるだけ共有することが近道になるはずです。

②発注者の属性 p25

ここでの属性とは、発注者が所属する企業や団体の属性と、発注者個人の属性の2つが考えられます。

まず発注側の企業や団体が、社会や市場においてどのような立場なのかを考慮する必要があります。

誰もが知る大企業なのか、駆け出しのベンチャーなのか、一般への認知は低いが業界内では名を馳せている老舗企業なのか。
どのような製品・サービスを得意としているかはもちろん、どんな経営理念のもとに企業活動をしているのか、ということも大切なヒントです。

また、発注者個人の属性も無視できません。

組織のどの部署、どんな立ち位置でどのくらいの意思決定権を持つか。
時には個人の嗜好(シンプルなデザインが好きなど)も必要な情報かもしれません。

個人の嗜好で意思決定をするのは合理的ではありませんが、好みが一切関与しない判断もまた難しいものです。

③受注者(デザイナー)の属性 p26

なぜこの人へ発注したのか。
おそらく、目の前の課題や目標を達成できると見込まれたからでしょう。

誰かから推薦・指名された人なのか、自分でインターネットや書籍などで探し当てた人なのか。
もし自分で見つけてきた人であれば、発注の決め手・その理由について相手と共有しましょう。

デザイナーの過去の作例が気に入ったのであれば、それを伝えるのも良いかもしれません。
デザイナーのスキルや得意な表現、受注可能なキャパシティやデザインへの考え方などがわかると理解が捗ります。

デザイナーの属性を踏まえることで、相手のパフォーマンスを最も引き出すための依頼内容やコミュニケーション方法が導かれるはずです。

ゴールを共有する p28

冒頭でもお話したように、私はアートディレクターの仕事をしています。

ディレクション(direction)という言葉には、「方向を指し示すこと」という意味があります。
デザイナーをはじめフォトグラファーやイラストレーター、コピーライターなど、さまざまなクリエイティブのパートナーと連携をとりながら、デザインを達成目標へと導いていくような仕事です。

ゴールへ向かうためにどんな道筋を描いていけば良いのか。
その道筋が無数に枝分かれした先に、写真を使うのか、イラストレーションを使うのか、という選択や、どんな色や書体を使うのか、といったような具体的な手法がついてきます。

逆に考えると、ゴールが提示されないところから、技法や手法の話に移ることはできません。
山へ行くのか海へ行くのかわからないと、旅行の支度をするのは難しいのと同じことです。

だからこそ、発注者は土台の情報を共有した上で、まず「今回のゴールはどこにあるか」を指し示すべきなのです。

p45

デザインの発注でいえば、当然ですが受注者はプロのデザイナーが想定されます。

このデザイナーが仮に新人のデザイナー、あるいはオペレーターといわれる職種=純粋にデザインデータを作る作業をする職人であれば、より具体的で詳細な指示の方が喜ばれるかもしれません。

新人デザイナーという経験上、あるいはオペレーターという職能上、抽象的な指示を分解して、具体的に落とし込んでいくのが苦手、またはできない立場だからです。
頭の付いた大きなマグロを渡されても困る人たちなのです。

しかし、ある程度熟練したデザイナーに対する発注だとどうでしょうか。

もしベテランに対して“スライダーを具体的に振りきった指示”をした場合、2つの点で非常にもったいない状況が生じることになります。

1つは、熟練デザイナーに細かく具体的な指示をすることは、本人の制作に対するモチベーションを大きく削ぐことになります。
人が意欲的に取り組むためには、そこに「創造や工夫の余地」があることが大切です。

これはクリエイティブ職に限らず、どんな職業にも当てはまることでしょう。
創造的な自分らしい工夫が一切許されない仕事は、窮屈でストレスがたまるものです。

ただ人から与えられた指示をそのままにこなすだけの、他の選択肢が一切許されない状況に陥ったとき、意欲の源泉はすぐに枯れ果ててしまうでしょう。

「仕事だから、言われたことをするのが当然だ」という向きはわかりますし、正論かもしれません。
しかし健全な仕事の持続可能性を考えたとき、相手のモチベーションを上手に向上させることは、感情論ではなく戦略として大事な要素なのです。

もう1つは、デザイナーが持っているプロフェッショナルのカードを完全に活かせないということです。

具体的なケースで考えてみましょう。
例えばカタログ制作において、「価格部分を目立たせたい」という目標があったとします。

そんな状況で「価格を目立たせたい」という目標をデザイナーと共有せずに、価格を赤くしてほしい」という具体的な指示だけを与えるとどうなるでしょうか。
もちろんデザイナーでなくても、赤くしてほしいということは目立たせたいという意図が背景にあるのかな、となんとなく察することができます。

しかし、目立たせたいという「目標」と、赤くしたいという「手段」は属性が異なるものです。
目立たせたいという目標を隠して、赤くしたい、という具体的指示だけが1人歩きすると、デザイナーが持っている他の「目立たせる」手段を封じることになります。

例えば大きくしたり、目立つ書体に変更してみたり、下線などの処理を加えてみたり、時には目立たせたいもの以外を小さくすることで相対的に目立つということもあるのです。
文字を赤くすることでデザインに雑味(ノイズ)が増え、デザインの持つ他の機能(高級感など)が削がれてしまうリスクもあります。

また、もともとの配色によっては「赤くする」ことで、むしろ「目立たなくなる」という結果になるかもしれません。

背景にある目的を添えた抽象性を含む指示に変えることで、デザイナーの持つカードの中から良い解決法を提案してもらえば、専門家としてのデザイナーの能力をフルに活かすことができるのです。

p49

しかし、クライアントからデザイナーへの発注はそれとは構造が異なります。
発注者の属性を考えると、そもそもデザインという専門性を持たないから、アウトソーシングをしているわけです。
デザインの専門家でない以上、具体的なカードはあまり持っていないことが想定されます。

無理に限られた知識の中から指示をしようとしても、効果的ではない独りよがりの嗜好に逃げてしまうことになるかもしれません。

それであれば、抽象的で構わないので、あなたの立場で可能な範囲での課題の切り分けを行えば良いのです。

「最適な色味はわからないけど、Z世代に好まれたい」「使うべきフォントはわからないけど、和テイストが好きな人に刺さるデザインにしたい」といったイメージです。

p50

前述したように、「抽象」には「対象から共通する要素を抜き出す」という意味もあります。
発注側と受注側、ともに理解が無理なくおよぶ、共通の言語を探っていくというのもとても大切なことです。

そして、共有できる言葉とは、専門的な用語ではなく、誰にでもわかる至極日常的な言葉なのかもしれません。

これまでにも繰り返し取り上げていますが、その共通言語で最も大事なのが「デザインの目標(ゴール)」です。

例えば、アートディレクターからデザイナーへの指示のように、具体的な指示が有効な場面でも、抽象的情報であるデザインの目標を丁寧に添えることがポイントになります。

同じ「文字を大きくしてほしい」という指示でも、「目立たせたいから、文字を大きくしてほしい」のか、「高齢のお客様にも快適に読めるように文字を大きくしてほしい」のかでは、意味合いは異なります。

目的や理由が剥がれてしまった、ただの「文字を大きくしてほしい」という指示では、判断に迷いや誤りが生じることも起こりがちです。

オリエンシート p57

「オリエンシート」はデザイン発注のメインレシピです。
デザインの航路を指し示す地図のようなもの、という表現は少々ロマンティックすぎでしょうか。

一般的にデザインの発注を行う場合、デザイナーにどのようなデザインを依頼したいのかを説明するために、打ち合わせの場を設けます。
これを「オリエンテーション(73ページ参照)」といい、事前にメールで送ったり、当日その場で提示したりする、与件などが記述されたものを「オリエンシート」といいます。
与件は「与えられた条件」のことです。

スケジュールや予算に代表されるように、デザインはさまざまな制約下で生み出されます。
あらかじめ記述され、まとまっていることで、情報の共有が大変捗るのです。

オリエンシートの書式は自由ですが、項目ごとに整理されていて、内容の理解が早く進むものが良いでしょう。
ここからはオリエンシートに含めておくと良い、一般的な項目を例示していきます。

①ターゲット p58

マーケティング用語として広く知られている通り、主に対象とする顧客の属性です。
デザイン発注では当たり前のように出てくる項目ですが、これが意外と曲者です。

ところで、「ターゲット」と記載されるものに、どんな言葉が浮かぶでしょうか。

例えば、30代女性や50代男性といった「年齢×性別」のワードでしょうか。
この年齢と性別を組み合わせる属性のセグメント(区分け)化はクロス集計などの統計分析にはとても便利で、マーケティングにかかわらず、社会調査でも広く利用されています。

F1(20~34歳女性)や、Z世代(1990年代中盤以降生まれの若い世代)などの言葉も、こういったセグメント化の1つです。

しかし現代社会では、この「年齢×性別」の区分けが万能でなくなっているとも言われています。
それは人々の趣味嗜好・ライフスタイルなどの多様化が進み、同じ世代や性別の人が必ずしも同じ価値軸を共有する、ということが少なくなってきたからです。

新卒で入った企業に定年まで勤め上げる。
結婚して子どもを授かり、マイホームのローンを組む。
そんな画一的なライフスタイルや価値観が失われた現代では、多様な趣味・嗜好層をつなぎとめるものとしてSNSが存在します。
また、SNSでは年齢や性別にかかわらず、居住地などの地理的条件も越えて、共通する趣味や思想、嗜好を持つ人々がつながりあっています。

これからのターゲット設定は、ユーザーの属性を年齢や性別だけに求めていくのではなく、趣味や嗜好・ライフスタイルのクラスタ(群)に求めていくのが自然な流れでしょう。
例えば、「外食に探究心があって、月に2回以上レストランに行く層」など、年齢や性別の情報ではなく、このようなターゲット設定の方が、ユーザーの行動をイメージしたり推定しやすいことは間違いありません。

この考えを突き詰めると、ターゲットを「集団」ではなく、イメージ化された「個人」に求めるという考え方も出てきます。

理想的なターゲットとしてイメージされた架空の個人を「ペルソナ(persona)」と呼び、彼(彼女)がどのように行動するのかを想像することで、マーケティングや広告のプランを立てる参考にします。

クリエイティブが届く相手を考えるとき、漠然とした集団をイメージしても想像がつきづらいことが多く、むしろ特定の個人をイメージすることで、創作が進むことはよくあります。
たくさんの人の行動を捉えようとするのではなく、いったん1人の小さな物語を追いかけてみるということです。

②目的と目標 p60

次にプロジェクトの目的と目標です。
どちらも「ゴール」という言葉に置き換えることができますが、厳密には性質的な違いがあります。

まず、デザインを行う背景には、「商品の売り上げを上げる」「ブランドの認知度を上げる」「信頼感を醸成する」など、必ず何かしらの目的があります。
カジュアルで手に取りやすい雰囲気を作る、高級そうに見せる、購入後の顧客満足度を上げるといった目的もあることでしょう。

デザインの目的を発注者とデザイナーが共有することは、旅行をするときに目的地を設定するくらい、当たり前のことです。

なかには、当てのない旅を楽しみたいという人もいるかもしれませんが、ビジネスにおいては迷惑な話です。

「広告を作る場合、売れることが目的に決まっているだろう」というご意見もわかります。
しかし、ここに意外な落とし穴があります。

前提となる「当たり前」を再確認し、時には疑うことで発見できる課題やアイデアもある、ということです。

例えば、短期的な購買訴求にとらわれて目立つ広告ばかりを作ってしまっては、長期的な信頼(ブランドの品格など)を失う可能性も考えられます。
制作の目的を言葉にして共有することは、クライアントであるあなたが自社の製品やサービスに対し、改めて向き合うという機会にもつながるのです。

続いて目標は、目的を達成するために必要な具体性を持った指標です。
売り上げ目標や集客数、顧客数の増加など、いわゆるKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)と呼ばれるものが多く用いられています。

また、目的を最終地点と置いて、プロジェクトの中間地点に達成目標(マイルストー ン)が置かれることもあります。
Web技術やツールの発達により、アクセスログやABテストやヒートマップ分析などによる定量的測定が可能になったため、ユーザー個人の認知的な活動も意識した、よりポイントを絞ったデザインが求められるようになってきています。

目的や目標の共有は、デザインに関する具体的な指示を含みませんが、間接的にはデザイン制作に大きく関与してきます。

③USP p63

USP(Unique Selling Proposition)とは、自社の製品やサービスだけが持っている強み、独自性のことです。

ここでの強みとは、相対的な基準が必要となり、あくまで「同業他社や類似製品と比べて」何が強いのか、をしっかり示すことです。
つまり、食品だったら単に美味しいこと自体はUSPにはなりません。
むしろ不味いことを売りにするお店さえあり、そちらの方が独自性としては適切かもしれません。

USPを考える上では、日頃から自社製品の強みや独自性について言語化しておくことが大切です。

広告において、その商材の持つ独自性は、すべての表現の鍵を握る要素です。

発注する側も、デザインする側も、少しも魅力を見出せない商品についてどれだけ面白い広告案を練ったとしても、消費者の心を打つ表現はできないでしょう。

USPを分析する際に、伝統的な手法ですが「ポジショニングマップ」を作成するというものがあります〈図3-1〉。
平面上に2つの軸を設定し、4象限のマップを作成するケースをよく見ます。

大切なのは、この2つの軸(変数)を何に設定するかです。

対象とする自社製品やサービス、そして各社がリリースしている競合製品をポジショニングマップにプロットしたとき、適度に分散する変数は何か。
ここを考えることが、USPを顕在化するプロセスにそのまま重なってくるのです。

単なる「良い製品」や「優れた製品」という言葉は、その商品をまったく描き表せていません。
時には「初心者には向いていない製品」といったような、ネガティブな形容の方がその商品の特性を巧みに表し、魅力的に映ることもあるのです。

④仕様 p65

仕様とは、最終的な成果物が満たさなければならないスペック全般のことです。
印刷物のデザインの場合なら、A4、B2のような判型、ページ数、カラー数、製本方式のようなものが考えられます。
また、色校正(試し刷り)の方式と回数なども含まれます。

印刷物の仕様詳細をクライアント側で完全に決めるのは困難です。
必要最低限の希望仕様をたたき台として記載し、あとはデザイナーや印刷会社と相談しながら決定していくのが現実的でしょう。
また、なぜその仕様なのか(チラシをラックに入れて揃えたいからA4サイズ。掲示板に貼りたいからB2サイズなど)を付記すると、デザインの目的や機能が明確になります。

Webデザインにおいては、仕様はより複雑になります。

まず表示を保証するブラウザやPC、スマホのOS仕様を共有しておかないと、齟齬があったときに大変です。
特に、古いブラウザに対応しないといけないような場合があると、問題の種となります。
上司が確認したPCでうまく見られなかったからやり直しになった。という制作からするとまったく本質的でない、冗談のような事件も起こり得ます。

システムを組み入れる場合、CMS(ユーザー側での更新システム)をどの部分に入れるか、セキュリティに関する条件、サーバの仕様、組み込むツール、運用方法などが主だった仕様になってくると思います。

これらについて、経験値の多いWeb担当者でもない限り、すべて明確な与件として書き切ることはなかなか難しいものです。
最低限の記載はしておいて、Web制作側からヒアリングしてもらいながら、仕様を詰めていくのが現実的だと思います。

デザインプロセスで行き違いのまま進むことで、生じる問題の多くは、この仕様のすりあわせができていなかったことに起因しています。

仕様決定に不慣れなうちは、特にデザイナーに対してあらかじめ設定しておくべき仕様を最初に提案してもらう、というのも良い策かもしれません。

⑤予算とスケジュール p67

受注側にとっては、引き受けるかどうかを決める最も重要な項目です。

まず予算について、内部で予算イメージがある場合と、これから見積もりに基づいて社内へ申請するような場合があると思います。
予算がある場合は、その予算を提示するとともに、その金額が構成するものを明示してあげると受注側もわかりやすいです。

例えば「制作費」と漠然と記載されているだけでは、それが「創造的な部分のみの制作(アートディレクションやデザイン、あるいはコピー制作)」なのか、「最終的な生産・実装費用(印刷加工費やサーバ代など)を含んだ制作費」なのかがわかりません。

Webサイト制作なら、Webディレクションやコーディングなどが含まれている全体予算なのか、デザインのみの部分的予算か、なども開示対象になります。

この部分に誤解があると、後で話が違ったと揉めることにもなりかねません。
予算イメージがない後者のケースで、予算を確保するために先に概算見積もりが欲しいという場合もあるでしょう。

その場合は、一式見積もりではなく、極力見積もり項目に分解して詳細に記載してもらうことをお願いすると良いと思います。
提示された見積もりを検討した結果、金額がオーバーする場合、どの項目を削ることでそのプロジェクトを実施できるのかの再検討がしやすいからです。

また、次のように段階的な見積もりを作ってもらうという方法も有効です。
「制作のボリューム感で松竹梅のような形で段階をつけていただけませんか」
「基本的な業務の価格と、理想に近づけるためのオプション価格を分けて提示いただけませんか」

続いてスケジュールに関してです。
業務委託期間や最終的な納期はもちろん記載しますが、その納期である理由を合わせて提示するとわかりやすくなります。

例えば、制作物をイベントで配布する予定がある、発売日の2ヶ月前から告知のために配布したい、といった理由を添えると良いでしょう。
年度内のプロジェクトとして期内に納めてほしい、という理由もあったりします。

スケジュールのマネージメントをどちらが行うかについては、状況によりますが、スケジュールの作成にもクリエイティブな感覚は必要ですし、労力がかかる=人的リソースを消費するということを忘れてはいけません。

納期までの具体的なスケジュールというのは、制作側が引くことも多いですが、その際、発注側は「どの段階で途中確認がしたいのか」「何回確認がしたいのか」「途中確認用の制作物が示されたとき、どのくらいの期間で相手に意見や指示を戻すことができるのか」「どの段階で誰の決済が必要なのか」など、適正なスケジュールを立てるのに必要な情報を極力共有すべきです。

見積もりも、スケジュールも、機械的な作業のように思えて、創造的な工夫の余地がたくさん含まれる重要なタスクでもあります。
明瞭な予算やスケジュールを作成することができれば、健全な制作環境の担保、ひいては良質な成果物を生むことにつながります。

予算もスケジュールも、デザインの大きな一工程なのです。

⑥履歴・関連制作物 p70

新しくリリースする製品・サービスでなければ、これまでにその製品を訴求する何かしらの施策が行われた可能性があります。
これまでにどんなタイミングで、どういった制作物を作ってきたか、その履歴と実例は非常に参考になる情報となります。

過去にこんなデザインの広告やパンフレットを作ってそれなりの成果をおさめた、これはあまり反響が良くなかった、などの情報をデザイナーと共有することで、今後制作していくデザインの精度がより高まるはずです。

さらに、踏襲してほしい点はどこか、二度同じ過ちを繰り返したくない箇所はどこかを、過去の制作物を用意して説明すると理想的です。

デザインによるコミュニケーションは、それぞれ単発で場当たり的にこなそうとしては非常にもったいないことです。

過去の制作履歴と施策へのフィードバックは資産です。
これまでの流れを見渡しながら、最良の軌道を描いていきましょう。

⑦その他特記事項 p71

業界、企業、商品カテゴリ、その場所に特有の配慮すべきことがら、前提となる文脈、配慮すべきユーザー層、好まれるトーン&マナーなど、デザイナーが業界に不慣れであれば、事前に伝えてあげるとデザインを効率的に進められるでしょう。

ともすれば、社長の好みでデザインの是非が決まるような場合もあるかもしれません。
このような場合だとしても、事前情報としてそれを伝えることが誠実だと思っています。

オリエンシートは今後のデザインプロセスにおけるコミュニケーションを円滑にし、より的確な提案を促し、齟齬がなくスムーズな着陸をもたらすものです。

既成のフォーマットに縛られず、「受注者への手紙」だという気持ちで、柔軟に作成してください。

オリエンシートの例 「ホッとレトルト」キャンペーンチラシ制作オリエンシート p72

弊社新商品「ホッとレトルト」の新発売に伴い、クーポンキャンペーンを行います。
それを告知するチラシとポスターの制作。

①ターゲット
30代~40代のバリキャリ女性(残業多め)
ペルソナ:商社で課長職として勤務するA子さん(35歳)。
独身・1人暮らし。
残業の機会も多く、平日疲れて帰ってきても自炊する気力がない。
かといって毎日外食するのも家計的に厳しい。
平日の自分に毎日お疲れ様を言えるような、手軽な夕食があるといいなと思っている。

②目的と目標
新発売商品につき、まず商品ブランドの認知度を向上させたい。
クーポンによるターゲットへのブランド周知と初回購入を目指す。
チラシ・ポスターは店舗POP、情報コーナーでの訴求が中心。

③USP
「レストラン品質を手軽にレトルトに」。
すべて1人前・野菜を摂取できることが開発テーマ。

④仕様
A4チラシ・両面プロセス4c:スーパーの情報ラックで展開・30,000枚
デザイン+カットイラストを依頼、商品写真・テキストを支給します。
色校正2回(本機校正) 本社・支社の2箇所送付希望

⑤a 予算
チラシデザイン:250,000円 (税別)
ポスターデザイン(チラシ表面データ流用):150,000円 (税別)
印刷費は別途

b. スケジュール
5月中旬初校アップ
修正出し戻し3往復を予定(戻しは提出より3営業日後)
6月10日印刷入稿
6月末印刷物納品(7月からのブランドデビューに合わせて)

⑥履歴・関連制作物
「ホッとレトルト」雑誌広告デザインPDF・商品紹介カタログ(実物)
弊社の過去のレトルト食品シリーズ「厨房直送便」のキャンペーン広告PDFを添付します。

⑦その他特記事項
キャンペーンWebサイトへのデザイン素材の流用可能性があります。

リファレンス p83

最近増えたと感じるのは「リファレンス型」の発注です。

リファレンス(reference)とは語義の通り「参照する」ことを指し、既存の作例や関連するイメージを集め、オーダーしたいデザインの雰囲気や特徴を視覚的かつ直感的に伝える方法です。

このリファレンスを使った発注は、便利さと引き換えに、さまざまな問題も宿していることを先に述べておきます。
したがって、使いどころと使い方がとても重要になりますが、その特性や取り扱いのポイントについて述べていきます。

インターネットを通じ、世界中に散布されている膨大な画像を検索・取得できるようになったという事実が、間違いなくリファレンスによるデザインを強く誘発しています。
近年では、PinterestやInstagramなど、画像投稿を主体にしたSNSの登場や、ジャンルや傾向ごとに優れたデザインを収集するような、ブログのまとめ記事が増えたことが、このリファレンス文化をより加速させたといえます。
特に、Webデザインとリファレンスは相性がばっちりで、制作工程のどこかでたいていはリファレンスが用いられているのではないでしょうか。

リファレンスでは、非言語的なコミュニケーション(絵を見れば語らずともわかるよね、という伝達)を成立させることができるので、言語化が難しい場面では都合の良い手法といえます。

しかし、リファレンスを使ったデザイン発注を批判的に見る、率直に言うと、リファレンスを嫌うデザイナーもいると思っています。
創造性や自由度を奪い、デザインの類型化を生むからというのが、大きな理由だと推察します。

私個人の意見としては、リファレンスを起点にしたデザインは、状況によっては有効ですが、デメリットもあるという解釈をしています。

大きな懸念点として、「類型化」という言葉でも表しましたが、やはりデザインの差別化が図りづらいことです。
ある商品に関するデザインを組み立てるとき、同業他社のデザインを集めてくるという段階から行うと、その業界で広まっている「らしさ」の寄せ集めになり、安心感と引き換えにブランドに大差がなくなります。

これを業界全体の観点で見ると、製品群全体の均質化、いわゆる「デザインのコモディティ化」と呼ばれる状態に陥ってしまいます。

また、目的からデザインを発想するという正攻法の態度から外れてしまい、表層や傾向などからデザインを組み立てるようになり、デザイナーの創造性が発揮されない「芯の細いクリエイティブ」になってしまう危険性も秘めています。

リファレンス型の発注は諸刃の剣でもあります。
わかりやすさの裏にある落とし穴を、常に意識しておくことが大切です。

では、リファレンスが有効な状況や、リファレンスを上手に活用する方法にはどんなものがあるでしょうか。

まず、リファレンスが有効になるのは、その領域にはじめてデザイナーが取り組む場合に表れてくるものだと感じています。

例えば、私はこれまで音楽のCDジャケットを200タイトル近くデザイン制作してきましたが、音楽表現はビジュアルイメージとも強く結びつき、それぞれの音楽ジャンルごとにそのジャンル「らしい」視覚的な作法があります。

音楽の仕事をしていると、あらゆる方面から依頼は来るようになりますが、当然自分が好きで普段から触れている文化圏からの依頼が来るとはかぎりません。
むしろ自分があまり聴いてこなかった文化、私で言うとビジュアル系やアイドル、ヘビーメタルや演歌まで、さまざまな案件の方が多い印象です。

そんなとき、依頼があったジャンルにおいて、どんなビジュアルイメージの傾向がファン層に求められるかを知ろうとするのは、取っかかりの一歩として重要になります。

茶道や芸事の世界に「守・破・離」という言葉があります。
これは修業におけるプロセスを3つの段階で示したものですが、リファレンスによるデザインは、型を知り、まずはそれに従うこと、つまり「守」が必要なのです。

次にポイントとなる点は、なるべく多くのリファレンスを参照するということです。

リファレンスで最もやってはいけないことは、「たった1つの例を参考にしてデザインをつくる」ことです。
ご想像の通り、この状態を「パクリ」と呼び、逆に参照する事例が多いほどパクりから遠ざかっていきます。

もっと良い方法は、多くのリファレンスを収集し、その肝となる部分を言語化することです。
この対象の中に共通する本質的な要素を抜き出すことを、「抽象化」といいます。

リファレンスの評価ポイント(文字のインパクトがあってクール、対比による配色が目を引くなど)を言語化し整理していくのは、まさに抽象化のプロセスを辿っているということです。

デザインをそのまま真似してしまうのは、元のビジュアル情報が言語化を介さぬまま、類似したビジュアル情報へそのまま移植されることです。
そこでは本質が抜け落ち、ただの形態模写で終わってしまいます。

しかし、言葉というフィルターを通せば、表現に対して何かしら自分の咀嚼が加わっていき、それが本質を押さえた独自の表現を生み出す手がかりになるはずです。

「赤と青」の配色をただ真似すれば、「赤と青」以上のデザインは生まれません。
しかし、それが「対比による配色」と言語化されていれば、「赤と緑」「黒と白」など、無数のオリジナルデザインに広がっていくのです。

最後に少しトリッキーな方法ですが、引用による「二物衝突」の材料としてリファレンスを用いる手法もあります。

二物衝突とは俳句の技法で、普段はまったく関連のない言葉を1つの句で「取り合わせる」ことにより、新鮮な余韻を生む方法です。

これをデザインに応用させると、例えばお菓子のパッケージに漫画のコマ割り技法を取り入れたり、商品広告に小学校の計算ドリルのデザインを取り入れたりすることで、面白い表現が生まれるかもしれません。
この場合、徹底的にベタな「らしさ」に阿ることによって、むしろ表現のユニークさが際立ってくると思います〈図4-1〉。

イメージボード p89

リファレンスの写真や色見本などを、1枚の大きな紙やデジタルファイルに整理したものを「イメージボード(またはムードボード)」と呼びます。

こちらは、ファッションやインテリアデザインの分野ではよく用いられてきた手法で、たくさんのリファレンスを1枚にコラージュ(組み合わせ)されたビジュアルとして総覧することで、より直感的に頭にイメージをまとめられ、それを他のプロジェクトメンバーと視覚的に共有することができます〈図4-2〉。

イメージボードとは、単に集めてきた写真を無思考で貼り付けるのではありません。

似た写真を省いたり、貼る位置を近づけたり離したり、グループを作ったりする編集的な意図が加わったものです。
あえて類似の写真をたくさん貼ることで、そのイメージの重要性も示せますし、総覧したときに大きい面積として見せることもできます。

イメージボードは、デザインの本工程に入る前に、発注者とデザイナーとの間に基本的なイメージやトーン&マナーの齟齬がないかを確認する意味で、デザイナーが作成するケースもあります。

しかし、イメージボードを創造的な対話のツールとして、発注側とデザイナーが話し合いながらその内容を固めていくことで、より意思疎通のとれたデザインプロセスが実現します。

画像収集のSNSとして有名な「Pinterest」や、無料のグラフィックデザインツールの「Canva」、WebやUI(ユーザーインターフェイス)デザインのツールで人気の高い「Figma」などにもイメージボード作成の機能は入っています。
以前はアナログの切り貼り中心だったイメージボードも、今はメールやグループワークツールなどでシェアしやすいデジタルでの作成が中心になっています。

しかし、アナログでもデジタルでも、大切なのは「直感的に扱える」ことです。

イメージボードは、それ自体のデザイン精度の高さに配慮する必要はありません。
いかに手早く共通イメージを編み上げるかが重要なのです。

複数案とバリエーション p107

デザインを提案するとき、自然とそこには「複数の案」が求められるでしょう。
発注者としては、たった1案ではそれが期待するようなものでなかった、というリスクが生じるので、当然のことです。

そのリスクを低減させるためにも、複数の案を提案してほしいという発注者の気持ちを、ほとんどのデザイナーはよく理解しています。
では、作り手と発注者にとって、本当に意味のある複数案とはどのようなものでしょうか。

「A案は赤系を基調にデザインしました。B案は青系を基調にデザインしました」
「A案は明朝体を使ってキャッチコピーをレイアウトしました、B案はゴシック体を使いました」

このように複数の提案があったとします。
さて、これは案といえるでしょうか。

デザイナーの立場から反転して、選ぶ側である発注者の思考を追って考えてみましょう。

あなたが発注者だとすれば、これだけの説明(情報量)でどちらかの案に確信をもって選ぶことができるでしょうか。
少し不安ですよね。

不安になる理由というのは、この説明からだけでは見えてこないものがたくさんあるからです。
結論からいうと、これらのデザイン案には、「背景にある考え方の違い」が見えてこないのです。

例えば、「キャッチコピーは率直に強く言いたいので、大きくて太いゴシック体にしました」
「相手の感情に寄り添い優しく語りかけたいので、小さめの明朝体にしました」のように、“背景にある企みの違い”こそが、本質的な差異を生み出すのです。

理想を言うと、案の違いというのは、背景の考え方の違いがデザインの要素や構造に違いとして投影されている必要があるのです。

考え方が違えば、文字や写真の大きさ、全体の配色はもちろん、含めるテキストの優先順位や選定も変わってくる可能性があります。

もし、そこに何の裏づけもない「ゴシック体/明朝体」の違いや、「赤系/青系」などの配色の違いがあったとしたら、それは案ではなく、ただの「バリエーション」というべきです。

基底にある戦略の違いを持たない表層の差、すなわち無思考的なデザインのバリエーションを選択するには、こちらも発注者の個人的な好みなど、表層的なものでしか選択をするしかないのです。

ただし、そもそも選ぶ楽しさや、選者の論理性を超えたセンスというのも存在するので、ここでバリエーションの提案自体を否定するわけではないということを申し送りしておきます。

匿名性のジレンマ p116

同じ商業的なものづくりの世界に身を置く立場でも、イラストレーターのように個性が強く重視される仕事とは異なり、グラフィックデザイナーやWebデザイナーのような商業デザイナーは、その素養として表現の幅の広さが求められます。

その理由は、ネガティブな言い方をすると、いたずらにデザイナー自身の個性を露出することが推奨されない場合が多いということです。

そのニーズに対応するかのように、多くのデザイナーも職業倫理として「クライアントの要望に合わせて匿名的に振る舞うこと」を美徳としている節があると思っています。

時代錯誤かもしれませんが、「滅私奉公」として、自己顕示欲を捨ててクライアントの利益のために手をつくす影武者的な美意識かもしれません。
その意識は、プロとしてとても美しいことだと私も共感します。

その反動から、自分の個性を磨き、その個性を全面に出して仕事をしたい、という欲求もデザイナーには少なからずあると思います。

これらは私からすると、決して理解できない考えではなく、多くのデザイナーの中では自分の作家性の部分を見てほしいという顕示欲と、変化するニーズに対応できる匿名性を持った職人であるべき、という2つの気持ちが両立していると感じています。

特に、デザインを始めたばかりの若い頃は、とにかく既存のルールを壊したい、自分の爪痕を残したいという衝動が強いものです。
時には、先の餃子の話のように、我を出し過ぎてクライアントの気持ちに寄り添いきれないことも多々あります。
私もそんなほろ苦い経験を何度もしました。

しかし、作り手としての個性というものは、実に裏腹なものです。
意識的に押し出そうとしているうちはまったく認められず、経験を重ね個性を出そうという欲求が薄れた頃に、ようやく制作物から自然と滲み出てしまうものなのです。

さらに経験を積んでいけば、その個性は制作物(コンテンツ)のみに表れるのではなく、むしろ完成に至るまでのコンテクスト、つまり制作工程におけるコミュニケーションに表れてくるものだと感じています。

匿名性を守ろうとするからこそ、そこから滲み出てしまう個性が強く輝く。

そんなデザイナーの心情や、個性が発露するまでの道のりを少しでも理解しておくと、デザイナーとの対話を健やかに楽しめるようになるのではないでしょうか。

日常生活者としてのデザイナー p118

デザインは、さまざまな業種を渡り歩きながら、現場で生じている課題を解決するため、円滑なコミュニケーションを補助する仕事だと考えています。

私はこれを比喩的に、「さまざまな業種をのぞき見できる仕事」と表現することがあります。

消費者に向けた BtoC (Business to Consumer) の仕事も、取引先に向けた BtoB (Business to Business) の仕事も、総じてそのほとんどがデザインを専門としていない人たちに向けて届けるためのものです。

デザイナーがその専門性の世界に閉じこもり、市井の人々の感覚を失い、専門家だけの視点や狭い価値観に囚われてしまっては、真に受け手や使い手に喜んでもらえるデザインが生まれることはないでしょう。

相手への感覚を失わないよう、デザイナーは仕事に没頭するだけでなく、日常生活者としての自分を自覚的に過ごすべきだと考えています。

ときおり、話題性を伴って世に出されたデザインが、使いやすさに欠けていたり、一般ユーザーに受け入れられず、批判にさらされたりすることがあります。
その批判の多くは、SNSを経由して多数の意見へと拡声され、「デザインの敗北」というネットスラングも近年散見されます。

もちろん、消費者はデザイン業界などに付度をしないので、実はそのデザインの作り手がその道の権威だったということも起こり得ます。

それらの批判が当該のデザインへの正当な評価なのか、という話は各論に陥るため、ここではいったん置いておきますが、デザイナーとユーザーの間に少なからず価値観の齟齬が生じてしまったことは疑うべくもないでしょう。

「選民思想」という言葉があります。

もともとは宗教的価値観において、自分たちは神に選ばれた民である、と自覚する自己肯定的な考えのことですが、ここでは創作を仕事にする人が陥りやすい考え、つまり「私はものを創り出している少数派の人間だから、消費側が創造側の価値を認めるべきだ」といった錯覚を示しています。

デザイナーもその例に漏れず、価値を創り出すという行為に対して驕る気持ちが膨らみ、「自分たちの価値基準は絶対に正しいはずだ」という、歪んだ考えに至ってしまうことがあります。

ともすれば、クライアント側も「デザインは専門外だから、自分の理解がまだ足りていないのだろう」と考え、引け目な態度をとってしまう場面もあるのではないでしょうか。

仕事する相手を敬い、謙虚でいる姿勢は素晴らしいことですが、それが結果的にデザイナーの選民思想を助長させることもあるのです。

クリエイティブという言葉がなんだか特別なことのように聞こえ、創造的な仕事を過剰に神聖視するのは、発注者とデザイナーとの間にな非対称関係を作りかねません。

創造的行為はデザイナーを含むクリエイティブ職だけに許された活動ではなく、誰もが知的生産活動としての創造を行うことができるのです。
発注者とデザイナーは、それぞれが貢献できる形で価値を提供し、共同して創造を行っているのです。

だからこそ、デザイナーは自分を選民的な存在と自認してはいけません。
日常を過ごす中で、その空気に触れ、生活者の声に耳を澄ませ、社会の動向を観測する必要があるのです。

デザインの仕事では、時には徹夜で完成を目指さないといけない場面も出てきます。
食事をまともに取る時間もないときがあるかもしれません。

しかし、デザイナーの生活動態が社会から乖離してしまっては、デザインのその先にある、普通の暮らしを送っている人々への想像ができなくなってしまうでしょう。
料理をしたり散歩をしたり、映画を観たり音楽を聴いたりする、日常生活者としての自分の姿を取り戻し、そんな時間を意識的に取り入れることが必要だと考えています。

デザイナーを作る5つの力 p122

ひと言でデザイナーといっても、いろいろなタイプの人がいます。

デザイナーが100人いれば、100通りのデザイナーの属性があるので、それを類型化し分類することは困難です。
そこで概算として、数学の「因数」の考え方を用いて、その輪郭を捉えてみようと思います。

私はデザイナーを構成している要素は、おおむね5つに分解できるのではないかと考えています。
それらの力がどの程度かけ合わされているか、その能力の相対的な比重を見ることで、そのデザイナーの特性を大まかに把握できるようになります。

デザイナーを形作る5つの力について、その中身の考察と、それぞれの力を主軸に備えるデザイナーが得意な受注の形(どんな発注の形式が有効か)の考察、その2つの面から考えていきます。

①発想力 p123

与えられた課題について、優れたアイデアを発想できる力です。
ただ、「発想」といっても、まったくのゼロから作り上げるケースは少ないものです。

与えられた課題や、自ら探索した情報を組み合わせ、新しい仮説を導く「組み合わせの力」。
別の場所で経験した解決事例を、今直面している課題に方法論として移植してくる「類推(アナロジー)」といった推論をする力は発想力に代表されます。

例えば、多くの人があっと驚く、見たことのない企画を立てるような、広告代理店のアートディレクターのタイプはこの「発想力」に長けた人材といえるでしょう。

このようなタイプのデザイナーには、過去の事例、つまりリファレンスで指示せず、可能な限り発想の自由度を与えることが、ベストなパフォーマンスを期待できるでしょう。

逆に、過去の再生産を求めるような依頼は、発想力型デザイナーのポテンシャルを完全に活かしきれず、もったいない結果に終わるかもしれません。
表現の内容に関しても、具体的な指示を避けた川上からの相談が有効です。

②造形力 p124

浮かんだアイデアや、与えられたイメージを精度高く、具体的な形にする力です。
美しいレイアウトや文字表現(タイポグラフィ)を作り上げたり、目的に合ったイラストレーションを描けたりするようなデザイナーは造形力が高いといえるでしょう。

Webやアプリのデザインでは、プログラム(スクリプト)を書くことで、さまざまな画面の挙動を表現できますが、これも新しい1つの造形力といってさしつかえないかもしれません。

デザイナーというと、「絵がうまい」「手先が器用」というイメージがありますが、このイメージはおおむねこの「造形力」という言葉に収束されます。
しかし残念ながら、すべてのデザイナーが「絵がうまい」わけではありません。

もちろん、ある程度の表現技法の習得は必要ですが、造形力に特化したデザイナーはここが一段飛び抜けています。

一方で造形力の高いデザイナーは、常識の範疇を超えた大胆なアイデア出しや、活発なコミュニケーションで要望を聞き取ることが苦手な人も多いかもしれません。

このようなデザイナーに対しては、希望する方向性のリファレンスを示したり、具体的なアイデアやイメージを共有したりすることで、それを高い品質で形にしてくれるはずです。

③判断力 p125

どの写真を配置するのが良いのか。
どの書体でタイトルを表現するのが良いのか。
デザインは選択の連続ともいえます。

美的観点から、あるいは機能的観点から、さまざまな視座でデザインの要素を即時的に判断できるのは、判断力が高いデザイナーだといえます。

考えるより、まず手を動かしてたくさんのバリエーションを作ってみる。
それらを並べ適正なデザインを選び取っていく。
こんな仕事のスタイルが想像できます。

デザインを発注するにあたり、社内でもさまざまな意見が交わされることでしょう。
蓄積された膨大な意見を取捨選択してもらう、判断力の高いデザイナーにはそういった依頼が有効です。

また、判断力の高いデザイナーとともにミーティングを行うと、とても円滑に意思が進むかもしれません。

④情報力 p126

その名称通り、情報を使って最適解を導いていく力です。

ここでいう情報力は、情報に関する総合的な力全般を示し、「情報を収集する力」「情報を編集する力」「情報を展開する力」の3つに分解されます。

普段からたくさんの情報に興味を持ってアクセスし、知識の幅や深さを増やして、与えられたお題に対して素早く関連する情報を集めることができるのが、「収集する力」。

集めた情報を分類整理し、関係性を見つけて再構築できる力が、「編集する力」。

そして、編集された情報を新しい事例に割り当てて使っていく、情報を実際的に応用させていく力が「展開する力」です。

デザイナーは知的生産業ですが、情報力はそのことを代表的に明示します。
情報を構造化して見せる仕事、例えばWebデザイナーにとっては必須の能力でしょう。

情報力の高いデザイナーには、自社の問題を分析してもらったり、類似の問題に対して過去にどのような解決がされてきたかなど、その幅広い知見を有効活用してもらうのが良いでしょう。

また、特定のジャンルに関して、ずば抜けた知識を持つデザイナーがいます。
例えば書籍の装丁や、映画関連のデザイン、ファッション業界、アニメ業界にいるような「業界御用達デザイナー」は、専門的知識や経験という情報を礎として仕事をしていると考えられます。

⑤コミュニケーション力 p127

適切に情報を交換することができる力です。
デザインの行程は、たくさんのコミュニケーションの連鎖によって成立しています。

デザイナーでなくても、仕事をする上でコミュニケーション力は必要です。
その中でも、コミュニケーション力の高いデザイナーは、ただデザインをするだけでなく、時にはコンサルタント的に、あるいはファシリテーター的に、クライアントを巻き込んで建設的な意見交換や発想の場を用意することができます。

数多くの経験を積んできたディレクターは、多数のコミュニケーション媒体を組み合わせ、より総合的な提案ができる「クリエイティブディレクター」と呼ばれるようになることもあります。
彼らは単にデザインを受発注する関係を超えた「コミュニケーション顧問」のように、根本からの課題解決に向けた相談ができるでしょう。

このように、人と人をつなぐ才能を持ち合わせている。
それがコミュニケーション力の高いデザイナーの特長です。

彼らはデザインの成果物がどのように視覚的な情報伝達をするのか(ビジュアル・コミュニケーション)の効用にも明るく、「何を作るか」だけではなく、「どう相手に届けるのか」ということも含めて相談してみると課題解決につながります。

これら5つの力は絶対的な性質のものではありません。
相対的なバランスにより、デザイナーの個性を形づくるのです。

例えば、5つの力がすべて強いベテランのデザイナーもいますし、駆け出しのデザイナーはどの力もまだまだ未熟かもしれません。
しかし、どちらのデザイナーも、彼らの中での相対的なバランスに必ず差があるはずなのです。

もしデザイナーに直接会って話すことができる立場にある方は、ぜひ話のネタの1つとして、ご本人が「どれが強くて、どれが弱い」タイプかを自己分析してもらってください。

そして、もしあなたがある程度の付き合いがあるのなら、あなたの目線で、そのデザイナーが相対的にどの力が強いかを推察してみてください。

ここまで、「デザイナーを作る5つの力」と題しましたが、これらの能力はデザイナーのみならず、創造的な仕事をしていくためには少なからず必要な能力であるはずです。
もしあなたが今後、創造的な発注を行っていこうと前向きに考えているのであれば、あなた自身の属性においても、これらの力の比重について少し考えてみるのも面白いのではないでしょうか。

p134

さて、ここからはデザインプロセスの中盤以降、デザイナーから提案されたデザイン案についての適切な評価や選択方法について考えていきます。

完璧な発注を受けて、それに対するパーフェクトなデザインの解答が出てくれば、たったの一往復でプロジェクトは終わることになります。
しかしご想像の通り、そんな状況は千に一つも起こりません。

提案物への適切なフィードバックがあり、それを受けてブラッシュアップを繰り返すことで、デザインはより優れたものへと磨かれていきます。
初回に出された提案物が、仮に 期待外れだとしても、何が違っていたのか、どこに不備があったのかなどを示して、修正を重ねてもらうことで、最終的なアウトプットが求めていた以上の品質になる可能性も充分にあるのです。

つまり、良いデザインの大部分は、提案に対する評価と選択で構成されている、と言い切っても良いでしょう。

一方で、出された案に対する評価や選定が苦手で、基準を定めることができず、どうしても好みの範疇でしか選ぶことができないという人もいると思います。

そこで、デザインにおける適切な評価や選択のためには何が必要なのか、その基本から見ていきましょう。

背景の考えを選ぶ p135

デザイン提案では、複数の案が提示されることがよくあります。
A案、B案、C案という風にナンバリングされた提案や、気の利いたものならば「イメージ訴求案」「具体メリット訴求案」のように、案の骨格を上手に言語化してラベリングしている場合もあるでしょう。

さて、複数案が提案された場合、あなたは何を基準に案を選択しますか。

ここで飛ばしてはいけないのは、その背景にある考えや意図を理解し、それをきちんと言語化することです。

「A案は全体を青色系で、書体はゴシック体をベースにデザインしました」
「B案は全体をピンク系で、書体は明朝体をベースにデザインしました」

さて、この説明だけで、果たして発注者のあなたは適切な案を選び取ることができるでしょうか。
もし、あなたがこの説明とそれに対応するデザインを見ただけでも、適切な案を選ぶことができるのであれば、それは次のどちらかかと思います。

1つ目は、単に好みで選んでいるケース。
これは判断の基準はあなたの好みという部分に閉じたままで、あまり良くない糖度でしょう。

2つ目は、「青色系だと、ピンクに比べて男女問わず受け入れられそうだ」など、その案がもたらす効果をあなたの中で推論しているケース。
つまり、背景にある考えを、親切にもあなたが補っているのです。

後者は発者としては他動的で素晴らしいですが、言語化された背景の考え方や狙いをデザイナーと共有しておかないと、お互いの思考の焦点が徐々にずれていくことになりかねません。
この状態を防ぐために、最もシンプルな解決方法は、必ずデザイナーにその表現に至った背景にある「考え」を聞くことです。

次のページに示した2つのデザイン案を見てください(図6-1)。

これは、あるヨガスクールのオーブンを告知するバナー広告のデザインです。
この本のページはモノクロなので、色の違いが出せないのが残念ですが、テキストの内容や使われている書体も変わりません。
この2つの案は本質的に何が違っているのでしょうか。

A案では、とにかくスクール名を覚えてほしいという狙いが背景にあります。
サービスがリリースしたばかりのときは、まずその何よりも名称を広く周知したい。
本書でも若手芸人さんの例えを使って話した、いわゆる「名前だけでも覚えて帰ってください」というニーズを満たすためのデザインです。

B案では、ヨガスクールのオーブンよりも、新規入会に関する特別報酬(インセンティブ)を強く知らせたいという考えが背景にあります。
このような考えが推される理由、さらにその奥の景色も想像してみましょう。

例えば、すでに近所に別のヨガスクールがあり、そこから顧客を奪っていきたい。
まずはインセンティブ目当てでも体験してみてほしい。
広告を出稿する媒体がお得な情報を集めているポータルサイトだった。
このような理由があげられるかもしれません。

これらA案とB案は、同じ配色と同じ書体を使い、デザインの要素に関する差はほとんどありません。
そこにたしかにあるのは、文字の大小関係や配置・レイアウトの違いです。

表層的な要素(色や書体、装飾など)を観察しても差はないのに、背景にある考え方が違う。

これこそがデザインの「案」なのです。

もちろん、背景の考え方の違いで色や書体や装飾要素を変更するケースは多々あります。
むしろ変更の必要が生じる方が大半でしょう。

しかし、背景にある狙いが熟考されておらず、思考停止で配色や書体などを変えただけのものは、本質的な意味で案ではありません。

時には、好みの範疇で選んでも良いような微妙なデザインの変化を「バリエーション」と呼ぶことがありますが、やはり背景の考え方を提示しないものはデザイン案ではなく、バリエーションに過ぎないのです。

デザイナーに複数案を作ってもらう理由として、制作会社の営業がよく使う台詞に「複数案があるとデザインが決まりやすい」というものがあります。

これはクライアント側が「何かを選択する」という儀式を経由することで、何かしらの選択=仕事をしたという、事実や気持ちの落ち着きどころができるからということを、暗に示しています。

これは非常にビジネスライクな考え方で、たしかにこうしたプロセスを踏むこと「だけ」で納得されるお客様もいらっしゃいます。
しかし、これはある意味、随分とクライアントの選択の重要性を浅く見積もった考えといえないでしょうか。

デザインを選択するということは、発注者からデザイナーへの一方向的な伝達ではなく、デザインの精度を高めるための貴重な情報交換をするチャンスです。
デザイン案に充分な説明がされない場合、可能な限り「それぞれの案の背景にある考え方は何か」ということをデザイナーにヒアリングしてみてください。

この聞き取りは、デザイナー本人ですら明確に言語化できなかった部分にも触れることになるかもしれません。
それらを改めて分析し、言語化することで、クライアントとデザイナー共通の理解として共有するきっかけにもなるのです。

言語的に共有するメリットはまだあります。
例えば、あなた以外の人、例えば上司が最終的な案を決定する権限を持つ場合です。

こういったケースでは、デザイナーが不在で、あなたから上役に対してそのデザインの再提案をする場面が想定されるでしょう。
なぜあなたがその案を良いと評価して選択したのか、その背景にある考え方をしっかりと言語化して伝えることで、その選択が持つ説得性も強化されます。

また、言語は文字情報として記録できるため、口述とは違い、劣化や伝達エラーを減らすことができます。
企画書でデザイン案を提示するページ内に、簡単な文章でコンセプトを記載するような形を見かけたりします。

イメージと言葉の相乗効果が、デザインに説得性を与え、1人歩きできるプレゼンシートとして成立します。
右脳(イメージ)と左脳(言語)の両方に働きかける提案が、提案や稟議をスムーズに促していく力となるでしょう。

多数決の落とし穴 p141

発注担当の1人だけでデザイン案を決定できないケースも多く見られます。

複数人が意思決定に絡む場合は、意見や評価の取りまとめ方、案の決定方法についても検討する必要があります。

そこでしばしば選択されるのが「多数決です。
デザイン案を並べて、審査のように票を投じていくやり方は、民主的かつ合理的にも感じられます。

この考え方は、一見正しいようですが、不適切なゴールに誘導されてしまうことも起こり得ます。

まず、「プロジェクトの先にある目的」や、それぞれの案の「背景にある考え」が、本当にメンバー全員が確実に共有できているかという問題があります。

共有が不十分だと、デザインを評価するメンバー個々人の理解度の格差が生じてしまう可能性があります。
そんな中での多数決での決定は、合理的な判断から遠ざかったものになるでしょう。

「直感」による選定が間違いとは言いませんが、文脈や機能を背負うデザインというものの評価においては、少なくとも合理的な方法とは言えないのです。

多数決が適切とは言えないもう1つの理由は、そもそも背景にある考え方が違うものを、投じられた票の数にしたがって「良い/悪い」の1つの尺度に並べ、定量的な物差しにしてしまって良いのかという問題があるからです。

あるデザイン案を支持することは、その背景の考え方を支持するという意味を含めて一票を投じるわけです。
考え方の軸が違うものを、同じ定量尺度で優劣を決めるのは、理にかなった評価法ではありません。

さらなる悪手は、メンバーそれぞれが複数の案を選択、例えば「3案までに投票」というやり方です。

この場合「自分が最も良いと思う案」の他に、「とりあえず選んでおく」無難な案にも票が投じられます。
蓋を開けると、各々のメンバーが最も良いと思う案の票は分散し、みんなが一応押さえておいた第2、第3の案に票が集まることがよくあるのです。

それを避けるために、重みづけを加えて複数選択する評価方式も見られます。
例えば、良かったものを3点、次に良かったものを2点とするといったような方法です。

この方法を使うと、事故の回避率は上がりますが、「背景にある考えの違う案」を「1つの尺度で定量的に扱う」という本質的な問題点は大して変わらないでしょう。

私も、すべての多数決が総じて悪手であるとは思っていません。
プロジェクトの背景や目的、その案が持つ考えや機能を理解し、それらを充分加味して検討できるのであれば、多数決でも問題はないかもしれません。

しかし、すでにこのような基準があるのなら、わざわざ多数決をもって決定する必要もないのではないでしょうか。

少し過激な言い方をすると、多数決はその案を選んだ評価者に対し、免責を許すやり方でもあります。
みんなで決めたから私1人のせいじゃない、定量的に決めたのだからこれが最適解だ、という思い込みに過ぎないのです。

別の見方をすると、多数決は意見を出すための土俵作りには役立つと思います。

あくまで多数決を参考指標にして、議論を進めるのは悪くない考えです。
その上で最終的な意思決定は、その選択について責任を取れる少数のメンバー(時には代表者1名)で決めるのが良いと思います。

カリスマ的経営者がデザイナーとパートナーシップを組み、たった1人で決定するデザインが強くなるのも、こういった理由からかもしれません。

時間軸と評価 p145

デザインによっては、時間軸によって評価が変わるものもあります。

例えば商品やサービス、または企業のロゴなど長期的に使用・展開されるものについては、ある程度寝かせた上で、評価と選定を行うことも1つの手です。

私のデザイナー経験から思い返せば、ロゴを提案しても即決できず、その場で悩まれてしまうお客様もよくいらっしゃいました。

そんなときは、「気に入った最終候補のロゴを2~3案プリントアウトし、机の近くの壁に貼ってしばらく過ごしてみてください」とアドバイスをします。
そのお客様には「しばらく貼っていると、ずっと使いたくなるロゴが自然と絞り込まれたよ」とおっしゃっていただきました。

例えばチラシのように、短期的な効果として期待されるデザインだったとしても、スケジュール的な余裕があるのなら、ぜひ一晩置いて改めて翌日に見直していただきたいです。
おそらく初日、第一印象では見えなかった改善点などが浮かんでくるのではないでしょうか。

デザイナーの側としても、デザインに行き詰まったときは一旦その手を離し、可能なら一晩寝かせて翌日改めてチェックすることがあります。

脳はよくできているもので、絡まった思考は睡眠のフェーズを挟むことでいったんクリアに整理されるからです。
私自身も、基本的には提案ギリギリに仕上げるのではなく、この「一晩寝かせる」工程ができるように余裕をもってデザインを仕上げるようにしています。

デザインは短期集中的に機能するものから、長期にわたって効果が続くものまでさまざまです。
長期的に使われるものほど、長い時間を使って評価される(デザインがなじむ)必要があります。

実際には、タイムマシンで未来にでも行かない限り、デザインの長期使用後の評価を拾うことは不可能です。
それでも、長く使うものは寝かせる工程も挟みながら、可能な限りじっくり選ぶことを心がけてください。

p149

発注者とデザイナー、そして制作物との関わりが深く長いほど、思い入れが強くなり客観視することが難しいでしょう。
そんなときは、関わりの浅い他者に見せてどう思うのか、という聞き取りをすることも有効だと思います。

作り上げてきた大切なデザインだからこそ、獅子の子落としのごとく、評価の谷にデザインという我が子を突き落とすのです。

ただ、この聞き取りも、全体評価のごく一部、という視点を忘れてはいけません。
第一印象などの短期的な評価は、デザインがもたらす機能の一部は説明できても、そのすべてではないからです。
とはいえ外部の声は客観視を促すための貴重なきっかけになることは間違いありません。

発注に関するNG? p162

まずはデザイン発注でNG?(NGの後ろに「?」が付いている理由は、後ほど説明します)だと、私が思う言葉を挙げていきます。
しかし、これらの台詞はもしかすると、発注の現場では特に違和感もなく感じられるかもしれません。

では、いったいどういうところがNGなのでしょうか。
ある種の「デザイン発注あるある」として、デザイナーの方々も実感するのではないかと思いますが、いくつか取り上げてみましょう。

NG?ワード① 「まずは自由に作ってみてください」

デザイナーの能力を最大限に活かすには、方向性の自由度を上げること、つまり制約を取り払うこと、そんな企みもしくは気遣いから発せられた言葉かもしれません。

しかし、その言葉を発した人の頭の中には、本当に「こうしてほしい」というイメージがまったくないのでしょうか。

この台詞を言われたデザイナーは、少なからず困ってしまいます。
仮にデザイナー側が手探りでイメージをひねり出して作ったとしても、その提案が「なんだかイメージと違うな」と感じたとしたら、発注者の中にもともと希望する方向性があったことの証拠です。
そして、それを共有していなかった発注者に多くの責任があるでしょう。

ここで、「プロではないので、そもそものイメージが湧かない。たたき台が提出されないと判断できない」という反論もあるかもしれません。

しかし、丁寧にオーダーについて考えているのであれば、「まずは自由に」という言葉は浮かばないのではないでしょうか。

もちろん、発注側はデザインの専門家ではないので、フォントをこれにしてほしい、配色はこうしてほしいなど、具体的な手法で伝えることは難しいかもしれません。
しかし、そのデザインの目的や期待する効果などを、専門家でないなりに言語化し共有するのは充分可能なことなのです。

NG?ワード② 「この方向で修正案を2~3案出してください」

デザイナーにとってはクライアントからの言葉だけでなく、所属する制作会社の営業(つまり身内)からもよく聞く台詞です。

営業としては、スムーズな進行が本人の成果になります。
つまり、先方の了承を早く得たいわけですから、複数案の中から選んでもらうという「儀式」を経由することで、クライアントに「何らかの選択をした」という経験をしてもらい、デザインの定着へと迅速につなげたいという意図があります。

「デザイン案」については、これまでたびたび解説してきましたが、案や方向性はその背景にある目的の違いによって分化されていきます。

「この方向で2~3案」という指示を解体すると、本質的な「案」というよりは、単にバリエーションの提案が求められているのかもしれません。
それを承知で、前述のような儀式のためであればやむを得ないことなのでしょう。

それにしても、2~3案という表現はなかなか意地悪です。

求められている案数は2案なのか、3案なのか。
1つの案を制作するために、かかる仕事量が仮に等しいとしたとき、3案を作るのは2案よりも1.5倍の負担がかかる仕事ということなのです。

NG?ワード③ 「一応〇〇案も押さえて(作って)ください」

私の体験談ですが、広告撮影のディレクションをした現場でこんなことがありました。

タレントが右手に商品を持ち、にこやかに微笑んでいるカットの撮影中。
ラフで提案した通りのポーズ(右手に商品を持つ)で撮影が進んでいきます。
そろそろ撮れ高も集まってきたと感じた頃合いに、クライアントから「一応左手で持っているカットも押さえてください」の一言。

その一言の気持ちを読み取ってみると、「もしかすると他の媒体への転用で左手で持っているカットを使うかもしれない。
その場合、そのカットがないということになると、後で何らかの責任を取らされるかもしれない」と、そんな思惑があったのかもしれません。

イラストレーターへの発注だと、例えばこんな場面。
「単色系のイラストでお願いします。でも一応、カラフルな配色バージョンも作ってください」
こんな乱暴な発注も、裏を見ると同じようなリスク担保の目的があるのかもしれません。

しかし、いずれの場合も「一応」という言葉で指示をされた方は、どのように受け止めるでしょうか。

何らかの目的や意図があって別案を押さえておくのであれば、「一応」という言葉で表現するのではなく、その背景にある意図をはっきりと伝えれば良いのです。

もし、「一応」の左手カットを撮るための撮影の必要がなければ、その時間を割いて右手カットでの撮れ高を増やすことができます。
選択と集中はデザインの品質向上につながり、限られた予算と時間のリソースを効率的に使うことができます。

NG?ワード④ 「上司(クライアント)から修正依頼が来たので、対応しておいてください」

この「NG?ワード」には前提条件があります。
上司からきた修正依頼を担当者が確認していない、いわば丸投げ状態の言葉であるということです。

窓口の発注担当者にしてみれば、急ぎの対応案件として取り急ぎ送っておくという配慮かもしれません。
しかし、もしその依頼に発注者も理解できない(確認の必要な)修正内容が含まれていたらどうでしょうか。

発注者が理解できないことなら、おそらくデザイナーも理解できないとみて良いでしょう。
必ず「この赤字ってどういう意味ですか」といった指摘がきます。

もし発注者が回答できなかったとしたら、デザイナーからの信頼を失ってしまいます。
修正事項やフィードバックを正しく伝達するためには、バトンを受け渡す立場の人が、受け取った時点で正しくその内容について理解しておく必要があるのです。

いかがでしょうか。
こういったことは仕事では珍しくない、ただのデザイナーとしての私の愚痴ではないかと訝しく思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。

誤解がないように強調しておきたいのは、「言葉自体が悪者ではない」ということです。
だから、わざわざNGの後ろに「?」マークを付けたのです。

悪いのは、その言葉の裏に潜む「思考停止」の態度です。
課題を理解したり、言語化したり、伝達したりすることを面倒に思う、その気持ちが罪であるということです。

発注者自身も、たいていはどこかの組織に属しているので、力関係の狭間で思うようにいかないことだらけの毎日でしょう。
何かしら理不尽な理由で、発注先に負担をかけないといけない場面にしばしば見舞われることもあるでしょう。

その状況を相手に誠実に伝え、思考を止めず、粘り強く対話を続け、理解を得ようとする意欲や態度が大切なのです。

最後は合理ではなく、思いやりや心づかいに帰結するかもしれません。
お互いに気持ちを汲み取ることは、心地良いコミュニケーションには必要な要素です。

評価の軸を明らかにする p174

2020年の春、SNSでデザインに関するこんな話題が飛び交いました。

大手コンビニエンスストアのローソンが、自社のプライベートブランドのパッケージデザインをリニューアルしました。
大きな内容物の写真や、大きな商品名など、従来のわかりやすいコンビニ食品パッケージの常套手段から逸脱した、小さめの手描きのイラストが掲載された、ナチュラルな印象のパッケージでした。

このデザインに対し、 Twitter などでは賛否の声があがりました。
SNS ではいつものことですが、否定の意見が強く目立ち、いわゆる炎上に近い状態になりました。

賛成の声を追ってみると「可愛いパッケージで映える」「フォントなどが主張しないので部屋になじむ」といったものです。
一方、否定的な声は「わかりづらい」「目的の商品を即座に選べない」「間違った商品を手に取る危険がある」などが目立ちました。

私がまず大事だと思ったのは、ローソンの今後の戦略と、そのデザインが合致しているかどうかでした。

ユーザー目線でデザインを評価する場合、どうしても○か×、ともすれば100点か0点かの絶対的な物言いになってしまうものです。
しかし、実はそこには評価者も意識していない評価の軸が存在しています。

例えば「目的の商品を即座に選べない」という批判には、「コンビニでは目的の商品を即座に選べるようにすべきだ」という前提の思考フレームがあります。
「コンビニは社会のインフラだから、便利に使えることは当たり前でしょう」と思うかもしれませんが、極論を言えば「コンビニは社会のインフラ」という考えもフレームの一種に過ぎません。

ローソンはこの後、ネットの声などを受けてデザインを修正しました。

ですが、仮にローソンが「うちが取り込みたい層は、可愛いパッケージを好んで選んでくれるインスタグラムなどを活用するZ世代だ」と判断すれば、
目的の商品を即座に選べることは2番手以降の優先事項になるかもしれませんし、視力が衰えていない若い世代にとっては、小さい商品名の表示もデメリットにならない可能性もあるのです。

たしかに、多くの人々にとって、コンビニは今や社会的なインフラの1つと認識されているでしょう。
だからこそ、ローソンはそれを再認識し、パッケージを再度改めました。

しかし、同時にコンビニを経営する株式会社ローソンは、法律の範囲で自由に商業的戦略を立てて活動できる民間企業でもあります。
乱暴な言い方をすると、民間企業は「顧客を選ぶ」ことができるのです。

このように、つい絶対的な評価、当たり前だと感じる批評にも、評価者が持つ無意識の評価軸が含まれているのです。
このことを自覚し、デザインに対してフィードバックする際にはどういった評価基準において、賛同できる/できないデザインなのかを明らかにしてほしいと思います。

それがデザインにとって、とても大事な「相対的な視点を持つ」ということです。

すべての人々、すべての評価軸にとって、絶対的に優れたデザインや絶対的に劣ったデザインというのは存在しません。

また、評価軸が固定されても、デザインの評価は 100 か 0 かということではありません。
定量的な指標だけでは、そのデザインの良さを表しきれないことだってあるのです。

だからこそ、適切にデザインを評価するには、まずその評価軸をはっきりさせることが必要なのです。

p180

それらをすべて織り込んだ上で、あえてお伝えしたいのは、デザインプロセスにおける「褒める」ことの有用性です。
少々邪な伝え方をすると、褒めるというのは、あなたが発注先とより良く仕事を進めるための、強力な道具や武器の1つなのです。

提案されたデザインに対し、100%の判断権限を持たない場合でも、それをあなた自身が良いと感じたとしたら、その時点で良いと評価して良いのです。
仮に、後から上司に覆されたとしたら、「あなたは評価したが上司は評価しなかった」だけのことです。

p181

「返報性の原理」という心の仕組みを表す言葉があります。

人は他者から何らかの施しを受けた場合に、お返しをしなければならないという義務感を意識してしまうものです。
昔から使われてきた言葉で、「借りは返す」ということです。

ここでいう施しとは、何も金品やサービスに限ったことではありません。
自己への評価承認なども施しに準じるものとして考えられるでしょう。

相手を評価する、褒めるという行為を受けた相手は、それを与えられなかった場合に比べ、後に続く要求を受け入れやすくなります。

p206

まったく無の状態から新たな価値を生み出すこと、0から1を創り出すことが創造なのでしょうか。
創造には独創であること、つまりオリジナリティが重要と言われたりもします。
その逆の行為が模倣、つまりパクりだと考える向きが一般的でしょう。

宗教を背景にした西洋的価値観においては、本来「創造」することが許されるのは神という立場だけでした。
人間が彫刻や絵画を作り出すのは、神の行為の模倣であると位置づけられていたわけです。

とすると、そこにある創造とは「神の創り出したもの=自然の模倣」です。

しかし、表現技術が伝承されていく中で、芸術家たちが既存の作品の価値を見直し、時には破壊し、そこに独自の価値を付加していきました。
それらの集積が、今でも歴史に残る絵画や彫刻など創造的価値としてアーカイブされているのです。

私は創造を、「既存の価値に対して、新しい価値を付加すること」だと考えています。
ものすごく平たく言ってしまえば「前より良くすること」です。

クリエイティブに生きるための7つの習慣 p225

さて、最後に私からのお土産として「クリエイティブに生きるための7つの習慣」をお伝えしたいと思います。

第5章で「日常生活者としてのデザイナー」の話を述べましたが、日常生活の中にこそ創造性を育む貴重な種が埋められていると感じています。
少し意識のスイッチを入れてあげるだけで、毎日見える世界は変わっていきます。

創造的な視野とその解像度が上がると、周りにあるものがとても興味深く面白いものに見えてくるはずです。
これらの習慣が、みなさんにとって創造性を育てるための地図になれば幸いです。

①観察する p225

街のすべてがデザインの教科書です。

自然物を除いた、すべてのものが人によってデザインされているといっても過言ではありません。
広告や商品、建築物やファッション、時には足を止めてじっくり観察してください。
そこに込められた制作者の意図を読み取ることも楽しいものです。

②言語化する

気になるもの、心惹かれるものに出会ったら、なぜ惹かれたのか、そのポイントを言葉で説明してみてください。
そのとき踏み込んでいただきたいのが、ただ「かわいい」「かっこいい」という感情の言葉だけではなく、もっと具体的な説明・描写の言葉としてまとめることです。

この言語化の解は1つではありません。
「この余白が品格を作っている」「あまり自分が思いつかないような目を引く配色だ」など、どんなことでも良いでしょう。
難しい専門用語を駆使する必要もありません。

画像などの膨大な情報量は、とてもすべて記憶できません。

しかし、言葉に変換することで圧縮され、自分の表現やアイデアを引き出すためのカードになります。
状況が許せばスマホで写真を撮っておいて、後からメモとして書き留めたしても良いでしょう。

③視点を変える p227

議論がこじれる。
伝えたいことが伝わらない。
相手の反応が不満だった。

このように、さまざまなコミュニケーションのストレスはありますが、そんなとき、自分が相手の立場だったらどのように考えるかをシミュレーションしてみてください。

相対的に視点を飛ばせることは、相手の立場を慮り、利他的な行動に移れることを意味します。

創造的活動の意義は、多くの人に付加価値を与えることです。

その利他的行動が、最終的な利益として還ってきますし、それがあなたを成長させてくれます。

④手を動かす p227

下手でも良いので、自分にできる形で手を動かしてみることです。

スケッチブックに思い浮かんだイメージを起こしても良いでしょうし、手芸・工作に取り組むのも良いかもしれません。
もしアナログな手仕事が苦手であれば、スマホやPCのアプリで何かをビジュアル化しても良いかもしれません。

絵がまったく描けない人は、写真を撮ったり、書道やカリグラフィ(西洋書道)を始めたりするのも良いかもしれません。
ブログを書くことも手を動かすことの一環です。

手を動かす習慣自体が脳を刺激し、頭の中にアイデアやビジョンを描く素地を作ってくれるはずです。

⑤批評する p228

あなたが街中で接触したデザインをただ受け入れるだけでなく、その良いところを言葉で評価したり、反対に良くないと感じたりしたことを理由をつけて挙げてください。

どこまで自分の中で合理的に説明がつくか。
「批評的にものごとを見る、論じる」というのは、創造性を育む上でとても大切な習慣です。

ただし、デザインの批評を行うときは自分がどのような軸足に立って評価しているのか、ということを自覚することも大切です。

視点を定めない、絶対的に良いデザイン、悪いデザインというのは存在しないのです。

⑥収集する p229

何かテーマを決めて、「集める」という行為をしてみてください。

私が主催する大学のゼミでは、「文字拾い」という屋外授業をやっています。
学生たちが街を歩き、そこで気になった文字(喫茶店の看板でも、八百屋の段ボールでも)を写真に収め、それを収集してみんなでコメントを出し合うといったものです。

1週間の曜日それぞれに色(赤や青)を決めて、その日1日は街中で出会った「赤いもの」をすべて写真に撮る、なども面白いかもしれません。

1つのテーマに沿って収集することでその類似性や違いが発見され、編集的な創造性が身につきます。
パッケージが好きな人は贈答用のお菓子パッケージを収集するのもおすすめです。

⑦対話する p229

人と一切関わることなく、創造というものが完結するでしょうか。

私は、大半の時間を1人アトリエで過ごすファインアーティスト(純粋芸術家)も、誰かに見てもらう、社会に接合することではじめて、クリエイティブが完結すると思うのです。

デザインであればいわずもがなでしょう。
特に、社会における大半の創造行為は、多くの人のコミュニケーションの連鎖でできています。

これまで述べてきた観てきたことなどを、気のお友人と共有したり、話をしたりしてみてください。
日常生活における誰かと対話はあなたの意外なところから広げてくれるかもしれません。

p230

「自分にはセンスがない」と考え、これまで創的な行為に関わることにしてきた方もいるかもしれません。

しかし私は「センスのほとんどは無意識の記憶と経験の蓄積と考えています。

そのほとんどは後天的に、生きていく過程での意識の切り替えによって、少しずつ獲得していけるものです。

普段から身の回りを観察し、言語化したことをいちいち覚えておく必要はありません。
そのとき一生懸命考えて、あとはとりあえず忘れてもいいのです。

無数に集まった体験のアーカイブ、これがあなたをいつの間にか創造的な属性を持つ人間として形作ってくれるのです。

この本を読んでくださった方の多くは、何かしらの「デザイン発注」に関わる立場だったり、
最近その立場に立たされたり、もしくは今はまだ興味の範疇を出ていない(でもいつかはそのようなクリエイティブなことに関わってみたい)方々かもしれません。

あなたがクリエイティブ職・非クリエイティブ職にかかわらず、どのような立場であってもこれからも創造的な活動に意識を向けてほしいです。

最後に念を押しておきますが、創造性は職業を選びません。

つくることは楽しいです。

これからもデザイン発注を通じて、つくる楽しさ、創造的に生きていく楽しさを堪能しながら続けてください。
あなたの明日が、よりいきいきとしたものになりますように。

巻末資料 デザインを知り、創造性を育むための書籍ガイド p236

本書を読んで、よりデザインや発想力、創造性のカードを集めたいと感じたら書籍を入り口にするのも良いでしょう。
巻末付録としてこれらに関連する本を紹介していますので、ぜひチェックしてみてください。

〈アイデア発想力を育てる〉 p236

川喜田二郎 『発想法 創造性開発のために』 (中央公論新社)
本書でも紹介した「KJ法」の生みの親、文化人類学者の川喜田氏が膨大な情報から優れた知見を導くための方法をまとめている。
創造的な解答を導きたい場でも応用ができる。

細谷功 『具体抽象トレーニング』 (PHP研究所)
問題発見と解決の方法。
具体と抽象の思考に関する著述を行なう著者が、具体と抽象を横断し考えるための実践的トレーニング法をまとめた1冊。
本書では「抽象と具体のスライダースイッチ」と比喩したが、まさにこのスライダーを自由に操れるようになる良書。

細谷功 『メタ思考トレーニング』 (PHP研究所)
物事を1つ上の視点から考える「メタ思考」。
「なぜ?」を考え、遠くのものをつなげて新しい発想を生み出す「アナロジー思考」の2つの考え方を軸に、より俯瞰した視点から思考の幅を広げることができるようになる実践書。

トニー・ブザン 『マインドマップ 最強の教科書』 (小学館集英社プロダクション)
本書でも紹介したマインドマップの生みの親であるイギリスの著述家トニー・ブザン氏が、正しいマインドマップの作成方法を多彩な図版を交えて1から解説した入門書。

加藤昌治 『考具』 (CCCメディアハウス)
著者が広告代理店でアイデア出しに苦しんだ結果、アイデアを生む方法をツールとして作り、それを「考具」と称して紹介した本。
「カラーバス」「フォトリーディング」「臨時新聞記者」など、ユニークなネーミングをつけてパッケージ化した手腕は見事。

外山滋比古 『思考の整理学』 (筑摩書房) 
1986年に刊行され40年近くにわたりベストセラーとして、情報生産をする多くの人を救ってきた。
自己の頭を回転させ思索を巡らせるための方法論が展開されている。

佐藤ねじ 『超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方』 (日経BP)
アートディレクターとして数多くのユニークなアイデアを世に送り出す著者が、良質なアウトプットを生むためのノート術を、実物のサンプルを交えながら紹介している。

玉村豊男 『料理の四面体』 (中央公論新社)
料理に関するエッセイのようで、その奥で「構造を捉える」ということを端的に学べた良書。
熱の媒介物質と熱源からの距離で全ての料理を捉えようとする試み「料理の四面体」の発見は特に白眉だ。

佐藤雅彦 『プチ哲学』 (中央公論新社)
映像や著述を通じて、「考え方を考える」という根源的な研究を続ける氏が大切にする、「かわいい」というトーンを用いて書かれた「考える大切さ」を押し付けることなく啓蒙する本。
何度読んでも新しい発見がある。

〈創造性と社会の関係を知る〉 p237

佐宗邦成 『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』 (ダイヤモンド社)
「妄想」を起点にビジョンを描く、これまでロジックの世界でしか頭を働かせてこなかった人も、モードの切り替え方を覚えればビジョンという武器を獲得することができるという啓蒙書。
自分は左脳的だと思う人ほど読んでみると世界が開けるかもしれない。

山口周 『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』 (光文社)
グローバル企業のエリートたちがアートスクールに通い、積極的に美意識を鍛えている。
これまでのような分析や論理を重視する経営や、コンサルティングがロジックを積み重ねて出した解答では複雑化した問題解決ができなくなっている、と本書では訴えている。

リチャード・フロリダ 『新クリエイティブ資本論 才能が経済と都市の主役となる』 (ダイヤモンド社)
主にアメリカの労働者の属性を分析し、そこから「クリエイティブ・クラス」の経済的な台頭がどのように進んでいるかを、膨大なデータを用いて描き出した本。

岡田斗司夫 『プチクリ 好き=才能!』 (幻冬舎)
クリエイティブを専業にしなくても、創造行為を人生のパートナーとして生きることはできる、むしろ専業にしないからこその醍醐味があると訴えかける。
専業・非専業にかかわらず「つくることで生きる」という選択肢や可能性を増やしてくれる良書。

〈美術・デザインの教養を身につける〉 p238

池上英洋 『西洋美術史入門』 (筑摩書房)
ただ絵画や彫刻の知識を身につけるという読み方も良いが、表現から考えや時代背景を読み取り、どのような道筋で芸術が開拓されてきたなど、構造や文脈を噛み砕き批評する姿勢を学ぶことができる1冊。

末永幸歩 『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』 (ダイヤモンド社)
作品を紹介するだけでなく、なぜその作品が生まれたのか、どのように作品を見れば良いのかなど、アートを通じ豊かな思考を育むための多数のヒントが記されている。

柳宗理 『エッセイ』 (平凡社)
プロダクトデザイナー、匿名性の美を世界に投げかけた柳宗理。
彼の言葉にはデザインの本質だけでなく、人がモノを生み出すこと、モノと関わって生きていくことといった大局的な思考が映し出されている。

原研哉 『デザインのデザイン』 (岩波書店)
グラフィックデザインのトップランナー、原研哉氏が20年前に書き下ろした書籍だが、今でも本質は変わらないことに気づかされる。
デザインとは表層を整えることでなく、社会を変革する大きな可能性ともなり得ることが、多くの事例を交えながら示されている。

〈デザインプロセスの実践を学ぶ〉 p238

有馬トモユキ 『いいデザイナーは、見ためのよさから考えない』 (星海社)
ロジカルな分析とディレクションを得意とするデザイナー有馬氏が、デザインを問題解決のための道具と捉え、その活用方法を自身の仕事を引用しながら解説した1冊。

野崎亙 『自分が欲しいものだけ創る!』 (日経BP)
スープストックトーキョーなどを作った事業会社スマイルズのマーケティング担当である著者が、ブランドを作り育てていくために本当に大切なことについて語った書籍。
多数の行動を追わず、「N=1」の視点を持つという点が本書のクリティカルな部分だと思う。

玉樹真一郎 『「ついやってしまう」体験のつくりかた』 (ダイヤモンド社)
元任天堂の企画開発者による体験 (UX) をデザインする方法を学ぶことができる1冊。
ゲーム開発の事例を通じて、人が心を動かし思わず行動につなげてしまう仕組みについて論理的に分析されている。

佐藤可士和 『佐藤可士和の打ち合わせ』 (ダイヤモンド社)
最も有名なアートディレクターの1人である同氏。
徹底した合理性と効率性を貫く姿勢でも知られているが、彼の提唱する理想的な打ち合わせの姿が言語化された良書。

筒井美希 『なるほどデザイン』 (エムディエヌコーポレーション)
論理的な理解より、視覚的な理解を促すデザインの本。
普段何気に見ているデザインに隠された機構を1つずつ解説しているため、初学者が見ても一目でデザインの持つコミュニケーション機能を理解できる。

佐藤直樹 『増補改訂版 レイアウト、基本の「き」』 (グラフィック社)
グラフィック・Webなどの平面デザインでは中核になる技術の「レイアウト」。
なぜわかりやすい、読みやすいレイアウトが(その逆もしかり)存在するのか。
豊富な実例を用いて論理的に説明され、デザインを発注する側も読んでおいて損はない知識の宝庫だ。

カイシトモヤ (共著) 『デザインのプロセス』 (エムディエヌコーポレーション)
CDジャケット、フリーペーパー、パッケージ、ポスターなど、7ジャンルのデザインを図版や現場写真などと共にそのプロセスを追いながら、背後にあるデザイナーの思考の課程も読み解いていくメイキングドキュメンタリー。
現場に立ち会う気持ちになれる。

カイシトモヤ 『How to Design いちばん面白いデザインの教科書』 (エムディエヌコーポレーション)
造形・配色・文字・写真など、6分野を横断した、グラフィックデザインの現場で求められる基礎知識とデジタルスキルを実践的なプロセスとともにまとめた書籍。
デザイナーが「どう考えて、どう手を動かしているのか」を知ることができる。

カイシトモヤ 『たのしごとデザイン論 完全版』 (エムディエヌコーポレーション)
デザインの成果物を「コンテンツ」、それらをとりまくデザインプロセスのすべてを「コンテクスト」と名づけ、クリエイターとクライアントがいかにコミュニケーションを図れば健全で持続可能性であるかを論じた書籍。
本書はクライアントから見たデザインプロセスの本、こちらはクリエイターの視点で見た本として読めば、より理解が深まるはず。